ニューヨーク1
氷の暴風が続くニューヨークは、廃墟と化していた。摩天楼と呼ばれるような高層建物の窓ガラスは強化ガラスであったが、カテゴリー3か4はありそうなハリケーン並みの暴風の中で砲弾のような大きさの雹の雨や、看板などの飛翔物の衝突にさらされたために全体の4割ほどが割れていた。それよりも強度が低い古い建物は天井が押し潰されてかなり崩れ、中に雪が溜まっている。その廃墟となった街を、厚さ30mもの雪が覆っていた。なおも続く暴雪暴風で、その雪の重みに耐えられず崩壊する高層アパートがまた1つ、闇の中で轟音を響かせた。あまりにも分厚い雲のせいで、夜でもないのに真っ暗である。
ほぼ止まったとはいえ、暖かい海流が沖合いを北に流れているので、大量の水蒸気が陸側に押し寄せて、それがそのまま雪に変わっていく。上空にはいくつもの積乱雲が互いに結合して、スーパーセルとも形容される巨大な前線を形成していた。湿気を大量に含んだ雪は重く、雪の結晶も肉眼で楽に見えるほど巨大である。それが絶え間なく吹く横殴りの風に乗ってニューヨークの街に降り積もっていた。既に、電気やガスなどのインフラは崩壊しており、どこにも明かりは見られず、闇に閉ざされた廃墟には人影も見られない。大量の雪が降り続けているので、視界も極端に悪く、闇の中で暴風の轟音が建物を震わせていた。
その中を1人、ナンがサンダル履きのシャツ姿で雪の上を歩いていた。わずかに浮遊しているのだろう、足跡が雪の上に残らない。大量に降り注ぐ雪も、ナンの障壁に弾かれて、まるで白い傘をさしているように見える。そのナンが上空を見上げた。
「もう冬になる。雪は氷に変わっていくだろう」
実際、30mも積もった雪は、その自重で押しつぶされて、地面に近い方から次第に固い氷に変化していた。
同様の事態は、ここニューヨークだけでなくカナダを含むアメリカ東部全体に及んでいた。暖かいフロリダ半島ですら北部は例外ではなくなり、広大なオレンジ園が雪に埋もれていた。
崩壊して雪に埋もれた建物の瓦礫の向こうに、よろよろと逃げ惑うボロボロの人々の姿が見えた。飢餓と凍傷で服からのぞくやせ細った手足が黒くなっている。
「ほう、まだ残っていたのか」
ナンが、哀しげな顔でつぶやいた。一行は何とか南へ向かおうとしているようだ。しかし、30mに達する雪の上では、カンジキやスキー、ソリを使っても沈み込むために、なかなか進めないようである。気温は零下10度にはなっているだろう、ナンには葬送行進のようにも見えた。その行進が大雪と闇の中に消えるのを見送ってから、ポケットに突っ込んでいたラジオを持って空に掲げた。電源ランプが光り、キュイーンと音がして放送局を探すが、雑音だけしか聞こえない。
「ここより北の街は全て沈黙したか。ここもそろそろだな」
その時、ラジオからクー博士の声が飛び込んできた。
「ナン、聞こえるかね。また困った連中が来たよ」
ナンが、がっくりしたような顔をして、西の方角を眺めた。
「やれやれ、今度は巨人かね」




