表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

午前零時の図書館シリーズ

午前零時の図書館 ― 本の中の喫茶店

作者: ブラウニー
掲載日:2026/06/13

午前零時の図書館シリーズ 第三話をお届けします。

・プロローグ


リートの目の前には扉があった。

古いが大きくて立派な扉だ。

ゆっくりと扉を開けて中に入る。

そこは広い空間が広がっている。

目の前のホールには、テーブルセットが20台ほど並んでいる。

奥には、何列もあるか分からない数の書棚がまっすぐ、見えなくなるほど遠く伸びている。

迷ったら帰ってこれる自信はない。

目の前にテーブルがひとつ。

その上には一冊の本が置いてある。

人の気配がしたので右を見ると、男が一人立っていた。

上下黒のスーツに白のシャツには蝶ネクタイ。

頭には黒のシルクハット、左手に黒いステッキを持つ。

「ようこそ、午前零時の図書館へ。私はこの図書館の管理人です。ここにはこの世界の人々の、人生が記された本があります。

その机の上にあるのはあなたの本です。過去は変えられませんが、これから起こる未来の行動を、人生で一回だけ書き換える事が出来ます。

一文にまとめた形でお書き下さい。ぜひとも後悔なきよう、宜しくお願いします」


言われるままリートは、席に座り右側のペンを取る。

目の前に開いている本の、真っ白なページにペン先を当て書こうとする。

しかし、手が動かない。

『書けない。何を書いたら良いか分からない』

フーッと息を吐き、ペンを置く。

「すみません。まだ考えがまとまらなくて。考えがまとまるまで、ここを少し見学して良いですか」

管理人の男はにこりと笑う。

「遠くまで行かず、近くを見るのだったら大丈夫ですよ。館内はかなり広いので、一度迷うと戻れないかもしれませんので用心お願いします」

リートは書棚に向かう。

右も左も奥の方も遙か遠くまで、この建物の壁が見えないほど広がっている。

灯りがどこにあるのか不思議だった。

柔らかい光が館内全体を照らしているが、どこにもランプとか燭台(しょくだい)がない。



・本の中の喫茶店


ある書棚の前にきた。

ここには、お店の本が並べてある。

パン屋、鍛冶屋、服屋、食堂など。

『んっ……喫茶店?知らない店だな』

手に取ってページを開く。

なんだか、気が遠くなってきた。

目の前が真っ暗に……。


ふと気付くと、扉の前にいた。

木製の少しおしゃれな作りの扉だ。

開けると中は薄暗い。

テーブル席が三つと、奥のカウンターに席が四つ。

窓からは、図書館の様子が分かる。

そこからの差し込む光で、店内が薄暗く見えている。

カウンターの中を見てみる。

湯を沸かすポットと布袋を張った見たことない器具がある。

陶器の容器をフタをあけると、中に茶褐色の粉が入っている。

香ばしい匂いがする。

『これはコーヒーだ』

以前、取引に失敗した記憶がよみがえった。

『ついさっきまで橋の真ん中で悩んでたんだよな。取引に大失敗して無一文、これからどうしようって』


器具に触っていると、自然に使い方が頭の中に現れる。

早速、湯を沸かしコーヒーを一杯だけ淹れてみる。

コーヒーの豊かな香りが部屋中に漂う。

『うまい!』

飲んでみると、コーヒーの香りが鼻の奥まで刺激する。

酸味、苦み、渋み、甘みの全てが調和し口の中に広がる。

今まで生きていて初めての味に疲れが()やされる。


カランとドアのチャイムが鳴る。

誰かがやってきた音だった。

「おっ、今日は開いているじゃないか」

やって来たのは、50~60才くらいの身なりの良い中年男性だった。

「最近は、ずっと閉まっていたし、久しぶりに開いてて良かった」

その男は慣れたようにカウンター席に座り注文する。

「いつものやつを一杯」

「今日、初めてここに来たので、コーヒーくらいしか出来ないと思いますが」

「おう、それでたのむよ。そうか~。店主が替わったら分からないよな」

リートは不慣れな手つきでコーヒーを淹れる。

「どうぞ、まだ上手に出来てないかもしれませんが」

男性は、差し出されたカップを手に取り一口飲む。

「この香り、この味だよ。良いね~」

口元を緩ませながら話す。

「慣れていない割にはうまく出来てるよ。名乗るのが遅くなったが、私はマクス。首都で商売をしてる。これから宜しくたのむ」


また、ドアの開く音がする。

今度は、ドレス姿のご婦人だった。

迷いなくカウンターにくると男性の横の席にすわる。

「あなたもいらっしゃったのね」

「ヘレナか。ああ、もう頂いてるよ」

男性はカップをあげてみせる。

「こちらはヘレナ、私の妻だ。」

「はじめまして妻のヘレナです。宜しくお願いします。私もひとつ頂きたいわね。この人と同じものをお願い出来ますか」

じっとリートを見ながら話す。

年齢的に40~50才くらいか。

きれいに整った顔にすらりとした体型。

『夫婦かな』

「すぐにお作りしますので、少しだけお待ちください」

ポコポコとポットの湯が沸く、カリカリとコーヒー豆を挽くミルの音。

淹れるコーヒーの香りがあたりを囲む。

「ああ、良い香りだわ~」

「う~むたまらん、もう一杯頂こうかな」

目の前の二人は、じっとコーヒーが出来上がるのを見つめながら話す。

「はい、どうぞ。こちらはお替わりの一杯です。」

女性はいそいそとカップを手に取り口元に持っていく。

「おいしいわね~」

「おっ、二杯目の方が美味いじゃないか」

美味しいと感激する二人もしばらくすると

「さて、そろそろ戻ろうか」

「そうね、十分堪能出来ましたしね」

二人は満足したようで、リートに軽く会釈すると扉から出ていった。


カップと器具を洗い、簡単な清掃をする。

『今日はこれで終わりだろう』

扉を開いて外に出ようとした。

そのとき、部屋中に霧が立ちこめる。

しだいにあたりは暗くなり、リートの意識も遠のいていく。

はっと気付くと、目の前に喫茶店の扉がある。

扉の真ん中に小さな看板が掛かっている。


「リートの喫茶店 営業中」


『あれ、いつのまにか喫茶店の店主になっているようだ』

扉を開けると、暗かった部屋に一斉に灯りがともる。

『昨日と同じだな』

カウンターに入り、湯を沸かし簡単な掃除をして開店準備をする。


カランとドアの音がして客が入ってくる。

今度は、でっぷりと太った中年男性だ。

のしのしと歩いてカウンター席に座る。

「おい、コーヒーを一杯くれ。すぐだぞ」

『随分と横柄な態度だ』

リートはうなずき無言のままコーヒーを淹れる。

「出来ました。どうぞ」

男性は、リートをジロリと見る。

「割と早く出来るじゃないか」

カップを傾けてぐいぐいと飲む。

「まあまあだな。もう一杯くれ」

空になったカップを差し出してくる。

「承知しました」

空になったカップを受け取るリート。

『うまいなら、うまいって言えばいいのに。なんか面倒くさい客だな』

「おまえ今、俺のこと面倒なやつと思ったじゃろう」

男がぐいっとにらみつけてくる。

「イエイエ、そんな何とも思っていません」

「おい、客のことを何とも思わないってなんだ~」


そのとき、ドアの音が鳴り次の客が入ってきた。

「最近、忙しくてなかなか来られなかったよ。何かすごく忙しかったよな~」

マクスが独り言を言いながらカウンターに来る。

「あれ、ワットマンじゃないか、お前さんもいたのか」

「いたのかはないじゃろうが。いつものことだ」

「むぅ、すでに一杯のんでるな。私にもやつと同じものをいただきたい」

『ああ、助かった。マクスさんが来てくれて良かった』

「すぐ、出来ますから、ちょっとだけ待ってください」

リートがにこやかに言うと。

「おい、俺のときと態度が随分違うじゃないか」

「まあ、こっちは二度目だからね。お前さんとちがって一見さんじゃないしな。こいつの名はワットマンといって、これでも首都で大きい商店を経営している。口は悪いが根は良いやつだ」

「これでもはないじゃろ。あと二回も一回もたいした違いないし、これから常連になるんじゃよ」

「はい、コーヒーできました。あと、これもどうぞ」

コーヒーとは別に小皿にクッキーを乗せて差し出す。

「つまみの菓子もあるのか。どんどんサービスが良くなるねぇ。コーヒーに良く合う。噛むとホロホロとくずれる。甘さがコーヒーの苦みとちょうど良い」

ほめるマクスを気にも留めず、ワットマンは無言でポリポリとクッキーをかじっている。


やがて二人とも、満足した様子で帰っていった。



・少女クレア


三日目の夜になった。

三度目になれば慣れたもので、扉を開けて中に入る。

カウンターへ行き開店準備をする。

湯沸かしのポットがポコポコと沸いたことを伝えてくる。

カラーン、ドアのチャイムが鳴る。

来店してきたのは12~13才くらいの女の子。

お古のワンピースを着ていて、長い髪を一つにまとめ、後ろに流している。

「お嬢ちゃん、ご注文は何が良いですか?」

戸惑っている様子なので、声をかけた。

「私、今年で15才になるんです。そんな子供じゃありません」

『15才!、幼く見えるな』

「ではあらためて、お嬢さんご注文はお決まりですか」

「ここは何かの食堂ですか。何が出来るんですか」

カウンター席に座りながら、おずおずと話しかけてくる。

「ここは喫茶店といって、主に飲み物を出してます。あと簡単な食事くらいなら作れますよ」

「それじゃ、ここのおすすめをお願いします」

「お腹空いてますか。そうでないなら、飲み物とおつまみで」

「お腹はすいてません」

少女はきっぱりと答える。

「わかりました。少しお待ちください」

ホットコーヒーにクッキーを添える。

少女は一口飲むと、口がへの字になった。

「苦ーい。すごく苦くて飲めないです」

『お子様には苦かったのね』

「この山羊のミルクと蜂蜜シロップを入れたら、飲みやすくなりますよ」

差し出した山羊ミルクと蜂蜜シロップを、なみなみと注ぎ入れる。

「よく混ぜてくださいね」

添えているスプーンでガチャガチャと混ぜる。

「甘くておいしい」

ニコニコと笑顔になる少女。

「ここはいつからあるんですか」

「うーん、三日前から僕がやってるんだけど、もっと前から他の人がやってたみたいだね」

「へぇ~そうなんだ。こんなとこ初めてきたけど」

部屋の中をじろじろ見回す。

窓から見える図書館の様子に、不思議そうな顔をしている。

「あれは図書館だよ。ここは図書館の中にある喫茶店なんだ」

「今日は、疲れてすぐ寝てしまって、ぼんやりと扉が見えたと想ったらここにきてたんだけど」

少女は話す。

「ここは夢の中だよね」

「いや、僕は寝てなんかいないんだけど」

少女を見てると、夢を見てるようには見えない。

ドアのチャイムが鳴る。

やってきたのはマクスだった。

「お、珍しいことに新しい客が来てるじゃないか」

「やぁ、お嬢ちゃん、私の名はマクスだよ。ここには何度も来てる常連さ。君はなんて名前かな」

『常連と言っても、まだ三回目だけど』

「クレアと言います。今年で15才なんで、お嬢ちゃんじゃないです。もう大人です」

「それはクレアさん、申し訳ない。あまりに可愛かったから、間違えちゃったね」

マクスは僕の方を見ると

「リート君、いつものコーヒーをたのむ」

リートはうなずき準備する。

「マクスさん、さっきクレアさんがここは夢の中だと言ってたんですが、本当ですか」

マクスは意外という表情で答える。

「そうだよ。ここに来たいと強く願って寝ると、夢の中でここに来られるのさ」

「僕は寝ているんじゃないですけど。毎日ここが閉店後、しばらくするとまた店の扉のまえに居るんです。扉を開けたらこの店の中です」

マクスとクレアは不思議そうな顔をしていた。

そこで扉のチャイムが鳴る。

二人の来客。

マクスの妻ヘレナとワットマンだった。

「おや、ヘレナとワットマンか。紹介しよう。こっちのお嬢さんはクレア。新しい客だ」

「クレア、こちらが私の妻のヘレナでこっちの中年がワットマンという。私の友人で商売の競争相手さ」

「ふん、わしは、おまえさんの友人なんかなったことないんだがな」

それからワットマンはカウンターのリートに注文する。

「リート、わしにもコーヒーをくれ」

「あら、私もお願いするわ」

「二人とも丁度良かった」

マクスがヘレナとワットマンに話しかける。

「リート君がどうも夢から出られないようなんだ。どうしてもこの店から、現実に戻れないらしい」

「おや、まあたいへん」

ヘレナが上品に口元に手をあてる。

「ふん、どうせ奴のことだから、何も考えてないんだろうよ」

その言葉に、コーヒーを淹れるリートがピクリと反応した。


カラーン。

また来客だ。

「やあ、やあ、こんにちわ。あっこんばんわ、かな。皆さん、勢揃いですね~」

遠慮なくどかどかと近づいてくるのは、40才くらいの中年の男。

Tシャツに短パン、スリッパと随分ラフな格好だ。

「まあ、皆さん元気ないねぇ。ここで、そんなんはいけないね~」

マクスが男に話しかける。

「君は誰だい。名前くらい教えてくれないか」

カウンターに近づいた男が話す。

「俺はバーニーって言う。しがない中年男さ。マスター、俺にもコーヒーをくれよ」

「すみません。カウンターが満席ですから、テーブル席にお願いします」

「いえ、私がカウンターに入りますから、ここにどうぞ」

クレアが立ち上がりカウンターに入る。

「いや、申し訳ないね~」

バーニーは遠慮なくカウンター席に座る。

出されたコーヒーを一口すする。

「うまいコーヒーだ。良い味してるぜ。うっ、なんだか腹が減ってきたぜ。ここは何か食べるもんあるかね」

リートが答える。

「そうですね。今出来るのは、トーストかパスタかな」

「パスタなら、私出来ます。お店で最近作ったことありますから」

「おっ、そりゃいいね!パスタたのむよ」

「じゃ、すぐ作りますね」

パスタを茹でてる合間に、トントントンと包丁を使って具材を切る。

フライパンに具材を入れて火を通す。

そこに茹であがった麺をいれて混ぜ合わせ、最後にチーズと香草を散らし皿に盛り付ける。

「はい、出来ました」

すっと、バーニーの前に差し出す。

「おっ、うまそうだ」

うれしそうに皿を受け取り、早速一口食べる。

「うまいなぁ、こりゃいける」

パクパクと食べる様子に、ほかの客もゴクリとつばを飲み込む。

「俺にも同じ物をくれ!」

ワットマンが大声で注文する。

「それなら、私と妻にもいただけるかな」

「ぜひ、お願いしますわ」

マクスとヘレナも注文する。

「はい、おまかせください。材料はたくさん有りますから大丈夫です。私、町の食堂で働いていて、最近は調理もまかされてるんですよ」

クレアがうれしそうに話す。

「ほう、それで手際が良いと思ったんだ」

ムシャムシャと食べるバーニーが感激して言った。


そんな中、手早く調理するクレアにリートは目を白黒させていた。

「はい、三人前できました」

カウンターに次々と料理を並べる。

「うーん、こりゃうまいわい」

「なかなかの出来だ」

「おいしいですわね」

三人とも夢中で食べていく。


食べ終わったバーニーがお腹をさすりながら言う。

「これから、クレアさんに料理をお願い出来れば良いんじゃないか」

「それは良いアイデアだ」

「これから、おいしい料理もいただけると素敵ですわ」

「わしも、もっと食べたいぞ。食べた後は、コーヒーも飲みたいのう。おいコーヒーをくれ」

「私とヘレナにもコーヒーを頂きたい」

食事とコーヒーで満腹になると、四人とも帰って行った。

翌日より、リートが飲み物、クレアが料理を担当する。

こうして、二人の距離が近づくにつれ、しだいに互いに引かれ合っていく。


ある夜のこと

リートがクレアに声をかける。

「クレアさん、コーヒーのストックがなくなってきたから、隣の部屋で豆のローストをしてきますね。」

そう言って、リートが席を外す。

「ふん、ローストって豆焼くことだよな」

ワットマンがクレアにたずねる。

「はい、コーヒー豆を火であぶって、香りを出すんですよ。生のままだとコーヒーにならないんで、茶色くなるまで豆を焼くんです」

「ほう、隣の部屋にそんな場所があるのか」

「ええ、ローストしたら、一晩置いて冷やさないと、コーヒーの味が悪いらしいです」

「面倒な作業じゃな」

「ローストって大事な作業で、ここで失敗したら豆が全部ダメになるんです。それで、別の部屋で神経を集中してやってるそうです」

「ほう、それはそれで良いとして。どうかね、リートとはうまくいってるんか。ちっとは、進んでいるんだろ」

ワットマンがのぞき込むようにクレアを見る。

「えぇ、それなりには……」

言葉を濁すクレア。

カラーンと扉の音。

そこに、三人の常連が現れる。

「おっ、リートがいねーじゃないか。あいつ何処いっちまったんだ」

「そうですわね、リート君みえないですわね」

「珍しいこともあるもんだ」

「ロースト作業で、隣の部屋に行ってるんです」

クレアが、さっきと同じ説明をしていく。

「ヨシヨシじゃあ、ヤツのことでとっておきの話をしてやろう」

「なんじゃい、何かあるんか。もったいぶらずに早く話せ」

「まあ、まかせろ。今から話してやるからって」

「あっ、新しくピラフを作ってみたんで、味見されますか」

クレアが、小皿に盛った料理をバーニーに差し出す。

「こいつは美味そうだ。まずは先にこれ食ってから話してやろう」

バーニーがスプーンでパクパク食べてると、隣のドアが開く。

「やあ、皆さんおそろいですね~。今、豆をローストしてますから、明日のコーヒーは格別ですよ」

リートがにこやかに話す。

さっきまで盛り上がる常連三人のテンションは、たちまちしぼんでいく。


それから何日か後のこと。

リートがミルでコーヒー豆をカリカリと挽いている。

その横でクレアは洗い物をしていた。

そこに、ひょっこりとバーニーがやってくる。

「おっ、今日は俺だけか」

「あっ、バーニーさんこんばんは。今日のお客様はバーニーさんだけですよ」

クレアが元気に話す。

「そうか。そういや二人はどこまで進んでんだ。もう付き合ってんか」

ズケズケと話すバーニーにクレアが顔を赤くして返事する。

「いえ、特にそんなことはないです」

「おいリート、なにモタモタしてんだよ。このままだと昔の二の舞になんぞ」

不思議そうな顔でリートが返事をする。

「えっ、何のことですか」

ここでバーニーがニヤリとする。

「お嬢ちゃん、良いこと教えてやるよ」

バーニーがクレアに話しかける。

「リートが15才の時だったかな~。祭りがあってよう。同じ村で育った幼なじみの娘っ子と、祭りを周る約束をしたんだよな。それがさあ、いつも待ち合わせにしてる場所に、娘っ子が来なかったんだ。約束の時間を過ぎて、日が暮れても来ない。

リートのやつぁ、とうとう祭りの終わる深夜まで待ってたんだが……来なかったんだよな」

「ちょっと、バーニーさん、なんでそれを……」

リートは慌てて話を止めようとした。

「後で聞いた話じゃ、他の町の商店に雇われたみたいだな。どうも取引先の旦那が一目惚れでよう。自分とこに置いておきたかったみたいなんだなぁ。あれからのリートのやつの、落ち込みようったらないぜ。祭りの露店で娘っ子に渡そうと買った髪留め、これをボウッと見てたと思ったら、たまに泣いていたりしてたよなぁ」

「それからリートのやつ、人が変わったみたいに仕事をやり始めやがった。休みも返上して、必死に仕事に打ち込んでたな。まるで、何かを忘れようとしているみたいだったぜ。リート本人は村から出稼ぎに来た子供達が、安心して働けるような店を持ちたいと言ってたんだがな。だが、本音はそれだけじゃなく、他にもあるんだろう?」

「バーニーさん、そこは……今、何で……もう……」

リートは必死で遮ろうとするが…….

「そのうち、もっと稼ごうとして個人で商売をやっててよう。最初の内は結構儲かってたようだが、つい最近、大失敗して大損こいてたなぁ。そんで、どうしようもなくなって、ここに流れ着いたってわけさ」

「あぁ、女もいねえ、カネもねえ。リート、これからどうすんだよ~?」

それを聞いていたリートは、真っ赤になってうつむき何も話すことが出来なかった。

「あっ、俺もう帰るわ。じゃな~」

リートのようすにあわててバーニーは外に出て行った。

今の話に驚いたクレアは、リートに話しかける言葉が出てこなかった。

リートは固まったように動かない。

「リートさん、私も帰りますね。あまりバーニーさんの事は気にしない方が……」

クレアは扉を開けて外に出るとき、もう一度リートを振り返る。

リートを見つめる瞳にはクレアの強い決意が込められていた。



・リートの覚悟


その翌日。

本の中の喫茶店はいつものように開く。

ただリートの心は真っ白だった。

何も書かれていない白い紙を全身に(まと)い、ふらふらと荒野をさすらう者になっていた。

いつものようにカウンターに入るが、何の感情も()いてこない。

コーヒーを飲んでも何の味もしなかった。

カラーンと鳴る音で扉に目を向ける。

クレアがいた。

カウンターに近づき、リートに話しかける。

「リートさん、昨日は先に帰って申し訳ありませんでした。私、家に戻ってから考えました。このままだといけない。リートさんをひとりにしたらいけいない。私が……私と……」

「私……私リートさんが好きです!……これから一緒に頑張っていきたいです!……どうかお願いです。……私、リートさんに一生付いて行きます!……宜しくお願いします!」

クレアはリートを見つめる。

真っ直ぐな瞳が、リートの心に響く。

クレアの瞳が眩しく、リートの心をかき乱す。

「返事は、今じゃなくてもいいですから」

クレアはそう言って扉から出て行った。

取り残されたリートが手元のカップに目を落とすと、冷めかけたコーヒーの黒い水面に、ひどく怯えた自分の顔が映っていた。

その日、客は来なかった。


次の日。

喫茶店はいつものように開く。

リートは放心したようにカウンターにいた。

リートの前には飲みかけのコーヒーカップがあった。

カラーンという音を鳴らし、バーニーが目の前にやってくる。

「お前、馬鹿じゃないのか!あんな可愛いお嬢ちゃんに告白されて、何迷ってんだよ!」

バーニーはカウンターを叩いて言葉を吐き出す。

「幸せが……また、逃げてしまうぞ!!」

ぐいっとリートを睨みつけるバーニー。

リートの顔が赤く染まる。

歯をくいしばり、バーニーを睨み返す。

「もう、失いたくないだろう。今なら、まだ間に合うんだよ」

バーニーが優しく声をかける。

「……は……い」

かすれた声でリートが答える。

「よし、きょうはもう帰るわい」

リートの返事にバーニーは扉から出て行く。

バーニーの顔に浮かぶ表情は、柔らかく穏やかだった。


リートは、飲みかけのコーヒーカップを手に取った。

じっとカップに残るコーヒーを見つめる。

今度はどんな顔をしてるんだろう。

見るのが怖い。

リートは勇気を振り絞り、一気に飲み干した。

心を決める。

ここを出る。

ここを出て、やることが出来た。

いろんな人と話をしたい、繋がりたいと思った。


チャイムの音と共に、喫茶店の扉が開く。

そこには、図書館の管理人が居た。

「リートさん、お迎えにあがりました。図書館に戻って、本をお書きください」

管理人が手を差し出す。

その手を握りしめるリート。

「宜しくお願いします。今度は書けると思います!」


扉を開けて管理人と一緒に外に出る。

図書館入り口近くに行くと、机の上に自分の本が置いてある。

机の席に座り、本を見つめる。

ペンを取り、白いページに自分の未来を書き込んでいく。

『私は喫茶店を開き、そこで最愛の人と再会する』

管理人の声が聞こえる。

「未来は書き換えられました。リートさん、良き人生をお送りください」

管理人がリートに一礼する。

やがてリートの周りに白い霧が立ちこめる。

リートは元の世界に戻った。


現実世界に戻ったリートの周りに、何故か人が集まってくる。

首都で一二を競うマクスとワットマンの二大商店が出資してくれたのだ。

リートの目の前にあれよあれよと、土地、建物、資材等がみるまに集まってくる。

そうこうしていると、喫茶店がオープンすることになった。


ある日の早朝

カウンターにはモーニングに来てる客。

そこに来店して来たのは、本の中の喫茶店で出会った女性だった。

女性は両手で抱えた胸のバッグに力を込め、リートをまっすぐ見つめる。

「ここで働かせて下さい!」

きっぱりとした声。

モーニングの湯気が、ゆらりと揺れる。

カウンターの客たちが、どこか分かったように微笑んだ。

女性の声に振り向くリート。

その姿を見ると、ニコリと微笑み両手を前に差し出した。

何のためらいもなく、女性はその胸に飛び込む。

その様子に店内中に拍手の音が鳴り響く。

太った年配の紳士が小さくつぶやく。

「ふむ、ようやく揃ったようじゃの」

物腰柔らかな紳士が隣の淑女に話しかける。

「やれやれ、随分遅かったから心配したよ~」

「そうですわ、でもこれで安心ですわね」

淑女は上品に口元に手をあてる。


棚の上には、あの本がある。

まだ何も書かれていないページが、静かに朝の光を受けていた。

棚の上の本の背表紙に刻まれた文字は

『リートの喫茶店 営業中』

リートは無言のまま、しっかりと女性を抱きしめている。

本には、これから二人の物語が記されていくことだろう。

店内の拍手はしばらく鳴り止むことはなかった。


・エピローグ


リートが図書館から出てしばらくすると、管理人のもとに手紙が届いた。

「管理人さん、リートから手紙がとどいてるぜい」

バーニーがその手紙を持ってきた。

「リートさんからですか、懐かしいですね」

バーニーから手紙を受け取ると、封を切り、中身を読み終わる。

ゆっくりと手紙を封筒に戻し、机の引き出しにしまい込んだ。

それから、図書館の窓に顔を向け、遠い景色に思いを馳せる。

「おい、なんて書いてあんだよ!リートはどうしてんだよ!」

「うるさいですね。少し静かにしてください。手紙の余韻(よいん)に浸ってるんですから」

「えっ、リートの件は俺の手柄だろう。あんとき俺がガツンと言って……ガツンと言ったから……ガツン……ガツンであいつが」

「そうですね、あなたのお手柄なんでしょうね」

バーニーは目を輝かし、満面の笑顔となる。

「やっぱり、俺が一番手柄だよな~、エヘヘ」

「フーッ」

ため息の後、遠くを見ていた管理人の口元が少し緩んだ。


この作品がお気に召されたましたら、評価・感想など頂ければ今後の執筆の励みになりますので、ぜひお願いしたいと思います。

また毎月第二土曜日 午後9時ごろに「午前零時の図書館シリーズ短編」を投稿していきますので、宜しくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ