表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
考えろよ。  作者: 回収屋
13/32

不毛な問答と敵地到着

(くそッ……どうする?)

 アンスリューム博士は軽く歯を噛み鳴らし、考え込んでいる。咲に耳元で囁かれた言葉が、頭の中で反芻されて仕方ない。

「ひと~つ、ヘリにあたし等も乗せること」

「ふた~つ、蒼神博士にはあたし等がした事は何一つしゃべらないこと」

「みっ~つ、腹減った!」

(…………)

 国家調査室の役人はどうとでもなるが、後ろの不審者二名だけは、やはりPFRSに招待などしたくない。


「ところで蒼神博士ってさあ、この件片付いた後は何か将来の展望とかあんの?」

 ヘリが飛び立ち、すっかりくつろぎモードに突入した咲が静かに問う。

「ボクは科学者です。PFRSを本来の正しい姿に更生させて、社会に貢献できる事業に専念させたいんです」

「さ、左様で……」

 適当なリアクションを用意していなかった咲は、茜に“ダメだこりゃ”みたいなアイコンタクト。

「ボクは『性善説』を信じています。悪人と呼ばれる人達は、生まれ育った周囲の環境がそう育ててしまう……だから、ダレだって悪の循環から脱出できれば真人間になれる! はい、絶対に!」

 PFRS側の人間に拘束されて吹っ切れたのだろうか……彼はやたらと力強く主張した。周囲の空気は微妙だが。

「ふぅ~~~ん……」

 咲は窓に額をくっつけて眼下に広がる海を見下ろしながら、神妙な顔つきになった。

「じゃあさあ、その『環境』はドコのダレがつくったんだろうね?」

「え……?」

「『環境』が人間を悪党に育てるってことは、その『環境』を揃えた人間は当然悪党なワケだ。じゃあさ、その悪党をつくりだした『環境』もまた別にあるって事になっちまうが……どうよ?」

「そうなりますね」

「ということは、最初にとんでもなく『高純度の悪人』がこの世に産まれ、最古の『環境』をつくっちゃったことになる。だって、人格を形成する『環境』は人工的なものであって、自然発生したりしないんだし」

「そ、それは……」

 蒼神博士が言葉につまる。

「博士が性善説を信じるのは結構。でもね……それもまた、博士が育った『環境』が構築した自我の一部だと思うよ。とどのつまり、性善説は『事実』ではあるが『現実』じゃあない」

「……ぅ」

 言葉が返せない。しかし、このまま論破されては良識ある大人として恥ずかしい。

「それじゃあ、咲さんは“生まれつきの悪人”を懲らしめるために、ボクの依頼を引き受けたというんですか?」

 彼は絞り出すような声で応酬する。

「あたしは懲らしめたりなんかしない。徹底的に駆逐するのみ。全ては白か黒。中間なんて都合の良いモノは所詮、欺瞞」

「仕方のない事情で悪事に手を染めてしまった者も、強引に裁断するということですか?」

「仕方なく悪事に手を染めるようなヤツの意志は、既に悪なり」

「だから、その芽を無碍に摘み取って消してしまうと!?」

「悪党になることを回避する術は二つ。博士の言う性善説を心の拠り所にして悪人に殺されるか……悪人を殺すか」

「バカなッ、それでは殺人行為の肯定です! 悪人に悪行で対抗するのは不毛です!」

「なら例えばの話、<産まれたての赤ん坊を無惨に殺害された母親が、犯人を殺害>……これも『悪』?」

「ええ、もちろんです。死に対して死で購いを求める姿勢こそ不毛の連鎖であり、悪の芽を増長する元凶です」

「自分の身に同じことが起きてもそう言える?」

「…………ッ、言えます……言えますとも!」

 依怙地な子供みたいに無理した感じで断言した。ヘリが飛び立ってから数分で、中の空気はすっかり淀んでいる。

「ええ~~……お取り込み中スミマセンが、わたくしめの下腹部で尿意という魔物が暴れ出しましてね、はい」

 茜がわざとらしく前かがみ中。

「さあ、御早くッ!」

 咲から差し出されるバケツ。

「うわ~~い、ショック・ザ・女の子ってカンジだね……」

 さすがに却下。

「漏るッ漏るッマジで漏る! マジで恋する5秒前!」

「はい、どうぞ」

 咲がヘリのドアを開けてやった。

「うわ~~い、世界初・ヘリから生放尿する19歳だね★」

 これまた却下。

「――――ん?」

 海上を見下ろした茜の目が何かをとらえた。

「……咲チャ~~ン」

「なんじゃい?」

「真下になんかいるよ」

「クジラか? 環境保護団体か? アパートの大家か?」

「ん~~~……多分、『戦車揚陸艦(LST)』」


 ドゥンッ──────────!!


「――――ッ!?」

 強烈な空気振動が伝わってきて、ヘリのすぐ側を“物体”がものすごいスピードで通過した。

「地対空ミサイル!?」

 操縦席のエンプレスが状況をいち早く察知した。

「ど、どういうこと!?」

 アンスリューム博士は双眼鏡を手に取り、真下に目をやった。

「博士ッ、何が見えますか!?」

「マズイわね……なんて短気な『来賓』なのよッ」

 彼女から焦燥感が滲み出る。

「アンスリューム博士……?」

「全速力でPFRSに逃げ込みなさいッ!」

「……りょ、了解ッ!」

 ────グンッ!!

「うおッ!?」

 ヘリの突然の傾斜に乗員はあたふた。

「こりゃーイカン! 目的地が近いということは、新しい衣装に着替えんと!」

「そだね、そだね! メイクは女の命だよね!」

 この状況でも悪フザケを忘れぬ立派な信念の咲と茜。

「海賊か!? テロリストか!?」

 すっかり気落ちしていた室長が、戦慄を感じ取って大声を上げる。

「似たようなモノよ!」

 表情を強張らせたアンスリューム博士からは、何かを知っているような様子が見てとれた。その後……ヘリは特に追撃も受けず、PFRS本部がハッキリと視認できるほどの距離まで近づいた。

「…………」

 もしかすると海に撃墜されていたかもしれない一瞬を経験し、一同は無口になっていた。生着替え中の二名を除いて。そんな中、ふと杜若室長が呟く。

「『戦車揚陸艦(LST)』なんてよく知っていたな」

 彼は隣に座る茜を睥睨する。

「あっれェ~~、わたしそんなこと言ったけェ?」

 わざとらしく目を逸らした茜がスッとぼけた。

「……『柏木茜』という名は本名か?」

「かもしんない」

「こらこら待てーい! うちの相方に何の容疑をかけようってか!?」

 容疑が多すぎて困ります。

「着陸準備に入ります」

 エンプレスが安堵した様子で伝える。とうとう目的地に到着したのだ。

「うわッ、デカッ!」

 咲が前方に広がる光景を目にしてびっくりしている。最新鋭の超大型浮体海洋構造物メガフロートを土台にして造られた、正方形の人工島。国際水域のド真ん中に陣取り、中央の超高層ビルと周囲の主だった施設には、100名余りの職員等が働いている。ヘリはゆっくりと高度をおとしてヘリポートへの着陸準備に入る。

「では、当然の処置として槐は私と一緒にオーナーの元へ来てもらうわ」

「はい……」

 敵陣に入った。過程はともかく、当初の目的は果たした。ただ……チラッと横に目をやれば、新コスチュームに着替え終わった自称・ボディガードの二名。

「きぃおーつけぇーいィィィ!」

「びしッ!」

 相変わらずドコに隠し持ってたかは知らないが、今度は軍服。ここから導き出せる展開としては、PFRS到着→バカ二名を解放→エマージェンシー。

「茜ニ等兵、これより降下せよ! 作戦開始!」

「行ってきます! 鬼軍曹殿!」


 バッ──!


 飛んだ。ヘリはまだ着陸前。

 ぐしゃ……

 逝った。

 ヒュンヒュンヒュン――──

 ヘリが着陸。側には戦死者1。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ――――!」

 何が彼女をそんなに興奮させるのか、咲鬼軍曹はヘリを降りると同時に、竹槍構えて走り出す始末。向かう先からは送迎用のジープが二台走ってくる。

「あの~~~、咲さ~~~ん!」

 蒼神博士クライアントが一応呼び止めてみるが、止まらない。ジープめがけて真っ直ぐ突っ込んで行くその勇姿は、どんどん小さくなって…………ドンッ。

「あ、はねられた」

「はねられましたね」

 茜ニ等兵と蒼神博士が、“まあいいか”って感じで呟いた。ジープの方も何事もなかったかのように止まらないし。


 キッ――


 送迎車が止まる。先頭車両にはスーツ姿の男女が数名乗っていた。

「……エンペラー」

 運転席から降りてきたスキンヘッドの男を見て、エンプレスは申し訳なさそうな面持ちで俯く。二台目の後部座席には、スーツ姿の初老の男が一人乗っていた。

「……支配人オーナー

 蒼神博士の面前に、最も警戒せねばならない相手が現れた。

「――――ん?」

 咲と茜の視界に、どういうワケか“三車両目”が現れた。ただし、自動車ではなく……『自転車』。当然のことながら人が跨っているワケだが、何故かその人物は、白衣姿に目出し帽を被っている。

「敵襲ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

「ヤっちまうでありますッ!」

 自転車に跨る珍人物に対して不審者二名がやたら反応し、攻撃意志をムキ出し。

「蒼神君、こちらに乗りたまえ」

 PFRS支配人オーナー・魅月氏が、後部座席から降りてきて彼の名を呼んだ。

「…………」

 蒼神博士はあえて押し黙る。相手はつい先日、自分にフリージアをよこして抹殺しようとした張本人。穏やかに対応できるものではない。

「折角戻ったんだ。話し合いの一つもせんかね?」

「……ええ、もちろんです」

 覚悟はあるが、気がかりもある。彼は後ろを振り向いて同伴者二名に目をやった。

「咲さん、茜さん……ありがとうございました。予定通りとはいきませんでしたが、助かりました」

「むッ、任務終了でありますか、司令官殿!?」

「とうとう解散でありますか、司令官殿!?」

 到着5分で不名誉除隊。

「咲さん」

 蒼神博士はおもむろに彼女に歩み寄って、手を差し出した。

「短い間でしたが、本当にありがとうごさいました」

「……う、うむ」

 握手を求められて咲は彼の手を握り返したが、珍しくリアクションが大人しい。心なしか気恥ずかしそうだし。

「鬼軍曹殿! 性欲センサーが異常をキャッチ! こ、これは……ラブ注入でありますッ☆」

 バキュ~~ン!

「はうッ」

 咲鬼軍曹、発砲。茜ニ等兵、再度の戦死。

「依頼料はなるべく早く振り込んでおきます。それでは」

 そう言って、彼は少し申し訳なさそうな笑顔で踵を返した。

「あ、うん……よろしく……」

 赤面。赤面。赤面。

 バンッ──

 車のドアが閉められ、本部ビルに向けて出発する。

「……さて」

 残されたエンプレスに任されたのは、雑務の処理。

「茜ニ等兵! これより我軍は次なる作戦につく!」

「何でもこいであります!」

 雑務の対象その1とその2がほざく。

「さ、行くぞ」

 ズリズリズリ…………

 襟首をつかまれ、マヌケに引きずられてく二名の敗残者。世界的規模の影響をもたらす政府施設に、野放しにしていい輩ではない。

(コイツ等は何かしでかす――――ゼッタイシデカス)

 エンプレスの苦労多き一日が始まった。




※LST=人員や物資の揚陸を目的とする揚陸艦の内、揚陸艦自体が直接海岸に乗り上げることによって、歩兵や戦車などを揚陸する艦種のこと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ