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考えろよ。  作者: 回収屋
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ネットに消えた学説と護衛される青年

 世界中で大ヒットしたアニメ映画「攻殻機動隊」などの監督、押井守さんが現在のアニメ作品について「オタクの消費財と化し表現の体をなしていない」と批判した。

 ネットではこの発言に納得する人もいるのだが、自分達の好きなアニメを批判していると感じたアニメファンは「押井こそオワコン」などと押井さんに対する盛大な批判を展開している。


■ほとんどのアニメはオタクの消費財と化した


 朝日新聞は2011年11月21日付けの電子版コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは


  「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」


 と語ったという。つまり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメはオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから「表現」が制作者から無くなった、という批判だ。

 確かに11年9月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。


■宮崎駿監督も過去の作品のコピーに嘆いていた


 実は、過去のヒット作品を真似たものが増えていることについては、以前から警鐘が鳴らされていた。宮崎駿監督はベルリン国際映画祭で「千と千尋の神隠し」が金熊賞(グランプリ)を獲得した02年2月19日、記者会見を開き、記者から日本アニメの世界的な地位を質問されると、「日本アニメはどん底の状態」とし


  「庵野が自分たちはコピー世代の最初と言っていたが、それより若いのはコピーのコピーだ。そうしたことで(アニメ業界が)どれだけ歪んでいて薄くなっているか」


 などと答えている。庵野というのは大ヒットアニメ映画「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督のことだ。


 今回の押井さんの発言についてネットでは


  「萌えクソアニメの乱発は誰が見ても異常」

  「アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」

  「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向けの萌えやエロ」

  

 などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しかし理論で立ち向かえないからなのか


  「押井のアニメくそつまんねーんだよ」

  「押井も信者向けの消費財じゃん」


 などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。


●この記事は、『小説家になろう』における作品の傾向にも該当します。“異世界”・“主人公最強”・“転生”・“ハーレム”・“チート”……オリジナルも二次創作もこの手のタグであふれかえっています。

 アニメもラノベも観てもらってナンボ、読んでもらってナンボ。それは事実です。が、作品のファーストフード化に回収屋は食傷気味です。ちょっと考えてみましょう──アナタはより良い味を求めてハンバーガーや牛丼を食べに行きますか? そう、まずあり得ません。ただ単純に安くて手っ取り早く、口当たりの良い刺激が欲しい場合の効率的な手段として選択されているのです。まさに『消費財』です。食べたその瞬間は確かにある一定の満足感が得られますが、店を出た直後には味の記憶など脳から消えます。作品も同様……どこかでよく目にするファクターに誘引され、その時は満足感が得られます。しかし、人から「で、どのシーンに一番感動した?」「ストーリーのあらすじを教えて」などと聞かれた際、どこまで答えられるでしょうか。正直、難しいでしょう。消費者は既に欲しかった刺激を消化し終え、また次の新しい安定した刺激を求めているのです。そこには作品を楽しんだという“記録”はあっても“記憶”はありません。

 二次創作で一本完結させている回収屋が述べるのもなんですが、自分の作品構築のためにプラスとなるオリジナルに触れてみたい……常日頃から思っています。

 二次創作にしか興味がない読者様をガッツリと矯正させる意味でも、今回の作品を披露していきたいです。


 『惑星自壊説』──今世紀初頭、ネットのとある科学サイトに発表された学説。仮説の域を出ない突拍子もない理論であったため、当時は一部のカルト的な支持者しかいなかった。38億年前、地球上に1個の隕石が落下。隕石に含まれていたアミノ酸を素に、原始生命が発生する。あらゆる気象条件下で化学反応を展開し、次々と新しい生命が創り出されていった。彼等は最初、ごく単純な遺伝情報しか有しておらず、他の生命を食らって取り込むことにより、複雑なDNAを構築し進化していった。地球という温床の中で、何億年もの間その行為は続き、新生しては滅びを繰り返す。それは自然の法則に完璧に則った現象であり、地球はただじっとその永久不滅のサイクルを見守っていた。そこで……地球は思った。


 ―――――――― 『死』とは何だ? ――――――――


 惑星は巨大な一個体の生命であり、いわゆる『意志』を持つとされる。が、その意志はあまりに不完全で、死に対する不安や恐れを理解できていなかった。地球は自らの破壊力を行使し、5度も大絶滅を繰り返したが、どの手段も決定的なダメージを与えるには至らず、地球の意志は不完全なままだった。しかし、彼には時間があった。あり過ぎた。だから永い時を経て考えた。


 ―――――――― ダレかに殺してもらえばいい ――――――――


 最後にとられた手段こそが『人類』だった。現生人類は、およそ20万年前に一つの独立した種として出現した。殆どの生命体が自然環境のサークルに解け合えるのに対して、人類だけが進化の過程でサークルから外れていった。異常なスピードで脳髄を発達させ、爆発的に増殖し、生態系のピラミッドを決定づけ始めた。海洋を汚し、大気を濁らせ、大地を腐らせ、他種を滅ぼしだした。このことから引き出された一つの結論……


<『人類』とは、地球が自らを滅ぼすために創り出した『生体兵器』である>


 この学説を発表した科学者は、マスコミの前には一度も姿を見せず、ネット上のみでのゲリラ的活動を繰り返し、ひたすらこの学説の危険性を主張していた。このままでは近い将来、確実に地球の自壊は成功してしまう。地球は人類を作為的に進化させて、より優れた遺伝情報の所有者を生成している。20万年近くかけた計画が最終段階に入っている。名を明かさず、顔も見せず、ひたすらネットの中で声を上げるその科学者は、新興宗教の教祖の如き扱いを受けていた。この小さな騒動が、一般メディアにも取り上げられるようになった時分の1ヶ月ほど前……日ノ本の本土から遠く離れたとある海域にて、局所的な海底火山が発生。それにより生じた巨大な海底の亀裂から、正体不明の遺物が発見された。それは──『人型』。回収し検査した当時の国家調査室が出した回答…… 

 

<全長170センチ・重量80キロ。材質は不明。人間の造形に酷似しており、体表面は透明で、内部構造が肉眼で認知できる。骨格・筋肉・臓器・神経・血管……その全てが人型容器の正しい位置に形作られ、電子顕微鏡を使って初めて確認できるような、微細な組織まで設計された『完全な人体設計図』>


 最も奇異とすべきは、その人体設計図が出土した海底の地層の年代。測定した結果、その遺物は現生人類が生じるよりも以前のモノと断定された。この遺物は『神の設計図バイタルズ』と名づけられ、国家調査室は情報規制法案を立ち上げてハッキング防止対策を施し、回収にあたったサルベージ班には情報機関の監視がつくほどだった。ネット上を騒がせた科学者が、この一件と何だかの関係があるのでは……そんな噂が囁かれだした。しかし、国家調査室のハッキング対策により、問題の科学者も息を潜めだし、次第にその存在はネット社会の記憶から消えていった。そして──

 20年が経過した。 



 一人の青年が刑務所の中にいた。数名の私服刑事が周囲をウロウロしているが、特に張り詰めた感じの空気でもない。30坪程の広さがある一室で、その青年はソファに腰掛けて両手を組み、何かを心配するような面持ちでうつむいている。

「どうぞ楽にしてください。我々がついていますので」

刑事の中でも一際貫禄のある初老の男が声をかけてきた。そして、コーヒーの注がれた紙コップをその青年に差し出した。

「ええ……分かっています」

そう言って紙コップを受け取る青年の顔には、明らかに疲労の色が濃く出ていた。歳の頃は20代前半くらいだろうか、まだ少々幼さが残るその顔からは、何かに怯えるような落ち着きの無さが見て取れる。

「あの……ちょっとトイレに」

「ええ、どうぞ」

 この部屋に出入り口は一つ。コーヒーを差し出した初老の刑事が、出入り口の側に立っている若手の刑事に目配せする。ドコへ行くにも護衛がつく。刑務所の中なのだから当然の処置なのだろうが、見知らぬ複数の人間に、四六時中まとわりつかれるのはカナリのストレスになる。『インペリアム』と呼ばれるこの刑務所は、一般の犯罪者収容施設とは異なり、犯罪に巻き込まれてしまった被害者や、大物犯罪者を摘発するのに重要な役割を果たす証人を保護するための隠れ家。国家調査室の直轄で、軍施設並みにセキュリティレベルが高い。

「ボクの証言で本当に解決するんでしょうか……?」

 部屋に戻った青年がボソッと呟いた。

「もちろんです。我々に全て御任せください」

 何とも冷静に言ってくれるが、言うのは簡単。問題は結果だ。

「明日の段取りは?」

「法廷には朝9時到着予定ですので、7時半にはここを出ます。そろそろ休まれますか?」

「……そうさせてもらいます」

 と言っても、寝室が別に用意されているワケではなく、ソファに横になるだけ。そんな生活が既に5日も続いている。

「それではまた明日」

 初老の刑事は、出入り口にずっと立っていた若手の刑事に一通りの指示を出し、他の刑事達と共に部屋を後にした。

「…………」

 窓一つ無いこの収容施設に閉じこもっていると、昼と夜を区別する感覚が日増しにおかしくなってくる。テレビや新聞に目を通して一日の経過を知るが、外出できないままだと、まるで世界から追い出されたような違和感が生まれる。

「もう少しの辛抱ですよ、蒼神あがみ博士」

 青年の心境を読み取ったのか、見張りとして残った若手刑事が、照明の一部を落としながら声をかけてきた。

「……宜しくお願いします」

 『蒼神博士』と呼ばれた青年は、ペコリと小さく頭を下げ、毛布をかぶって横になった。

「…………」

 静かだ。あまりに静かだ。雑音が一つも聞こえないと、逆にその静寂が耳障りになるくらいだ。

(よそう……今更考えても遅い)

 視界が暗くなる。目を閉じる。眠気が………………


 フォンフォンフォンフォン!! フォンフォンフォンフォン!!


「――――――!?」

 一匹目の羊が柵を越えようとした瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。見張りの刑事はホルスターに手をかけ、青年はソファから飛び起きた。

「な、何が……!?」

「……分かりません」

 バタバタバタバタッ!

 出入り口の向こう側から複数の足音が。刑事がホルスターから自動拳銃オートマチックを抜く。

「博士ッ!」

 扉のコンソールが点滅してロックが解除され、さっき出て行ったばかりの刑事達が慌てて雪崩れ込んできた。

「主任、何事ですか!?」

「敷地内に不審者の侵入を確認した。相手は一人だけだ」

「敵襲ですか!?」

「分からんが……もしそうならとんだマヌケだ」

「刑事さん、ここにいて大丈夫なんですか?」

 青年が怯えきった声で問いかける。

「大丈夫もなにも、インペリアムにおいてこの部屋が最もセキュリティに優れているんですよ。心配ありません」

 そう言って他の刑事達に指示を出し、素早く配置につかせる。

「テレビをつけろ。監視カメラとチャンネルを合わせるんだ」

 若手刑事がモニターを調整すると、監視カメラの映像が映し出される。正面玄関口、事務室、医務室、屋上、中庭…………発見。

「何だありゃ?」

 中庭をモニターしているカメラの映像に、不審人物が映っている。ライトアップ用の照明が強すぎて顔はよく見えないが、どうやら女のようだ。体にピッタリと張り付くようなボディスーツを装着し、そのうえ裸足。不審尋問を受けても文句の言えないような格好だ。どうやって中庭まで侵入したかは不明だが、モニターの女は何かを探すかのようにキョロキョロしている。

「こちらセクション・C、モニター室応答しろ」

 刑事主任が無線機で呼びかけた。

<こちらモニター室。そっちは異常無いか?>

「今の所はな」

<機動部隊が全員配置についた。コスプレまがいのイカレ女の方は、まだこちらの動きに気付いていないようだがな>

「結構。絶対に殺すなよ。貴重な情報源になるかもしれん」

 主任が北叟笑む。その直後――


<蒼神博士ぇぇぇぇぇぇぇ――────!! ドコにいるのおぉぉぉぉぉぉぉ――────!?>


 豪胆なのかバカなのか、女はターゲットの名を大声で喚く有様だ。その声は監視カメラのスピーカーを通して、青年のいる部屋にもハッキリと聞こえてきた。

「そんな……何てことを!」

 名を呼ばれた本人が、口を半開きにしてたじろいだ。

「知っている顔ですか、博士?」

「い、いえ……そんなハズは……」

 ピピッ、ピピッ、ピピッ

 刑事主任の無線機が鳴る。

「準備万端か?」

<いつでもいける>

 主任は無線機を片手にモニターを凝視して……

「よし、制圧開始ッ!!」

 ゴー・サインが出される。同時に警棒やライフル銃を持った機動隊員十数名が、建物の窓や物陰から躍り出て、侵入者の周囲を取り囲んだ。

<そこを動くなッ!>

<早く腹這いになれッ!>

<武器は持っていないかッ!?>

 スピーカーから機動隊員の喧騒が聞こえてきて、目標の女不審者があっという間に制圧されたかのように思えた。

「………………」

 瞬きを忘れ、真剣な目でモニターの様子を見つめる蒼神博士が、ゴクリと息を呑む。

<うわッ、びっくりしたぁぁぁぁぁ~~! アンタ達ダレなのだぁぁぁぁぁ~~!?>

 女不審者が自分の置かれている立場を無視し、無責任なセリフを叫ぶ。

<そりゃこっちのセリフだ! 政府施設への不法侵入の現行犯で逮捕する!>

 機動隊員の怒号がとぶ。

<蒼神博士ぇぇぇぇぇ~~!! 聞こえないのぉぉぉぉぉ~~!?>

 機動隊員の指示に一切従うことなく、またもや大声で青年の名前を呼ぶ始末だ。

「何だコイツは……?」

 あまりのマヌケな状況に、モニターを見つめる刑事達も呆れ返っている。

<いいかげんにしろッ!>

 業を煮やした隊員の一人が女を捻り伏せようと、その肩をつかもうとした瞬間……


 ブワッ──────!!


 隊員のでかい図体が宙に浮いて、背中から勢い良く地面に落下する。

<触んないでほしいのだッ、バカ!!>

 隊員の胸ぐらを片手でつかんで無造作に投げたのだ。女性の腕力とはとても思えない。

「抵抗するなッ!」

 警告すると同時に、警棒を構えた隊員二名が左右から挟みこむようにして襲いかかるが、女はその場から一歩も動かず、上半身を器用にひねって二本の警棒をかわすと、両の拳を裏拳気味に相手の顔面へと叩き込んだ。

「おいおいッ……!?」

 拳を喰らった二名は鼻血を吹いて崩れ落ち、モニターで観戦する刑事達に不愉快な緊張感がはしる。

「大人しくしろッ! いいか、これは最後通牒だッ!」

 今にも発砲したくてウズウズしている銃口が女不審者に向けられ、スコープサイトのレーザーが目標の急所を集中的に這っている。

<うるさいなあッ! 早く蒼神博士を殺して帰らないと怒られるのだッ! だからオジサン達邪魔しないで――>


 バンッッッ──────!!


 発砲。

「……やったか?」

 モニターを見つめる刑事主任が画面にググッと近づいて目をこらす。

「ん……?」

 様子がおかしい。

「何だ?」

 女の上半身が大きく後ろに仰け反って、曲がった釘のように固まっている。

「どうした? 命中したのか?」

 刑事主任が無線で問う。

<分からん……少し待ってくれ>

 ライフルをしっかりと構えた隊員数名が、合図を受けて駆け足で女に近づき、十分に警戒しつつ様子をうかがう。

「どうなんだ?」

<あ~~……こりゃヒデぇ。貫通してないところを見ると、一応、防弾処理のされたボディスーツのようだが、胸元がえぐれちまってやがる>

「死んでいるのか?」

<この体勢で生きてたらコントだ>

「よし、検死官に委ねて身元を調べろ。わずかでも法廷で使える情報があれば──」


 ────ヒュッ


<ぅ……ッ……!>

 女の変死体が突如、上半身を360度ひねって元の体勢に戻った。と同時に、無線機から呻き声のようなものが聞こえ、取り囲んでいた隊員達がもがくように倒れ伏した。

「な、何事だッ!?」

 動揺する刑事主任が見たのは、女の両手にしっかりと握られた『刃物』。刃渡り30センチほどのシースナイフが二本……照明に照らし出されてギラギラと光っている。

「ひッ――!」

 明確な殺傷能力を目にした蒼神博士が、顔を引きつらせた。

<痛いなあッ! 危ないのだッ!>

 ライフル弾の直撃を受けて素直に感想を述べている時点で、尋常な相手ではない。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 残る隊員達は指示を待つこともなく本能に従って拳銃で応戦する。

<こんにゃろ!!>

 女の方はそれに応えるかのようにナイフを構え、機動隊めがけて跳びこんでいく。

「──なッ!?」

 思いもよらない展開に、モニターを凝視する全員がマヌケ面で口を半開きにしている。

「主任……我々はどうします?」

「何もするな」

「……は?」

「篭城だ。ここでやり過ごす」

「し、しかし……」

 スピーカーからは、あまり聞きたくない隊員達の断末魔が聞こえてくる。

「我々の仕事は、あくまで蒼神博士を無事に法廷へ送り届けること。避けられるリスクは極力避けろ」

 モニターの隅の方で血飛沫が上がっている。銃声は鳴り響いているが、隊員達の叫び声は止まらない。

「応援は!? ここは刑務所でしょ!?」

 蒼神博士が必死の形相で最もな質問をする。

「残念ながら……このインペリアムは囚人を収容する一般のソレとは違い、最小限の刑務官で維持されています」

「つまり……外部からの応援が到着するまで、身動きできないということですか?」

「申し上げにくいのですが、その選択肢もありません」

「な、何故です?」

「重要な証人を確実に保護するためには、情報の漏洩を極力避けなければなりません。そのため、外部との連絡手段はモニター室の端末からしかできません」

「でしたらすぐ、モニター室の担当者に連絡をッ」

「担当者は……現在、モニターの中で死んでいます」

 画面を指差され、絶望感が一挙に湧いてきた。

「そんな、バカな……!」

 蒼神の顔色がみるみる青ざめて、イヤな汗が額をじっとりと濡らしている。

「この状況下で言うのもなんですが……どうか落ち着いてください。ここは絶対に安全です」

 刑事主任は部下達の手前もあってか、冷静を装ってはいるが、篭城というのは想定外だった。が、彼は仕事の関係上、この部屋について熟知していた。

「この部屋の外壁には、原子力発電所で使用される防護壁と同じ物が用いられています。たとえ大型航空機が時速100キロで突っ込んできても、防ぎきるだけの強度を誇ります。つまり、侵入者がライフル銃を奪って撃ち込んできたとしても、微動だにしません」

 彼の講釈を聞いて部下の刑事達に安堵がもどる。

「それはそうと……博士、心当たりはないんですか?」

「あ、う……」

 ターゲットの名前を力一杯叫んで登場するような危険人物……そんなヤツと知り合いとは言いたくないだろうが、状況からある程度の予想はついていた。

「どうなんです?」

「お、おそらく、アノの女性は……」


 ガギャン──────────────ッッッ!!


「――――――ッ!?」

 聞きたくもない剣呑な音がして、部屋の中の全員が一点を見つめた。つい先程説明のあった、特別な防護壁から何かが──“生えている”。そして……


 ガリガリガリガリッッッ──────!! ガリガリガリガリッッッ──────!!


「うおッ!?」

 絶対安全なハズの防護壁に、ものすごい勢いで割れ目が入っていき、汚い四角形を形作っていく。コンクリートの破片のような細かい瓦礫を床にタップリと散らかし……


 ドオォォォォォ────ン!! ドオォォォォォ────ン!! ドオォォォォォ────ン!!


「うおおッ!?」

 土木用重機が衝突してくるような轟音が響き渡り、部屋中がビリビリッと振動する。

「あ、ありえん……! 一体、何でできている……!?」

 まさかの超力技。防護壁の性能を凌駕するナイフの切れ味と、女の膂力。目の前で起きている現実に対処すべく、刑事主任はホルスターから拳銃を抜く。他の刑事もそれにならって銃を構えたが、このまま女不審者が突入してくれば、モニターの中の斬殺体に仲間入りすることは目に見えていた。

「博士、出入り口まで下がってください」

「え……?」

「見る限り、敵は単独犯です。別セクションに逃げ込めば、多少の時間稼ぎにはなるでしょう」

「で、でも……アナタ達は?」

「このような体たらくで申し訳ありません。我々はここに残って出来る限りの──」


「うっりゃあああああああああああああ────────────ッッッ!!」

 ドゴオオオオオオオオオオオ────────────────ッッッン!!


 とてつもなく力のこもった一声と同時に、防護壁の一部が積み木のように内側へ抜き出される。立ち上る粉塵……その中を人影が一瞬揺らめく。最早、主任の指示を仰ぐ必要はない。


 パンパンパンッ! パンパンパンッ!


 9ミリ弾が粉塵めがけて次々と撃ち込まれ、弾が命中する度に人影がゴム人形のように弾む。

「博士ッ! さあ、早くッ!」

 扉のロックが外れる。

「ご、ごめんなさい……ボクは……」

「アレっ? 蒼神博士の声がした」

(――――――ッ!?)

 少女のような幼さの感じる声がして、『敵』はその威容をさらけた。年の頃は20代半ば程で、浅黒い肌をしており、染めてあるのか地毛なのかは不明な白髪のミディアムカット。

「あ、博士がいたのだ。じゃあ、すぐに殺しちゃうね☆」

 本人を前にして、屈託の無い笑顔でサラリと宣告する。彼女の表情には何の意図も感じられない。外部から受けた刺激に即反応する昆虫のようだ。

「フ、フリージア……どうして君が、こんな……?」

 面と向かって“今から殺します”と宣言する女を前にし、彼の脚は笑っていた。

「畜生がッ!」

 パンッ────!

 彼等と不審者との距離はわずか。刑事主任の撃った弾が外れるハズもなく、『フリージア』と呼ばれた女の喉を貫通した。

「げほッ! げほッ!」

 首に紅く小さな華が咲き、女は激しく咳き込んで辺りに血をブチ撒ける。

「やった……」

 首に銃弾の直撃を食らって倒れないのなら、相手は間違いなく人とはみなされない。そして、彼等警察にそんな“人外”の相手など務まりようもない。

「うえぇぇぇ~~、喉が痛あ~~い……けほッ」

 まるで小児科の待合室で痛がる子供だ。もちろん、倒れる様子はない。要するに“人外”決定だ。

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 主任、激昂。


 ヒュッ── ヒュッ── ヒュッ―─

 光刃。


「パパがね、博士を殺せって☆」

 ドサッドサッ、ドサッ……

 総殺。

「そ、そんな……『支配人オーナー』がボクを?」

「うん、殺してきなさいって。でもね博士……“殺す”ってどうすればいいのだ?」

 幾つもの斬殺体を積み上げておきながら、根本的な質問をされた。博士の表情が恐怖とはまた別の感情で曇る。それは相手に対する哀れみのようにも見てとれた。

「フリージア……君の足元に倒れ、血を流して動かなくなった人達がいるだろ?」

「うん、いるよ」

「これが人を“殺す”ということなんだ」

 彼はとっても大切な事を教えていた。女は自分の足元に転がる刑事の死骸を、足のつま先で突っつく。もちろん、反応は無い。初めて目にする生き物を観察するような女の目つき……その瞳は瞬く間に潤む。

「は、博士ぇ、博士ぇ……動かないよぉ! 何にも言わないよぉ!」

 女が泣き始める。刑事達の死を完全に無駄にする涙がボロボロ流れ出る。

「そう、これが“死”だ。フリージア……君がしたことだ」

 彼は泣き出す女に対して、とどめをさすかのように毅然と言い放った。

「うっ……うっ……うわああああああああああああああああん!!」

 号泣。

「博士が死ぬのやなのだああああ~~ッ! 殺すのやなのだああああ~~ッ!」

 とうとうその場にしゃがみこんで泣きじゃくる始末だ。

「フリージア、こっちを見て」

 そう言って博士はその場にゆっくりと体を沈め、何の脈絡もなく倒れこんで動かなくなった。

「…………博士?」

 唐突な出来事に泣くのをやめた女は、鼻水をすすりながら彼に呼びかけた。

「…………」

 が、応答は無い。

「し、死んじゃった……博士が死んじゃった……!」 

 女の顔色がみるみる青ざめる。冷静に状況を把握できていない彼女にとって、目の前で起きた現象は、あまりに残酷な仕打ちにも見て取れた。

「…………」

 本物の死体に混じって、偽物の死体を演じることとなった蒼神は、ただじっと息を潜めて成り行きに身を委ねるしかなかった。

「ひぐっ……博士が、ひぐっ……死んじゃった。フリージアが……殺しちゃった」


 ペタペタペタ……


 裸足で歩く悲しげな足音を残し、彼女はついさっき自分が突貫させた壁の穴から出て行った。

「…………」

 嵐が────去った。が、青年はまだ動けそうにない。

(どういうつもりだ? 彼女を外に出すなんて……) 

 大勢の人間が死んだ。自分が成そうとしたことに協力した人達が、犠牲になってしまった。既に危機は去っていたが、彼の肉体はあまりに軽く失われる人命の現実に蝕まれ、しばらくは動けそうになかった。そして……


 ―――――――― 1週間後 ――――――――


 一人の青年……『蒼神槐あがみ えんじゅ』は自宅マンションのリビングで悩んでいた。刑務所で起きてしまった大惨事をきっかけに、蒼神博士は法廷での証言を拒否。それより以後、彼の周囲は静かになった。直接的な警護をする者はおらず、一日に数回、パトカーがマンションの周囲を巡回するくらいだ。

(ボクのしようとした事は、間違っていたのか?)

 彼はPCのモニターを見つめながら自問した。法廷に立つと決めたのは、己の正義に迷いがなかったから。では何故、今の自分は証言を拒否し、自宅に引きこもっているのか? 全てが無駄になってしまった。なんとも単純な計算だ。


 “個人が組織に勝てる道理は無い”


 ただ……ただ一つだけ考えがあった。公の場で社会的な楔が撃ち込めないのなら、非公式の場で攻撃する。つまり、原告本人が直接調査に乗り出すのだ。ただし、単身乗り込んだりすれば、自滅することは目に見えている。先日のような事例がある以上は『護衛』が必要。そこでどうする?

(そろそろか……)

 彼は時計を見て、胸に秘めた微かな期待を膨らませていた。『イレギュラー』――ネットで発見した調査会社のサイトだ。TOP項目にはこう説明されていた。


<個人を対象とした総合調査会社。警察OB・元軍人・情報機関出身者等で組織され、企業やそれに付属する団体、宗教組織、暴力団等からの警護、または直接的及び間接的な調査を目的とした、自治体公認の企業>


 ……とある。一般のメディアでは聞いたこともない社名だったが、自分がこれから相手にしようとしている連中の事を考慮するなら、備えは必要。


 ────ピンポ~ン♪


 来た。

 この瞬間から彼の反撃が開始される。昨晩、腕利きのエージェント二名をよこすとメールがあった。なんとも心強い。どんな屈強な男達が来てくれたのか。

 ガチャ!

「…………」

「…………」

 ミ~ンミンミンミ~ン!

 街路樹でセミが鳴いている。ドアの向こうに看護婦と医者が立っていた。

「…………」

「…………」

 ミーンッ! ミーンッ!

 状況が上手く説明できないが、目の前に白衣の天使と女医が立っている。

「…………」

「…………」

 ミンミンッ! ミ~ンッ!

 三人はいつまでも見つめ合っていて、何もしゃべらない。

「…………」

「…………」

 ──バタンッ!

 蒼神博士は仕方ないんで玄関戸を閉めた。力強く閉めた。

 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!

「すみませーん! 『イレギュラー』から派遣されたモンでーす!」

「ウソじゃないですよー! 社員証もありますから開けてくださーい!」

 ドアを叩きながらそう言ってるもんで、彼はもう一度開ける。

「…………」

「…………」

 無言。

 無言。

 看護婦の方がラジカセを持ってる。再生ボタンを押した。流れてきたBGMは『ラジオ体操第一』。

 ──バタンッ!

 閉めた。

「わーッ! 待って、マジで待って! こっから真面目だから! ホントに真面目だから!」

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 このまま放っておくと玄関戸の前でいつまでも叫んで、御近所から身に覚えの無いウワサが出そうなんで。

 ガチャ──

「とっとと入ってください」

 彼の戦いが始まった。


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