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第3話 話題の人物



そのまま何事もなく日は経ち、経理課の仕事の引き継ぎも問題なく進んでいる。

3月下旬になり、少し暖かくなってきたこの時期、都内でも少しずつ桜が開いてきていた。

毎年恒例のお花見を今年も高校からの親友である高野たかのかおると一緒に行う予定である。

この佐々木家は家族は勿論、親戚同士も仲が良く、こういった行事ごとに必ず集まっている。

それらに毎回美奈のことも誘ってくれていた。

今年も高野家とその親戚、美奈のように招かれた友人達でかなりの人数になることが予想される。


そして、おそらくあの人も来るのだろう。

今までは全く意識していなかったが、今回は違う。

この人事異動と1日だけの嫌がらせのせいで、嫌でも意識せずにはいられなくなった。






よく晴れた日曜日、最高のお花見日和だ。

沢山のお弁当は高野家で用意してくれるので、飲み物やお菓子類をバックに詰めて家を出た。

現地集合である代々木公園に着くと人で溢れかえっていて、大体の場所は聞いていてもこの中から薫達を探すのは至難の業である。

電話した方が早い、と携帯を取り出しそうとした時、「美奈!」と大きな声で呼ばれた。

振り返ると薫がこちらに向かって、手を振りながら走ってきていた。

整った顔立ちに黒く艶のある長いストレートヘア、ショートパンツから覗く長い美脚は女の私でさえ思わず触りたくなる。

相変わらずのモデルのような容姿に、不釣り合いなドタドタとした走りで私のもとに元気良く駆け寄ってきた薫は「久しぶり!」と大きな笑顔で出迎えてくれた。

黙って動かなければ、か弱い美少女の薫だけど、話して動いて初めて薫の良さが出ると私は思っている。


「久しぶり。誘ってくれてありがとう」


『久しぶり』と言うけれど会うのは1カ月ぶり位で、薫とは一緒に食事に行ったり、買い物や映画に行ったりと、よく2人で出掛けていた。

今回1か月ぶりなのは、長くあいた方だった。


「あったりまえじゃん!ほら、行こう!早く着いたからもう始めちゃってるの」


腕を引かれて行った先には何枚ものレジャーシートがひかれて、大きな場所を占領していた。

20人位はいると思われるその場所に私を連れてきた薫は大きな声で「みなさーん!」と声をかけた。


「美奈の到着でーす!」


その言葉にみんながどっと盛り上がった。

色んな人から声を掛けられて、誰が何を言っているのか分からなくなる。

でも、いつもの歓迎の言葉以外に同情的な言葉も混じっている気がしてならない。


「美奈」

「ん?」


いつにも増して真剣な声を出す薫に肩をたたかれ、そちらに振り向くとそこには思い悩んだかのような薫の顔があった。


「みんな分かってるから。みんな美奈の味方だよ。苛められたらいつでも言うんだよ!」

「へっ?」


薫の言葉にみんなが同調する。

「がんばれー」だの「そうだ味方だー」だの叫び声が聞こえる。

もうすでに皆さん酔ってる?


「ちょっと待って。何の話!?」

「だ・か・ら!涼の話!涼の部下になったんでしょ?」


いきなり今私を悩ませている本題に触れられて凄く焦った。


「ごめん、さっきその話になっちゃって、涼を狙ってる女性社員は大勢いるって話したら女のいじめは怖いってみんなが騒ぎだしちゃって」


同じ会社の営業1課の田坂さんが私の近くに来て謝罪した。

この人もこの集まりによく顔を出す。なぜなら彼は薫の従兄妹の友人だから。

私のように誘われてここに来るようになったようだ。


しかし、いきなりこの話題。

しかも当たっている。いじめは確かにあった、1日だけだけど。


「涼!ちゃんと守ってあげてよね!」


薫がシートの真ん中の方で黙々とビールを飲んでいる男の人に大声で言い放った。

そう、この人こそ、いまこの場でも会社でも話題の人物、前田涼だった。



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