表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
考えろよ。  作者: 回収屋
15/32

はばかる軍部と暴れる部外者

「うッ!?」

 まさかの不意打ちにヨロめく博士の胸ぐらをつかみ、自分の方へ強引に引き寄せた。

「はじめまして、蒼神槐君」

 端正な顔立ちをしてはいるが、その表情には大いなる怒りの色が滲んでいる。准将は支配人オーナーの隣へ面倒臭そうに腰をおろして、胸元で堂々と腕組みをする。

「ところでアンスリューム、PFRSは腕の良いパイロットを飼っているな」


 ガタッ──!


 座っていたアンスリューム博士が思わず立ち上がり、准将をキッと睨みつけた。

「座りたまえ」

「…………はい……」

 支配人オーナーに促され、彼女は眼鏡の位置を直しつつ着席する。

「事の次第はモニターしていました。准将、ミサイルで威嚇するとは……度が過ぎますな」

「軍部の厳命を無視し、上級職員を抹殺しようとした行為は度が過ぎんのか?」

「…………」

 支配人オーナーに返答はない。そして、この状況下で蒼神博士の情緒が安定しようもない。自分の殺害を指示した張本人と、軍部に拘束しようとする将校が同席しているのだから。

 カチャ……

 ダリア准将はカップを手に取って紅茶を一気に飲み干す。

「全員時間に追われる身だ。早速、本題に入ろう。蒼神、弁明すべきことはあるか?」

「…………」

 彼は黙秘に徹する。それ以外に抵抗の手段を持ち合わせていない。


 バシャ──!


「うっ……!」

 自分の紅茶を准将にブッかけられて、蒼神博士が怯む。

「話にならんな。どうしてくれる?」

 准将の鋭い視線が支配人オーナーを射抜く。

「少々宜しいでしょうか?」

「何だ?」

 状況を見兼ねてか、アンスリューム博士が割って入る。

「もし、彼を犯罪者として拘束するのなら、弁護士を呼んでからにしてください」

「……拘束?」

 准将は脚を組んで軽く鼻で笑うと、二人の部下に手で合図した。

「ワタシは気が短い。前戯は省いて単刀直入にブチこませてもらう」

 テーブルの上にスーツケースが置かれ、中から剣呑な道具一式が取り出される。そして、将校二人が蒼神博士の脇に立ち、両腕を押えつけてヒモのような物で椅子に固定してしまう。

「准将ッ!?」

「騒ぐな小娘ッ」

 34歳になる女性に対して“小娘”と一喝した准将は、部下から注射器を手渡され立ち上がる。

 ガッ――!

 彼女は蒼神博士の髪を鷲掴みにして、無造作に引っ張った。

「うッ……!」

「さて、コイツが何だか分かるかい?」

 そう言って手にした注射器を目の前でチラつかせる。

「……自白剤です」

「効果は?」

「……大脳上皮の麻痺」

「使ったことは?」

「……ありません」

「そいつはよかった。初体験だな」

「くっ……」

 容赦なく注射器の針が彼の皮膚を貫く。

「准将、お待ちを」

「何だ?」

 注射器の内容物が注入される寸前で、支配人オーナーが声をかけた。

「朦朧とした状態での自白は信憑性が低くなり、細部については記憶違いや記憶の齟齬が出ます。あるいは、投薬された人間の主観的妄想が含まれる場合もあります」

「だから何だ? 薬が回れば政治家でも僧侶でも等しくそうなる」

「だから困るのです」

「どういう意味だ?」

「彼が削除した実験データを復元するには、シーケンサーを正しく操作する必要があります。薬を使用しては精密な作業は無理です」

「……ちッ」

 准将は軽く舌打ちして注射針を引き抜いた。そして、蒼神博士の顎先をグッとつかんで、自分の顔に引き寄せた。

「神の設計図バイタルズは軍部の所有物であり、PFRSは専用の金庫でしかない! 勝手な接触は断じて許さん!」

 耳をつんざくような声がフロアに響く。

「……ふぅ」

 アンスリューム博士が安堵のため息をつく。

「魅月ッ!」

「何でしょうか?」

「猶予は24時間だ、結果を出せ!」

「もし、成果が出なかった場合は?」

「『沈丁花じんちょうげ』が直接占拠を行い、職員全てを査問にかける」

「……了解しました」

 支配人オーナーは特に動揺する様子もなく、自分の紅茶を口に運んで飲み干した。


 ゴゥゥゥゥゥゥ──────ン……


 ダリア准将と二人の将校を乗せたエレベーターが降りて行った。会議室に残った三人は口を噤んで、しばらく微動だにしない。そして……


 ドゴッ──!


「あぅ!?」

 大きく振りかぶったアンスリューム博士の拳が、蒼神博士の頬にめり込む。

「このバカッ!」

 両肩をワナワナと震わせながら本気でキレている。

「ふぅ……」

 その光景にうんざりした様子のオーナーは席を立ち、のどかな陽射しの差し込む窓ガラスに額を押し当て、目を閉じた。

「……支配人オーナー、SPのエンプレスさんから聞きました」

「…………」

「彼女は“恐怖に打ち勝てる人間はいない”と言っていました」

「…………」

「そして、恐怖を消すため、神の設計図バイタルズは人間をヒトではないモノに変えました」

「…………」

「しかし、もうここまでです。アレを破壊しましょう」

 蒼神博士の真摯な発言に、アンスリュームが目を丸くする。

「君が削除した実験データの内容は大よそ見当がつく。君も神の設計図バイタルズに話かけられたのだろう?」

 そう言って蒼神博士を睥睨した。

「……は、はい。でも、どうして……?」

 不意打ちを食らって彼は一瞬戸惑う。

「君達は『惑星自壊説』という学説を知っているかね?」

 魅月氏は観葉植物の葉を弄りながらポツリと呟く。

「いえ、ボクは……」

「確か、大昔にネットに流れたカルト的な学説だったような」

「そうだ……<人類とは地球によって創造された生体兵器である>……蒙昧な科学者の血迷った仮説だ」

 彼は霧吹きを手に取って中を見る。水は入っていない。空だ。

「しかし、もし……その仮説を発表した根拠が神の設計図バイタルズにあるとすれば、その科学者も君と同様にアレの破壊を考えただろうな」

「……?」

 脈絡のない話に蒼神とアンスリュームが瞠目する。

「では、場所を変えようか」

 そう言って、魅月氏はエレベーターのコンソールを操作した。 

      


「准将、猶予など与えて宜しかったのですか?」

「構わん。こっちにも準備時間が必要だ」

「しかし、連中もバカではありません。何かしら策を講じてくるのでは?」

「それでいい」

「は?」

 本部ビルを出たダリア准将と二人の将校は、送迎用のジープを無視し、徒歩でヘリポートに向かっていた。

「火薬の量は十分過ぎるくらいで良い。PFRSのバカ共には徹底抗戦に出てもらう」

「し、しかし……隣国の領海が肉迫しているPFRSでの戦闘行為は……」

「上層部の腰ぬけ共がどう騒ごうが、知ったことではない。ワタシの沈丁花がきっちり仕事をこなす」

 准将は強烈な毒を吐き、軍服のポケットからシガレットケースを取り出す。ケースから出てきたのは葉巻でも紙タバコでもなく……『スティックシュガー』。端を千切って、伸ばした紅い舌の上にサラサラと乗せていく。ヌラヌラとした舌の上に白い小山ができて……

 ──ゴクッ

 蛇のように飲み込んだ。

「つまり、無かった事にする……と?」

「そうだ。PFRSの連中には全員“無かった事”になってもらう」

 そう言って不気味に微笑んだ。


 ダダダダダダダダダダッ────────!


 彼女達のすぐ側をものすごい勢いで走り去り、ヘリポートめがけて突進していく二つの影。強烈な直射日光が照りつける中、全く怯まぬ咲鬼軍曹と、脂汗で蝋人形みたいにテカってる茜ニ等兵が、異常なテンションで出没。

「ぬッ、茜ニ等兵!」

「何でありますか!?」

「行き止まりだ」

「そのとーりであります!」

 ヘリポートまでやって来たはいいが、ヘリの操縦なんぞできるワケもない偽兵士……二人してグダグダしている。

「仕方ない! かくなる上はブッ壊せ! 目標は待機中のヘリコプターだ!」

「ヤっちまうであります!」


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオ────────ッッッン!


 背負っていたチンケなバズーカ砲をブッ放す。しかし、砲弾は出ない。大量の煙を吹いただけ。

「ぬッ! 説明したまえニ等兵!」

「申し訳ありません! コレは早朝バズーカでした!」

「バカ者! とうに昼過ぎだ!」

 そういう問題ではない。

「鬼軍曹殿、緊急事態であります!」

「どうした!? 予定外の爆音に驚いて軽く失禁したか!?」

「それだけではないでありますッ!」

 したんだ。

「何事だ!?」

「あそこで我々の作戦を観察する輩がおります!」

 匍匐前進しながら准将達を指差してほざく。

「……准将」

「……何だ?」

「こちら側としてはどう対応すれば?」

「知らん」

 間違っても関わりを持ちたくない類いの連中を前に、准将と将校二名は当惑気味。

「見られてしまっては仕方ない! 殺ってしまえ!」

「らじゃあーッ!」


 ポ~~~ン……


 キレイな放物線を描いてのんびりと投げつけられる手榴弾。

 ──パシッ

 ダリア准将はこれを冷静にキャッチ。咲めがけて投げ返す。


 カキィィィィィィィ────────────ン!!

 打ったああああああああああああ――――――ッ!!


 鬼軍曹がオモチャの機関銃でフルスイングだ。

 のびる。

 のびる。

 のびる。

 で――――。


 ドカアァァァァァァァァァァァァァァ────────────ッッッン!!


 大・爆・発。

「……あれ?」

 本物が混じってた。

「茜ニ等兵ッ! 我が部隊の訓辞を述べよッ!」

「負けないこと! 投げ出さないこと! 逃げ出さないこと! 信じないこと!」

 信じろよ。

「撤収ぅ!」

 二人は現状を見なかったことにして駆け足。

「……准将、既に何か起きているようです」

「……行くぞ」

 彼等もまたこの状況を見なかったことにして、ヘリに乗り込もうと……

「――――ん?」

 ダリア准将が足を止めた。逃走していく咲の顔を、目を細めて見つめている。

「准将、どうかされましたか?」

「……ん、いや、何でもない」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン――


 三人を乗せたヘリが上昇していく。PFRSに与えられた猶予はわずか。神の設計図バイタルズをめぐって、それぞれの思惑が錯綜しはじめた。が……ただ一つだけ。

(さっきの小娘ガキ…………ドコかで……?)

 ただ一つだけ、ダレの思惑とも関係ない不確定要素が生まれようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ