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考えろよ。  作者: 回収屋
22/32

窮まるSPとやさぐれる蒼神

「お~~……痛でぇ」

「フザケんなよ……こりゃ着地じゃねえよ、事故だよ」

「そうよそうよ、労災おりんの?」

 数は六つ。死体袋のような熱遮断シートを内側から破り、ブツブツと文句をたれながら中から人間が。

「おっ?」

「えっ……?」

 内の一人がエンプレスと目を合わせた。

「ダレだよ?」

「そりゃこっちのセリフよ!」

 彼女が相手に銃口を向ける。この連中の服装と装備……明らかに軍仕様。

(白兵戦ってコト? しかし、タイミングが早過ぎる)

 状況はエンプレスの方が圧倒的に不利。一対六の上に保護すべき人間をかかえている。

「博士、銃は使えますか?」

「……え?」

「私は盾となって出来る限り銃弾を防ぎます。その間に非常階段へ走ってください」

 そう言ってホルスターのオートマチックを博士に手渡した。

「ちょいとオ姉サン、そういう切実な話はそこまでにしてもらえますかい?」

 空からの侵入者が注意を向けた。

「ん~~ラッキー★ あの白衣の男ってば、リストに載ってた蒼神って職員じゃない★」

「オマエさん達ツイてるぜ、うち等『偵察型』に発見されて。他の小隊に見つかってたら、失禁するヒマもなく殺されてる」

 連中は緊張感の無い口調で話しかけながら近寄ってくる。

「博士ッ、走って!」

 エンプレスが叫ぶ。何かを吹っ切ろうとするような表情で彼は駆け出した。

「こりゃまた……」

 小隊の一人が──


 タンッ――──!


 尋常でない跳躍距離。身を挺して銃弾を防ごうと、大の字に立ち塞がるエンプレスの肩を踏み台にし、宙を舞い……

 スタンッ――

「うっ……!」

 博士の前に降り立った。

「この階段を降りちまったら、命の保障はできませんぜ」

 チャッ……

 超至近距離から蒼神博士が人生初の拳銃を構える。グリップを握る手は既にイヤな汗で濡れていた。

「おいおい、人殺しは犯罪ですぜ」

「どいて……ください……」

「ですからね、我々が恙無く任務を全うするまで、まったりしてて欲しいワケですよ」

「博士ッ!」

 踏み台にされたエンプレスが反転しサブマシンガンを構え直すが、相手が博士の陰に上手く隠れていて照準が合わない。

「『チェロ』、『フルート』、『オーボエ』、先に行きなッ! あたいと『ファゴット』は遊ぶよッ!」

「あの~~、『ビオラ』さん……オイラは?」

 物陰から14、5才くらいにしか見えない少年が、コソコソしながら呼びかけてきた。

「屁タレはそこでギャラリーやってな」

 そう言って『ビオラ』と呼ばれた女子プロレスラーみたいな女性隊員が、後ろに突っ立っていた三人に合図する。

「くそッ!」

 本部ビルへの侵入を許すワケにはいかない。


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ────────────ッッッ!!


 トリガーを引き、移動を始めた三人めがけてブッぱなす。

 ダンッ──!

 三人の内の一人が大きく両腕を広げて大の字になり、盾となる。

「なにッ……!?」

 体中に弾丸を食い込ませ、力強く受け止めている。

「コホォォォ……コホォォォ……」

 被ったガスマスクから不気味な息遣いがもれている。

「装甲歩兵!?」

「その通り」

 ガッ──!

「あぐッ!!」

 女性のものとは思えないリーチと太さの脚が薙がれ、エンプレスの全身が“くの字”に曲がり、倒れこむ。

「ひっ!」

 物陰から様子を窺っていた少年隊員が、怯えた声をあげて引っ込む。

「さあ、来なよッ! 御若いSPさんッ!」

 沈丁花・偵察型隊員・ビオラが、背水の陣となったエンプレスを見下ろす。殺し合いの空気が流れだした。圧倒される蒼神博士が、手を胸に押し当てて苦悶の表情を見せる。

「もう、嫌だ……!」

 彼は一言呟いて歩き出す。非常階段ではない方向へ。

「……ビオラさん」

 異変に気づいた少年隊員が小さく声をかける。

「ああん?」

「蒼神博士の“臭い”が変わったよ」

 少年は鼻をヒクヒクさせながら言った。

「……博士ッ!?」

 エンプレスも異常を察知して起き上がったが、脇腹のダメージで上手く動けない。

「賞品が欲しけりゃあたいを潰してごらんよッ!」

 ブンッ────!

 右斜めから蛇が跳びかかるように拳が襲ってくる。エンプレスは咄嗟に手首で防御するが、間髪入れずにもう片方の拳が負傷した脇腹にめり込んだ。

「げぇ……ぅ……!」

 重い一撃。内臓が腹の中で踊った。更に――

 ドッドッドッ──!!

 牛馬をも撲殺しかねないような連撃。サンドバック状態のエンプレスの体がブワリと浮いて……


 バンッ──!


 ここで反撃。圧倒していたビオラの顔面に蹴りがめり込む。そして、スーツの袖口から滑り出た予備銃バックアップを素早く構えた。

「ビオラ!」

 状況を静観していた隊員・『ファゴット』が声を上げる。

「上等ォ!」


 パンッ! パンッ! パンッ!


 エンプレスの連射。ビオラは顔面の前でクロスさせた両腕に被弾し、出血する。

「ヒドイ小娘だねぇ……女の顔を狙うなんてさあ」

 25口径とはいえ怯みもしない。

「もういい、そこまで」

 ズン……

「――――ッ!?」

 一陣の風が走った。その瞬間、エンプレスの背中に熱い痛みが生まれた。

「ちょっと、何すんの?」

「准将にどやされるのはゴメンだ。さっさと仕事に戻りやがれ」

 ファゴットが黒塗りのナイフをエンプレスの背に深々と突き刺していた。

「肺に少々貫通させやした。しばらくは苦しいでしょうが、アンタ等強化人間ブースト・ヒューマンなら死にゃしない。まったりしていてくだせえ」

 そう言って、倒れ伏すエンプレスの側頭部をファゴットが踏みつける。

「くッ……どけッ!」

 勝算など欠片もない状況は理解していた。その上で彼女は抗う。SPとしてできる事がしたい……PFRSの真偽を見極めたいという意志に協力してくれた、数少ない身近な人間を守りたい。使命感とも義務感とも異なる衝動が、彼女の痛覚を麻痺させる。

「……ファゴット」

「どうした、『コントラ』?」

「別の“臭い”が接近してる……二つだよ」

 少年隊員の鼻が空気の微妙な変化を嗅ぎ取った。

「チェロ! フルート!」

 先に非常階段を下りて行ったハズの二人を呼ぶが、無線からは応答が無い。その代わりに……


「ストレス社会と戦うアナタへぇぇぇ────────────!!」

「尿酸値が高めのアナタへぇぇぇ──────────────!!」


 不可解な大声とともに不可解な人物が、非常階段へと続く出入り口から飛び出してきた。数は二名。

「……………………?」

 沈丁花の隊員達は皆同様にホワッツだ。

(あ……アイツ等……!)

 惨めに這いつくばるエンプレスにとっては、泣きっ面に蜂。ストレス加算。ただし……何かが起きそうな気がした。どう転がるかは分からないが、妙な期待感が湧いてくるような気がした。

「来ないでください!」

 少し離れた所から悲痛な声がした。咲部長と茜平社員が目をやったその先には、フェンスをよじ登る蒼神博士の姿があった。

「うおーい、博士ぇぇぇ! 危ないよーッ!」

「ソコから先はシャングリラにつながってますよーッ!」

 二人は手を振って跳びはねる。

「ボクは死にます……死にますッ!」

 辞世の句を発表しちゃった。

「ありゃま……」

「こりゃま……」

 どんな経緯で依頼人クライアントが自殺願望に目覚めたかは知らないが、二人は顔を突き合わせた。

「博士ぇぇぇー! 飛び降りる気ぃぃぃ!?」

「そうです! このまま生きいても苦しいだけだと判断したんです! どうせ皆もうすぐ死ぬんだったら、先に逝かせてもらうんです!」

「具体的に何があったワケぇぇぇ~~!?」

「人生がメチャクチャになったからッ! 生後6ヶ月の息子が見知らぬ男の子になっていたからッ! 何もかもが手遅れになってるからッ!」

 彼は怒りとイラつきと絶望感で、頭がクラクラしていた。だから、既に人並みの恐怖も感じず、地上250メートルからダイブしようとしている。

「じゃあさあ、あたし等はどーしたらいいのかなあ?」

「帰ってください! もうダレとも関わりたくないんだ!」

 彼はフェンスを跨ぎながら大声で咲達を突き放した。

「コホォォォ……」

 咲と茜の前に、全身を特殊装甲で覆った巨躯の男が立ち塞がる。

「博士ってば本気かなあ?」

「うん、ぽいね」

 ガシャ……

 OLスーツの背中から何か乾いた金属音がした。

「――――ッ、オーボエ! 伏せろ!」


 ドンッッッ────────────────────!!


 ファゴットが叫ぶ。しかし、耳をつんざくような空気の振動音とともに、装甲歩兵の体がブワリと宙に浮き……


 ドンッ──! ドンッ──! ドンッ──!


 茜の手には重厚なショットガンが握られ、胸部、鳩尾、腹部にそれぞれ一発ずつブチこんだ。

「な、あ……!?」

 ファゴットとビオラが思わず身構える。サブマシンガンの弾幕を全て受け切り、ビクともしなかったオーボエが沈んだ。

「さて、救助に行こうかね」

「うん、きっと話せば分かると思うし」

 二人は何事も無かったかのように向きを変えて歩き出す。

「……どういうこった? 12番ゲージを数発食らったぐらいで、オーボエが動かなくなったよ」

 ビオラが神妙な声を漏らす。

「おそらくスラッグ弾だ。しかし、コイツ等は……」


 ――――──────── 何者? ――――────────


「来るなあァァァァァ!」

「いいじゃーん!」

 フェンスを越え、今まさに地面の無い先に踏み込もうとしている博士に対して、咲部長は愉快なカンジのスキップで接近する。

「ナメんなあッ!!」

 咲の背後をとったビオラが脳天めがけて肘を振り下ろす。

「ナメるわあッ!!」

 ガッ──!

 肘を紙一重で回避し、ビオラの首めがけてアックスボンバァァァァァァ!!

 ドッ……

 ビオラの後頭部が地面に叩きつけられ、鈍い音がした。



※12番ゲージ=散弾銃の口径の一種。世界的に最も多く用いられている口径。クレー射撃公式競技にも使用。

※スラッグ弾=熊、猪など大型動物猟用の弾。散弾ではなく単発弾スラッグであるため、発射直後の弾丸の運動エネルギーは大口径ライフル並である。近接戦闘では屋内突入時にドア破壊などに使われる。


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