↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

『可愛い私が一番愛されて当然ですわ!』

作者: 萩野P
掲載日:2026/10/29

可愛いだけじゃ駄目なんですよ?って気持ちで書いたお話です。宜しければ暇つぶしどうぞm(__)m

「まあ!アデリーナ様…婚約者を奪われてしまったのですか…?」


王立学園の庭園に、少女たちの囁きが広がった。

その中心にいるのは、男爵令嬢ミレーユ・ロゼッタ。

ふわふわの金髪に、大きな碧眼。誰もが振り返る愛らしい容姿を持つ彼女は、自分の魅力を誰よりも理解していた。

そして、何よりも大好きなものがあった。

それは、他人の婚約者を奪うこと。


「だってぇ、彼のほうから私を好きになっちゃうんですもの。私、悪くありませんわ!」


ミレーユは可愛らしく首を傾げた。

今回の相手は、公爵令嬢アデリーナの婚約者である第二王子エドガーだった。


ミレーユは彼に甘え、涙を見せ、悩みを打ち明けるふりをした。そして、彼が自分に夢中になると、わざとアデリーナの目の前で腕に抱きついたのだ。

結果、エドガーは婚約解消を申し出た。


「アデリーナ様には申し訳ないですけれど……愛される人と愛されない人がいるのは仕方ありませんものね?」


ミレーユは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「可愛い私が一番愛されて当然でしょう?」


周囲の令嬢たちは、何も言わなかった。

ただ、その瞳からは以前のような親しみが消えていた。

実はミレーユが婚約者を奪ったのは、今回が初めてではない。


侯爵令嬢の婚約者。

子爵令嬢の婚約者。

伯爵令嬢の婚約者。


彼女は相手の身分など気にせず、気に入った男性を次々と誘惑していた。


そして、男性が自分に夢中になった途端、興味を失う。

捨てられた男性が後悔しようと、婚約を破棄された令嬢が泣こうと、彼女には関係なかった。


「だって、私が幸せならそれでいいじゃない?」


その考えが、どれほど多くの人間を傷つけているのか。

ミレーユは考えようともしなかった。


ーーそれから半年。

ミレーユの周囲から、少しずつ人が消えていった。

最初に離れたのは、令嬢たちだった。

以前は一緒にお茶を楽しんでいた友人たちが、彼女からの招待を断るようになった。


次に、男性たちが離れた。

ミレーユに夢中だった貴族子息たちは、彼女が自分以外の男性にも同じ甘い言葉を囁いていると知り、次々と目を覚ました。


「君は僕だけを愛していたんじゃないのか?」


「ええっ? どうしてそんなことを言うんですの?」


「君が僕にしたことを、ほかの男にもしていたんだな」


「ひどい! 私を疑うなんて!」


ミレーユは泣いた。

しかし、誰も慰めてはくれなかった。

決定的だったのは、王宮で開かれた慈善舞踏会でのことだった。

その日、ミレーユは公爵令嬢の婚約者だった青年に再び近づいた。


「ねえ、今夜は私と踊ってくださらない?」


青年は冷たい目で彼女を見た。


「断る」


「え……?」


「君と関わると、周囲の人間まで傷つく。もう二度と僕に話しかけないでくれ」


その声は、周囲にも聞こえていた。

ミレーユは顔を真っ赤にした。


「な、何よ! 私が誘ってあげているのに!」


「誘ってあげている?」


青年は呆れたように笑った。


「君は、誰かに選ばれることばかり考えている。けれど、君自身は誰かを大切にしたことがあるのか?」


「……っ!」


「君が好きなのは、僕じゃない。誰かの大切なものを奪って、自分が勝ったと思う瞬間だけだ」


その言葉に、周囲の貴族たちが頷いた。

ミレーユは初めて気づいた。

誰も自分を見ていない。

かつてなら、自分が涙を浮かべるだけで男性たちは駆け寄ってくれたのに。

今では、誰もが冷たい視線を向けるだけだった。


「どうして……?」


ミレーユは震える声で呟いた。


「どうして、私を一番にしてくれないの……?」


しかし、その答えを教えてくれる人は、もう誰もいなかった。



ーー数日後。

ミレーユは王宮へ呼び出された。


そこには国王をはじめ、宰相や大勢の貴族たちが並んでいた。


「ミレーユ・ロゼッタ。そなたの行いについて、数多くの訴えが届いている」


「訴え……?」


「他者の婚約関係を意図的に破壊し、虚偽の噂を流し、婚約破棄に伴う騒動を引き起こした。さらに、複数の貴族家の名誉を傷つけている」


ミレーユは慌てて首を振った。


「違いますわ! 私はただ、愛されただけです! 男性たちが私を好きになったのですもの!」


「ならば、相手の気持ちを弄び、婚約者たちを嘲笑ったことも正当化できると?」


「そ、それは……!」


言葉が出なかった。

彼女は、自分がどれだけ多くの人を傷つけたのか、初めて突きつけられたのだ。

しかし、反省するよりも先に、怒りが込み上げた。


「こんなの、おかしいですわ! 私は可愛いのに! みんな、私を愛して当然でしょう!?」


静寂が落ちた。

国王は深く息を吐いた。


「その考えを改める機会は、何度もあったはずだ」


宰相が判決文を読み上げる。


「ミレーユ・ロゼッタ。貴族社会を混乱させ、他者の名誉を傷つけた責任を問い、男爵家の監督責任も含めて審議した結果、そなたには国外退去を命じる。今後、王国への再入国は認めない」


「そ、そんな……!」


ミレーユの父である男爵は、青ざめた顔で頭を垂れていた。

彼女のために何度も謝罪し、被害を受けた家々に補償してきた父も、ついに庇いきれなくなったのだ。


「お父様! 助けて!」


「……もう、無理なのだ」


父は顔を上げなかった。


「お前が何をしても、私はお前を信じていたかった。だが、お前は誰かを傷つけても、謝ることすらしなかった」


「お父様まで……!」


ミレーユは泣き叫んだ。

けれど、誰も助けてくれなかった。

彼女は数日後、わずかな荷物だけを持たされ、国境の外へと送り出された。


かつては多くの男性から贈り物を受け取り、華やかな舞踏会の中心で笑っていた少女。

その姿はもう、どこにもなかった。


ーー国外追放から一年。

ミレーユは隣国の小さな町で暮らしていた。

貴族の身分は失われ、華やかなドレスも、豪華な食事もない。

慣れない仕事に追われ、毎日を生きるだけで精いっぱいだった。

それでも彼女は、最初のうちは自分を慰めていた。


「きっと、私がいなくなって、みんな寂しがっているわ」


「いつか迎えに来てくれるはずよ」


「だって、私は可愛いんですもの」


しかし、一年が過ぎても、迎えは来なかった。

ある日、町の食堂で働いていたミレーユは、客たちの会話を耳にした。


「そういえば、隣国の王太子殿下が婚約されたそうだな」


「お相手は、長年殿下を支えてきた侯爵令嬢だとか。二人とも幸せそうで何よりだ」


ミレーユの手が止まった。

その侯爵令嬢は、かつて彼女が婚約者を奪おうとした相手だった。


「あの方……結婚するのね」


胸の奥が、ちくりと痛んだ。

彼女は思い出した。

あの令嬢は、婚約者を奪われたときも取り乱さなかった。

ただ、静かに言ったのだ。


『あなたは、私から彼を奪ったつもりなのでしょう。でも、人の心を奪うことと、人を幸せにすることは違いますわ』


当時のミレーユには、その意味がわからなかった。

けれど今なら、少しだけわかる気がした。

自分は誰かに愛されたかったのではない。


誰かよりも愛されていると、証明したかっただけなのだ。

相手が傷つくほど、自分が勝った気になれた。

誰かの大切な人を奪うたび、自分には価値があると思い込めた。

けれど、そんな勝利の先には、何も残らなかった。


「……私、何をしていたんだろう」


初めて、心から自分の過ちを悔いた。

あのとき、傷つけた令嬢たちに謝りたかった。

自分を信じてくれた父に、謝りたかった。


そして、自分を本当に好きになってくれたかもしれない人たちに、誠実に向き合えばよかったと、今さらながら思った。

けれど、時間は戻らない。

彼女の謝罪を受け取る義務など、誰にもなかった。

その夜、ミレーユは狭い部屋の窓から星空を見上げた。


「可愛いだけじゃ……駄目だったのね」


頬を涙が伝った。

かつての彼女なら、涙を見せれば誰かが慰めてくれると信じていた。

今は違う。


誰も見ていない場所で、自分のしたことと向き合うしかなかった。

そして、遠い故郷では、かつて彼女に傷つけられた人々が、それぞれの人生を歩んでいた。


新しい恋を見つけた者。

傷を乗り越え、幸せな結婚をした者。

失った時間を取り戻すように、夢に向かって進んだ者。

彼らはもう、ミレーユのことなど思い出しもしなかった。

彼女にとっては人生を変えた出来事でも、彼らにとっては、とうに終わった過去だったのだ。


「……ごめんなさい」


誰に届くこともない謝罪が、夜の部屋に消えた。

ミレーユはようやく理解した。


愛されることは、当然の権利ではない。

誰かの心を大切にし、信頼を積み重ね、相手を思いやることで育まれるものなのだ。

そのことに気づいたとき、彼女の周りには、もう誰も残っていなかった。


そして彼女は、生涯忘れることのない教訓を胸に刻むことになる。

誰かの幸せを壊して手に入れた優越感は、いつか自分自身を孤独にする。


――すべてを失ってから気づいたのでは、あまりにも遅すぎたのだった。


完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。