第3話 急転直下
俺と桜庭さんはその後も色んな創作料理を楽しんだ。
そのどれもが彼女にとっては新鮮だったようだ。
高校の頃の彼女は俺にとっては眩しすぎる存在……いや、それは今でもだ。
そんな彼女が、俺と同じ空間に居て、俺と同じ料理を食べ、どれが美味しかったとかそんな話をする。
こんなこと、夢にも思わなかった。
「そういえば、どうして敬語なの?」
「……あ……こ、これは…ですね……クセというかなんと言うか……俺……今日が初めて桜庭さんと話をしたから……その……それで、ですかね……」
「そういえば、いつも兵頭君や加賀美君とばかり一緒に居たものね。」
「…はは……まあ、あいつらとは同じ中学で……腐れ縁ってやつかもですね……」
………ん………?
いま、『いつも』って言った?
「卒業してからも一緒に?」
「……え……えぇ、まぁ。あいつらは親友ですから。」
「……そう……」
そう言った桜庭さんの表情は、どこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃないのかもしれない。
彼女は高校の頃、最初のうちは取り巻きがたくさんいた。
でも、いつの頃からか、変な噂を立てられて、彼女は孤立した。
そして彼女も壁を作った。
ずっと孤独で生きられる人間が、果たしてどれ程いるだろうか。
俺だって、今では秋彦や冬馬がいる。
ネット上ではピースさんもいる。
俺は何かある度に、逃げられる先がある。
対して、彼女はどうだ。
……と言っても、俺なんかが心配するほどの事では無いかもしれないが。
「私、本当はね……」
彼女の境遇に思いを馳せていたところで、桜庭さんが口を開いた。
「本当は今日、来るつもりもなかったわ。」
「……そ、そうなんですか……?」
「私は学校のみんなに嫌われてるから。」
「そ、そんな事ありませんよ!!」
「……本当に……?」
そう聞き返してくる桜庭さんの目線に、俺は思わず目を背けてしまった。
彼女が孤立する道を選んだのは、誰も彼女を庇おうとしなかったからだ。
それは俺も同じ。
卑怯者だ。
「…………なら、どうして今日、参加したんですか………?」
俺の問いに、彼女は暫く目を閉じた。
「それは……」
その時だった。
『ジリリリリリリリリリリ!!!!!!!』
突如としてけたたましいベルが鳴り響く。
それと共に、階下から煙が立ち上ってきた。
「火事だァァァアア!!!!!!」
誰彼無しに叫び声が上がり、皆が騒然とした。
「落ち着け!!非常階段から皆避難するんだ!!」
松田先生が冷静に皆を鎮め、やがて店員が皆を非常階段へと誘導する。
その間数秒だったにも関わらず、すでに煙が充満し始めていた。
「どうして!?開かない!!!!」
店員が非常口の扉を開こうにも、扉は固く閉ざされており開くことが出来ない。
「鍵は!!?」
「鍵が回らないんです!!なんで!!!!」
「退けっ!!!!」
見かねた京極が店員を押し退けて扉を蹴りつける。
しかしながら、扉はビクともしなかった。
「いやぁぁあああ!!!!」
「誰かぁぁあああ!!!!助けてぇぇぇえええ!!!!」
階下からは煙と共に炎による熱が押し寄せる。
「クソ!!!!なら窓からなら!!!!」
「ここは5階だぞ!!火で死なずとも落ちて死ぬ!!!!」
「消化器は!!」
「んなもんで消せる状況じゃねぇ!!」
「……どういうことだ……!?……なぜ……!?」
「なんてことだ……!!私はこんなところで死ぬ訳には……!!」
「皆さん落ち着いて!!!!」
完全に皆パニックに陥っていた。
当然俺もだ。
「おし!!開いたぞ!!!!」
その頃、京極がついに非常口を蹴り破る事に成功した。
京極は真っ先にそのまま非常階段を降りてゆき、皆もそれに我先にと続く。
しかし、一瞬見えた希望は、いとも容易く崩された。
ドォンという音が鳴り響いたかと思いきや、階下で爆発が起きたようで、その爆破の威力により非常階段を降りていた京極を吹き飛ばしてしまった。
京極はそのまま地上へと頭から真っ逆さまに転落し、ドンと鈍い音を立てて死亡した。
爆発の影響で4階の非常階段の壁には大きな穴が開き、そこから激しく火の手が上がっており、非常階段から逃げることも不可能となってしまっていた。
凄まじい高熱に耐えかねた者は、藁をも掴む勢いで窓をこじ開けて転落死。
またある者は、一縷の望みを賭けて隣の建物へ飛び移ろうとするが、届くはずもなく転落死。
「……いやだぁぁ………死にたくない………」
「……だれか………」
皆の絶望する声がそこらじゅうで聞こえる。
既に視界は煙のせいでほとんど効かない。
「ゴホッゴホッ………春人氏……このままでは………!!」
「…や、ややややヤバいヤバいヤバいヤバい!!!」
混乱の中、秋彦と冬馬と合流する。
「……皆……ゴホッゴホッ………なるべく姿勢を低くするんだ……!!」
何かのテレビで見たことあったっけ。
火災で亡くなる原因の最たる理由は、一酸化炭素中毒である、と。
一酸化炭素は空気より軽いため、姿勢を低くする事で中毒を防ぐ。
……って言ったって、こんな状況だ。
階段も非常階段も塞がれた。
残されたのは、一酸化炭素中毒で死ぬか、焼け死ぬか。もしくは転落死か。
どちらにせよ詰みだ。
……それよりも………ヤバいな………
熱さのせいか……一酸化炭素のせいか………
………意識が…………………
……………………
…………そう……いえ……ば………………
………さく………らば…………さん……………
………キレイ…………だった……なぁ………………
……………あの………とき………………
…………彼女は………何て…………言おうと…………
……………ちく………しょう………………
…………畜生…………………
……………こんなとこで………………
…………………こんなとこで…………………!!
…………死んでたまるか………………!!!!
時間にして何秒だろう。
俺は重い体を気力を振り絞って再度立ち上がる。
目が霞み、足も震える。
異様なほどに身体が重い。
それでも
それでも俺は
こんなとこで死にたくなんかない!!!!
その時だった。
何かが爆発した音がしたかと思うと、壁には穴が空いており、そこには何者かのシルエットが見えた。
「…………し………くん……!?」
……あぁ……この透き通るような綺麗な声は…………
「……たし……くん……!!!!」
すでに周りは火の海だ。
そんな中、俺は女神様を見た。
顔中煤だらけになりながらも、細い腕に似つかわしくない力強さで俺を引っ張る。
「形代君!!しっかり!!!!」
「……さく……らば………さん…………?………なんで……」
「あの壁の穴から隣のビルに移れるらしいの!!早く!!!!」
地獄に仏。
火事場に女神。
俺は彼女の細い腕に支えられながら、重い足を動かしてゆく。
床には何人も、かつての同級生が転がっている。
途中それに足が引っかかって転びそうなのを、彼女の細い腕がそれを許さない。
「……ほら……もう…少し………!!」
壁に空いた大きな穴。
その向こうに見える隣のビルの非常階段が、確かにこちらから見えた。
が、その時。
天井がミシミシと音を立て、崩れ落ちてきた。
俺は彼女を押し倒し、瓦礫から彼女を咄嗟に庇う。
腕立て伏せの状態になり、下には桜庭さん。俺の背中には多数の瓦礫。
俺は力の限り瓦礫から彼女を守ろうと必死に足掻く。
だが瓦礫は想像以上に重い。
瓦礫が落ちてきた時の衝撃なのか、足の感覚が無い。
おそらく、すでに潰されたんだろう。
でも俺は、それでも良かった。
「………形代……君………」
「……桜庭……さん………ご……めん…………重い……よね……………」
「形代君……!!」
どうか神様。
彼女だけでも助けて欲しい。
いや、この際だ。
悪魔でも死神でもなんだっていい。
「……形代君………!!」
「………ごめ……ん………さく……らば………さん……………もう………持ちそうに………無い…………」
俺の腕が悲鳴を上げ、瓦礫の重さに耐えられず、やがて彼女にのしかかる。
その時、どこからともなく足音がした。
その足音は俺の近くで止まり、力づくで桜庭さんを引き抜いてゆく。
……あぁ………よかった……………
俺は込み上げる安堵からか。
もしくは諦めか。
徐々に意識が暗黒の世界へと飲み込まれてゆく。
秋彦、冬馬。俺はお前らと出会えて楽しかったぜ。
また来世があるなら、今度もまた遊ぼう。
それと、ピースさん。
俺、このまま死ぬんだけど、それでも。
………それでも………
…………同窓会に来て、良かったよ…………
………それと………桜庭さん…………………
…………どうか…………ぶ……じ…………で………………
………………………
『ニュースをお伝えします。
先日お伝えした〇〇区での火災についての続報です。
警察と消防によりますと、マンションの4階から火災が発生し、それに伴い爆発を確認。
この火災に伴い、建物5階の飲食店従業員4名と、当時来店していた客14名、男女合わせて18名の死亡を確認。
重軽傷者らは7名に及ぶとの事です。
来客の中には、当時同窓会で集まっていた△△高校の卒業生らもいたとの情報です。
また、火元と見られる建物4階は当時空き室だったことから、警察は事件・事故の両面で現在捜査を行っている模様です。
繰り返しお伝え致します。――』




