表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

三河湾のある街で

作者: タケウチX

「人のお墓に、花をやってはいけない」


子どもの頃、祖母によく言われた言葉だ。

理由までは覚えていない。ただ、妙に強い口調で言われたことだけが、記憶の底に引っかかっていた。大人になるにつれて、そんな話はすっかり忘れていた。


実家に帰省したのは、数年ぶりだった。


愛知県の三河湾に面した、山と海に挟まれた小さな町だ。駅前こそそれなりに整っているが、少し山側に入ると、空き家や手入れのされていない畑が目立つ。さらに奥に進むとまるでゴーストタウンのような様相を帯びてくる。廃校になった小学校を通り過ぎ、さらに奥まで行くと、古いお寺と墓地が見えてくる。そこが我が家のお墓だ。


子どものころは同じ敷地内にあるお寺が管理をしていたと思う。

だが、先代の住職が亡くなり後継者も見つからなかったため、今では管理もかなりずさんになっていた。雑草が伸び、墓石の文字も風化して読めないものが多い。


我が家を合わせて数件の墓が手入れが行き届いている感じで、草も生えておらず、花も新しいものになっていた。


自分の家の墓参りを済ませたあと、花が余った。

仏花を二束買ってきたが、一束で足りてしまったのだ。


そんな帰り道、ふと目に入った墓があった。

花立ては空で、線香立ても倒れたまま。明らかに、長い間誰も来ていない。


まあ、悪いことじゃないだろ。


今思えば、その考えがすべての始まりだった。


余った花を、その墓に供えた。

手を合わせたわけでもない。そもそも名前も読めなかった。それだけのことだった。


異変が起きたのは、その日の夜からだ。


実家の二階で寝ながスマホを眺めていると、どこからか音が聞こえる。

床がきしむような音ではない。もっと、機械的で中途半端な音だ。

くっ、くっ、くっ、と、喉の奥で空気を弾くような音。

笑い声に近いが、感情がなく抑揚がない。


耳を澄ますと、家の外から聞こえてくる気もするし、すぐ背後から聞こえてくる気もする。

目を開けると、窓の外に人影が見えて、驚いて電気をつけた。


既にそこに姿はなかった。

だが、一瞬だがはっきりと見えた。昔話に出てくるような着物を着たまんまるな顔。

目だけがやけに大きいように感じたが、目というより大きな穴というような感じがした。


翌朝、母にその話をした。

すると母は、少し黙ってから言った。


「……あんた、山の墓で何かしただかん?」


胸がざわついた。

花を供えた話をすると、母ははっきりと顔色を変えた。


「昔から言っとるでしょ?知らん人の墓に花はやったらいかんって」


理由を聞くと、母は祖母と同じことを言った。


「墓の人が、ついてくる」


ぞっとした。

母の説明はこうだった。

手入れされていない墓は大体が身内からも忘れられた墓であることが多い。

中にいる霊はとても寂しい思いをしているので、花をやると霊が喜んでついてきてしまうらしい。


その日のうちに、母と一緒に近くの寺に行った。

墓地の境内にあった寺が廃業してしまったため、今は関連宗派の別の寺が一部を引き継いでいる。

事情を話すと、住職は静かに頷いた。


「この辺りでは、昔からよくある話です」


人は亡くなると極楽にいくが、この世に未練があったり、事故などで命を失った人の一部は、いわゆる幽霊となってしまいこの世にとどまってしまうそうだ。

そして墓は成仏できなかった“幽霊の居場所”であり、勝手に関わると、関係が結ばれる。

花を供えるのは、迎えを名乗るのと同じということだった。


払うには、境内で一昼夜、お経と清めを行う必要があると言われた。


「霊側の勘違いを、正してやる必要があります」


住職と一緒に山奥の寺に行く。

白衣を渡され、座禅を組むように言われた。

座禅なんて組んだことがないのでこれが一番きつかったかもしれない。


住職が1時間に一回お経を上げにくる。

その間は住職は別の部屋に行ってしまう。

昼間はよかったが、夜になるとその時間がきつかった。


わかるんだ。


明らかに誰かが寺の周りをうろついているっていうことが。

俺はできるだけ目を閉じていたが、寺の外をパタパタと歩き回るような音、そしてあの不気味な抑揚のない、くっくっくっくっという笑い声が聞こえてくる。これが一昼夜かと思うと頭が痛くなる思いだった。


途中で住職にお経以外のときも一緒いてもらえないかを頼んだのだが、どうやら住職は奥の部屋で休憩しているわけではなく、お払いの準備をしているらしくそれは叶わなかった。


パタパタという歩き回る音から、寺の外から小石のようなものを投げるような音、襖を叩く音、屋根の上を走る音など、徐々に音は多様化していき、それがだんだん耐えられなくなる。

俺はひたすら目を閉じ続けた。


お経も10回目くらいまでは数えていたが、それ以降はあまり記憶がなかった。


「起きてください、もう大丈夫ですよ」


どうやらすっかり眠ってしまったようだった。

外はすっかり日が昇っていた。ちょうど24時間経過したのだろう。

住職が気休めですがあったほうがいいかもしれないといってお札を渡してくれた。

お札ってやっぱりすごいなって思った。そこにものがあるだけで安心感が違う。


実家に荷物を取りに行き、別の市にある我が家に戻った。

お札を寝室に置き、その日は一杯お酒を入れてから眠った。


不思議な夢を見た。

知らない人たちが走っている。

後ろのほうに深い穴のようなものがある。

穴のようなものがまるで生き物のように人を追いかけていくんだ。


汗だくになって朝起きると、置いてあったお札が真っ黒になっていた。

紙が焦げたような黒ではない。染み込んだような黒だった。


直感的に分かった。これは終わっていなかったと。


再び寺に行くと、住職はお札を見て、はっきりと表情を変えた。


「……これは、違います」


墓の人ではない、と言われた。


「墓にいたのではありません。”この土地にたまたま入り込んでいたもの”です」


住職の説明では、もともとあったお寺が廃業したことで、その土地は“空き”になった。

そして、空いた場所に、たまたま”よくないもの”がはいってしまったということだ。


「花を供えたことで、その”よくないもの”と繋がり境界を開けてしまったんです」


それは幽霊ではない。人の死後のものですらない。

古くから存在するが、名前のない何か。神や仏とは対極にあるもの。


住職は、しばらく黙ってから言った。


「正直に言います。普通のお払いでは、もう無理です」


心臓が跳ねた。


「ただ……やり方が、ひとつだけあります」


それは、“器を与える”ことだった。


よくないものは、形がない。だから人や土地に入り込み、境界を食い破る。


「だから、閉じるには、器を作ってやる必要がある」


住職が指したのは、境内の奥にある小さな作業小屋だった。

中には、古びた作業台と、木材、彫刻刀が置いてあった。


「ここで仏像を彫ってもらいます」


聞いた瞬間、背筋が冷えた。


条件があった。


・夜通し一人


・誰とも話さない


・振り返らない


・彫り終わるまで外に出ない


途中でやめたら、完全に持っていかれるらしい。

作業が始まったのは、日が沈んでからだった。

木は冷たく、やけに重かった。

何を彫るかは決まっていない。


「大丈夫です。勝手に手が動き出します」


住職はそう言って、戸を閉めた。


大きな木片をぼーっと眺めている。

すると、住職のいったように確かに手が勝手に動き出す。

作業部屋の中には、彫刻刀の音だけが響く。


しばらくすると、後ろから気配を感じるようになった。


振り返ってはいけない。それはわかっている。


しかし、徐々に息遣いさえもわかるほどの距離にそれは近づいてくる。

そして、声がする。


「……それ、違う」


女とも男ともつかない声だった。

抑揚がなく、あの笑い声に近い。


「もっと、こっち」


刃物を持つ手が、勝手に動いた。

彫っているのは仏の顔のはずなのに、穴のような目ができていく。


汗が止まらない。


「ねえ、そっちは寒いよ」


声が、やけに近い。


耳元で、くっ、くっ、くっという音がした。

時間感覚がなくなっていった。


どれくらい彫ったのか、わからない。


ふと、自分が彫られている感覚がした。


背中。

肩。

首。


刀が木に入る感触と、自分の体の奥が削られる感じが、重なった。


「……できた」


自分の声なのか、後ろの声なのかわからなかった。


その瞬間、作業小屋の外で、何かが落ちる音がした。


戸が開いた。


住職が、血相を変えて立っていた。


「もう、手を離しなさい!」


はっとしたと同時に手に握っていた仏像が音を立てて落ちた。

手は彫刻刀で抉れたのであろう生々しい傷で血まみれになっていた。

そして、血まみれの仏像は、仏とも人とも言えない形で、さらに目は、穴だった。


***


「器に移すことはできましたが、いったんあなたにはこれで危害はないはずです。ですが、このままでは必ず災いを呼びます」


住職はそう言って、仏像を白い布で何重にも包み、境内の一番奥、普段は使っていない小さな蔵に運び込んだ。


そこから、数週間の間、住職は毎日、仏像の前でお経を上げたそうだ。

朝と夕方、欠かさずだという。


最初の一週間は、特に変わったことはなかったらしい。

だが、二週目に入った頃から、住職の様子がおかしくなり始めたという。


母から聞いた話だ。

夜中に、境内から木を削る音がする。

ギー……ギー……という、一定のリズム。

見に行こうとすると、住職が怒鳴る。


「入るな!」


朝になると、何事もなかったかのようにしている。


三週目。住職は、境内にある仏像を一体、撤去した。

理由を聞くと、目が合うからだといったらしい。


四週目。住職が、仏像の目に穴を開け始めた。

最初は一体だけだった。次の日には二体。

その次の日には、境内にあるほとんどの仏像の目が、不自然にえぐられていた。


気が付いた檀家が止めに入ったが、すでに錯乱していた住職は、機械的に笑うだけだで会話にならなかったそうだ。


五週目。蔵が、空になっていた。

布に包んでいたはずの例の手彫りの仏像がなくなったらしい。


住職は、その日の夜、亡くなった。


死因は、公式には衰弱死だった。

だが、遺体を見た人間は、皆、口を閉ざした。


「目が……」


それ以上は、誰も言わなかった。


***


その後、あの寺は完全に閉鎖された。

境内も墓地も立ち入り禁止になり、ほどなくして更地にされるという話を聞いたがあれ以来近づいていないから真相は分からない。


あの仏像がどうなったのかは、誰も知らない。

撤去されたのか、どこかに運ばれたのか、それとも――。


ただひとつ、はっきりしていることがある。


今でも、夢を見ることがある。

暗い場所で、誰かが走っている。

後ろには、あの穴がある。


逃げているのは、いつも他人だ。

だが、目が合う瞬間がある。


そのとき、わかる。

あれは、まだ器を探している。


だから、もし山の墓で、手入れのされていない墓を見つけても、

どうか、何もしないでほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
古典的でなかなか怖い!短くてさらっと読めるとこも良い!
怖すぎ。読まなきゃよかった。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ