人間街
地獄へやってきたはいいが、とにかく右も左も分からない。あの塔を目指すことしか考えていなかった男は、歩きながら人の影を見つけた。遠目だが何人かいるのが確認できる。男はその人影のほうに向かった。
「やーい、小娘。これでも喰らえ!!」
「この人殺し~」
「悪いことしたヤツはこんな目にあって当然だな!!」
騒ぐ子ども達のような声が聞こえる。しかし、確かに子どもなのだが頭に鋭い角がツンと生えている。 こいつは人間じゃない……鬼だ。子鬼が囲んで一人の少女を苛めていた。ある者は小さな礫を投げ、あるものは腹を蹴り上げる。こんなもん見せられて素面でいるほど薄情ではない。男は大声で「何やっとるんだぁ!!」と怒鳴った。すると子鬼たちは「うわぁ、大鬼様が来たぁ」と何処かへ走り去ってしまったのである。
周りに鬼が居ないことを確認して男は少女に手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます……」
少女の身体は痣で肌が滲み、擦り傷から血が垂れていた。満身創痍である。
「大丈夫かい? 歩ける?」
「たぶん……」
立とうとした瞬間、バランスを崩し少女は男に抱え込まれる。どうやら足の傷が痛むようだ。
男は仕方なく少女を背負った。
「聞くけど、君は人間かい?」
「少なくとも、鬼じゃないと思います」
「何故あの子たちは君を襲ったりするんだ? ここはそういう場所なのかい?」
「質問ばかりすんですね。あなたも地獄に落とされたんでしょ」
「まぁちょっと事情があってね。そうだ、聞きたいことがあるんだった。君、地獄の地図とか持ってない? ああ……売ってる場所でもいいんだけど」
「地図? わたしは持ってませんけど“街”にいけばあるかも」
「近くに街があるのかい」
「ええまぁ……。わたしもそこへ帰る途中だったんです」
「それで子鬼たちに襲われたと……とにかく、街とやらに行ってみよう」
その後、男は少女負ぶってに案内するほうへ進む。彼女の話によると、地獄には現世で罪を犯した人間と、地獄の管理をする獄卒である“鬼”がいるらしい。何でも人間は鬼には逆らえず、強制労働や強姦、そしてあの少女のように悪戯好きな子鬼に苛められることも日常の一風景なのだそうだ。しかしどんなに酷い境遇にあったとしても罪人たちは耐え続けなければならない。時間が経てば魂が浄化され、天へと行けるらしいのだが、途方もない時間を地獄で耐え抜いてきた彼らにとってはとても現実味のない話である。
「ん? なんだあれは」
少女の言った通りに歩くと、男がなにやら鳥居のようなモニュメントを見つける。街の入り口だろうか。
「あそこです。あの鳥居の中が人間街です」
「やっと着いたか……もうくたくただよ」
「もう少しでわたしの家に着きますから」
「あいよ」
男は現世では見られないような大きさの大鳥居をくぐる。この鳥居が鬼達から街を護っていると少女は言う。
「おじさんって暖かいんですね……不思議」
「どうして?」
「だって、この世界の人々はみんな死んじゃってるからやけに冷たいんです。冷淡なんです」
「それは多分、まだ僕が生への希望を捨てていないからだと思う」
「フフッ、面白い人」
地獄で出逢った少女――傷だらけの少女は一体男に何をもたらすのだろうか。答えはまだ出ていないが、背中に残る暖かみが自分がまだ生きていることに希望を持たせた。