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考えろよ。  作者: 回収屋
10/32

想定外の事態ともっと想定外の事態

「蒼神博士……一体、コレは?」

 エンプレスは拳銃のホルスターに手をかけたまま固まる。

(そ、そんな……!)

 いきなり障害が立ち塞がった。

「大変だよ、ライオン君! きっと、あたし等を狙った密猟だよ!」

「そりゃヒドイね、パンダ君! 国際条約違反だね!」

 バカ二体が抱き合う。

「……蒼神槐さんですか?」

 防弾ジャケットに身を包んだ集団の中から、スーツ姿の中年男性が博士の名を呼んだ。

「え、あ……アナタは?」

「『国家調査室』の者です」

 スーツの男は身分証を取り出して見せ、同時に手で仲間に合図する。

「とりあえず、作戦の邪魔になっては困りますので」

 博士とエンプレスの腕を武装隊員がつかむ。

杜若かきつばた室長、“コレ”はどうしますか?」

 呼ばれた方に目をやれば、ものすごく愛想の良いパンダとライオンがいる。

「蒼神博士……アレは?」

「知りません」

 とうとうクライアントがやさぐれだした。

「はい、スミマセン。確かにやりました。群がるガキ共があまりにウザかったんで……いえ、金属バットは自分のじゃありません」

「オハヨウからオヤスミまで暮らしを見つめてたら、ストーカーで捕まりました」

 聞かれてもいないのにパンダとライオンが余罪を述べる始末だ。

「国家調査室……それじゃあ、この部隊は……!?」

 エンプレスが事態の急展開に動揺する。

「我々はこれより、PFRSに対して強制捜査を行います。海底トンネルの設営に携わった業者から匿名の通報がありまして……このまま皆さんを解放するワケにもいきませんので、御同行を」

 しまった……。

「当然のことながら、これは非公式の作戦です。成功しようが失敗しようが、公式には発表されません。よって、最悪のケースもありえますが……宜しいですね?」

 一方的に拘束しておいて、宜しいもクソもない。

「ええっと……信じてもらえないかもしれませんが、着ぐるみの二人は調査会社から派遣された社員で……しかも、未成年なんです。せめてここで保護してもらえませんか?」

「申し訳ありませんが、素性の確認がとれない現状で解放するワケにはいきません」

 政府の役所仕事に融通はきかない。


 ガコオォォォォォォォォ――──!


 大量に積まれたコンテナの一つがクレーンで持ち上げられ、そこに地下へとつながる階段が現れた。

「室長、準備できました!」

 役人共はどうしようもなくヤル気十分で、部隊長がメンバーに檄をとばしている。

「わぁい、国家権力の横暴が始まるよ! コワイよコワイよ、ライオン君!」

「よぉし、兵隊さん達の邪魔しないよう、後ろの方で怯えてようね、パンダ君!」

 二体の不燃物がヒシっと抱き合って震えてる。

「室長、この女……拳銃を所持していました」

 エンプレスのボディチェックをしていた隊員が、自動拳銃オートマチックを取り上げた。

「なるほど、目的はともかく手段は同様ということですか、博士?」

「彼女はPFRS本部に所属するSPです」

「ほう……どういう了見でここに?」

「蒼神博士の持つPFRSへの疑念に一部同意した。それだけよ」

「信じがたいな」

 そう言って室長は隊員達に目配せする。銃器をチェックする金属音が、コンテナの森に反響する。

「では、博士とゲスト三名は私と来てください」

 一同にただならぬ緊張がはしる。早くも計画に狂いの生じた蒼神博士は、オロオロするしかない。


 メンテナンス用海底トンネル『ソラリアム』──トンネル延長約60km。幅22m。高さ13m。約90万tのセメントと20万tの鋼材を使用し、最先端の掘削技術を駆使して15年かけて本土とPFRSをつないだ。トンネル内部には左右に設けられた歩道と、中央に敷かれたケーブルカー用のレールがはしっている。

 カツーン、カツーン、カツーン…………

 地上とは打って変わってヒンヤリとした空気が漂い、階段を下りる足音が澄んだ空気に良く響く。地下150m地点、本土側の駅となるポイントに到着。そこには重厚なケーブルカーが不気味に佇んでいた。

「部隊長、監視カメラは?」

「問題ありません。PFRS側の内通者が偽の映像と音声を流しています」

 蒼神博士と国家調査室長はケーブルカーに乗り込むと、並んでイスに腰を落とした。部隊員達は割り当てられた配置にバラける。

「どうしよ。酔い止めの薬忘れちゃったよ、ライオン君!」

「平気だよ。ゲロっても画的にはバレないさ、パンダ君!」

 いつまでたっても緊張感を持ってくれない変質コンビは、最後尾に仲良く着席。


 ガゴオォォォォォォォ……


 ほとんど置物と化していたケーブルカーにエネルギーが吹き込まれ、乾いた金属音が木霊する。子供の運転する自転車程度のスピードで走り出した。

「……あの~~、やたら安全運転ですね」

 蒼神博士が不安げに呟く。

「PFRSに十分な“準備時間”を与えてやるのです」

「……は?」

「ネット上に複数のテロリストが本日PFRS本部を強襲するという、偽情報を流してあります」

「そ、そんな事をしたら、警備がより厳重になって潜入が難しく……!」

「PFRSは我々と同じく政府直轄の機関ですが、私の知る限り、SP以外が銃器を所有し使用するのは禁止されています。が、一部の上級職員が警備の特殊性をでっち上げて、軍仕様の銃器を常用していると聞いています」

 室長が向かい側に座るエンプレスを睨みつける。

(…………)

 彼女としてはあまり目を合わせたくない。

「つまり、銃器類の摘発を口実に、バイオハザードの件にも着手するということですか?」

「そうです。少々リスクはありますが」

「しかし、それほど済し崩し的に上手くいくでしょうか?」

「現在まで強制捜査に乗り出せなかったのは、PFRS本部の特殊な立地にありました。本土からのハッキングを受けつけず、直接占拠しようにも時間がかかりすぎて、重要な情報を隠蔽されてしまう。だが、今回は蒼神博士の離反により、内部がガタついている」

「なるほど……」

 図らずして自分の行動が別の組織を動かしていた。個人といっても組織に対して無力というワケではない。


 グォォォォォォン……グォォォォォォン……グォォォォォォン……


 ケーブルカーは重武装した隊員達に挟まれた形で、ひたすら真っ直ぐ進んで行く。図体のデカイ鈍足に乗って、変化のない風景を窓から見ながらの行進は、なんとも退屈。故に脳内にはα波が大量発生。

「ングォォォォォォォ! フグォォォォォォォ!」

 後ろの方からわざとらしいくらいのイビキが聞こえ出す。腕組みしてふんぞり返るパンダに、ガックリと首が折れ曲がったライオン。

「蒼神博士、自分の立場上、関係者の素性を把握しておかなければならないのですが」

「話さないといけませんか……」

「はい」

 役人の仕事意識は強かった。

「実は……」

 博士はネット上で契約した調査会社と、そこから派遣されてきたという二人のこと。そして、エンプレスが話してくれた二人に関する疑惑について、かいつまんで説明した。

「……『柏木茜』?」

 杜若室長は目を細めて後ろにチラっと視線をやると、PDAを取り出した。

「どうかしましたか?」

「…………」

 彼はPDAを凝視しながら眉をひそめる。

「『汐華咲』という名前に聞き覚えはありませんが、『柏木茜』というのはドコかで……」

 何やら意味深な室長の言葉に、博士は一瞬悪寒を感じた。エンプレスの話した内容にイヤな信憑性が出はじめた。

「いずれにせよ、後ろの二人が故意に博士へ接触してきたのは間違いないでしょう」

「……そ、そうですか……」

 情報機関の役人に面と向かって断言されると、やたら重く響く。こうなると、予定外のプロの武装集団は心強い。これでとりあえずは身の安全が保障され――


 ドサッ……


 ――――た!?

「なにッ!?」

 人間の体が地面に転がる音がした。ケーブルカーの乗員達が目にしたのは、運転手の……死骸。

「伏せてくださいッ!」

 室長は咄嗟に博士に組み付いて床へ伏せさせ、左右の歩道を並走している隊員達を見回してみる。しかし、ダレ一人として襲撃に気付いてはいない。

「ミス・エンプレス……何か聞こえたか?」

「……いや、何も」

 一緒に床へ伏せたエンプレスの顔色が変わる。ゴロリと転がる運転手の生首と目が合ってしまう。

<室長、何事ですか?>

 車内の状況に気づいた部隊長の声が通信機から聞こえてきた。

「周囲を警戒しろッ、運転手が襲撃を受けて死んだ!」

<襲撃ッ!?>


 ドサッ────!


 隊員の一人が突然、上半身をグンッと仰け反ってレール脇に落下した。

「早く停止しないとッ!」

「駄目ですッ! 敵の位置が把握できないまま止まるのは危険だッ!」

 ガコンッ!

 室長は運転席まで這いずり、コンソールに手を伸ばして速度調整レバーを乱暴に押し出した。


 グオォォォォォォォォォォン!!


 急激なスピード上昇でケーブルカーが悲鳴を上げ、さっきまでののんびりムードを払拭するかのように走り出す。

<室長!?>

「強行突破するッ!」

 見えない敵の目的はおそらく蒼神博士だろうが、国家調査室としても計画は狂い出した。

「――――何ッ!?」

 スピードが最高速度まで達したところで、室長と蒼神博士の視界に出現した『人影』。それはレールの上に佇む一人の女性。このままでは確実に轢き殺してしまう。緊急停止ボタンに手を伸ばすが、その手を蒼神博士が払いのけた。

「止めちゃダメですッ!」

「殺す気ですかッ!?」

「止まればこっちが殺されますッ!」


 グシャ────!!


 避ける素振りも見せない女を、ケーブルカーの巨体が無情に轢き潰す。その直後──


 ガギギギィィィィィィィィ――――――────────────ッッッン!!


     

「――――ッ!?」

 何かがものすごい音をたてて裂けた。ケーブルカーが…………前後に割れた。

「蒼神博士ッ!!」

 エンプレスが咄嗟に手を伸ばし、彼を自分の方へ強引に引き寄せた。ケーブルカーは綺麗に両断され、前部と後部とが少しずつ離れていき、室長も慌てて後部に飛び込んだ。

「博士ッ、ケガは!?」

「なんとか……無事です」

「クソっ、どういうことだ!?」

「ンガアァァァァァァァァァ! ンゴォォォォォォォォォ!」

 実にマズイ。正体不明の攻撃を受けているのに、頼みの武装集団が追いついてくるには、少々時間がかかってしまう(パンダとライオンのイビキも最高潮)。

<室長ッ、大丈夫ですか!?>

 通信機から部隊長の喚き声が聞こえてきた。

「ケーブルカーが大破した! 原因は不明! 敵の姿も確認できない!」

 応答する室長の傍で、蒼神博士は綺麗にカットされた窓から恐る恐る外をのぞく。

「あ、蒼神博士だッ、生きてたのだッ♪」

 『敵』が────いた。

「うわッ!?」

 窓ガラスにへばりついた一人の女がニコッと微笑みかけてきた。

「フ、フリージア…………やっぱり君か……!」

 博士の頬が引きつった。


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