崩壊する一枚岩と迷惑な連中
「そうか、蒼神君と同意見か」
支配人は疲弊した中間管理職みたいな表情で呟く。
「ちょっと待て。軍部が強行してまで欲しがっているのなら、交渉の道具に使うべきだ。死人を出さないに越したことはない」
エンペラーが平和的解決案を提示する。
「連中は圧倒的な火力で攻めてくるでしょう。こちらの装備はせいぜい拳銃かライフル……時間稼ぎすら難しい。ならば、奪取される前に破壊してしまうのが建設的ですわ」
デスの発言に躊躇はなかった。
「状況が状況だ……覚悟はしていた。デス、君の意見はあくまで最終手段としたい。軍部が殲滅戦を敢行してきた時に、対抗するにはやはり切り札が必要だ。むやみに死人を出さないためにもギリギリまで引っ張って、最期のタイミングを見計らい私自身が破壊しよう」
「いやァ、それは困りますねェ」
――――――――!?
出入り口の電子ロックが解除され、一人のエージェントが入ってきた。分厚い皮手袋をはめた白髪混じりの女性で、歳の頃は支配人と同じくらい。
「……『サン』、何事だ?」
一人で会議室に戻ってきたエージェント・サンを、エンペラーが訝しげに睨みつける。
「やっとこちらの“雑務”が完了しようとしているのに、元も子もない相談事は控えていただきたい。そう申しておりましてェ、はい」
彼女はそう言って、さっきまで自分が着席していた椅子から小さな機械を取り外した。
「盗聴していたのかッ」
ただならぬ空気を感じたエンペラーが拳銃に手をかける。
「『雇い主』より厳しく言いつかってましてねェ。神の設計図を私物化したり、良からぬ手を加えようとしたりする者がいれば、迅速に報告せよ……と」
ざっ……ざっ……ざっ……
出入り口から聞こえてくる、やたらと鈍い足音。入室してきたのは白衣姿の職員達。
「これは……!?」
突如として増殖した不安要素に支配人がたじろぐ。彼等は一言も発することなく、ゆっくりとサンの傍を通り過ぎ、彼女の壁になるがごとく整列する。
「あまり友好的な雰囲気ではないな、サン」
「ええ、御覧の通りですエンペラー。とりあえず、この会議室で大人しく雑談でもして、時間を無駄に費やしてもらいましょ。ええ、そうしましょ」
職員等は血の気の無い表情で、ゾンビのようににじり寄ってくる。
「彼等に何を?」
デスが眉をひそめる。
「ん~~……説明したところで、お嬢ちゃんには理解できんでしょうねェ。まあ、ムーンがちょこっと弄ってですねェ、はい」
「ムーンも内通者だったのか!?」
長く行動を共にしていたエンペラーはショックを隠せない。
「アナタ達、わたくしの声が聞こえる? わたくしが分かる?」
デスが問いかけてみるが職員達に反応は無く、どんどん距離をつめてくる。
「……支配人、申し訳ありませんが、彼等を『敵』とみなしますわ」
「ま、待てッ!」
斬ッ────!!
「あらまァ、さすがはスノー・ドロップの鬼姫。容赦がありませんねェ」
デスの両手に握られた──手斧。その剣呑な刃が大気を切り裂き、左右から迫ってくる職員達に威力が示される。
「致し方なしか……」
パンッ! パンッ!
拳銃を手に取り、エンペラーも応戦をはじめる。
「うぅぅ……」
野太い唸り声をもらしながら、銃撃を受けた職員がその場に崩れ落ちる。相手はやたらと動きが緩慢で、しかも丸腰。殺害するだけなら容易かった。
「仕方ないですねェ……では」
サンはおもむろに皮手袋を外し、コキコキと指を鳴らしながらデスの前に立ち塞がる。
「再確認します。サン、あなたは裏切り者ですわね?」
「何とでも御呼びくださいなァ」
「いいでしょう」
ヒュンッ――!
デスは表情一つ変えず、片方の手斧を左から斬り上げ、相手の突き出し気味だった右手を……
ガギンッ────!
「――――ッ!?」
ホールに金属質な乾いた音が響く。サンの右手が手斧の刃をガッチリとつかんでいる。
「何だ……その『手』は!?」
支配人が愕然とする。刃を掴むその手は黒ずんだ銀色をしていて、ブロンズ像のような質感をしていた。
「小生は『異化作用者』などと呼ばれてましてェ、ま、昔の話ですが」
ガキッ──!
もう片方の手斧が真横から薙がれたが、サンの左手がそれを掴みとって制する。
「体内に有害重金属を取り込み、自由に加工できるのですよォ」
「くっ……」
デスは手斧を力任せに引き抜くと、後ろに跳びつつエンペラーに目で合図する。
パンッ! パンッ!
彼は躊躇なく発砲する。
ギンッ──!
「皆さん、事が恙無く済むまで大人しく監禁されてもらいましょ」
顔面の前でクロスした両手に阻まれ、9ミリ弾がはじかれる。
「サン……オマエはダリア准将に雇われた諜報活動員だったワケか」
支配人が落胆した声で言った。
「う~~ん……そういうコトにしておきましょ」
(……?)
一瞬、サンのリアクションに戸惑いが見えた。
「では、紳士淑女の皆様、御報告させていただきます。今より数時間以内に、沈丁花の制圧作戦が実行されるとのことです。長年勤めてきた職場ですので、同僚の死骸は目にしたくございません。是非、賢明なる行動を……ええ、はい」
「くそッ! なにが24時間の猶予だ……」
支配人は不快感を露わにした。
「そこをどきなさい」
デスがトンッと軽く跳び上がり、手斧を袈裟斬りに振り下ろす。一瞬遅らせて、もう片方が真下から斬り上げられる。
ガキンッ────!
「おしいィ」
またもや金属の手によって防がれる。
────ズンッ!
「あぐぅ……!」
デスの右肩にサンの親指が突き刺さった。
「くそっ!」
パンパンパンッ!!
焦燥したエンペラーが発砲するが、サンは支柱の陰に素早く隠れて回避し、自分の拳銃を抜いて応戦をはじめる。
パンッ!
「くッ……!」
支配人をかばってエンペラーが腹部に被弾する。
「健気に足掻く若者を見下ろすのは好きですが、今は控えていただきましょ」
場の空気がはやくも制圧された。
「黙りなさい……」
過剰な自負心が肉体を突き上げるのか、おびただしく出血させながらもデスは膝をつかない。
「素晴らしき根性ですねェ、心も体も実に強靭。けれどォ」
ガッ――
「げぅ……!」
重金属の指がデスの喉元を抉るようにして掴んだ。
「なんとも青い」
強烈な圧迫に喉が潰れ、声が拉げ、目尻に涙が滲む。人間が一人静かに殺されようとしている。実に静かに、何とも容易に……
バアアアアアアアアアァァァァァァァ──────────――ッッッン!!
「領収書くれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!!」
出入り口のドアがものすごい勢いで全開&全壊。意味不明な雄叫びがホールにこだまする。
「…………」
一同、沈黙。中年臭いスーツを着た少女Aと、OLなつもりの少女Bが仁王立ちしている。だから皆、沈黙。状況が把握できず沈黙。
「部長、どうやら会議中だったようですゥ」
「おっとっと、こりゃ失敬」
この状況のドコを見て会議中と?
「き、君達は……?」
支配人が申し訳なさそうな声で問う。
「どうも、人間のクズです」
「どうも、社会の底辺です」
二人はヘコヘコしながら中へ。
(何をしに来たんだ……アノ連中は……!?)
撃たれた腹を押さえながらエンペラーは拳銃を構え直す。
「どなたかは存じ上げませんが、部外者の立ち入りは禁止されてましてェ、ええ、はい」
サンは苦悶するデスを突き飛ばし、辺りを徘徊しているゾンビな職員達に合図を送る。
「ぬっ、何だね君達は? リストラの波が押し寄せて来たのかね?」
職員の群がにじり寄り、二人を拘束してしまう。
「オイオイ、乱暴はやめたまえッ!」
「部長、大変! ズラが取れかけてますッ!」
「そりゃイカン! ハゲがバレる前に一つ聞いておきたいんだが、そこの御婦人!」
汐華部長がてんやわんやしながらサンに呼びかける。
「何でごさいましょう?」
「蒼神博士を探しとるんだが」
「彼なら奥さんとプライヴェート・ラボに行かれましてェ、ええ」
「部長、これは安いドラマの臭いがしますゥ! 早速現場を押さえないとッ!」
「むぅ、個人的には見たいような見たくないような……見たいッ!」
両目に“野次馬”の文字が。
「残念ながら、タイミングの悪い御二人はここまで。実力行使と参りましょう」
タンッ――
老齢な見た目とは裏腹に、颯爽とした身のこなしで咲と茜の前に立ち塞がる。二人は緩慢に襲い来る職員達にもみくちゃにされて……
「では、行こうかね」
咲部長がポツリと呟く。
ブンッ――――!!
大気が削られるような音。そして、人体が────舞った。
「は、は……い……!?」
サンがたじろぐ。人間の体が二つ、絶叫アトラクションに乗せられたかのように、ブンブンと振り回され、周囲の職員達を巻き込んで薙ぎ倒す。
「よっしゃあああああああああッッッ! 宴会じゃあああああああああッッッ!」
「部長ォォォォォォ! かっこイイ――――――――――☆」
咲宴会部長の両手には、それぞれ人体が一つずつ。職員のズボンのベルトをしっかり握り締めて力任せにブン回している。
「ど、どういう腕力をされて!?」
職員達は次々とボーリングのピンみたいに弾き飛ばされて、傍観していたサンの顔色が変わった。
※異化作用=分子を小さな構成部分に分解してエネルギーを取り出す代謝過程




