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考えろよ。  作者: 回収屋
16/32

仮説の真偽と究極の小競り合い

 ガコンッ──


 エレベーターのドアが開く。眼前に広がるのは、金属とコンクリートの交じり合った無機質な空間。

 カンカンカン……

 階段を降りた先に見えるのは、吹き抜け状になった巨大な強化ガラス水槽。その中に佇むのは、人間の形をしたリアル過ぎる模型と、14名の職員……だった者達。

「そのままだ……」

 蒼神博士が消え入りそうな声で呟いた。

「ああ、その通りだ」

 支配人オーナー・魅月氏は少々申し訳なさそうな表情で俯いた。

「アナタが去ってからもずっと検査しているけど、特に目新しい情報は得られてない。何も聞こえてないし、一言も喋らない。なのに健康状態はすこぶる良好……ワケが分からないわ」

 アンスリューム博士は水槽周辺のコンソールを操作しながら、軽く溜め息をついた。

「蒼神君、さっきダリア准将がPFRSは『金庫』だと言ったのを覚えているかね?」

「……ええ」

「PFRSの設立に掛かった莫大な費用と維持費は、その殆どが准将によって賄われている。国防予算に意見できる立場の一人とはいえ、一個人が好き勝手できる額ではない。私が一介の科学者だった頃からのつき合いではあるが……正直なところ素性が知れん」

(もしや……)

 蒼神博士が確信する。

「神の設計図バイタルズは本来なら人の目に晒される予定ではなかった。が、地球は15万年経っても成果の得られない計画に痺れをきらし、人間の手に委ねようと考えた」

支配人オーナー、軍部は神の設計図バイタルズを軍事利用するため、PFRSという金庫を用意したと?」

 アンスリュームが訝る。

「いや、“計画”は軍部によるものではない。『惑星自壊説』で唱えられている通り、地球の意志が具現化されたものだ」

「なるほど……惑星が自殺などすれば人類のみならず、全ての生命が滅ぶ。そうなると解っていれば、ダレだって阻止しようと考える。で、自壊のカギとなる神の設計図バイタルズをなるべく人の目に触れられない場所に隠匿した……と?」

 女史アンスリュームが自問するかのように聞く。

「ああ、そんなところだ」

「はっ……バカな。新興宗教の教祖がたれる説教じゃあるまいし、ネット上で興味本位で注目されただけの仮説に、軍部の決定権が左右されると言うんですか?」

「その通りだ」

 魅月氏の返答に躊躇は感じられない。

「正気ですか!? ちょっと……槐からも何とか言ってあげて」

 彼女は頭を横に振りながら蒼神博士に目をやった。

「地球の自殺までの猶予はどれくらいですか?」

「ちょ、槐ッ……?」

「……やはり、君という若者は変わっているな。何を根拠に賛同するのかね?」

「ボクは知っています。アナタは決して嘘をつける人間ではないと……現在も昔もそれは変わらない。だからこそ発表した。ただし、軍部の監視があったため、公式な学説としては認められなかった。そうなんですよね?」

 蒼神博士の言葉に女史アンスリュームはハッとし、魅月氏は小さく頷いた。

「神の設計図バイタルズが政府機関に接収された当時、私は税金で食いつなぐ公僕にすぎなかった。どういう経緯かは知らないが、精密検査に立ち会う機会を得て接触し、ダレがどう考えて何を実行しようとしているか、無理矢理知らされた……同じなんだろ? 君の時も」

「いえ、ボクが接触で得た情報は、もっと抽象的なモノでした。言うなれば、ダレかとの会話の断片みたいなもので、神の設計図バイタルズは何だかのファクターを必要とし、探している最中であると訴えてきました」

「なるほど……いずれにせよ、再度ダリア准将を招かねばなるまいな」

 魅月氏はそう言って、巨大な水槽で静かに佇む職員達を哀れみの目で見つめた。

「先ほど来賓室で准将が口にした『沈丁花じんちょうげ』とは?」

 アンスリュームは口元に手をあて目を細めて問う。

「『沈丁花』とは……世界規模で蔓延する恐れのあるウイルスや病原体を、街ごと封じ込めて滅却する特殊機関。トップに立つダリア准将が全権を掌握していて、場合によっては、一国の首相の権限を無視して独断で行動できる」

「それはつまり、PFRSを軍事力でもって強制的に占拠し、神の設計図バイタルズをいつでも奪取できるというワケですね」

「ああ、その通り。しかし、だからと言って蒼神君の提案通り、破壊するというワケにはいかん。この14名の職員はまだ生きている。原因をつきとめる前に破壊すれば、彼等の命に関わるやもしれん」

「あ……」

 蒼神博士はまたもや失念するところだった。自分の勝手で生じた沢山の人の死を。

支配人オーナー、少々宜しいでしょうか?」

「ん?」

 アンスリューム女史が魅月氏のもとに歩み寄り、彼の耳元で何かを呟きかけた。

「……分かった。私は先にスノードロップを召集して、今後の対策を練るとしよう」

 そう言って彼は踵を返してエレベーターに乗り込む。

 ゴウゥゥゥゥゥゥン……

 エレベーターは上昇していき、薄暗いP4施設に二人っきりとなる。そして。

「――――ぅ!?」

 突然、蒼神博士の身体が強引に引き寄せられ、アンスリューム博士と密着する。

「……ん」

 蒼神博士の腰に回された腕が、しっかりと絡みつき放さない。頭一つ分背の高いアンスリューム博士が、相手を見下ろすような形で抱き締めている。

「……ぁ…………」

 彼の口から苦しみにも似た声が漏れる。が、彼女の方は溜まっていた何かを一斉にブチまけたかのように、貪っている。まるで動物の捕食行為だ。

「どうして逃げたの? この卑怯者ッ……!」

 アンスリュームからわずかに聞こえてきた嗚咽。        

「だ、だってボクには力がなかったから……」

 自分に出来る事と出来ないことは分かっていた。経験値の少なさも、人の機微を見逃してしまう愚かさも気にしていた。だから思った。ダレか力を貸してくれ……ボクは一人じゃ何も判断できないんだ。でも、ボクに協力してくれた人達は死んでいった……一体、ダレが悪いんだ? ボクか? 軍部か? PFRSか?

「そんなコトない。槐、アナタが必要なの。さあ、『棕櫚しゅろ』の所に行きましょう」

 アンスリュームは慈しみの声で彼に呟きかけ、その手を取ってエレベーターまでエスコートする。

 ゴウゥゥゥゥゥゥン……

 二人はエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは上昇していき、海底の研究所から人の声も物音も一切が消えた。


 フッ――


 一瞬、巨大水槽のすぐ側を影が一つ通り過ぎ、物音一つさせずに薄明かりの下、その姿をさらした。コンソールを操作する真っ黒なスーツ姿の人物。

「青いですねぇ……なんとも青い」

 ガコンッ──!

 水槽のハッチのロックが解除される音がした。



 PFRS本部・北方区――ジープが一台走っている。後部座席の中央には焦燥した中年男性が座る。高そうなスーツは薄汚れ、ネクタイはヨレヨレ。その中年男性を挟んで座る男達は、綺麗なフォーマルスーツ姿で腕組みし、周囲を窓から警戒している。運転席と助手席に座る者達も同様で、助手席のスキンヘッドの男はPDAで何かを調べている。

「……ん、身元の確認がとれた。PFRSへようこそ、国家調査室長殿」

 エージェント・エンペラーは、小バカにするような口調で彼に一瞥をくれた。

「政府の偉い御役人様は大変ですなあ。こんな辺境に御一人で視察ですか?」

「ホッホッホッ、タワー君の皮肉は相変わらずおもしろいのぅ」

「…………」

 左右を挟むエージェントの無駄口など全く気にしない素振りで、室長は押し黙る。

「そういえば、エンプレスの事聞いたか?」

 エンペラーが運転席の女に問いかけた。

「さっきね。なんでも後ろのオッサンに加えて、アンスリューム博士とフリージアが同伴してたそうじゃない……一体、どうなってんの?」

「それだけじゃない」

「ええ、分かってる……」

 ハンドルを握る女の手にイヤな汗が噴き出す。どうにもさっきから周囲の様子が気になって、キョロキョロしてしまう。

「おい、プリエステス……事故ンなよ」

 彼女の様子に気づいたエージェント・タワーが口を出す。

「うっさい。オマエは話しかけるなッ」

 車内の約三名は同様にピリピリしていた。

「……ん?」

 車内のコンソールにあるモニターから、緊急コールが発せられている。エンペラーがモニターを操作すると……

<私よッ! エンペラーは!?>

 エンプレスがかぶりつくような勢いでリーダーを呼びつける。

「よう、久し振り」

「ホッホッホッ、元気そうで」

<だからッ、エンペラーはッ!?>

 後部座席のマイペースな男共は無視。

「何事だ?」

 エンペラーがモニターに顔を近づける。

<今、北方区?>

「ああ。調査室の役員殿同伴で、ゲストルームに向かっているところだ」

<近くに人影は無い!?>

「……人影?」

<いいから!>

「…………いや、ダレもいないが」

<油断しないでッ! そっちに向かったハズだからッ!>

「だから何のこと……だ……?」


 ピッピッピッ! ピッピッピッ! ピッピッピッ!


 ──笛の音?

「…………」

 車中の全員が瞠目し、モニターのエンプレスが固まっている。


 ピッピッピッ! ピッピッピッ! ピッピッピッ!


 前方から聞こえてくる。プリエステスがスピードを落とす。

「おい、ありゃ何だ……?」

 タワーが呆けた面で指差した先──炎天下に迷彩服を纏って、ヘルメットを装着した総勢二名の兵士さん。ジョギングしながら笛を吹いている。ヘルメットで陰ができて顔が見えない。


 ピッピッピッ! ピッピッピッ! ピ――――――────ッッッ!!


<ちょっと、どうかしたの? 笛みたいな音がするけど……?>

 エンプレスがオドオドしはじめる。

「……止まった」

<は?>

 ザッザッザッ! ザッザッザッ!

「足踏みしはじめた」

<は?>

 キッ――!

 異様な危険を察知したプリエステスが車を停止させる。彼等の前方50メートル程先に……


「あたし等正義の兵隊さーん!」

「わたし等正義の兵隊さーん!」

 ザッザッザッ!

「悪党潰して金もらうー!」

「悪人倒して金もらうー!」

 ザッザッザッ!

「性欲・物欲ふりかざしー!」

「食欲・私欲を武器にしてー!」

 ザッザッザッ!

「弱者を救うのカッコイイー!」

「強者をボコるの気持ちイイー!」

 ザザンッ、ザンッ!

「いくかッ!?」

「いきましょ!」

「やめるか!?」

「やめましょ!」

 どっちだよ。

 ザッ──!

 不審者二名の動きが止まり、その場で起立・あ~んど・敬礼。そして……

「――――ッ、プリエステス! バックだッ!」


 ギュルルルルルルルルゥゥゥ――――────!!   


 “緊急事態”の四文字が車中によぎって、エージェント達の本能が「何かヤベえ!」と叫んだ。


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