食
人間は今まで食べていたものが、
突然食べられなくなった。
焼肉を食べても吐き出し、
生野菜も食えなくなった。
代わりに、別のものが食べたくなった。
落ち葉や腐敗土が美味しく感じられた。
動物でも、腐敗した動物の死骸が食欲をそそった。
動物園の動物も、飼い犬飼い猫も、食生活が変わり
腐敗土や落ち葉を食べるようになった。
何が起きようとしているのか、
誰にも分からなかった。
山での失踪事件が多発した。
戻って来る者はおらず、見つかった服は血に濡れていた。
山は妙に静かだった。
野犬や獣に襲われたのだろうと判断された。
しかし、そんなはずはなかった。
野犬も獣も、もう生肉は食べないのだから。
子ども達が消えた。
緑豊かな大きな公園で、突然失踪した。
血に濡れた大きなフキが、風に揺れていた。
どこでも、植物が多く茂るようになった。
舞う花粉に、眠りを誘う成分が含まれるようになった。
虫よりも人間を誘うように、
植物はなぜか、人間好みの美しい花を咲かせ、
人間の舌に合う果実を、次々と実らせるようになった。
人が、花に触れると、驚くことに、
花びらが閉じた。
食虫植物でもないのに。
幾つもの花の奥にトゲがあり、少量の毒を持っていた。
人を眠らせる成分があった。
トゲに触れ、血が出た後、1分後に見ると、
血の痕跡は消えていた。
まるで人の血を吸ったかのように。
その花は生き生きとして、より美しくなったように見えた。
雑草に触れると、軽く切れる割合が増えた。
葉の縁が鋭くなっていた。
草原で横になると、
やがて、プチップチッという音がした。
起きると、下になっていた素肌が血だらけで
小さな穴が幾つも開いていた。
麻酔で痛みなく、肉を千切られていた。
何らかの昆虫だろうと判断された。
しかし、目立った昆虫の痕跡はなかった。
木の裂け目に、溶けた人間が詰められていた。
死体は、夢の途中で覚めたかのように、
恐怖で目を大きく開いていた。
猟奇殺人鬼が、人に薬品を掛けて、
こんなことをしたのだろう、そう思われた。
しかしその姿は、
まるで木に飲み込まれている最中のように見えた。
大きな公園は、密林を思わせる程、
植物が繁茂していた。
無数の小さな綿毛が飛び、
そこには、少し怖いような夢のような幻想的な世界が
出来上がっていた。
それは、荒々しい、人間を拒絶する自然世界というよりも、
人間が想像し望むような夢の世界だった。
エデンや楽園、桃源郷と聞いて思い浮かべるイメージを
さらに膨らませて、
現実にした世界。
映画でも絵画でも、これほど美しく恐ろしい場所が、
表現されたことはなかった。
もしも植物全体が一個の巨大な生命体だとしたら、
恐ろしい何かを隠すために、
美しく魅惑的な化粧と衣装で身を包んだかのようだ。
人類を幻惑し誘惑するために。
人々は、誘われて、足を踏み入れた。
帰ってくる者はいない。
人類は気付かなかった。
食物連鎖の頂点が
別の存在に
入れ替わっていることに。




