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2. Love is a leveller.

 さてはて。一つ大きく言い忘れていたことがある。

 渦中の人である彼、丹波 清雅と立原 杏樹の通う高校は全国的に知られる金持ちの通う学校だ。

 授業料だけを見るならば、ちょっと高い私立学校と同じ程度であろう。

 しかし、この学校では授業料だけでは許されない。必ず『寄付』の形で各家庭から莫大な金額がもたらされる。

 『寄付』金は一口百万円だと言うことを知ればそれも頷けるだろう。

 ここで注意していただきたいのは、金持ちでも万人がおしとやかな人間ではないということである。簡単に言えば、彼等は口が悪い。学費の馬鹿高い普通の学校と捉えても支障は無いはずだ。

 が、あくまでも金持ちの集う学校だ。今はただ一つ平民と言う身分ではあるが、彼等の中には未だに位が残っている。その血筋や財産の額に応じて、それは振り分けられる。

 侯爵やら伯爵やらと言った表立った言葉では使われはしないが、意識の根底にはしっかりとそれが存在しているのだ。

 そして彼女、アンズはその位付けの中でも上位に存在する。古くは豪族、そして大名。時代が移り変わり貴族となり華族として産まれた彼女は、この学校では理事長すらも媚びへつらうほどの大金持ち。

 彼、清雅は明治維新で急速に成長した、言わば成りあがりの新参者。時も大分過ぎたというのに今だ成りあがりであるが故にからかわれ、苦労して身に付けていったセンスもことごとく否定される。

 金持ちと言うのは得てして自己利益に貪欲になりがちだ。

 故に素面で言えば鼻で笑われそうな婚約だのなんだの、大して珍しいことではなかったりする。

 けれど、そんな婚約なんてものも身分的にも財力的にもつりあいの取れた家同士のものか、政略的なんとやら位なもので、財力のある名家と成金の間ではほとんど起こりえないのである。

 ここまで説明すれば分かるかもしれない。

 彼等二人の関係は、親達――主にアンズの――にとって喜ばしい物では無いのだ。


「ふふん。心してお食べなさい。この私が作ったのよ」

 お昼休み。まだ真新しい机に二段の青色のお弁当箱が置かれた。

 それから元からその席の主であるアンズは、前の席の椅子をお弁当の置かれた机に向ける清雅に言う。

「へぇー。アンズがねぇ……食えんの?」

 ぱかりと青色のお弁当箱の蓋を開けながら、清雅はそう呟いた。

 用意されている木のお箸で、ウインナーを付き差す。

「何こいつ。タコのつもり?」

 足のちょん切れたタコは、見るも無残だった。不自然に片側だけが焦げている。

「うるさいわねー。もっと綺麗なの見なさいよ。この卵焼き綺麗だと思わない?」

 ほら、見てよ。と言うアンズに清雅はウィンナーを口に放り込んで噛んだ。当たり前だが味はまともだ。

「ご飯は美味しそうだよ。冷えてるのにつやつや。ふりかけは……『こどものふりかけ カカオ味』かぁ。どういうセレクトだよ」

 あえて見せられた、やけに茶色黄色い卵焼きは見ない振りして、下段にべったり詰められた白いご飯について述べてみる。真中に配置された美味しそうな梅干がなぜか哀愁を誘った。ふりかけの用途はなんだろう。

 机の上にそっと置かれたふりかけは、お弁当のおかずと同類のようで、どこかおかしい。

「……そーいう手を使うわけね。いいわよー、別に。ちなみに私のお弁当は専属シェフの作った洋食フルコースもどきです」

「うっわー! ひでぇってそれ! お前、分かっててやってんだろ?!」

 清雅の抗議のセリフにアンズはふんっ、とそっぽを向いた。

「ソレって何よ。せぇっかく愛しの彼女様が作ってあげたお弁当にケチつけるからよ。彼氏なら根性見せて『おいしいよ、いい奥さんになれるね』ぐらい爽やかに言って頂戴よ」

 そっぽを向いたままさらりと何気なく難易度の高いことを言ってのけたアンズに、清雅は蒼白な顔で思いっきり首と手を横に振った。

「ムリムリムリ!! そんな事爽やかに言ってのけたらアンズ、お前調子にのってもっとやばいもん持ってくるだろっっ」

 もしかすると過去にも同じ遣り取りでもあったのだろうか。

 彼らが過去付き合っていた時に同じクラスではなかった現クラスメート――つまるところこのような会話を知らない人達である――はそんな風に思いながら、どことなく生暖かい目で二人を見つめている。

「あっらぁ? そぉんなこと言ってると、まぁた私に振られちゃうわよ?」

 この言葉に、生暖かく見守っていた生徒達の間に緊張が走った。

 昨日元鞘に収まって、そして一日で破局というのは少しばかりいただけない。いや、少しではない。微妙に気まずい思いをしなければいけない事を考えれば、結構いただけない。

 どきどきと、そういえば何でこいつら中庭とかじゃなくて見せ付けるみたいに教室で飯食ってんだ? とか何とか考えながら生徒達は二人の様子を伺っていた。

「あーれーはー、別にそういうことで別れたんじゃねえだろ? お前に婚約話持ち上がってて、俺をの家格の差がどーのこーので取りあえず縁切っとくか的な、うん、そんなアレ」

 清雅特有のお馬鹿なぼかし表現を用いながらの言葉に、へえ、そんな事情だったのか、とこっそり聞き耳を立てるクラスメート達は思った。過去同クラスであった人達も、別れた事実は知っていたがどういった訳で別れるに至ったのかまでは知らなかったのである。まあ、人とのつながりと大事にする上流社会なので、アンズの婚約話が進められている程度の情報は知っていたわけではあるが。

「アンズ、お前、またそれで別れようってのか?」

 先ほどよりも幾分低めな声に、アンズは笑った。

「まさか」

  茶色黄色い、明らかに焼きすぎただろう卵焼きを箸で摘み、ずいっと彼の顔の前にさしだしながら、アンズは言う。

「恋愛に身分差は関係ないのよ」

 清雅は仕方なく卵焼きを口にした。

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