第6話 道
それから俺はローガン師匠に言われた通り、学校へ真面目に通うことにした。
案の定、陰でコソコソと俺を嘲笑してる笑い声が聞こえる。
バカが。
そんなのもう、俺にとってどうだっていい。
笑いたきゃ勝手に笑え。
俺の師匠はもっと凄い。
そんなこんなで、俺は周囲の嘲笑にも耐えた。
『能ある鷹は爪を隠す』ということで、テストの点数も抑えた。
それはそれで小馬鹿にしてくる連中もいたが、どうでもいい。
理解していないならそれでいい。
100点満点のテストで、50点を全科目で取ってる理由を。
登校を再開して1ヶ月。ようやく師匠から弟子として認められた。
………師匠の訓練は………
……めちゃくちゃキツかった………
まずは走り込み。1日1時間のランニングだ。
それに慣れると、今度は家からの登下校を走らされる。
それまでは馬車で片道30分はかかる距離を、だ。
カバンを持ちながらの訓練のため、最初のうちは何度かぶっ倒れたよ。
走り込みに慣れてきたら、続いては素振りだ。
と言っても剣なんて持たせてもらえる訳もない。
木剣を持ち、何百と素振りする。
腰の入り方・腕の位置・頭の角度。
それら間違えると最初からやり直しだ。
手のマメが潰れても、血が滲んでもお構い無し。
正直、走り込みのがよっぽど楽だったよ…
弟子入りして半年が経つと、今度は師匠相手に打ち込み。
……これは、正直素振りのが楽だと思えた……
前世で剣術なんて習ったこともない。
いくら手加減してくれているとは言え、俺は毎日ボコボコにされてたよ。
と言っても、さすがはこの世界。
師匠が拵えた薬で傷や腫れもあっという間に治っていく。
地球では有り得ない治癒能力だ。
まあ、さすがに骨折はすぐに治らないし、欠損したとて生えてくるわけじゃあ無いらしいが。
訓練の合間には座学もあり、そこでは調剤について学んだ。
この世界には様々な効能を持つ草や花が自生している。
見た目が似ている草花もあり、間違えると大変な目にも遭う。
俺は紙に草花のそれぞれの特徴を絵にした。
そうすると師匠から「絵が上手いな」と褒めてくれたっけ。
9か月目になると、今度は俺のジョブを本格的に鍛錬した。
とりあえずは今はぬいぐるみでの鍛錬とはなるのだが。
訓練し始めてからは今までジョブを使用してこなかったが、今回改めてジョブを使用すると面白いことが判明した。
俺の能力値が人形にも反映されている、ということだ。
磨き上げた筋力が、そのまま人形に反映されている。
とはいえスタミナの部分は同じでは無かった。
師匠の見立てによると、それはおそらく魔力量だと言う。
自身の活動量はスタミナに依存するが、人形の場合は魔力量に依存する、とのこと。
という訳で、今度は魔力量を鍛える訓練だ。
しかし、師匠はジョブを持たない。
なので、魔力総量の増やし方は知らず、人間の時と同様、とにかく活動量を増やしてゼロにし、超回復により底上げさせるという力技だ。
魔力が枯渇するまで人形を動かして訓練する。
これ、今までやってきた訓練の中でダントツにしんどかった………
どう説明すればいいのか……全身に重りを付けて全速力でフルマラソンを走る。
もう動けなくなり息も絶え絶え。
全身の筋肉が悲鳴をあげて、身体中の骨がバラバラになったんじゃないかってくらい痛い。
なのに、恐ろしいほどの飢餓感に襲われる。
そんな感じ。
そういや、学校で『ジョブの使い過ぎには注意しましょう。』って教わったな。
あれは、こういう事か……
ともかく、あとはそれをひたすらに繰り返す。
繰り返していくうちに、活動量がどんどんと伸びていくのを実感したな。
ちなみにだが、人形を操っている間の俺の本体は意識が人形に憑依しているため、完全な無防備だ。
それで、1度だけフォレストベアーに食い殺されそうになったこともあった……
あれはガチでシャレにならん。
背中をサックリと爪で切られた時、人形に憑依してた俺にも当然その激痛に襲われた。
なんとか師匠が対処してくれたけど、あわやというところで俺は死ぬところだった………
ともかく、人形に憑依している時は、本体が一番危険であることを認識した。
この頃だったろうか。
師匠が不意に俺にこんな話をした。
「おそらく、ハルが15になれば、ある高校から特待生として招待状が送られる。」
「……高校……ですか…?」
「あぁ…お前と同じ境遇を持つ者が一堂に集められ、訓練する学校だ。」
「………師匠も、昔そこで………?」
「察しが良いな。俺もお前と同じく転生者だ。その高校には、俺たちと同じく転生者が集められる。まあ、基本的には成績優秀者やどこぞのボンボンがいるが。」
「………やっぱり師匠も転生を………」
この話を聞いて、俺は少し希望が見えた。
あの火災で亡くなった俺だけが、この世界に転生出来たわけじゃない。
秋彦や冬馬……それにあの場で死んでしまった同級生や先生も、この世界で第2の人生を歩めている可能性があるわけだ。
出来れば桜庭さんとも会いたいけど……正直、桜庭さんはあの火災で生き残っていて欲しい、と思う。
11ヶ月目になると、今度は実践だ。
人形に憑依し、剣を拾う。
そうして、実際に魔物と戦闘する。
最初はめちゃくちゃ怖かった。
いくら人形で戦うといえど、それは実際に起こっている事だ。
人形で目の前の魔物を倒す、ということは、即ち、命を奪うということだ。
最初はその事実に目を背けそうになった。
でも、やるしか無い。
俺がやらないと、この魔物が違う誰かを襲うかもしれない。
この魔物が、誰かを食い殺すかもしれない。
この世界だって地球と同じ、弱肉強食。
なら、やるしか無い!!
ってね。
人というのはつくづく恐ろしい生き物だと、俺は思う。
最初は尻込みしてた俺も、1匹、また1匹と魔物を倒していくと、なんというか、倫理観的なものが薄まってくる。
言い換えれば、慣れるんだ。
命を奪うことに。
例えそれが魔物の命でも、奪うことに慣れてしまう。
そうして、弟子入りしてから1年。
俺が12歳の年。
「俺がハルに教えることはもう何も無い。」
突然師匠からそう言われた。
「……え………ち、ちょっと待ってください!!まだ俺、色々と教わりたいことが!!」
「俺から教えられることがあるとするなら、諦めるな。それだけだ。」
諦めるな、か………
……って、それだけ!?
「俺はそろそろ行かねばならん。」
「……行くって……どこへですか……?」
師匠は俺の問いかけに少し遠くを見つめながら考えていた。
俺の事が邪魔だとか面倒だとか言われるのかと思っていたが。
「なぜ俺にだけジョブが与えられなかったのか。それと、この世界の……いや………」
師匠はしばらく目を瞑ったかと思うと、腰を下げて俺の頭に手を置いた。
「ハル。お前はまだまだ若い。お前には無限の可能性がある。世界中の誰もがお前のことを無能だと笑ったとしても、俺はお前を笑わない。」
「この先、お前に色んな試練が巻き起こるだろう。だが、お前はお前を諦めるな。ハルの師匠として、俺はお前を諦めん。」
「だが、それでもどうしても挫けそうな時、お前にこれをやる。」
師匠はそう言うと、首に掛けていたネックレスを外し、俺に渡した。
それは何かの牙だった。
「このネックレスは、俺が初めて倒した魔物の牙だ。」
「……そ、そんな大事なものを……?」
「構わん。お前がどうしても挫けそうになった時は、それを見て思い出せ。」
「……師匠………」
「これが今生の別れでは無い。またどこかで会える。その時、お前がどれだけ成長しているか、期待している。」
多分、この時俺は泣いてたと思う。
師匠はそう言うとくるりと踵を返した。
俺は師匠の背中を見て、改めてその大きさを実感した。
師匠が今まで歩んできた道は、とても険しく、辛いものだったろう。
その道は、誰も通ったことの無い、茨の道だ。
でも、師匠はそこに道を切り開いた。
茨が刺さり、肉が裂け、血を流したとしても、師匠は己の道を信じて突き進んだ。
俺は、師匠が作ってくれたその道を歩かせてもらったに過ぎない。
師匠は、俺を笑わない、諦めないと言ってくれた。
だから俺も誓う。
俺も師匠を笑わない。笑わせない。
そして、師匠が諦めないと信じてくれた俺を、俺も絶対に諦めない。
立ち去ってゆくその偉大な背中に、俺は自然と頭を下げていた。
「……ありがとう………ございました………!!」
師匠と別れてからも、俺は日課として走り込み・素振り・ジョブ訓練を毎日欠かさずに行った。
高熱で倒れた時も、俺は外へ出て走り込んだ。
父は呆れ、弟も
「……兄さん……そんな無駄なことして、本当に頭でもおかしくなったの?」
だと。
あれほど可愛かったナツも、ジョブを取得してから少々生意気になったもんだ。
ただ、母は心配してくれた。
ともかく俺は訓練を行った。
魔物を倒すこともままあった。
それのせいか、ジョブがレベルアップした気がする。
今までは物を掴んだり動かす際、そこまで精密な動きを再現できなかったものが、より複雑な動きでも再現できた。
さらには、ある時に人形に憑依した際、三人称視点に切り替えられた。
三人称視点ってのは、主観でなく客観的に見れる視点のことだ。
少し見下ろすような形で、自分の背中も視界に入る。
ジョブを鍛えたことで、付随するスキルレベルが上がったんだろう。
その後も訓練を続け、俺は自分の体感で、ジョブレベルごとのスキルを書き連ねてみた。
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ジョブレベル1 人形を動かす。
ジョブレベル2 精密さが増す。
ジョブレベル3 三人称視点追加。
ジョブレベル4 さらに精密さが増したっぽい。
ジョブレベル5 俯瞰視点追加。
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多分今んとここんな感じだ。
ジョブレベル5の俯瞰視点は、自分を中心として完全に見下ろすような形でさらに視野が広がった。
言ってみれば、上空カメラで見てるみたいな。
この変化は分かりやすかったし、間違いなくジョブレベルが上がった兆候だろう。
4の精密さが増したっぽいってやつは、あんまり自信は無い。
多分だけど、人形に指を追加すれば、針仕事も出来るレベルだ!
……って、それが何だって言うんだよ!
……まあいい。
ただ、この【人形師】のジョブは、俺にとっては天職なのかもしれない、と最近気付いた。
そして、15の年。
自宅に一通の手紙が届いた。
中には上質な紙でこう書かれていた。
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ハル・アルフィード様
この度は、貴殿をセント・クラーク王立高等学校へのご入学を特待生として招待致します。
本校におきまして、貴殿の更なる高い教養と技術を身につけて頂けることを願います。
セント・クラーク王立高等学校
校長 レオナルド・K・ハミルトン
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手紙を読んだ途端、母は喜び、父は驚いていた。
ナツもその事実に信じられないらしく、
「……な……なんで……兄さんが……!?」
と狼狽えてた。
セント・クラーク王立高等学校といえば、知る人ぞ知る名門中の名門。
卒業生のほとんどがエリートなのだとか。
「こ、こんなのおかしい!!だって兄さんはテストだって全科目50点!!それにジョブだって……!!」
ナツよ。
日本では『能ある鷹は爪を隠す』って諺がある。
俺は50点しか取れないんじゃない。
50点を取ってるんだ。
それが出来るというのは、つまり、全問正解できる能力があるからだ。
というのを説明するのは野暮というもの。
それに、ジョブや成績うんぬんの前に、俺がこの高校から推薦状を貰ったのは転生者だからだ。
おそらく、この高校、あるいは国が、この世界にやってきた転生者を監視しているんだろう。
そんな便利なジョブがあるかどうかだが。
ただ、師匠の言っていたように、高校から推薦状が来た、というのは、間違いなく誰かが転生者が何処にいるのかを監視しているからだろう。
この高校は全寮制。
早々に家を出たいと思っていた俺にとって絶好の機会だ。
別に今の家族が嫌いって訳じゃない。
父は結局俺に対する態度は変わらずにナツを贔屓してたが、それもこの世界では仕方の無い事だと思ってる。
ただ、母は俺がジョブを授かった後も変わらずに優しい母だった。
特に、母特性の手料理はどれを食べても美味しかった。
ナツは最近では生意気で、事ある事に俺と自分を比較しては優越感に浸ってたな。
要は、年相応のガキってこと。
俺はもっと、ナツと向き合うべきだったのかもしれないが。
俺はカバンに荷物を詰め込み、首には師匠から貰ったネックレス。
楽しみにしててください、師匠。
ジョブ世界の【人形師】として、今度は俺の道を見せてみます。




