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考えろよ。  作者: 回収屋
3/32

シスターと神父

 ―――――――― 翌日 ――――――――


 ブオォォォォォォォォォォォォォ~~……


 のんびりとした汽笛が聞こえる。潮風に乗った海鳥が太陽の下で輪を描き、青空の中を優雅に泳いでいる。正午ちょい……初夏の堂々とした陽射しを受け、港では出航を控えた巨大な船が泊まっていた。『サテュロス』と呼ばれる巨大豪華客船で、メインデッキの温水プールでは、Tシャツ・短パン姿の蒼神博士がパラソルの陰に隠れ、デッキチェアに腰を下ろしてラップトップを立ち上げていた。


 ―――――― 『神の設計図バイタルズ』における検査結果 ――――――


 ディレクトリーの一つをクリックする。

<記述者不明……神の設計図バイタルズを構成するタンパク質は、数十のアミノ酸配列により一次構造を形成しており、二次構造は、他の動植物に見られる筒状構造とも板状構造とも似ておらず、三次構造において、ある程度のパターンが見受けられるが、未だに類型化には至らず、構造と機能の相関はハッキリしていない>


<記述者不明……神の設計図バイタルズより抽出されたタンパク質を使用して、臨床実験を行う。何度かの実験により、以下の特質を発見。1・動物実験は全て失敗したが、人体実験はわずかながら成果を収めた。2・生存する被験者は、皆同様にその肉体機能を画期的に向上させた。特に免疫機能は秀逸。物理的ダメージ・高熱・寒冷・細菌・ウイルス・毒物等に対する抵抗力は、常人の数倍。3・このタンパク質を培養することにより、新しい生命を確認。原始生命に酷似した成長パターンを経て、多細胞生物に変化>


<記述者不明……神の設計図バイタルズを管理する海底エリアの監視モニターが、異常を確認。特定の上級職員との接触の際、原因不明の振動現象が発生。電気的な反射と思われる>


<記述者不明……軍部より極秘のアクセス有り。神の設計図バイタルズを軍のP4施設にて預かりたいとの依頼。私は反対した。一部の組織が秘密裏に所有して良い物ではないと判断。協議の末、極地に研究施設を整え、隔離するという決議案が採用される。これは軍上層部から紹介された将校からの提案で、建設費用の全額負担を申し出たらしい>


「コレのせいでボクは職を失った……」

 彼は短い黒髪をガシガシとかき上げて目を細めた。これから自分が成そうとしている事を、常に心の中で自問し続けなければ落ち着かない。そんな時間がやたらと増えた。

(ボクは殺されかけた……そう、殺されかけたんだ。また表に出ようとすれば、軍が本気で動くかもしれない……拉致? 殺害?)

 ハアアアァァァァァ……

 とても重くて長い溜め息が流れた。

(一個人が大組織に勝てるのか? ……可能か?)

 ──パタンッ

 PCを閉じた。面前に広がる自分とは無関係な光景に溶けてしまいたかった。

 水着のセレブがはしゃいでいる。

 プールサイドを無垢な子供達が走り回る。

 日光浴に、彩色豊かなソフトドリンク。

 デッキブラシでせっせと掃除するシスターと神父。

 水平線の向こうには…………


「――――て、アンタ等何やってんですかッ!?」


 鼻息を荒げる蒼神博士が二人の前に仁王立ち。

「密航ッ!!」

 二人はそう言った。

 ゴシゴシ……ゴシゴシ……

 孤独になるハズの旅に汐華咲と柏木茜がプラスされた。



「何じゃこりゃあああああああああああああああッッッ!?」

 バカが一匹、客室で絶叫した。

「ショック・ザ・神の僕!!」

 続けて二匹目。

 蒼神博士は再会してはいけない連中を引き連れ、自室に戻った。あのまま二人を世間様にさらしてはいけない……そんなオトナの真心から。で、入室するやいなや、冷蔵庫に頭を突っ込んでいるのが汐華咲(何故かシスター姿)。身長は160センチ前後くらいで、非常に短く切りそろえた黒髪が特徴的。衣装のせいで体格はよく分からないが、スリムっぽい。一方、寝室のマットレスを寝転んで吟味しているのが柏木茜(何故か神父姿)。背丈は咲より頭一つ分くらい高く、栗色をしたミディアムの姫カット。衣装の上からもハッキリ分かる腹部ポッコリさん。体脂肪率は40%くらいありそう。

「…………で、どうして密航なんか?」

「ぬッ、神々しい生肉を発見! ダイレクトにいってくれる!」

「ふにゃ~~、たまんな~~い☆」

 人の話を聞け。そして、牛肉に塩をふるな。

「会社に報告しなかったんですか?」

「しましたよ。きっちりと」

「じゃあ、どうして!? 死人が出ているんですよ!!」

「上司からは“だったら死んでこい”って言われました」

「……は?」

「つまり、死にに来ました」

 開封済のワインボトルを握り締めながら、シスターが胸元で十字を切る始末だ。こうなってしまっては、この二人同伴でPFRS本部へ潜入するしかないワケで……。

「いいでしょう! こうなってしまった以上、今からボクはアナタ達の正式なクライアントです。よって、ボクの言うことは絶対守ってもらいますッ!」


 ゲフっ……

 ブッ……


 ゲップはするし屁はこくし、最低の返事が返ってくる。

「まず一つ! ボクの指示なくして勝手な行動をとらない!」

 ビシッと人差し指を突き出して一喝。

「二つ! 御二人にはPFRS本部の手前で本土に帰ってもらいます!」

 ビシッと二本目の指を立てる。

「神に誓って!」

「右に同じ!」

 うわあぁぁぁ…………コイツ等、約束破りたくてウズウズしてる。

(巻き込んだのはボクだ……責任は負う)

 彼は人並みに保護者としての責任に似たモノを感じていた。

「そういえば、ギャラの交渉が途中でしたね」

 旅行カバンの中から財布が取り出された。ブ厚い。札を入れる部分がやたらブ厚くなっている。援交っぽい画になってなんかイヤラしい。

「スゴイよ咲チャン! お財布がピッチピチで苦しそう!」

「おのれッ、この非国民めッ!」

 床に正座して、天に両手を差し出しつつも文句をたれるシスター。

「ええっと……そういえば、幾らくらい払えばいいんでしたっけ?」

「スンマセン、質問があります」

 質問したら質問で返された。

「はい、何か?」

「大きな数字ってよく分からないんで、物に換算した場合……上カルビ何人前食える?」

「執事喫茶何回通えますゥ?」

 そんな価値基準でいいのか?

「……では、依頼料の件は後日イレギュラーと交渉ということで」


 カチャカチャ、カタカタ……


 蒼神博士はPCをテレビにつないだ。

「よく観ていてくださいね」

 テレビモニターに映し出されたのは、海洋に浮かぶ正方形状の巨大な環境都市。その中央には、黒光りする高層ビルがそびえ立っている。

「当時はまだ実験段階だった『マリンコロニー』のシステムを導入し、PFRSは4年かけて建造されました。資金の殆どを軍部がバックアップしているため、全ての設備が軍仕様で、テロリストやハッカーへの対策は万全。海上・空域ともにレーダー探知されており、認証コードを持たない所属不明の機体が接近すれば、即座に軍へ通報されます」

「あたしの知り合いに、『夜のレーダー技師』って呼ばれているヤツがいます」

 そりゃただのストーカーです。

「かと言って、海中は広域海底火山の影響で巨大な岩が出っ張り、潜水艦による接近も難しい」

「わたしの知り合いに、『夜のソナー技師』って呼ばれているヤツがいます」

 そりゃただの盗聴マニアです。

「そこでボクの立案した作戦ですが、PFRS本部から最も近い港には、メンテナンス用の海底トンネルが本部の発電施設までつながっています。そこを歩いて行きます」

「はいは~い、警備とかは?」

「問題ありません。海底トンネルの存在は、政府が契約する特定の業者と、一部の上級職員しか知りません。ただし、ボクのIDはどうせ使えないんですけど」

「つまり、あたし等は海底トンネルの出口まで付き合えばいいってコト?」

「でもォ~~、IDが無効ってことは入り口で立ちんぼ?」

「大丈夫です。政府指定の業者の一人が、ボクの話を聞いて協力してくれることになりまして。港で落ち合う予定です」

 彼の心の中で、まだ弱々しかった決意がギュッと引き締まった。

「で、具体的にPFRSとやらで何が起きてるんですゥ?」

 神父もワインのボトルを発掘し、それはもう手慣れた感じでグビグビグビッ。

「このバカ!!」

 ばしッ★

「あうッ!」

 シスターが神父をぶつ。そして、小芝居。

「飲酒はハタチを過ぎてからって、いつも言ってるでしょ!」

「ご、ごめんなさい……わたしが間違ってた! 久しぶりの合法的な食事にうかれてた!」

 ──ヒシッ☆

 抱き合う酔っ払い共。シスター、オマエも未成年だぞ。

「PFRS本部ビルのP4施設で、バイオハザードの一種が発生しています。職員十数名が、正体不明の『何か』に感染しました。本部はその事実を隠蔽しているのです」

 蒼神博士は面前の小芝居をバッサリと無視し、話を進める。

「それ以外にも、国外から不法滞在者やホームレスを拉致し、違法な人体実験を行っています。私も立ち会ったことがあります……遺体は溶解処理され海に流される。被験者の個人情報は、この世から全て消されます」

「ほう、そりゃけしからんな」

 腰に両手をあてて窓から大海原を眺めるシスター。その背中は堂々としている。酔っ払ってるけど。

「バイオハザードの原因は、『神の設計図バイタルズ』にあると推測しています」

 モニターに映される怪物体。

「ばいたるず? 若手か?」

 芸人ではありません。

「『神の設計図バイタルズ』とは……20年程前、現在のPFRS本部が位置する海域にて、地殻変動により海底から吐き出された正体不明の遺物です。人間の造形と酷似していて、半透明の全身には人体を構築する組織全てが正しい位置に在り、電子顕微鏡を使用してはじめて確認できる、微細な箇所まで正確に造られています。つまり、『人類の完璧な標本』──いえ、コレを最初に精密検査した科学者は、“人類を創り出すための完璧な設計図”と考えました」

 モニターに映った怪物体をジッと見つめる咲と茜。そして、感想。

「男? 女?」

「大人? 子供?」

 特にどうでもいい様子。

「先日も申し上げましたが、ボクはヒットマンの襲撃を受けました……この船も100%安全というワケではありません」

「はッはッはッ! そのためのあたし等です!」

「博士の盾となり武器となり、情婦となりますゥ☆」

 結構です。


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