第29話 弟
街中ではセミが鳴き、この世界で16回目の夏が来た。
初めの頃はこの世界でもセミがいるんだと驚いたな。
学校では期末試験が終わり、これから待ちに待った夏休みが始まろうとしている。
夏休みは1ヶ月。
まあ、相応に課題も出される訳だけど。
この長期休暇は実家に帰る事も出来るため、寮生活から解放されて自宅で伸び伸び出来ると生徒らは喜んでた。
中には寮にそのまま残る生徒もいる。
俺もその内の1人だ。
帰郷するにも片道1週間はかかる距離だ。
となると夏休みの半分が移動の時間っていう苦痛を強いられることにもなる。
一応家族には手紙を送ってはいるよ。
内容は『校外学習で黒衣の騎士が助けてくれた』やら、『エルミリア選手権では黒衣の騎士が優勝したが魔人の襲撃に遭った』やら、『それは黒衣の騎士のとローガン氏によって打ち倒された』などなど。
贔屓してる訳じゃないけど、手紙の内容には黒衣の騎士が頻出したな。
贔屓している訳では無い。
断じて。
寮に残っている生徒はかなり少ないらしく、食堂はいつもの喧騒とは違って生徒の数も疎らだった。
アキとトーヤは実家に戻ってしまい……というか、クラスメイトは全員帰省してしまった。
……話し相手がいないとヒマだなぁ……
昼食を終えて部屋に戻った俺は、夏休みの課題を改めて見やる。
日本とは違ってこちらの世界での課題は主に自由研究の類が多い。
1、魔物の生態系について興味深いと思った魔物についてのレポート。
2、自身のジョブを今後どのように役立てるか。
3、エルフ語の読み書き。
の3つだ。
1についてはすぐ書ける。なぜなら師匠と出会ってから魔物とは実際に何度も戦闘してきたからな。
3についてはエルフ語で書かれた簡単な本を和訳するだけだ。時間がかかるけどまあ出来なくはない……と思う。
問題は2だ。
実際俺はすでに【人形師】でAxelを使ってパトロールしているが、それを書く訳にはいかない。
となれば、大道芸人として子供らを楽しませます!とか?
もしくは、人形を使って誰かをストーキングします!とか?
……いやいや、さすがにそれも書けん。
ともかく、今やれる課題から先に片付けていくか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……ふぅ……
とりあえず1の魔物の気になった生態系について書いてみたけど、まあまあ良い出来ではあるかな?
俺が今回取り上げたのは『ファングラビット』だ。
面白そうな魔物で言えば『フォレストベアー』やら『ウェアウルフ』、他にも『ゴブリン』や『オーク』と色んな種類の魔物もいるが、今回『ファングラビット』を取り上げた。
というのも、一番当たり障りが無さそうってだけ。
フォレストベアーとかウェアウルフなんて俺が戦ったことがあるだなんて言えないし。
直近で戦ったことがあるからこそ俺がファングラビットを取り上げても違和感は無いだろう。
そんなこんなでレポート用紙2枚は書けたが、正直まだ足りない。
……うーむ……
よし。こうなったらファングラビットの内臓の位置も記載しよう。
みんなの前で解体したし、まあ不思議には思われない。
……というか、ここまで書いてなんだが、これが果たして『面白い生態』だろうか。
……うーーむ……
よし。それならさらに肉の食感や味についても記載しよう。
少し臭みのある肉だったから、血抜きは完璧に施しておくのを推奨、みたいな。
まぁこんなもんでいいだろう。
仮にこれで難癖付けられたとしても、戦闘職じゃないんだから、で済ませばいいし。
……と、夢中でレポートを仕上げていたらもう夕方か。
その時、突然ドアからノック音がし、次いで「アルフィードさん、来客です。」と声がした。
……来客……?
俺に?
アキかトーヤ……だったら直接来るよな。
俺は訝しみつつもドアを開けると寮長さんがわざわざ知らせに来てくれていた。
「アルフィード様、失礼致します。お客様がお越しです。」
「……客……ですか?……誰だろ……」
「ナツ・アルフィード様です。弟様とお聞きしておりますが。」
「……ナツが?……えっと、寮長さん。この部屋に呼んでも大丈夫です?」
「構いません。」
「じゃあ一緒に俺も降ります!」
ナツが!?
俺が足早にロビーへと降りると、そこには大きなリュックを背負ったナツがいた。
「おお!ナツ!!良く来たなぁ!!……ってか、来るなら来るで手紙くれよ!!」
「……兄さん……大声は止めてくれよ。恥ずかしいからさ。」
「……え……あ………そ、そうだな。」
「寮長さん、ありがとうございます。」
「いえいえ。一応こちらに記名と、帰る前にも記名をお願い致します。」
「はい。」
うむうむ。
弟よ。
兄よりしっかり者ではないか。
ナツの記名が終わり、さっそく部屋へと案内する。
「……しかしながら、遠かったろ?1週間は掛かったんじゃないか?」
「……まぁ……」
「疲れてるだろ。先にシャワーでも浴びるか?あ、それとも飯食いにいくか?いいとこ知ってるぜ。」
「………うん………」
「あ、泊まるとこだな!寮の中に1泊してもいいのかな……1Kで手狭だけどさ……」
歩きながら色々声を掛けたがナツは疲れているのか生返事だな。
まあ無理もないか。
というか、来るなら来るって手紙くれ。
一応部屋の中に見られちゃマズイものは無い……はずだ。
思春期真っ盛りとはいえ、だ。
「ほら、ここが俺の部屋だ。まあゆっくりしな。」
ナツは部屋の玄関に上がって部屋を一瞥。
そして背負っていたリュックサックを部屋の隅へとドサッと置いた。
「いきなり来るからびっくりしたよ。疲れたろ?」
「……うん………」
「大したもんが無くってさ。」
俺はコップに水を入れると、ナツは喉が乾いていたのかゴクゴクと飲み干した。
「そっちはどうだ?父さんは相変わらずか?」
「………まぁ………」
「そういやナツは今年受験か。勉強はどうだ?」
「………普通………」
「……そっか……そういやシャワーでも浴びるか?それとも飯にするか?」
「………うん………」
いや、「うん」て何に対する返事だ!?
それにナツがこんなによそよそしい。
ちょっと前まで勝ちジョブが故に小生意気なことを言ってきたってのに。
……いや、落ち着け俺。
こんな時、色々と質問攻めにするのは悪手だ。
ナツは今年で15。
思春期真っ盛りで絶賛反抗期だ。
色々聞かれるのが鬱陶しい年頃だ。
こういう時は『待ち』が有効だ。
俺たちの間に沈黙が訪れる。
その間に俺はナツの顔をよく観察する。
そういや昔は俺がオムツを替えてやったんだよな。
昔は「兄ちゃん兄ちゃん」って金魚のフンみたいに着いて回ってきたっけ。
俺が【人形師】なんていうジョブを授かったせいで同級生から揶揄われたりしたよな。
「……兄さん………」
「……ん……なんだ?」
「……ウチの農場……閉めるかもってさ。」
「…………え…………?」
「父さんがさ、腰を悪くしちゃって。」
「………腰を………」
………マジか………
それで、ナツは俺に戻ってくるようにでも言いに来たのか?
そりゃあ俺だってなんとかしてやりたい。
……ようやっとこの学生生活が楽しくなってきたのになぁ。
「……それで、俺に戻って家業を継げって?」
正直言うと嫌だ。
というか、あんな広大な農場、俺一人でなんてとてもじゃないけど手が回らない。
「兄さんは【人形師】だろ。あんな広い農場、兄さんだけじゃダメに決まってるよ。」
「……ってことは……」
「……うん……俺も手伝わないといけないと思う。」
「…………………」
2人の間に長い沈黙が訪れる。
このタイミングで家業を継ぐか継がないかの選択を急に迫られて、どうすればいいのか分からない。
それに、俺が継がないとしたら、ナツの学費はどうなる。
………無理だ。
俺の学費は免除されているから、自分の寝食を稼げばいい。
でもナツは?
……それに、家業を継ぐとしても俺一人の手で足りないこともナツは分かってる。
つまり、ナツからすればどっちに転んでも学生生活を送ることが不可能なわけだ。
「……父さんの腰、そんなに悪いのか?」
「……分からない。今は安静にって言われてるけど。」
「………そっか…………」
ぶっちゃけた話、俺は父があまり好きではない。
しかしながら、ジョブが何よりも優先されるこの世界において、父のような態度は普通であるのだろう。
【人形師】なんていう訳の分からん負けジョブを息子に持った父の心境は俺には分からない。
でも、それでも父は俺のために毎月金貨3枚を工面してくれている。
決して多い額ではないが、それでも俺のためにと仕送りしてくれてる。
……いや、それよりもナツだ。
「……そんで、ナツ。お前のその荷物は?」
「………兄さんはいいよな。」
「……な、なんだよ急に?」
「兄さんはさ、特待生だから授業料も免除。オマケにこんな良い寮に住まわせてもらって。でも俺は違う。俺には推薦状が来なかった。あんなに頑張ったっていうのに………」
「…………………」
「だから、家出してきたんだ。この街で【弓士】として雇ってもらったほうが何倍もマシだから。」
「………お前なあ………そんな簡単に騎士団に雇われたりなんてするもんか。」
「…………………」
「騎士団員らは毎日とんでもない量の訓練をしてるんだぞ。それに、任務となれば命の保証が無いんだぞ。」
「……分かってるよ。」
「いいや、分かってない。」
「分かってるさ!」
「いいや、お前は分かってない。命を奪うという事の重みを。」
「……………………」
口では何度だって言える。
魔物を倒すくらい何でもないと。
でも実際は違う。
特にそれが騎士団ともなれば、魔物ではなく人の命を奪う事にもなる。
それがどれほど重いものか。
それがどれほど辛いものか。
……まぁ、こんな偉そうな事を言ってるけど、俺だって人殺しはしたことは無い。
でも、分かる。
死に直面した獲物が俺を見つめる眼差し。
言葉を発さない魔物でも最初のうちは心にくる。
でももし、あれが人だったら?
それが、15やそこらのガキが分かるはずがない。
場が鎮まり、ナツは何気なしに机の上のレポート用紙に目をやった。
「………これ………兄さんが?」
「……ん……あぁ、ファングラビットのレポートな。」
「………ちょっと、見てみても……?」
「あぁ、いいぜ。」
ナツはレポート用紙を黙読する。
文章力も無い文面だが、ナツは次第にその内容を食い入るように読み進め始めた。
「………兄さん………このレポートって………」
「……あぁ。実際に俺が殺したファングラビットについての事だ。」
「………兄さんが………?」
「よし。色々と話は明日だ!ともかくシャワー浴びて飯でも食いにいくぞ。」
お互いに色々と言いたい事もあっただろうが、俺は一先ず会話を打ち切る事にした。




