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考えろよ。  作者: 回収屋
27/32

利害の不一致と剥き出しの本性

「――――――――――――――――――――さて」

 コスプレを完全に解除した咲が、ずいぶんと間を置いて呟き、相手と同じく死骸に腰かけた。立ち込める死臭に混じって、尋常ではない“何か”が彼女とその相方から噴出しはじめている。

「茜さんよォ……このPFRSとかいうのに着いてから、不愉快な事あった?」

 咲は何故か中二階に立つ相方に質問した。

「うん、あった。二回もあった」

 茜は少々イラつきのこもった声で答える。

「そう、二回もあった……あたし等は人並みに稼いで、人並みに生活して、人並みにバカやってたいだけ。なのにどうして『世界』は忘れてくれない? たかが二人の小娘にいつまでかまう?」

「ふむ~~? おっしゃっている事の意味がどうも」

「ですねェ。アナタ方もどうせ、神の設計図バイタルズを狙う情報機関の輩でしょ?」

 老獪な二人が苦笑する。


 パンッ──!


 咄嗟の銃撃。茜が撃った9ミリ弾が腕組みしていたサンの手に命中し、皮手袋がはじけ飛ぶ。

「────ッ!」

 怯んだサンが、黒光りする重金属の手を晒して後ずさる。そして、その様子を睨みつけながら咲が歪めたその口を開いた。


「『 異化作用者 (ランク・Ⅱ )』がッ、一人前に凄んでんじゃねーよ」


「――――ムーン!?」

「こいつ等はッ……!?」

 さっきまでの余裕は瞬時に消し飛び、二つの老体が見かけを裏切るような瞬発力で動いた。サンはもう片方の皮手袋を外し、中二階をつなぐ渡り廊下を疾走する。ムーンはスーツの内側に隠し持っていた注射器を取り出し、敵を見据えた。

「おうおう、元気な高齢者だねえ」

 相手の戦闘態勢にも全く動じず、死体の上に腰かけたまま咲は鼻で笑う。


 パンパンパンッ──!


 頭を低くして疾走するサンめがけて茜の25口径が火を吹く。

「甘いよッ、お嬢さん!」

 重金属の手刀が水平斬りに薙がれ、突き出された茜の予備銃バックアップを弾き飛ばす。

「まだまだッ」

 間髪入れずもう片方の予備銃バックアップが滑り出てサンを狙うが、先読みしていた彼女は返す手刀でそれも弾く。

「もう一丁ォォォォォ~~!」

 甲冑の背中からズルリと引っ張り出されたセミオートのショットガンが、ポンプ音を鳴らす。

「ダメですねェ」

 サンは余裕でショットガンを蹴り上げ、茜の体勢を素早く崩して貫手で喉笛を狙う。


 ガンッ──!


 貫手は兜を穿ち、背中がパカッと割れた甲冑からカメみたいに首を引っ込めた茜が脱出する。そして、彼女の手にはベアリング式の手投げ弾が一個。

「ホッ……これはなんとも。準備万端なオ嬢チャンだ」

 ムーンは茜の段取りを目の当たりにし、注射器を手に構えたまま立ち止まって苦笑いを見せる。

「困るんだよねェ。大いに困るんだよ……あたし等のプライヴェートを世間様へバラしちゃう『可能性』に生きててもらうとさ」

 咲は尻に敷いた職員の死骸の口に指を突っ込み、その舌を摘み出してオモチャみたいに弄る。

「まさか、こんなタイミングで“同郷者”に出くわすとはね。ホッホッ……准将が知ったら怒りのあまりに鼻血吹きますな」


 ズブッ──!


 何をとち狂ったのか、ムーンは手にした注射器の針を自らの胸に突き刺し、注射器内を満たしていた液体を注入する。

 グググッ……

 それに対して咲は開手にした両腕を大きく広げ、大の字になりゆっくりと上体を反らし始める。

「ふひゅううううううううううううう――――」

 ムーンがものすごい勢いで息を吸い込み、肺を十分に膨張させ……


「ぱはあああああああああああああァァァァァァァァァ――――──ッッッ!!」


 肺を満杯にさせた空気を一気に吐き出す。薄く黒みがかった大量の吐息が生き物のように蠢き、咲に襲いかかる。


「ふんッがッ!!」

 スパアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――――ッッッン!!


 咲の超絶的な拍手で空間の一部が爆ぜた。ムーンの立つ方向めがけて局所的な衝撃波が発生し、攻撃的な吐息を掻き消した。

「ぬおッ!?」

 耳をつんざくような破裂音がシェルター中に響き渡り、ムーンの体が委縮して動きを止める。

「下剋上キィィィィ――――──ック!!」

 怯んだムーンめがけて咲が胴回転回し蹴り!

「くッ!」

 スウェーイングで辛うじて回避するが、鼻先を凶器のような踵がかすめる。

「そしてぇぇぇ────!」

 地面に両手をついた状態から両脚を突き出し、ムーンの両脚をガッチリと挟んで拘束。バランスを崩したムーンは、そのまま仰向きに転倒してしまう。

「勝鬨あげろぉぉぉぉ~~!!」

 ムーンの首めがけて容赦のない左脚が振り下ろされる。

「待ってくれッ!」

 高齢者の悲痛な叫び。思わず咲の脚が中空でピタリと止まる。

「こんな老いさらばえたジジイを本気で殺すのかね? ホホッ……」

「さっきも言ったけどさァ、あたし等のプライヴェートに繋がる物的証拠に元気でいてもらっちゃ困るワケよ」

「……な、なら取引しようじゃないか。我々を見逃してくれるなら、人道的な貢献をさせてやろう」

「何じゃい?」

「天井を見給え」

 そう言ってムーンが薄笑いを浮かべるものだから、咲は天井を仰ぎ見た。

「うわァ~~……月並みィ」

 女が一人、ロープで縛られ吊るされていた。黒髪のポニーテールで、やたらと濃いアイシャドウが特徴的。筋肉質の痩せ型であるのもよく分かる……全裸なんで。

「我々が安全にPFRSから離脱するための保険だが、息の根を止められては元も子もないのでね。ここで使おうと思う」

「ふむふむ、要するに……高い所で毛皮反対運動やってる気絶した女の命を助けてやるから、代わりに脱出のため手を貸せ……と?」

「ホッホッホッ、君達はまだ若い。倫理観のブッ壊れた我々とは違うハズだ」

「なァ~るほどねェ。茜、どうするよ?」

「ナイトとしては苦しむ領民を見捨ててはおけませえ~~ん!」

 手投げ弾を片手に述べるナイトはいない。

「よし、相方もああ言ってるし。高齢者は役所に行って年金でも貰ってなさい」

「あ、ありがたい……恩に着るよ」

 ムーンは膝をさすりながら立ち上がると、サンに手で合図を送る。

「お互い世知辛い世界に生まれて、ええ、もう大変ですねェ」

 彼女も両手の凶器を引っ込め、茜を警戒しながら階段を下りていく。

「で、どこまで御一緒すればいいワケ?」

「いやいや、停戦して頂いただけで十分。アナタ達に対する興味は尽きませんが、本日のこの出会いは無かったということで。ホッ」

「うんうん、平和的解決大いに結構。で、さあ……あんな高いトコにどうやってブラ下げたワケ?」

 咲が全裸のエージェント・デスを指差して問う。

「ホホッ、簡単な作業です。まずは中二階まで彼女を……」

 と、つられてムーンもデスを指差したその瞬間――


 グンッ────!!


 咲の右手がムーンの伸ばした腕に触れた次の瞬間、彼の視界がボヤけた。遠心力を耳に感じた。体が重力を無視して浮き上がり、痛みを認識する前に脳が死を宣告した。


 グシャ……


「────ひッ!?」

 サンが小さな悲鳴を上げた。隣に立っていたハズのムーンが、手を伸ばした2秒後には10m先の壁に叩きつけられ、頭部が熟したトマトみたいに弾けていた。


「―――――――――――――――――――――さて」


 咲は両手をプラプラさせながらまた職員の死体に腰かけ、小刻みに全身を震わせるサンをチラッと見上げた。

「な、なんの……つも……り!?」

 あまりの衝撃に相手の顔を直視できない。何が起きたのかももちろん理解できない。

「申し訳ないねえ。たった今、あたし等も倫理観ってヤツがブッ壊れたらしい★」

 咲が呟く。ニヤける口元を手で隠しながら。

「さあ皆ッ、人生棒に振ってみようぜッ!」

 階段を下りてくる相方は別のモンもブッ壊れてる。

「…………ッ、ナメるなクソガキがあああああああッッッ!」

 追い詰められた鼠が猫に咬みつこうと、二つの凶器を無造作に振り上げる。


 ガギイィィィィィィィィィィィ――――――──────────ッッッン!!


 振り下ろそうとした瞬間、その手刀が氷のように砕け散った。いつの間にかライフルに構え直した茜が、鋼製弾芯スチール・コア弾の次弾を装填する。

「よしよし、バアさん。本土の暮らしが長くなると、お互いフヤけちまうよなあ」

 咲は立ち上がると、バカにするような口調でサンの頬をペシペシと軽く叩いた。

「ねえ、死にたくない?」

「…………あ、う……」

「どうなのよ、ねえ?」

「し、死にたく……ない……です」

 最早、サンは熟慮断行できる状態ではない。生殺与奪を握る二人に睨まれ、置物みたいに立ち尽くす。

「実はさあ、うちの依頼人クライアントが……え~~と……あ~~、茜さんよォ、何ていったっけ? あの内臓剥き出し人体模型」

「う~~んとねェ、あ、あれあれッ! パイナップル!」

 残念。

「あ……神の設計図バイタルズの……こと?」

 サンがビクビクしながら言う。

「おお、そうそう、ソレ。でさあ、その神の設計図バイタルズとかいうのドコにあるワケ? どうも依頼人クライアントの話しぶりからすると、そいつがやたらと危険物っぽくてヤバイらしいからさ、あたし等でブッ壊そうと思うワケ」

「壊す? な、なら丁度良いですね……小生とムーンはP4から神の設計図バイタルズを強奪する予定でしたので。案内致しましょ、ええ、そうしましょ」

「へぇ~~、あんなブサイクな人体模型なんか盗んでどうすんの? 高く売れるワケ?」

「え、まあ……そんなトコロです。ダリア准将や防衛本庁には悪いんですがね」

「でもさあ、アンタの言う通り目的地まで案内してもらって、ここを襲った連中が待ち伏せてたらたまんないしなァ」

「め、滅相もないッ! 小生もそろそろ立場が軍部にバレるタイミングですので、ええ、もう、沈丁花がいたらこちらも殺されます、はい……」

 高齢者の必死ぶりがひしひしと伝わってくる。

「う~~ん……茜さんよォ、いががする?」

「わたし、人殺しはヤだあなァ。咲チャンもそういうのヤでしょ?」

「言わずもがな」

 たった今、ジジイを一人滅殺したばかりだが。

「あ、は……良かった。じゃ、すぐに――」


 ブチッ──!!


 棍棒で生肉をブン殴るような音がして、サンをものすごい喪失感が襲った。空中を彼女の右手が舞い、視界を一瞬だけ横切ってゴトリと地面に落ちた。

「あ…………ぐぅぅ……!」

 右手が手首から綺麗に離脱してしまった彼女は、衝撃が痛覚を凌駕して叫べない。その場にペタリと座り込んで、切断面を呆け顔でじっと見つめる。

「よしよーし、そのままお静かに。怪我した途端に豚みたいに泣く大人は大嫌いだからね」

 咲は血で汚れた自分の手刀を死体の白衣で拭いながら、サンの右手を拾った。

「ま、待って……ねえ、今、“人殺しは嫌い”って……言ったのに……」

 陳情するサンから大粒の涙がこぼれる。


 ──────────ズンッ!!


 拾われた金属の右手が、サンの左胸を刺し貫く。

「あのさァ……こんな手ぇしたヤツ『人』とはみなさんでしょ」

 そう言って咲はサンの涙をそっと拭ってやった。彼女の口元から血が吹き出し、ゆっくりと仰向きに倒れた。

「みんな……ふふっ、皆死ねばいい……ア、アンタ達が……生きていける『世界』なんて……ッ、ドコにもありは……しない……死ねッ、死ねッ、死んでしまえぇぇぇ~~!! ハハハハハハハハッ――──」


 ──────────グシャ!!


 サンの顔面が踏みつけられ、車に轢かれた果物みたいに砕け散った。

「言わずもがな」

 咲は独り言のように呟いて、汚れた靴を脱ぎ捨てた。そして、この状況を見せたかったかのように、まだ生き残っていた監視カメラの方をキッと睨んだ。


※鋼製弾芯弾=ボディアーマー強化繊維部分の弱点である鋭く尖った刃物による貫通と、セラミック・プレートの弱点である打撃による破断という二つの効果をもたらす、対人用に改良された非常に貫通力の高い弾丸。

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