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その季節  作者: あかあかや
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ジャカルタ

 インドネシアの首都、ジャカルタ市街は、嵐の被害をそれほど深刻に受けていなかったために、人々の表情も比較的明るい。一方で新型インフルエンザ群は猛威を振るい、6人に1人が死亡するという状況になったのだが、生き残った人々は、逞しくも元の日々の生活に戻っていた。既に免疫も獲得しているので、今後はそれほど深刻な流行にはならないだろう。

 そんな人々で賑わう通りにある、オープンパーラーのインド人店主が、客の注文に応じて、せっせと生サトウキビを、ハンドル式の手動絞り器にかけてジュースを搾り出して、ガラスの小ジョッキに注いでいる。結構サトウキビの繊維が混じっているが、まあ問題ないのだろう。別の客はヤシの実を注文し、店主が山刀で器用にヤシの実をカットして、細い竹で作ったストローをさして渡している。

 黒カビのせいで、野菜や米、ジャガイモに小麦、家畜の餌となるコーンなどは、この世界から姿を完全に消していたが、このサトウキビを始め、ヤシの実や里芋の類は、その猛威から逃れていた。バナナはダメだったが。おかげで熱帯地方はそれほど深刻な飢餓には陥らずに済んでいた。


 通りには車の姿はなく、その代わりに大勢の人と牛車、人力車が所狭しと行きかい、埃が強風で舞い上がっている。その道端のパーラーにナンと姉妹女王の姿があった。パイナップルジュースを飲んでナッツをつまんでいる。障壁が展開されているので、強風や埃の影響はないようだ。くだんの大グモ氏もちゃっかりそばに控えていて、相変わらず難しそうな魔法書を読んでいる。姉妹女王は地元の習慣に従って、服装も肌の露出はなく、長袖長ズボンで頭にフードもかけている。きちんと髪の毛はフードの中に全て収めているようだ。その気品と美しさは、相変わらず道行く人々の注目を一身に浴びている。姉女王が、雲から顔をのぞかせた太陽の光を浴びながら、感心した様子で通りの賑わいを眺めていると、目が合った通行人は例外なく恥ずかしそうな素振りで逃げていく。

「さすがに赤道直下の国ねぇ。活気があるわぁ」

 ナンは、両手に持って火をつけた線香の香りをかいでいたが、女王姉妹にうなずいた。

「島だったのが幸いしましたね。隣の大陸つながりの国々は、大陸からの難民で大変ですよ。ようやく山火事も収まりましたし、これからは、この国がこの世界の中心の一つになるでしょうね」

「そうねえ」

 と、姉妹がそろって北西方向を眺める。

「欧州も新世界も氷の下になってしまったのね。あーあ、ワイン~」

 ナンが線香の煙に包まれながら、姉妹と同じ方向を眺めた。よほどこの線香が気に入ったらしい。

「この国も、ほとんどの森林が消えて草原になってしまいます。米や芋を使った、伝統的な食事はできなくなるでしょう」

「何よりも、お酒が飲めなくなるのはつらいわ~」

 姉妹にとっては、ワインの方が大事らしい。本当に盗掘に行くかもしれない顔つきだ。ナンが苦笑して、話を続けた。

「南北の氷床は年々分厚く、広くなってきますから、次第に暮らしにくくなるでしょうね。前回は洪水でしたが、それでも石器時代まで退行してしまいました。今回はどうでしょう」

 しかし、姉妹女王にとっては、ナンの話は少々退屈だったようだ。視線をナンの横に移す。

「それはそうと、お坊さん、このバンパイアは何?」

 ナンの隣で、びくっと怯えるポーラ。彼女も同様にフードをかぶり、長袖長ズボンの姿だが、生まれ持った華やかさを隠すために意図的に地味にまとめているのが分かる。こうして見ると、普通の目つきが悪く、青白い顔のお嬢さんである。ナンが苦笑して答えた。

「ご存知のくせに。亡命者ですよ、イプシロンの女王様。この世界での名前はポーラ」

 瞬間に、ポーラの顔色が完全に青くなった。かけているイスがガタガタと鳴る。普段は灰白色の瞳なのだが、混乱しているせいか、時々赤い血のような色にも変化している。

「い、イプシ。。!!は、初めまして。よ、よろしくお願いします」

 その慌てぶりが、初々しい。ポーラも薄々は、姉妹達が只者ではないと察していたようだったが、超絶の存在と知らなかったようだ。その動転ぶりに、姉妹も目を輝かせて面白がる。

「かわいー。もう、睨んじゃおうかしらー」

 硬直するポーラ。もう微動だに許されないと覚悟したようだ。睨まれたら、問答無用で石か塩にされてしまうだろう。もしかしたら、いきなり強制消滅させられるかもしれない。まるで人形のようになって、小刻みに震えながら硬直しているポーラに、ナンが助け舟を出した。

「あまりいじめないで下さいよ、女王様」

 姉妹が、クスクスと笑いあう。そして、睨むのではなく、優しい目でポーラに訊ねた。

「ねぇ、やっぱり血は趣味で吸っているの?ポーラちゃん」

 ポーラが、ぜんまい仕掛けの人形のような動きで、口を開いて答えた。

「ア、イエ。果物に口をつケるだけでス。アトは、沐浴などデ補給していまス」

 ポーラの正直な答えに、姉妹が目を輝かせて聞いている。まるで子猫や子犬を見るような。

「そう、まぁ、しかたがないか。でも大変よぉ、ここは。がんばりなさいね」

「ハ、ハい」

 何とか、会話をこなしたポーラだったが、イスのバランスが崩れて、そのまま後ろへ転んでしまった。


「あ、ここにいた。探しましたよー、お坊様」

 通りの中から、可愛い声がして、先日のエルフ司書とセマン教授が揃ってパーラーの中に入ってきた。彼女達もスカーフを被って、ずん胴の足先まである長袖ワンピースを着ている。ナンが、手招きして応えた。

「やあ、どうしたのかね」

「あの、また視察旅行の件で。。。きゃあ!!」

 セマン教授が、地面に転がっているポーラを見て腰を抜かして驚いた。エルフ司書も、ポーラを見るなり、悲鳴をあげてとっさにセマン教授に抱きつく。

「き、吸血鬼!!」

 ナンが、笑ってポーラを抱き起こして、紹介した。

「しかも、真祖階級だよ。デイウォーカーだ。太陽も克服している」

「きゃあああ」

 もう、完全に腰を抜かしたようだ。手足をパタパタさせている。ポーラが、あ然としているのを横に見て、ナンが説明を続けた。

「亡命者でね、私が保護者になった」

「!!!」

 もはや声も出せない様子である。これ以上、何か説明したら、気絶してしまうかもしれない。ポーラが、慌ててエルフとセマンに声をかけた。

「し、心配するな。この世界で力を使うつもりはない」

 しかし、このセリフも効果は見込めないようだ。姉妹女王がテーブルの向こうで、肩を震わせて笑いをこらえている。特に妹女王がひどい。ナンも苦笑していたが、司書と教授の手を取って、起き上がらせた。

「話は聞いているよ。いつでもおいで」

「は、はい!お願いしますっ」

 と、合掌して駆け去るエルフとセマン。それをポーラが、あ然とした顔で見送る。

「驚く相手が違うでしょう、お坊様」

 ナンが微笑んで席に戻り、また線香の香りをかいだ。

「魔力差があると、反対に気づかないものなのだよ」

「そうなのよ。こっちは苦労するけど」

 姉妹女王も同意する。本当に苦労しているのか、かなり怪しいものであるが。そこへ、今度はクー博士がやってきた。相変わらずのフィールド対応の服装だ。髪もクチャクチャである。洗髪しているのだろうか?

「というか、そういった方は、普通、こんな屋台でくつろいでいませんよ。こんにちは、イプシロンの女王様に、伝説のリッチー様。ご機嫌麗しゅう。そのパイナップルジュースは有機栽培ですよ。有機認証は受けていませんが」

「やあ、どうしたんだい?クー博士」

 ナンが、線香の煙から顔を上げて、博士に挨拶した。姉妹も優雅に微笑む。ポーラも軽く会釈をしたが、その目つきの悪さのせいで博士を睨んだようにしか見えない。まあ、博士も負けず劣らず無骨なので、全く気にしていない様子である。

「うむ、またドラゴンが去ることになった。見送りに行こう、ナン」

 ナンが、渋い顔つきになった。

「むう。巨人の時もそうだったが、君たちの世界の軍や諜報部は動かないのかい?」

 クー博士が肩をすぼめて赤い目を輝かせた。

「すまないね。公文書に残るような活動はできないきまりなんだよ。っていうか、特殊部隊を送り込んでもポーラの父上には歯が立たなかっただろう?それ以上に魔力の強い相手には出動するだけ無駄ってなもんだよ。バイト料金は弾むから、頼むよ」

 それを聞いてナンが肩を落としてうなずいた。

「うむ、そうか。。。すいません、お代は支払っておきますので、ごゆっくり」

「ご苦労様って伝えておいてね」

 姉妹が、ジュースを一口飲んで、ナンに微笑んだ。

「はい」

 クー博士もナンの横で、赤い瞳を少し輝かせた。

「だな。貴女がたとドラゴンが同じ場所にいるだけで因果律が崩壊しかねないからね。しかし、どこまで異世界を予知できるんですか」

 姉妹は、ただ微笑むばかり。

「仕方ないじゃない。わかっちゃうんだから。さみしくなるけど、ポーラちゃんがいるからいいわよ」

 そう言って、姉妹がポーラに抱きつく。え、とも、ひ、とも聞こえる悲鳴を上げて、硬直するポーラ。

 クー博士が、苦笑してうなずいた。

「そうだな。真祖君は、ここに残りなさい。それが安全だ」

「そうだな」

 と、ナンも同意して、店主に代金を支払う。

「君の障壁では、少し不安がある。女王様を観光案内して差し上げなさい」

 ポーラは、また青くなって口をぱくぱくさせている。早くも口が利けなくなっているらしい。

 それを見て、クー博士の苦笑が大きくなった。もはや、にやけているといってもいい。

「確かに、誕生以来の危機って顔だな。では行こうか、ナン」

 パッと消える二人。ポーラのすがるような視線は目標を失って、虚空をさまよい始めた。

 姉妹が、涙目のポーラに抱きついて、頬ずりしてくる。本当に子猫か子犬のように扱われている。

「じゃあ、どこに行こうかしら~、きゃーん、かわいい~」

 がくっと気絶するポーラ。しかし、姉妹はお構いなしに猫かわいがりしている。

「だめよ~、気絶なんか許さないんだからー」

 瞬時に、覚醒するポーラ。もう、気絶すらも許されないようである。

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