『可愛い私が一番愛されて当然ですわ!』
可愛いだけじゃ駄目なんですよ?って気持ちで書いたお話です。宜しければ暇つぶしどうぞm(__)m
「まあ!アデリーナ様…婚約者を奪われてしまったのですか…?」
王立学園の庭園に、少女たちの囁きが広がった。
その中心にいるのは、男爵令嬢ミレーユ・ロゼッタ。
ふわふわの金髪に、大きな碧眼。誰もが振り返る愛らしい容姿を持つ彼女は、自分の魅力を誰よりも理解していた。
そして、何よりも大好きなものがあった。
それは、他人の婚約者を奪うこと。
「だってぇ、彼のほうから私を好きになっちゃうんですもの。私、悪くありませんわ!」
ミレーユは可愛らしく首を傾げた。
今回の相手は、公爵令嬢アデリーナの婚約者である第二王子エドガーだった。
ミレーユは彼に甘え、涙を見せ、悩みを打ち明けるふりをした。そして、彼が自分に夢中になると、わざとアデリーナの目の前で腕に抱きついたのだ。
結果、エドガーは婚約解消を申し出た。
「アデリーナ様には申し訳ないですけれど……愛される人と愛されない人がいるのは仕方ありませんものね?」
ミレーユは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「可愛い私が一番愛されて当然でしょう?」
周囲の令嬢たちは、何も言わなかった。
ただ、その瞳からは以前のような親しみが消えていた。
実はミレーユが婚約者を奪ったのは、今回が初めてではない。
侯爵令嬢の婚約者。
子爵令嬢の婚約者。
伯爵令嬢の婚約者。
彼女は相手の身分など気にせず、気に入った男性を次々と誘惑していた。
そして、男性が自分に夢中になった途端、興味を失う。
捨てられた男性が後悔しようと、婚約を破棄された令嬢が泣こうと、彼女には関係なかった。
「だって、私が幸せならそれでいいじゃない?」
その考えが、どれほど多くの人間を傷つけているのか。
ミレーユは考えようともしなかった。
ーーそれから半年。
ミレーユの周囲から、少しずつ人が消えていった。
最初に離れたのは、令嬢たちだった。
以前は一緒にお茶を楽しんでいた友人たちが、彼女からの招待を断るようになった。
次に、男性たちが離れた。
ミレーユに夢中だった貴族子息たちは、彼女が自分以外の男性にも同じ甘い言葉を囁いていると知り、次々と目を覚ました。
「君は僕だけを愛していたんじゃないのか?」
「ええっ? どうしてそんなことを言うんですの?」
「君が僕にしたことを、ほかの男にもしていたんだな」
「ひどい! 私を疑うなんて!」
ミレーユは泣いた。
しかし、誰も慰めてはくれなかった。
決定的だったのは、王宮で開かれた慈善舞踏会でのことだった。
その日、ミレーユは公爵令嬢の婚約者だった青年に再び近づいた。
「ねえ、今夜は私と踊ってくださらない?」
青年は冷たい目で彼女を見た。
「断る」
「え……?」
「君と関わると、周囲の人間まで傷つく。もう二度と僕に話しかけないでくれ」
その声は、周囲にも聞こえていた。
ミレーユは顔を真っ赤にした。
「な、何よ! 私が誘ってあげているのに!」
「誘ってあげている?」
青年は呆れたように笑った。
「君は、誰かに選ばれることばかり考えている。けれど、君自身は誰かを大切にしたことがあるのか?」
「……っ!」
「君が好きなのは、僕じゃない。誰かの大切なものを奪って、自分が勝ったと思う瞬間だけだ」
その言葉に、周囲の貴族たちが頷いた。
ミレーユは初めて気づいた。
誰も自分を見ていない。
かつてなら、自分が涙を浮かべるだけで男性たちは駆け寄ってくれたのに。
今では、誰もが冷たい視線を向けるだけだった。
「どうして……?」
ミレーユは震える声で呟いた。
「どうして、私を一番にしてくれないの……?」
しかし、その答えを教えてくれる人は、もう誰もいなかった。
ーー数日後。
ミレーユは王宮へ呼び出された。
そこには国王をはじめ、宰相や大勢の貴族たちが並んでいた。
「ミレーユ・ロゼッタ。そなたの行いについて、数多くの訴えが届いている」
「訴え……?」
「他者の婚約関係を意図的に破壊し、虚偽の噂を流し、婚約破棄に伴う騒動を引き起こした。さらに、複数の貴族家の名誉を傷つけている」
ミレーユは慌てて首を振った。
「違いますわ! 私はただ、愛されただけです! 男性たちが私を好きになったのですもの!」
「ならば、相手の気持ちを弄び、婚約者たちを嘲笑ったことも正当化できると?」
「そ、それは……!」
言葉が出なかった。
彼女は、自分がどれだけ多くの人を傷つけたのか、初めて突きつけられたのだ。
しかし、反省するよりも先に、怒りが込み上げた。
「こんなの、おかしいですわ! 私は可愛いのに! みんな、私を愛して当然でしょう!?」
静寂が落ちた。
国王は深く息を吐いた。
「その考えを改める機会は、何度もあったはずだ」
宰相が判決文を読み上げる。
「ミレーユ・ロゼッタ。貴族社会を混乱させ、他者の名誉を傷つけた責任を問い、男爵家の監督責任も含めて審議した結果、そなたには国外退去を命じる。今後、王国への再入国は認めない」
「そ、そんな……!」
ミレーユの父である男爵は、青ざめた顔で頭を垂れていた。
彼女のために何度も謝罪し、被害を受けた家々に補償してきた父も、ついに庇いきれなくなったのだ。
「お父様! 助けて!」
「……もう、無理なのだ」
父は顔を上げなかった。
「お前が何をしても、私はお前を信じていたかった。だが、お前は誰かを傷つけても、謝ることすらしなかった」
「お父様まで……!」
ミレーユは泣き叫んだ。
けれど、誰も助けてくれなかった。
彼女は数日後、わずかな荷物だけを持たされ、国境の外へと送り出された。
かつては多くの男性から贈り物を受け取り、華やかな舞踏会の中心で笑っていた少女。
その姿はもう、どこにもなかった。
ーー国外追放から一年。
ミレーユは隣国の小さな町で暮らしていた。
貴族の身分は失われ、華やかなドレスも、豪華な食事もない。
慣れない仕事に追われ、毎日を生きるだけで精いっぱいだった。
それでも彼女は、最初のうちは自分を慰めていた。
「きっと、私がいなくなって、みんな寂しがっているわ」
「いつか迎えに来てくれるはずよ」
「だって、私は可愛いんですもの」
しかし、一年が過ぎても、迎えは来なかった。
ある日、町の食堂で働いていたミレーユは、客たちの会話を耳にした。
「そういえば、隣国の王太子殿下が婚約されたそうだな」
「お相手は、長年殿下を支えてきた侯爵令嬢だとか。二人とも幸せそうで何よりだ」
ミレーユの手が止まった。
その侯爵令嬢は、かつて彼女が婚約者を奪おうとした相手だった。
「あの方……結婚するのね」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
彼女は思い出した。
あの令嬢は、婚約者を奪われたときも取り乱さなかった。
ただ、静かに言ったのだ。
『あなたは、私から彼を奪ったつもりなのでしょう。でも、人の心を奪うことと、人を幸せにすることは違いますわ』
当時のミレーユには、その意味がわからなかった。
けれど今なら、少しだけわかる気がした。
自分は誰かに愛されたかったのではない。
誰かよりも愛されていると、証明したかっただけなのだ。
相手が傷つくほど、自分が勝った気になれた。
誰かの大切な人を奪うたび、自分には価値があると思い込めた。
けれど、そんな勝利の先には、何も残らなかった。
「……私、何をしていたんだろう」
初めて、心から自分の過ちを悔いた。
あのとき、傷つけた令嬢たちに謝りたかった。
自分を信じてくれた父に、謝りたかった。
そして、自分を本当に好きになってくれたかもしれない人たちに、誠実に向き合えばよかったと、今さらながら思った。
けれど、時間は戻らない。
彼女の謝罪を受け取る義務など、誰にもなかった。
その夜、ミレーユは狭い部屋の窓から星空を見上げた。
「可愛いだけじゃ……駄目だったのね」
頬を涙が伝った。
かつての彼女なら、涙を見せれば誰かが慰めてくれると信じていた。
今は違う。
誰も見ていない場所で、自分のしたことと向き合うしかなかった。
そして、遠い故郷では、かつて彼女に傷つけられた人々が、それぞれの人生を歩んでいた。
新しい恋を見つけた者。
傷を乗り越え、幸せな結婚をした者。
失った時間を取り戻すように、夢に向かって進んだ者。
彼らはもう、ミレーユのことなど思い出しもしなかった。
彼女にとっては人生を変えた出来事でも、彼らにとっては、とうに終わった過去だったのだ。
「……ごめんなさい」
誰に届くこともない謝罪が、夜の部屋に消えた。
ミレーユはようやく理解した。
愛されることは、当然の権利ではない。
誰かの心を大切にし、信頼を積み重ね、相手を思いやることで育まれるものなのだ。
そのことに気づいたとき、彼女の周りには、もう誰も残っていなかった。
そして彼女は、生涯忘れることのない教訓を胸に刻むことになる。
誰かの幸せを壊して手に入れた優越感は、いつか自分自身を孤独にする。
――すべてを失ってから気づいたのでは、あまりにも遅すぎたのだった。
完




