勇敢なSPと愉快な追いはぎ
「なッ、何が!?」
うなだれていた室長も何事かと前方に目をやる。
「…………え?」
人が宙を飛んでいた。泳ぐみたいに飛んでいた。まるでスローモーションのように見えて……
──────ズンッ!!
「うおッ!?」
強引にバックするジープのボンネットに人が降ってきて、中の人間を上下に揺さぶった。
「エ、エンペラー! コイツは!」
「ちょっと、頭下げてッ! 後ろが見えないッ!」
「ど、どうなっているッ!?」
車内は当然、パニックだ。世界でも指折りのセキュリティを誇るPFRS本部にて、襲撃を受けているのだから。
「ホッ……ホホッ……さっさと振り落としたまえ!」
白髪混じりの高齢エージェントがハラハラしながら叫ぶ。
「くぅおのうッ!」
グオンッ! グオンッ! キィィィ――――────!!
先程まで微かな潮騒しか聞こえなかった周辺に、けたたましい車の蛇行音が響き、道路脇の植え込みを派手になぎ倒していく。
「ナメやがってッ!」
激昂するタワーがオートマチックを抜いて、フロントガラスに銃口を向ける。
「オイ、落ち着け! 防弾仕様なのを忘れたか!?」
「おっと……悪りィ!」
「プリエステス、このまま中央区まで戻れ!」
「了解した!」
キキキキキィィィ――――────ッッッ!!
「お、おい、どうする気だ……?」
左右の揺れに弄ばれて、後部座席の三名が一緒に斜めに潰れている。それに合わせてボンネット上の鬼軍曹も、ヨタついたり貼りついたり。
「中央区にうちのメンバーが集まっている! 総出で捕まえる!」
船上での一件を身をもって体験しているエンペラーは、襲撃者を強大な敵とみなした。
ゴンッ! ゴンッ!
鬼軍曹がオモチャの機関銃でフロントガラスを殴りだす。
「無駄無駄ッ!」
船上で受けた屈辱を晴らすべく、タワーが中指を立てて舌を出す。
ガンッ! ガンッ!
今度はヘルメットを脱いで殴りつける。もちろん、傷一つつかない。
「アハハッ! バカがもがいてる! もがいてる!」
アクセルを踏む足を小刻みに震わせ、プリエステスが笑顔で勝ち誇っている。
ドンッ! ドンッ!
ついにはヘルメットを投げ捨て、拳で直に殴りつける。
「ホッホッホッ、元気なオ嬢サンだ。しかし、そのガラスは軍用ライフルの近距離射撃ですら……」
グググゥゥゥゥゥゥゥ――――
鬼軍曹の右上半身が、ありえない角度まで反り返った────直後。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──────────ッッッン!!
……………………………………ピシッ……
「――――――ッ!?」
「――――――ッ!?」
「――――――ッ!?」
「――――――ッ!?」
エージェント一同、瞠目。
「おい……割れてるぞ」
室長がボソリと呟く。更に……
────バシュッ!
「うおッ!?」
左の前輪が突如パンクして、エンペラーが窓ガラスにスキンヘッドをぶつける。
バシュッ! バシュッ!
加えて矢継ぎ早にタイヤが二つ破裂して、ジープのコントロールが大きく崩れる。
「くっそ!!」
プリエステスはブレーキペダルを潰すような勢いで踏み込んだ。
「ホホッ! こりゃ銃撃だ……微かに遠くの方から銃声がした!」
「もう一人の方の仕業かよ!?」
「ウソでしょ!? 500m以上離れてるハズよ!」
車はものすごい勢いでスピンし、ボンネットを占拠していた鬼軍曹は遠心力に負けてブッ飛んだ→羽ばたいた→落ちた→しばらく転がって……止まった。
チリンチリン~~、チリンチリン~~、ぐしゃ……
たまたま通りがかった吉田さんの自転車に轢かれた。
「ふぅふぅ……ふぅふぅ……」
ジープは停止した。エージェント達は周囲を警戒しながら呼吸を整えている。
「おい、エンペラー……」
「……何だ?」
「この車って……ホントに防弾仕様だったか?」
「ああ、そのハズだが……」
フロントガラスには鉄球が降ってきたかのような跡が、クッキリとついている。
「エンペラー、銃を抜いといて」
「どうした?」
「“襲撃者”の相方が来るよッ」
まだ豆粒くらいにしか見えないニ等兵が、ヒィヒィ言いながら走ってくる。ウエストの贅肉をタプタプさせて非常に分かりやすい。
「もう中央区に入った。タワー、無線で他の連中を呼べ」
「…………ぁ」
タワーが呆けた面で外を指差している。
「おいッ! どうし……た……」
エンペラーが後部座席に目をやる。タワーが指差したその先……鬼軍曹が既に復活しており、ジープのバンパーをがっちりと両手で捕まえている。一瞬、車中の全員に「それは有り得ない」的な想像がよぎる。
「まるで……持ち上げようとしているみたいだな」
室長が彼等の想像をボソリと代弁した。
ググッ……
ジープが傾いた。それに合わせて鬼軍曹の頬が強張り、顔色が赤黒くなった。
「エ、エンペラー……この車って段ボールで出来てたっけ?」
「いや、軽装にカスタマイズされちゃいるが……2t近くあるハズだ」
だが、現実に大人を五人乗せた四輪駆動車が傾きはじめている。たった一人の頭の悪そうな少女が、ものすごくブサイクな顔になりつつ傾けている。そして──
ドオォォォォォォォォォォォォォォォ――――────────ッッッン!!
驚天動地。
「…………ッ!」
ダイナミックに転倒した車の中は、人体の無理な重なり合いで声もまともに出せない有様。
<おーい! 一体、何がどうしたの!? スゴイ音がしたけど!>
モニターからエンプレスの心配する声が。しかし、この状況で返答する余裕のある者はいない。
「なあ……どうするよ?」
タワーが室長と高齢エージェントの重みを一身に受け止めながら問う。
「とにかく、ここから出るんだ……」
「さ、賛成……」
エンペラーとプリエステスは、先を争うようにして塞がってない方の窓から脱出。そして、眼前に立つ『敵』を見据えた。
「あの時と同じ質問をもう一度しよう……貴様はダレだ?」
エンペラーは息を荒くしながら面前の敵と対峙した。
「あたしは咲鬼軍曹ッ! 世間様からは選りすぐりのバカと呼ばれているッ! で、遠くの方でヒィヒィしているのが茜ニ等兵ッ! 御近所様からは極めつけのアホと呼ばれているッ!」
自己紹介が済んだ。
「オマエ等は……我々に何か個人的な恨みでもあるのか? それとも、PFRSに対してテロ行為を画策する愚連隊か?」
「働かざる者食うべからず! 全ては明日を生きるため! つまり、生活費を稼ぎにきたのであります!」
言い切った。
「確定申告はお早めに~~~!」
遠くの方でもニ等兵が何か言ってやがる。
「ここを何だと思ってる! 場末の居酒屋じゃねえんだッ、覚悟しやがれ!」
転倒したジープから這い出しながら、タワーがやたらと強気にでる。彼等にとってのホームグラウンド故、当然ではあった。
「で……この襲撃の目的は?」
エンペラーはあくまで冷静に対応する。
「そこにヘタりこんでるオッチャンちょーだい」
「ひっ……!」
咲鬼軍曹からまさかの御指名を受けて、杜若室長が小さな悲鳴をあげる。
「白昼堂々と誘拐ねぇ……」
「よせッ、コイツで見てみろ」
ホルスターに手をかけようとしていたプリエステスを制止し、エンペラーが彼女に双眼鏡を投げ渡した。
「見ろって……何を?」
「相方の方だ」
言われて双眼鏡をのぞいてみれば、茜ニ等兵が長距離射撃用のライフル銃を腰だめで構えている。
「何か妙な“違和感”がしないか?」
「……違和感?」
「タイヤを撃ち抜かれた時、既に500m以上離れていた。にもかかわらず、あのライフル銃には……」
「ちょっと……スコープついてないじゃん!」
ライフルの性能上、弾丸は届くだろう。しかし“届く”のと“命中”するのとではワケが違う。
「ホッ……ホホッ……どういう視力をしとるのかね!?」
「エンペラー、この状況ってよう……」
「ああ、マズイな」
エージェント達が場の空気の異常性に気づいた。この二人組は船上の時と同様に、一種の『支配領域』を形成している。精密機械の如く、いつでも正確に敵を銃殺できる環境を仕立てておきながら、もう一人が丸腰で立ち向かってくるという、特殊な状況。
(仲間の安全を考慮すれば……しかし、どうして国家調査室の役員を欲しがる?)
エンペラーの中で葛藤が生じる。不審者共の言う通りに室長を引き渡せば、任務の放棄になり、かと言って……現状の装備で勝てる相手では無い事など、百も承知。
<こちら魅月。スノードロップ総員に告ぐ。これより本部ビルにて緊急会議行う。直ちに集合せよ>
転倒したジープの中から支配人の声が届く。
「ホホッ……エンペラーよ、魅月殿の指示だ。ここは一旦引くとしよう」
「室長を捨てていくのか?」
「連中が何者であろうとPFRSからは逃げられんよ。しっかり装備を整えて出直した方が賢明だと言うとるのだ」
「『ムーン』に賛成。本土まで泳いで帰れるならともかく、ここは他のメンバーを呼んで数をそろえてからでも遅くないよ」
プリエステスにとってもこの状況はカナリ居心地が悪かった。
「ど、どうするよ、エンペラー……」
暴発しかねない程ハラハラしているタワーを見て、責任者としての義務感を感じた。
「室長殿、申し訳ありません。後ほど改めて御迎えにあがります」
ダッ――!
リーダー、駆ける。それに続いて他の三名も走り出す。小さくなっていく背中がなんだか侘びしい。
「そんな……」
あっさり放置されてしまった室長は、脱力したままエージェント達の退却を見送るしかなかった。
「任務完了ォォォォォォォ!」
「ぎゃああああああああッ!」
塩化ビニール製のオモチャのナイフをブンブン振り回し、楽しそうな咲鬼軍曹を前にして室長は心底絶叫する。
「あたし等正義の兵隊さーん!」
「わたし等正義の兵隊さーん!」
ザッザッザッ!
「国産牛と美青年が大好きでー!」
「炭水化物と美少年が大好きでー!」
ザッザッザッ!
「モデルと警察大嫌いー!」
「運動、児ポ法大嫌いー!」
ザンッ!
「せいれぇぇぇぇぇつ!」
「びしッ!」
脂汗で顔面をテッカテカに輝かせながら、茜ニ等兵が到着。
「これより次の作戦を説明する。よーく聞きたまえ!」
「びしッ!」
カキカキカキ……
当然のことながらモニターも黒板も無いので、画用紙を取り出して絵を描く。
「我々の護衛対象である蒼神博士は、おそらくこの巨大高層ビルに連行されたと考えられる。よって、このビルに突入! 及び制圧する!」
とっても無邪気で抽象的な絵だ。クレヨンで描いた。
「鬼軍曹殿! 質問宜しいでしょうか?」
「許可する!」
「敵軍から抵抗を受けた場合、どのように対処致しましょう?」
「選択肢は三つ! 一つ、『無視』。二つ、『総滅』。三つ、『人質を盾にする』。臨機応変に対処せよ!」
「びしッ!」
「…………おい、『人質』って私のことか?」
室長が早速巻き込まれた。
「その通りだ中年曹長!」
階級までもらった。
「作戦の目的はあくまで蒼神博士を完璧に護衛すること! 博士の個人的な用事が済み次第、例の海底トンネルから本土へ脱出する! 以上だ!」
「……ちょっといいかな?」
そう言って室長が神妙な表情で茜ニ等兵に向き直った。
「何でありますか?」
「君は数年前……ドコでナニをしていた?」
「大変です鬼軍曹殿ッ、ナンパの対象にされたであります!」
「ぬッ、中年曹長の分際で不謹慎な! ちなみに、茜二等兵は年上に興味は無いから気をつけたまえ!」
「全くであります! 美少年のフェロモンを世界遺産に登録するであります!」
ワケが分かりません。
「……君は『エリジアム』と何か関係があるんじゃないのか?」
さあ答えてくれ……みたいな顔した室長を前にして、二人は困惑。何だかよく分からないんで、身振り手振りでジェスチャー会話してオロオロ。10秒ほど協議した末……
ガンッ――
室長、ライフルのハンマーで後頭部を強打される。
「さて、早速三つ目の選択肢を実行に移すとしよう!」
「世界平和をこの手に勝ち取るであります!」
世界平和実現のため、早速犠牲者が発生している。
ズリズリズリ……
無残な有様と化した室長が二人の兵隊さんに引きずられていった。