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考えろよ。  作者: 回収屋
18/32

家庭の事情と政府の内情

 ゴウゥゥゥゥゥゥン……


 エレベーターが止まる。コンソールには『55階』の表示。アンスリューム博士が先にエレベーターから降りて、その後ろを蒼神博士がトボトボとついていく。彼女はフロントに立つ警備員に自分のIDを手渡し、代わりにカードキーを受け取る。

「中に入る前に一つ言っておくわ」

「……?」

 彼女は自分のラボの出入口に立ち、蒼神博士に一瞥をくれる。

「棕櫚には会わせる……けど、中の様子を見ても決して取り乱さないでちょうだい」

「……どういう意味ですか?」

 彼の本能が不吉な空気を感じ取る。

「では、どうぞ」

 壁のコンソールにカードキーを滑らすと扉のロックが解除され、彼女はドアを押し開けた。

「…………?」

 中に入ろうとした蒼神博士が、怪訝な顔をして踏み止まる。彼と中に居た者の目が合って、お互い首を傾げている。その様子をアンスリュームは予想していたかのような面持ちで眺める。


「────────────君はダレだ?」


 蒼神博士の口から述べられる第一声。そして返答――

「ぼく、棕櫚」

 とても幼い声がした。

(………………!?)

 蒼神博士の脳内で混乱が生じる。目の前に5、6歳くらいの男の子が立っている。全く見覚えはない。蒼神博士はもう一度尋ねた。

「君は……ダレだ?」

「棕櫚だよ」

 少年はとても無垢な微笑みで質問に返答する。

「……これは何の冗談ですか?」

 蒼神博士は少年の後ろに立つアンスリュームを睨みつけた。

「神の設計図バイタルズの研究はアナタと並行して私も行っていた。SPスノードロップを組織するに至ったタンパク質、『レベレーション』の汎用性に注目したわ。ホメオティック遺伝子に直接作用して生体機能を強化する性質を持ち、適合者は常人を遥かに逸脱した免疫機能を得られた。そして、レベレーションにはもう一つ注目すべき特性があった」

「待って……少し待ってください」

 蒼神博士が瞬きを忘れてキョロキョロし始めた。顔を片手で隠し、みるみる顔色を悪くしていく。脳内で断片的な情報が飛び交い、彼の情緒をものすごい勢いで破壊した。生を受けてまだ半年も経っていない儚い命。彼の手に赤ん坊を抱いた時の感触が残酷に甦る。 

「アナタは……どうしてそこまでできるんだッ!?」

 彼の口から絞り出すような声が漏れる。

「科学者は好奇心に勝てないよう出来ているのよ」

 彼女の返答に蒼神博士は固まった。同じ人種として身に覚えがないわけではない。

「こんなバカな……」

 やりきれない辛さと人間不信とが、涙といっしょに湧き出して指の隙間から滴る。我が子は自分の身に何が起きたのか理解するハズもなく、わずか数カ月で乳幼児から快活そうな男の子に成長…………いや、造り変えられた。

「ねえ……どうしたの?」

 男の子はオロオロしながら初対面の相手に歩み寄った。子供だ……どこにでもいる普通の子供にしか見えない。

「ねえ、棕櫚……君はお母さんが好き?」

「うん、大好き☆」

「……そうか、よかったよ」

 彼は男の子の頬に優しく手をそえて、ほんの一瞬だけ微笑んだ。

「槐ッ! 才能を無駄にするのは科学者にとって犯罪よ……アナタなら更なる可能性を神の設計図バイタルズから引き出せる!」

「自分の息子を別の人間に造り変える才能なんかいらない」

 蒼神博士は変貌を遂げてしまった息子と妻に背を向けて呟いた。


 カッカッカッ……


 乾いた足音をたたせて足早にラボを後にする。そうでもしないとドス黒い嫌な感情がこみあげてきて、爆発しそうになる。一児の父親が最終目的を最悪の形で達した。

「ねえ、ママ……今の人ってダレ?」

「アナタのお父さん。パパよ」

「……そうなんだ」

 男の子は困ったように小さく呟いた。



 ダンッ──!

「冗談ではない! そんな作戦は容認できん!」

 野暮ったい眼鏡をかけた恰幅のいいスーツ姿の男が、テーブルを叩く。

「しかし、『沈丁花』は正式な手順を踏んでおり、作戦を中止する法的根拠はありません」

 それに対して、手元に大量の書類を抱えたスーツの青年が返答する。

「首相、これは間違いなく深刻な国際問題に発展しますぞッ! PFRS本部が位置する海域は、同盟国の海域と目と鼻の先だッ!」

「確かにマスコミが大喜びするネタですね……」

 テーブルを叩く中年男に対して、向かい側に座るスーツの淑女が静かに呟く。

「長官! 軍部の愚連隊一つ管理できんのですか!?」

「……御存じの通り、『沈丁花』は防衛予算に一切依存せず、ダリア准将が予算の全てを出資して管理・維持しております。言うなれば、彼女の私有物ですので……こちらもヘタに口出しできんのです」

「バカげてる……一介の軍人が軍部をオモチャにして戦争ごっこかね!?」

「『戦争』とは大袈裟な。どこの国でも行われている秘密工作の一種ですよ」

 『長官』と呼ばれた髭面のナイスミドルが苦笑する。

「しかし、准将の独断による作戦はこれが初めてというワケではありません。表沙汰になってはいませんが、近隣諸国から内政干渉やら帝国主義やらと批判されているのは事実です」

 淑女が軽く溜息をつく。

「そうですね……今回は国家調査室の言い分を真剣に検討すべきかと」

 首相の傍に座る首席補佐官が淡々と述べる。

錦木にしきぎ君、杜若室長から連絡はあったかね?」

 『首相』と呼ばれるにはまだ若い四十前後くらいの男性が、腕組みをしながら問う。

「いえ……海底トンネルへの潜入を確認する信号を最後に途絶えています」

 『錦木』と呼ばれた眼鏡の中年オヤジはテーブルを叩くのをやめ、人差し指をトントンと鳴らす。

「マズイですね。国家調査室の作戦が失敗して准将の強行策が成功してしまえば、また国際会議の場で吊るし上げをくいます」

 首席補佐官が声のトーンを低くする。

「内務庁の年間予算ではアノ女に対抗はできんよ。だからこそ、調査室には先行して摘発任務にあたらせたんだ。万が一、摘発に失敗してもうちを責めるのはお門違いだ」

 錦木が長官を睨みつけながら言う。

「そう言われましても……防衛本庁ではダリア准将の影響力は尋常ではありません。既にマスコミには緘口令が敷かれたとの情報も入っていますし」

 防衛本庁長官が申し訳なさそうな声で答えた。

「恐れ入った……話にならんなッ!」

「錦木庁長、私も沈丁花の蛮行を黙認してきたワケではありません。先程も申し上げましたが、彼女の行動はあくまで軍規に則っており──」

「だが、今回の件ばかりは軍規もクソもないな」

 首相が手元の報告書に目を通しながら呟いた。


 ――――── 沈丁花・PFRS本部占拠における詳細事項 ――――──


「この内容を見る限り、完璧に常軌を逸脱しているな。我が国はれっきとした法治国家であり、テロ支援国家ではない。故に准将の作戦は却下する」

「……分かりました。准将には私から議会の決定事項として伝えます」

 そう言って防衛本庁長官は席を立った。時を同じくして――



少佐コンダクター、緘口令は布いたか?」

 少々野太い女の声がした。

「恙無く」

 カナリ低い男の声が返答する。

「では、今回の“暴挙さくせん”について簡単に説明しよう」

 声の主──ダリア准将は高度技術爆撃機(ATB)の貨物室の中にいた。機体は既に離陸して、高度1万mを旋回している。起立する彼女の前には、軍服を纏った十数人の男女が思い思いにざわめいている。

「よーく聞いとけ、クソッタレ共!」

 『コンダクター』と呼ばれた男が、准将の隣で缶ビールを呷りながら声を上げる。

「目的はPFRS本部の占拠、及び制圧。以上だ」

 あっという間に説明が終わり、やたらと行儀の悪い兵隊達が口を開き出す。

「准将、『敵』は?」

「三日に一回ママと電話で談笑するようなガキ共が100名ちょい。警備もいるにはいるが、使用期限の切れたコンドーム程度の素人だ」

「じゃあ今回も楽勝っスね」

「そうでもない。『スノー・ドロップ』というSPがいる。数は22……いや、“20名”。特別な人体改造を受けた一種の強化人間ブースト・ヒューマンだ」

「殺し方は?」

「確実に頭部か心臓を撃ち抜け。手脚に2、3発ブチ込んでも大した支障にはならん」

「そいつは愉快な連中で」

「だが、連中は血と汗と涙しか流さない程度の訓練しか受けていない。戦闘や戦略に関しては素人だ」

 ダリア准将が吐き捨てるように言った。

「当然のことながら、我々沈丁花は未知の病原体から世界人類を守るという、崇高な目的のために動く。そうだな、少佐コンダクター?」

「そのとーりです、准将! 人類サイコー!」

 男は既にホロ酔いだ。

「だが、PFRS本部内は未知のウイルスによって完全に汚染され、全職員は死亡したという“間違った情報”を元に作戦を実行にうつす」

「やっちまえええええ────ッッッ!」

「第一に、本部ビルの防衛システムを沈黙させる。第二に、空爆によって主要施設を破壊。そして第三に、一個小隊六人編成で白兵戦だ」

「で、死んだとされる職員達から抵抗を受けた場合、ドコまでやってよろしいんで?」

 その質問に対して、准将は口元を歪めて不気味な笑みを浮かべた。

「抵抗が有ろうが無かろうが、次々殺せ。どう殺そうと構わん。犯してから殺そうが、殺してから犯そうが各自自由だ」

「やったぜ、昼間っからパーティーだ!」

 有象無象が沸き立つ。狂気にも似た空気がこの連中を支配していた。

「で、報酬の方はいかほど頂けるんで?」

 数人がその質問を待ってましたとばかりにニヤつく。

「なんだ、ワタシの顔を久々に拝めたこと以外に、まだ何か欲しいのか?」

「そりゃもう、准将の相変わらず美しい御顔を視姦できて、小生のムスコはいきり立っておりますがね」

「しかしまあ、この商売はいつ現世とバイバイするか分からんですし」

「ふむ、貴様等の意見はもっともだ。では、早い者勝ちルールでハード、ソフト、薬物、人間全て解禁だ」

 准将はそう言って手にしていたPDAを操作した。


 オオオオオオオオォォォォォ~~~~!!


     

 より一層のざわめき。男も女も等しく目を凝らして声を漏らす。各自に配られたPDAに、PFRS本部職員の顔写真が並ぶ。

「カワイイ男も交じってンじゃん★ メチャメチャ楽しみッ!」

 蒼神博士の顔写真を見て下品な笑みをこぼす女。

「おおっと、いいねぇ~~。この眼鏡淑女は俺がもらったッ!」

 アンスリューム博士の顔写真を見てモニターに舌を這わせる男。

 ヒートアップする彼等からは、おおよそ軍人としての道徳や教養といったモノは感じられない。

「准将、電話です」

 そう言って少佐コンダクターが無線機を准将に投げ渡した。

「無粋だな。ドコのガキだ?」

「女房が不細工なことで有名なうち等の上司からです」

「ふんッ、空気の読めん男め」

 小バカにするように鼻で笑って彼女は無線機を耳にあてる。

<ダリア准将、作戦は中止だ。これは首相からの直接命令だ>

 防衛本庁長官が冷静かつ毅然とした声で伝えた。

「“作戦中止”? ほう……分かりませんなあ。何をおっしゃっているのか実に分かりませんなあ」

<PFRSのもたらす世界的経済効果を考慮しての決定事項だ。先進各国において高い知名度を持つ国営企業で、派手に破壊活動をされては甚大な外交問題に発展しかねないとの判断だ>

「下らん。監視衛星でしか戦争を知らぬガキ共など放っておけ」

<そうもいかんのだ。内務庁は国家調査室の不手際で官僚からケツを蹴られた……大臣が短絡的な行動に出て、隣国に情報がリークされるのは時間の問題だ>

「構わん。連合機関の公式調査が入る頃には、全て片がついている。長官、アナタは今まで通り黙認していればよいのだよ」

<そうか……貴様ッ、やはり神の設計図バイタルズを──>

 バキッ──!

 准将は無線機を叩き折った。

「宜しいンで? 防衛本庁に逆らうということは反逆罪に値しますが」

「結構だ。政府には今一度、神の設計図バイタルズが何なのか認識させてやる」

「それはそうと、支配人オーナー・魅月には24時間の猶予を与えたと聞いてますが」

「これは『戦略』だ。デートの待ち合わせをしているワケではない」

「相変わらずイカレてますなあ」

「ああ、人間そうでなくてはいかん」

 そう言って准将と少佐コンダクターは互いに口元を怪しく歪めた。一方で……


「………………クソ女がッ!」

 部下から一方的に通信を切られ、怒りに震えている長官の姿。彼は官邸の一室で受話器を握りしめて、カチカチと歯を噛みならしている。

(こうなれば……)

 彼は自分の携帯をスーツのポケットから取り出し、番号を押した。

<はいはい、何か?>

 すぐに相手が電話に出た。年季の入った女の声だ。

「状況が変わった。想定外のタイミングだが動けるか?」

<もちろん。ただ、先程、支配人オーナーから召集の指示があったので、その後になりますけどね>

「相棒の方は?」

<支障なく>

「……よし。回収でき次第連絡を入れろ。沖合に潜水艦を待機させておく」

<了解でございます>

 ピッ――

 長官は携帯を切って口元に右手の指を一本押し当てて集中した。

(やはり、保険は多いに越したことはないな……)

 彼は固定電話の受話器を手に取って内線ボタンを押した。

「私だ。兵器開発局の責任者につないでくれ」

 神の設計図バイタルズがあらゆる事象を巻き込んでいく。


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