不良と魔界の王【人間風情が俺に触れるな】
地獄山高校。
全国からワルが集まる県内随一の不良高校だ。
他校であれば間違いなく頭を張れるような猛者たちがゴロゴロしているこの学校には、毎月のように他校から追い出された問題児が転校生としてやって来る。
ゆえに、校内の勢力図は常に変わり続けている。
誰が上に立つかも、明日には分からない――そんな群雄割拠の状態だ。
そんな地獄山高校に、今日も新たな転校生がやってきた。
「今日は転校生を紹介する。入りなさい」
先生が教室の入口へ目を向けた。
次の瞬間、扉が開く。
現れたそいつは入口よりも背が高く、腰を屈めて入ってきた。
転校生の姿を見て、教室がどよめいた。
背中には、場違いなほど大きな黒い翼。
頭には牛のような角が生え、鋭い目が教室を見渡す。
その肌は、妙に生々しいピンク色だった。
同い年には到底見えない。
――いや、同じ人間とすら思えない。
「異世界から来たディアボロスだ。お前ら人間風情と仲良くする気はない」
異世界だと?
普段ならこんなセリフを聞いても、転校初日にハッタリをかます、ただのお調子者だと思ったであろう。
だが――こいつは違った。
その見た目が、その言動と嚙み合いすぎていた。
「世界征服の礎として、まずはこの学校を征服することにした。俺に逆らうものは容赦しない」
転校生のディアボロスは鋭い目つきで言った。
「こらこら、真面目に自己紹介をしなさい」
先生はまるで問題児を叱るように、ディアボロスの肩に手を置いた。
「……人間風情が、俺に触れるな」
ディアボロスが右拳を握ると、どす黒い光が拳を覆った。
次の瞬間、殴られた先生が消滅した。
まるで、初めからなにも居なかったかのように。
「俺に逆らうとこうなる、分かったな?」
ディアボロスの言葉に教室が静まり返る。
誰も動かない。息をするのも躊躇うような沈黙。
――その中で、一人だけが立ち上がる。
「この学校は銀竜山が仕切ってんだ」
ディアボロスにガンを飛ばす。
「いきなり来て、好き勝手できると思うなよ」
立ち上がった男の名は、影山信秀。
銀竜山に次ぐ実力者だ。
影山の言葉を皮切りに、他の生徒たちも声を上げた。
「そうか。なら、その銀竜山を呼んで来い」
口元が歪む。
「そいつも、同じように消してやる」
「……舐めんなよ、銀竜山を」
◇
昼前の電車は人がまばらだった。
銀竜山は座席に背を預け、窓の外を眺める。
いつもの建物、いつもの看板、いつもの景色。
―――いつもの学校。
銀竜山は退屈していた。
喧嘩で熱くなれる瞬間が好きだった。
しかし、強敵を圧倒するにつれて、敵は居なくなった。
銀竜山の圧倒的な実力は、猛者が集まる地獄山高校でさえ戦う相手に不自由していた。
今では朝から学校に行くことも無い。
「つまんねえな……」
教室の前で、足を止めた。
普段とは違うざわめきが、扉の向こうから漏れている。
一瞬だけ、耳を澄ます。
(……なんだ?)
銀竜山は、躊躇もなく扉を開けた。
教室は悲惨な状況になっていた。
机がいくつか砕け、床にはひびが走っている。
壁の一部が抉れ、窓ガラスも割れていた。
惨状の中心に視線を向ける。
黒い翼の男が立っていた。
―――その男と目が合った。
「貴様が銀竜山か」
角の生えた黒い翼の男の口元が歪む。
「世界征服の礎として、この学校を支配することになった。ディアボロスだ」
「……気をつけろ」
影山が膝から崩れ落ちる。
息を荒げながら、絞り出すように言った。
「こいつ……人間じゃねえ」
夢にも想像していなかった状況に、銀竜山の口元がわずかに歪む。
「人間じゃない――か」
銀竜山は微笑んだ。
「いいね、ディアボロス。ちょうど退屈してたんだ。俺はいつ誰の挑戦でも受けるぜ」
銀竜山はポケットに手を突っ込んだままディアボロスの前に立った。
「違うな、貴様が魔界の王である俺に挑戦するんだ」
銀竜山を上から見下ろす。
「黙れ転校生。この学校は俺が仕切ってる。すなわちテメエがチャレンジャーよ」
「くだらん御託はいい」
「ところでよ、その角どうなってんの?」
魔界の王の角に触れた。
「……人間風情が、俺に触れるな」
右拳を握ると、どす黒い光が滲むように拳を覆った。
―――拳を振り下ろす。
銀竜山の顔面を捉え、そのまま後方へ吹き飛ばす。
教室の後ろの黒板へ叩きつけられ、鈍い音が教室に響いた。
粉塵が舞う。
――その中で。
「幸せもんだぜ……俺は……」
声がした。
「こんな出逢いに巡り合えるなんてよ」
銀竜山が、笑っていた。
「たかが人間風情が……ありえん……」
「喧嘩上等、強敵歓迎――死ぬ気でいくぜ」
右拳を握る。
どす黒い光が、銀竜山の拳を覆った。
それは、ディアボロスのものよりも濃く、重く、全てを飲み込む圧倒的な黒だった。
―――拳を振り下ろす。
ディアボロスの顔面を捉え、そのまま後方へ吹き飛ばす。
教室の前側の黒板へ叩きつけられ、鈍い音が教室に響いた。
◇
意識が、切れていた。
目を開けると、天井が視界に入る。
すぐに理解する。
魔界の王である俺が負けたのだ。
ゆっくりと上体を起こす。
「よお、目覚めたか」
先ほどまで殴り合っていた男がこちらを見ている。
「いい一撃だったぜ」
口元が、わずかに歪む。
「……負けては意味がない」
「ディアボロス、今日からおめえは俺のダチだ」
銀竜山が笑う。
「お前が世界征服してえなら、いつでも手貸すぜ」
そう言うと銀竜山は、俺の前に拳を突き出した。
どんな理屈、道理、筋道でその結論に至ったのか――まるで分からなかった。
しかし、その拳に吸い込まれるように、俺も拳を突き出していた。




