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考えろよ。  作者: 回収屋
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エラーの発生と自壊らしき何か

[ひッ……!]

 棕櫚が思わす声を漏らす。初めての体験だった。故にその声がどういうモノなのか、本人は気づいていない。

(これが……『恐怖』か?)

 准将が地球の反応を知覚した。潜り込んだ咲の脳内に触れて何かが起きた。これは何だ? これは何だ? 何なのだ?

[――――――ッ、よせッ!! やめろッ!!]

 咲の額に触れていた手を慌てて離し、己の手首をガッと掴んだ。手首の動脈を押し潰さんばかりの力をこめ、五指を食い込ませている。

(逆流した!?)

 ダリア准将が慄く。テンペストにエラーが生じ、逆に棕櫚の感覚神経が侵食されはじめていた。しかし…………一体、“何に”!?


「あぁぁぁああああァァァあああ――――――――――──────ッッッ!!」

 奇声さけび、第二波。


 同時に咲の体がゴム人形みたいに撓り、跳ね上がり、棕櫚が瞬きした刹那、彼の視界を咲の顔面が全て占めていた。

[あ……な、何だ…………“コレは一体、何だ”!?]

 今、棕櫚の面前10センチ先に見える人間の顔面は、『手』で覆われていた。


 クチャクチャ……クチャクチャ……


 またもや口を動かす微かな音。が、咲の顔面は己の両手を張りつかせ、まるで泣いて相手に陳情しているかのように、背中を曲げている。

「うッ……げぇぇぇぇぇぇ! げフッ……!」

 准将が唐突に嘔吐した。彼女はすぐに地球とのリンクを遮断したが、正体不明の現象に侵され、危うく脳髄を焼かれそうになった。そして、ハッキリと記憶が蘇った。


(『例外物体ナインティーン』…………やはり、そこにいたかッ!!)


 曖昧だった記憶の断片が正体を現した。本人そのものが怪奇現象みたいな准将が、不条理な記憶に凌辱された。

[い、嫌だッ! こんな不愉快な思いはしたくないッ! どうしてこんなッ!?]

 棕櫚の脳内でエラーが生じた。惑星としての存在を意識しはじめてから、ずっと感じることのなかった感覚が暴挙に出ている。次第に触感があやふやになり、呼吸が乱れ、面前でジッと佇む怪物体からどうしても目を逸らせなくなってしまい――


    ―――――――――――――― 眼 ――――――――――――――


[うわあああああああああああああああああああああああ──────ッッッ!!]


 少年は叫んだ。どうしてそんな声を出してしまったのか、全く解らず絶叫した。こっちを見ていた……その『片眼』は顔を覆った両手のわずかな隙間から、確かに少年をジッと睨みつけていた。その眼は奥の方から言葉を発し、臭いを放ち、相手の意識を食い千切ろうとしていた。そして……


    ―――――――――――――― 暗転 ――――――――――――――


 不意に棕櫚の視界が真っ黒に染まった。音が消え、温度を感じなくなり、思考が止まった。

(僕は………………死んだ?)

 死んだ? 本当に? しかし、もしそうなら何をもって『死』を確認する? 滅びが意識を滅却するとすれば、思考は働かない。では、この自問自答は何なのだ?

(おかしい……何かおかしい)

 棕櫚の自我が異常に気づく。15万年もかけて遂行させた自壊のこの結果には、どうしても納得がいかない。


 ごりッ、ごりッ……ボリボリ……ボリ……


 濃厚な闇の中からイヤな音が聞こえてきた。この音は知っている。テンペストで回収した膨大な量の情報は、通常人類のソレとなんら変わりはなく、平凡で毒にも薬にもならないハズだった。ただ、ある時点で情報の波の中からドス黒いモノが吹き出し、自分の感覚を闇に落とした。

[ねえ、教えてよ……僕の中にこんな記憶は入ってなかった……どうしてなのさッ!?]

 少年が渾然とした意識の中で問う。


 ボワァァァ……


 すると、暗闇にわずかな灯火が生まれ、周囲に弱々しい光を与えた。そして、その灯火が照らす先にポツンと何かが佇んでいた。

(…………?)

 棕櫚は戸惑う。彼が目にしたのは『段ボール箱』。たった一つ、ダレかに捨てられたみたいにソコにあった。


 ポリっ、ポリっ……クチャクチャ……


 音はその段ボールの中から聞こえる。埃を被り、染みで汚れたシワだらけの段ボールには穴が開いていた。指が一本入るくらいの小さな穴。ここから中を見てくれと言わんばかりの穴。

[ああ、いいよ]

 言葉が交わされたワケではない。ずっと何かを食っているような音に従って、棕櫚はその穴に近づいて中を見た。

(………………?)

 何も無い。少年は段ボールから顔を離す。そして、ふと気がついた。その朽ちかけた段ボールの表面に何か書かれているのを。

(文字?)

 彼は再度顔を近づけて見た。ダレが書いたか分からないソレは、走り書きでこう書いてあった。


 『偏り』・『均衡』


 意味は不明だが、よく見るとそこいらじゅうに文字は書かれていた。


 『キョウモイキテル』・『ミンナガイキテル』・『コトバオボエタ』


 特に脈絡は無く、思いついた事をただ書いてみたかったような……子供じみた文字だ。


 『生活』・『食用』


 文字はサインペンのようなもので書かれ、一つとして同じ字体は無く、まるで寄せ書きだ。


 『かずがふえた』・『いつもふえる』・『すごくくさい』・『やっぱりうごかない』


[どうしたいのさ!? 隠れてないで出てきてよ!!]

 声を荒げても段ボールは微動だにしないし、返答も無い。


 コリッ、コリッ……ガリガリッ……


 無意味と理不尽を反芻され続け、時間だけが過ぎていく。やがて、棕櫚は一つの結論に至った。

(そうか……死ぬとこうなるんだッ! きっとそうなんだッ!)

 地球が一個の生命として死を迎えようとも、前例を目にしてから体験というワケにはいかない。だから、地球はそう判断した。他に考えようもなく、体に感じる不可思議な感覚も、棕櫚という媒体の脳に発生しているエラーに過ぎない……と。


 ──────────────パアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!


 少年の脳が結論に至った途端、暗転が解け、一瞬にして光が差しこんできた。淡く、優しく、とっても心地よい温もりを纏った光が、辺りを包んだのだ。

[あ、ああ……なんて……なんて気持ちが良いんだろう]

 少年の顔が綻ぶ。地球という己の肉体で生まれて死んでいく生命達も、同じように感じていたのだろうか。この神経を高揚させるような光と、眼前に広がる明るい道。肉体は滅びと同時に経験したことのない物理法則に法り、転生しようとしているのだろうか。

[永かった……本当に永かった。けど、ついに僕は……やったあああああああああ!]

 少年の中で何かが弾けた。その狂喜を全身で表現しながら彼は跳びはねた。光は棕櫚を苛んでいた不安と不審を取り除き、自壊への経路を切り開いてくれた。彼は歩く……実に軽い足取りで、一つの迷いも無く、その先に見える――


 ――――――――――――――――――――――――――――──見える?


                『段ボール』


[…………え?]

 少年の意識が固まった。


 ザグッ……


 音がした。少年は喉に尋常でない痛みを感じた。手を添えた。指先が濡れた。赤黒く染まった。


[いやだああああああああああああああああああああああ──────ッッッ!!]


 血に塗れた声を力の限り吐き出した。光は去り、体を巡っていた心地よさは萎え、自壊へと拓かれたハズの道が、一瞬にして閉じられ……彼は気づく。

[あ……ああ……あ、そんな……!?]

 少年の首から肉が削ぎ落とされ、夥しい量の血が噴き出していた。痛い、痛い、あまりにも痛いッ!

残酷劇場げんじつへようこそ」

 剣呑な声がした。すぐ目の前から聞こえた。視界が涙で滲んで定まらない。それでもハッキリと認識できた。これは、これこそが……リアルだと。


 ガラガラガラ……

 船着場では、吉田さんが新しいテレビを運び電源を入れた。そこに映ったのは、両膝をついて喉から大出血する棕櫚の姿と、向かい側にポツンと置かれた段ボール箱。

「棕櫚ォォォォォ!!」

 瀕死の息子をモニターごしに見て蒼神博士が声を上げた。

「な、何が……起きた……!?」

 状況を知ることの出来なかった数分の間に、何がどうしたのか。エンプエスも他のエージェントも戸惑うばかりだ。

「ごっちそうさまぁぁぁぁぁ~~☆」

 茜のディナーが終了した。相棒がどんな状態なのか心配する様子は全く無く、笑顔で口元を拭いたりしている。

「げえっぷ」

 下品に喉を鳴らした。ただし、ソレは茜からではなく、海上ステージに佇む薄汚い段ボール箱からだ。ただし、ゲップを耳にしたのは青褪めた顔で海上を見つめるダリア准将だけ。

「く、喰った……喰いやがった!?」

 准将がポツリと呟く。ずっと信じてきた常識と物理法則が、彼女の中で音をたて崩壊した。


[エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー!]


 神の設計図バイタルズが悲鳴を発する。あまりの想定外に、肉体を構築するエネルギーを固定できなくなり、表面が飴細工のように溶けはじめた。

「おいおい、何だよこりゃ!?」

 エンペラーは准将の傍らに歩み寄り、息を呑んだ。

「どうということはない……実に下らんミスだ」

「ミス?」

 彼女は大量の脂汗を全身に滲ませつつも冷静に述べた。

[ああ……崩れる……僕が崩れてしまう!]

 全身を己の血で汚しながら、棕櫚は天を仰ぎ祈った。こんなハズではなかったと……こんな自壊は望んでないと。


 ゴボゴボッ……ゴボゴボッ……


 神の設計図バイタルズが滅びゆく。遺伝子の歴史がなんとも脆く溶け出し、海中へと沈んでしまう。やがて、海上ステージにはその上で佇む一人の少年と、一個の段ボールだけが残された。少年は呆然とした顔のまま立ち上がり、ダラダラと出血しながらも前に歩く。

[何をした……? 僕に何をしたァァァァァァァァァ!?]

 怒号をあげた。目の前に立ち塞がる段ボール箱めがけて。

「…………」

 段ボールから応答はない。息遣いも聞こえないし、気配すらしない。しかし、確かにソコにいる。少年の喉を裂き、喰らった張本人が。

[何とか言えよ……おい…………くそッ!]

 激昂した棕櫚が段ボールを踏みつぶそうと足を振り下ろす。


 ――――ガッ


[――――――――――――ひッ!?]

 手だ。段ボールから飛び出した薄汚れた人間の手が、棕櫚の足首をものすごい勢いで掴んできた。

 ────ダンッ!

 少年は抵抗するヒマもなく俯きに倒される。

[…………あ、ああ…………パパ……]

 彼はどうしようもないくらい引きつり、船着場に立つ相手を小さな声で呼んだ。

「……棕櫚」

 少年の声が届いたワケではない。しかし、父は息子を呼ばった。


 ────ぐいッ!


[ああああああッ! いやだッ、助けてェェェェェェェ――――――!!]

 段ボールから飛び出したその手に不吉な力がこもり、彼の脚を力任せに引っ張る。

「棕櫚ッ! 棕櫚ッ!」

 事態はあまりに渾沌としていた。どういう原理でそうなったかは全くもって不明だが、地球の自壊は失敗し、力を失った少年が窮地に陥っている。 

「パパっ! パパっ! こんなのイヤだよ……助けてよッ!!」

 父は息子の名を必死で叫び、子は親を初めて頼った。が……


 ズズズズズズゥゥゥ………………


 少年の体はあらゆる物理法則を無視し、段ボールの中へと引きずり込まれていく。ダレもがその様子をモニターごしに目にして思った。


   ―――――――――――― アレは何だ? ――――――――――――


「棕櫚おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 大粒の涙を流しながら、蒼神博士は立ち尽くした。どんなに声をあげても息子を救うことはできない。少年の華奢な体は、段ボールの容積とは関係なしに吸い込まれていく。

「見てられん……」

 准将が悲痛な声で呟く。彼女には目で見なくとも、テンペストの効果で心の叫びが頭の中にガンガン響いてくる。しかし、その響きもやがて小さくなって、か細くなって……ノイズと化して…………消えた。


 ――――――――――ガサッ


 段ボールが最後に一度蠢動し、棕櫚の姿は完全に消え去った。

「…………」

 沈黙だ。鈍重な空気が周囲を包む。

「さてっ……と」

 柏木茜が辺りの様子をキョロキョロと見渡しながら立ち上がり、被害を免れたモーターボートへ乗り込んだ。

「ボクも行きます」

 彼女の肩に蒼神博士の手が乗せられた。その手は涙でひどく濡れていた。

「うん、行きましょ」

 茜は笑顔で返す。

「全てが終わったのか? 俺達はもう安心していいのか?」

 沖に進んでいくボートを見送りながら、エンペラーがエンプレスに問う。

「さあ…………プリエステス、どう思う?」

「私達はただ傍観してただけだし……判断のしようがない。どう思う、デス?」

「安心なんてとんでもない。これからが大変ですわ。わたくし達が目にしたものが尽く現実であるならば……ん?」

 ふと、デスが沖に目をやった。転覆したままのボートが一隻……ソレにしがみついていたハズのアンスリューム博士の姿が消えていた。


「うぃ~~ッす、送迎船の到着でぇ~~す☆」

 ボートが海上ステージの脇に泊められ、蒼神博士は躊躇なく上陸した。そして、見つめる。その先にある『段ボール』を。

「…………」

 奇妙な画だった。雨の中、段ボールに捨てられた子猫を見つめる通行人とは違い、中身不明な薄汚い段ボールをじっと見下ろす、若い男性。

「お疲れ様でした、帰りましょう」

 言いたいことは山程あったであろう。息子が消えた……もしかしたらこの箱の中にまだいるのかもしれない。しかし、彼は何かを振り切るようにしてそう言った。

 ガサッ――

 段ボールが返事をするかのように動く。ただし、言葉は無い。

「うぅ……ひぐっ……」

 かすかに咽び泣くような声がした。

「仕様がないなあ」

 茜も上陸し、段ボールの傍でしゃがみこんでポンポンッと軽く叩いた。

「じゃあ博士、そっち持って」

「……え?」

「コレ運ぶから」

「は、はい……」

 二人して段ボールを持ち上げる。確かに人間が一人入っているぐらいの重みだ。が、その事実は別の残酷な事実を証明する。

「く……くッ……うぐ……」

 蒼神博士はどうしても涙が止められない。

「ううッ……ひッ……えぐえぐ……」

 段ボールの中から届く泣き声も止まない。

「ほれほれ、二人とも子供みたいに泣いたりしない」

 茜が珍しく諭した。ボートに段ボールが運び込まれ、地球は何事も無かったかのように沈黙し、自壊寸前という事実は潮風の流れとともに消え去った。


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