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考えろよ。  作者: 回収屋
17/32

勇敢なSPと愉快な追いはぎ

「なッ、何が!?」

 うなだれていた室長も何事かと前方に目をやる。

「…………え?」

 人が宙を飛んでいた。泳ぐみたいに飛んでいた。まるでスローモーションのように見えて……


 ──────ズンッ!!


「うおッ!?」

 強引にバックするジープのボンネットに人が降ってきて、中の人間を上下に揺さぶった。

「エ、エンペラー! コイツは!」

「ちょっと、頭下げてッ! 後ろが見えないッ!」

「ど、どうなっているッ!?」

 車内は当然、パニックだ。世界でも指折りのセキュリティを誇るPFRS本部にて、襲撃を受けているのだから。

「ホッ……ホホッ……さっさと振り落としたまえ!」

 白髪混じりの高齢エージェントがハラハラしながら叫ぶ。

「くぅおのうッ!」


 グオンッ! グオンッ! キィィィ――――────!!


 先程まで微かな潮騒しか聞こえなかった周辺に、けたたましい車の蛇行音が響き、道路脇の植え込みを派手になぎ倒していく。

「ナメやがってッ!」

 激昂するタワーがオートマチックを抜いて、フロントガラスに銃口を向ける。

「オイ、落ち着け! 防弾仕様なのを忘れたか!?」

「おっと……悪りィ!」

「プリエステス、このまま中央区まで戻れ!」

「了解した!」

 キキキキキィィィ――――────ッッッ!!

「お、おい、どうする気だ……?」

 左右の揺れに弄ばれて、後部座席の三名が一緒に斜めに潰れている。それに合わせてボンネット上の鬼軍曹も、ヨタついたり貼りついたり。

「中央区にうちのメンバーが集まっている! 総出で捕まえる!」

 船上での一件を身をもって体験しているエンペラーは、襲撃者を強大な敵とみなした。


 ゴンッ! ゴンッ!


 鬼軍曹がオモチャの機関銃でフロントガラスを殴りだす。

「無駄無駄ッ!」

 船上で受けた屈辱を晴らすべく、タワーが中指を立てて舌を出す。


 ガンッ! ガンッ!


 今度はヘルメットを脱いで殴りつける。もちろん、傷一つつかない。

「アハハッ! バカがもがいてる! もがいてる!」

 アクセルを踏む足を小刻みに震わせ、プリエステスが笑顔で勝ち誇っている。


 ドンッ! ドンッ!


 ついにはヘルメットを投げ捨て、拳で直に殴りつける。

「ホッホッホッ、元気なオ嬢サンだ。しかし、そのガラスは軍用ライフルの近距離射撃ですら……」

 グググゥゥゥゥゥゥゥ――――

 鬼軍曹の右上半身が、ありえない角度まで反り返った────直後。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──────────ッッッン!!

 ……………………………………ピシッ……


「――――――ッ!?」

「――――――ッ!?」

「――――――ッ!?」

「――――――ッ!?」

 エージェント一同、瞠目。

「おい……割れてるぞ」

 室長がボソリと呟く。更に……


 ────バシュッ!


「うおッ!?」

 左の前輪が突如パンクして、エンペラーが窓ガラスにスキンヘッドをぶつける。


 バシュッ! バシュッ!


 加えて矢継ぎ早にタイヤが二つ破裂して、ジープのコントロールが大きく崩れる。

「くっそ!!」

 プリエステスはブレーキペダルを潰すような勢いで踏み込んだ。

「ホホッ! こりゃ銃撃だ……微かに遠くの方から銃声がした!」

「もう一人の方の仕業かよ!?」

「ウソでしょ!? 500m以上離れてるハズよ!」

 車はものすごい勢いでスピンし、ボンネットを占拠していた鬼軍曹は遠心力に負けてブッ飛んだ→羽ばたいた→落ちた→しばらく転がって……止まった。


 チリンチリン~~、チリンチリン~~、ぐしゃ……


    

 たまたま通りがかった吉田さんの自転車に轢かれた。

「ふぅふぅ……ふぅふぅ……」

 ジープは停止した。エージェント達は周囲を警戒しながら呼吸を整えている。

「おい、エンペラー……」

「……何だ?」

「この車って……ホントに防弾仕様だったか?」

「ああ、そのハズだが……」

 フロントガラスには鉄球が降ってきたかのような跡が、クッキリとついている。

「エンペラー、銃を抜いといて」

「どうした?」

「“襲撃者”の相方が来るよッ」

 まだ豆粒くらいにしか見えないニ等兵が、ヒィヒィ言いながら走ってくる。ウエストの贅肉をタプタプさせて非常に分かりやすい。

「もう中央区に入った。タワー、無線で他の連中を呼べ」

「…………ぁ」

 タワーが呆けた面で外を指差している。

「おいッ! どうし……た……」

 エンペラーが後部座席に目をやる。タワーが指差したその先……鬼軍曹が既に復活しており、ジープのバンパーをがっちりと両手で捕まえている。一瞬、車中の全員に「それは有り得ない」的な想像がよぎる。

「まるで……持ち上げようとしているみたいだな」

 室長が彼等の想像をボソリと代弁した。


 ググッ……


 ジープが傾いた。それに合わせて鬼軍曹の頬が強張り、顔色が赤黒くなった。

「エ、エンペラー……この車って段ボールで出来てたっけ?」

「いや、軽装にカスタマイズされちゃいるが……2t近くあるハズだ」

 だが、現実に大人を五人乗せた四輪駆動車が傾きはじめている。たった一人の頭の悪そうな少女が、ものすごくブサイクな顔になりつつ傾けている。そして──


 ドオォォォォォォォォォォォォォォォ――――────────ッッッン!!


 驚天動地。

「…………ッ!」

 ダイナミックに転倒した車の中は、人体の無理な重なり合いで声もまともに出せない有様。

<おーい! 一体、何がどうしたの!? スゴイ音がしたけど!>

 モニターからエンプレスの心配する声が。しかし、この状況で返答する余裕のある者はいない。

「なあ……どうするよ?」

 タワーが室長と高齢エージェントの重みを一身に受け止めながら問う。

「とにかく、ここから出るんだ……」

「さ、賛成……」

 エンペラーとプリエステスは、先を争うようにして塞がってない方の窓から脱出。そして、眼前に立つ『敵』を見据えた。

「あの時と同じ質問をもう一度しよう……貴様はダレだ?」

 エンペラーは息を荒くしながら面前の敵と対峙した。

「あたしは咲鬼軍曹ッ! 世間様からは選りすぐりのバカと呼ばれているッ! で、遠くの方でヒィヒィしているのが茜ニ等兵ッ! 御近所様からは極めつけのアホと呼ばれているッ!」

 自己紹介が済んだ。

「オマエ等は……我々に何か個人的な恨みでもあるのか? それとも、PFRSに対してテロ行為を画策する愚連隊か?」

「働かざる者食うべからず! 全ては明日を生きるため! つまり、生活費を稼ぎにきたのであります!」

 言い切った。

「確定申告はお早めに~~~!」

 遠くの方でもニ等兵が何か言ってやがる。

「ここを何だと思ってる! 場末の居酒屋じゃねえんだッ、覚悟しやがれ!」

 転倒したジープから這い出しながら、タワーがやたらと強気にでる。彼等にとってのホームグラウンド故、当然ではあった。

「で……この襲撃の目的は?」

 エンペラーはあくまで冷静に対応する。

「そこにヘタりこんでるオッチャンちょーだい」

「ひっ……!」

 咲鬼軍曹からまさかの御指名を受けて、杜若室長が小さな悲鳴をあげる。

「白昼堂々と誘拐ねぇ……」

「よせッ、コイツで見てみろ」

 ホルスターに手をかけようとしていたプリエステスを制止し、エンペラーが彼女に双眼鏡を投げ渡した。

「見ろって……何を?」

「相方の方だ」

 言われて双眼鏡をのぞいてみれば、茜ニ等兵が長距離射撃用のライフル銃を腰だめで構えている。

「何か妙な“違和感”がしないか?」

「……違和感?」

「タイヤを撃ち抜かれた時、既に500m以上離れていた。にもかかわらず、あのライフル銃には……」

「ちょっと……スコープついてないじゃん!」

 ライフルの性能上、弾丸は届くだろう。しかし“届く”のと“命中”するのとではワケが違う。

「ホッ……ホホッ……どういう視力をしとるのかね!?」

「エンペラー、この状況ってよう……」

「ああ、マズイな」

 エージェント達が場の空気の異常性に気づいた。この二人組は船上の時と同様に、一種の『支配領域』を形成している。精密機械の如く、いつでも正確に敵を銃殺できる環境を仕立てておきながら、もう一人が丸腰で立ち向かってくるという、特殊な状況。

(仲間の安全を考慮すれば……しかし、どうして国家調査室の役員を欲しがる?)

 エンペラーの中で葛藤が生じる。不審者共の言う通りに室長を引き渡せば、任務の放棄になり、かと言って……現状の装備で勝てる相手では無い事など、百も承知。


<こちら魅月。スノードロップ総員に告ぐ。これより本部ビルにて緊急会議行う。直ちに集合せよ>


 転倒したジープの中から支配人オーナーの声が届く。

「ホホッ……エンペラーよ、魅月殿の指示だ。ここは一旦引くとしよう」

「室長を捨てていくのか?」

「連中が何者であろうとPFRSからは逃げられんよ。しっかり装備を整えて出直した方が賢明だと言うとるのだ」

「『ムーン』に賛成。本土まで泳いで帰れるならともかく、ここは他のメンバーを呼んで数をそろえてからでも遅くないよ」

 プリエステスにとってもこの状況はカナリ居心地が悪かった。

「ど、どうするよ、エンペラー……」

 暴発しかねない程ハラハラしているタワーを見て、責任者としての義務感を感じた。

「室長殿、申し訳ありません。後ほど改めて御迎えにあがります」


 ダッ――!


 リーダー、駆ける。それに続いて他の三名も走り出す。小さくなっていく背中がなんだか侘びしい。

「そんな……」

 あっさり放置されてしまった室長は、脱力したままエージェント達の退却を見送るしかなかった。

「任務完了ォォォォォォォ!」

「ぎゃああああああああッ!」

 塩化ビニール製のオモチャのナイフをブンブン振り回し、楽しそうな咲鬼軍曹を前にして室長は心底絶叫する。

「あたし等正義の兵隊さーん!」

「わたし等正義の兵隊さーん!」

 ザッザッザッ!

国産牛おにく美青年おとこが大好きでー!」

炭水化物おこめ美少年こどもが大好きでー!」

 ザッザッザッ!

「モデルと警察大嫌いー!」

「運動、児ポ法大嫌いー!」

 ザンッ!

「せいれぇぇぇぇぇつ!」

「びしッ!」

 脂汗で顔面をテッカテカに輝かせながら、茜ニ等兵が到着。

「これより次の作戦を説明する。よーく聞きたまえ!」

「びしッ!」

 カキカキカキ……

 当然のことながらモニターも黒板も無いので、画用紙を取り出して絵を描く。

「我々の護衛対象である蒼神博士は、おそらくこの巨大高層ビルに連行されたと考えられる。よって、このビルに突入! 及び制圧する!」

 とっても無邪気で抽象的な絵だ。クレヨンで描いた。

「鬼軍曹殿! 質問宜しいでしょうか?」

「許可する!」

「敵軍から抵抗を受けた場合、どのように対処致しましょう?」

「選択肢は三つ! 一つ、『無視シカト』。二つ、『総滅いたくする』。三つ、『人質を盾にする』。臨機応変に対処せよ!」

「びしッ!」

「…………おい、『人質』って私のことか?」

 室長が早速巻き込まれた。

「その通りだ中年曹長!」

 階級までもらった。

「作戦の目的はあくまで蒼神博士を完璧に護衛すること! 博士の個人的な用事が済み次第、例の海底トンネルから本土へ脱出する! 以上だ!」

「……ちょっといいかな?」

 そう言って室長が神妙な表情で茜ニ等兵に向き直った。

「何でありますか?」

「君は数年前……ドコでナニをしていた?」

「大変です鬼軍曹殿ッ、ナンパの対象にされたであります!」

「ぬッ、中年曹長の分際で不謹慎な! ちなみに、茜二等兵は年上に興味は無いから気をつけたまえ!」

「全くであります! 美少年のフェロモンを世界遺産に登録するであります!」

 ワケが分かりません。

「……君は『エリジアム』と何か関係があるんじゃないのか?」

 さあ答えてくれ……みたいな顔した室長を前にして、二人は困惑。何だかよく分からないんで、身振り手振りでジェスチャー会話してオロオロ。10秒ほど協議した末……


 ガンッ――


 室長、ライフルのハンマーで後頭部を強打される。

「さて、早速三つ目の選択肢を実行に移すとしよう!」

「世界平和をこの手に勝ち取るであります!」

 世界平和実現のため、早速犠牲者が発生している。

 ズリズリズリ……

 無残な有様と化した室長が二人の兵隊さんに引きずられていった。


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