第22話 男同士の友情
夜を迎え、テントの外には俺とロータスとサイラスの3人で見張る。
その時にサイラスの身の上話も上がったが、正直ちょっとだけ羨ましかった。
サイラスは地元でもかなりの富豪の家に生まれ、小さい頃から楽器で遊ぶサイラスにあらゆる楽器を買い与えてくれたそうだ。
サイラスは10歳のころにジョブを授かり、予定通り【音楽奏者】を得た。
家では毎日音楽を演奏していたためか、熟練度は3になり、このままいけば17の年で4になる予定だそう。
熟練度により、複数の楽器を奏でる事も可能なのだとか。
将来はコンサートを開くのが目標らしい。
本人に他意は無いんだろうけど、少々自慢気に聞こえてしまうのが少しだけイラっとしたけど。
それにしても、夜の森は静かだ。
焚き火の爆ぜる音。虫の声。
時折聞こえる鳥の鳴き声。
こうして見ると自然というのはどこもさして変わらないんだな。
「なあハル。」
「……ん?」
不意にロータスが話しかけてきた。
「この演習ってさ、成績優秀者には褒美があるって言ってたよな?」
「……そういやそうだな。」
「思ったんだけど、成績優秀者なんてどうやって決めるんだ?」
それは俺も不思議に感じた。
試合形式であれば成績優秀者を決めるというのも納得ができる。
「……まあ、例えば、誰かを助けたり……とかじゃないか?」
「………俺もさ、最初はそう思ったけど……ここには先生どころか俺ら以外誰もいないんだぜ?誰が誰を助けたなんてどうやって分かんだよ。」
「俺に聞かれてもなぁ……例えば、そんなジョブがあって俺らを見張ってる、とかじゃないか?」
「あるとしたら【観測者】だろうけど、それで全員を見張るなんて無理だろ?」
確かにその通りだ。
1クラスだけは例外で15名しかいないが、他クラスは30人在籍している。
全クラス合わせて165名だ。
中には欠席者もいるだろうけど、そんな数全員を見張るなんていくらなんでも不可能だ。
ならば、班の代表者1名だけを見張るのなら………いや、その計算でも、33人を見張ることになる。
「……俺、思ったんだけどさ……この合同演習って、もしかしたら………」
ロータスが何か言いかけたその時、背後から突然草の揺れる音がして俺たちは黙り込み、立ち上がって警戒した。
草の音はその後もガサガサと音を立て、俺たちの間に緊張が走る。
「……レ、レディたちを起こそうか……?」
「……そ、そうだな……万が一ということも…………うわっ!!」
草の合間から現れたのは、小さなウサギだった。
「………な、なんだよ………脅かせやがって………」
ロータスとサイラスは正体がウサギだと判明した途端にホッと胸を撫で下ろした。
ただ、俺は知っていた。
そのウサギは、日本にいるウサギとは違う生態系だということを。
「警戒しろ!!」
「……は……?…………!!」
俺の警告に2人は反応できず、ウサギはその間に俺たちに向かって飛びかかり、ウサギには似つかわしくない鋭いキバで噛みつきにかかった。
俺は咄嗟に近くに落ちていた石をウサギの横っ腹目掛けて投げつけ、その石は見事に腹部に命中した。
「……お……た、助かった……?」
「まだだ!構えろロータス!」
暗闇の中、辺りを見回すと、焚き火が反射したウサギの目がいくつもある。
こいつらはファングラビット。
E級モンスターではあるものの、その容姿から特に日本人は油断しやすい。
魔物が犇めくこの世界では、『可愛い』というのは敵の油断を誘うためにある。
「おいおい!なんだよこの数!!」
「こいつらはそんなに強くない。落ち着いて1匹ずつ確実に倒すんだ。」
「……わ、私は戦えないぞミスターアルフィード!」
「投石くらいはできるだろ!」
「…た、多少原始的ではあるが……致し方あるまい!」
ロータスは槍を急いで構え、サイラスは投石にてサポートする。
俺は……というと、この2人のサポート。
ロータスはファングラビットに向かって槍を突いてはいるものの、腰が引けている。
無理もない。
いくら訓練しているとはいえ、これは実戦だ。
俺にだって経験がある。
ゲームで行う狩りと、実際の狩りは訳が違う。
命を奪うんだ。
自らの手で。
ただ、この先ロータスが騎士団を目指すのなら避けては通れない。
「……なに……騒がしい………!!?」
騒音に気づいたアリシアさんがテントから顔を出し、リリアンさんを急いで呼び起こす。
「ふ、2人はそのままテントでいろ!外は危険だ!!」
ロータス。その意気や良し。
ただ残念なのが、槍は掠りもしてないぞ。
「ロータス、気をしっかり持て!殺さなきゃ殺されるぞ!!」
「…わ、分かってる……!!」
分かってない。
命を奪うというのはそれだけ恐ろしいんだ。
「……クソっ!!クソっクソっ!!」
ロータスは悪態をつく。
その悪態の矛先はファングラビットに襲われた不運についてか。はたまた震える自分の情けなさか。
その点、サイラスは躊躇がない。
投石の精度が徐々に上がり、いくつかはファングラビットに命中している。
「ハッハーッ!迂闊に私に近づけまいて!」
でもその自信過剰さが危うい。
ファングラビットが気配を殺して背後から襲いかかろうとしていることに気付いてすらいない。
仕方なく俺はサイラスの背後へと近づいていたファングラビットへ向けて投石した。
ゴギャッと骨が砕けるような嫌な音と共にファングラビットが横たわる。
「Oh、ミスターアルフィード、感謝するぞ!」
「背後にも気をつけろよサイラス。」
「OK、OK。それはともかくミスターボレアス。戦闘には無頓着な私でも分かるぞ。キミは腰が引けている。」
「……わ……分かっちゃいるけど……!」
「ロータス。これが俺たちの今いる世界だ。いや、日本でもだ!殺らなきゃ殺られる。しっかりしろロータス!!」
「……クソっ……やってやる……やってやる!!」
ロータスの腰が前に出る。
槍の精度が急激に上昇し、その刃がファングラビットを捉える。
「あぁぁぁああああああ!!!!」
ロータスの渾身の一突きがファングラビットの胴体を貫き、仕留めることに成功した。
「その調子だ!」
「やるじゃないかミスターボレアス!私も負けてられんぞ!」
数分後、残ったファングラビットは敗北を悟って逃げてゆく。
その場には何匹ものファングラビットの死体が横たわっていた。
「……ハァッ……ハァッ………か……勝った……のか………?」
「……ふぅ……良くやったぞミスターボレアス。」
「その通りだロータス。助かったよ。」
「よっしゃぁぁぁああああ!!俺だってやる!!やれるんだ!!」
ロータスが叫び、それによってテントの女子2人も外へと現れた。
「……こ……こんなたくさん………凄い……!」
「そ、そう?ははは!俺だってやる時はやる男なんだよ!」
リリアンさんに褒められたロータスは満更でも無い様子だ。
俺は早速カバンからナイフを取り出し、ファングラビットの首を落とし、後ろ足を束ねる。
「……慣れたものね。」
「んえっ!!?」
まったく、この女神様はいっつも俺の背後から突然声かける。
その透き通った美声を聞かされるだけでいちいち身体中に電流が流れるんですよ?
「あなた、こんな経験何度かあるんじゃないの?」
「…えっと……まぁ、僕の実家は田舎なもんで……」
「そんなに森の中なの?」
「……いやぁ……はは……」
アリシアさんは少し怪訝な表情をしていたものの、最後には血抜きを手伝ってくれ、ロータスらも続いた。
ただ、1匹だけ酷く頭部が破壊されたファングラビットがおり、その凄惨な状態にリリアンさんとロータスは顔が青ざめていた。
すまん。それ、俺のせい。
逆さ吊りにしたファングラビットから今度は腹部を切り裂いて内臓を取り出した時は、4人全員が引いていた。
いやいや、結構大事なんだからね、これ!
これしないと肉が生臭くなっちゃうんだから!
……って言っても、俺も最初の頃は引いたし、何ならゲロ吐きましたがね。
とりあえず肉の下処理が終わったところで、女子2人はそのままテントの中へと入って行った。
なんにせよ、今回の襲撃はロータスにとって良い経験になっただろう。
「……なぁ、ハル。お前、凄ぇな。」
「……な、なんだよ急に……」
「だってさ、最初にファングラビットが襲ってきた時、お前が石投げてくれなきゃ怪我してたし。」
「……そりゃあほら、田舎育ちだからさ……」
「それに俺に発破をかけてくれたろ?俺、まだまだ甘い考えだったんだなって。強くなりたいとか家族を楽にさせたいとか言っておきながら、肝心なとこで尻込みだもんな……マジでかっこ悪いぜ。」
「……誰だって最初はそんなもんじゃないか?」
「……そう……かな…………」
「……ふーーむ。ミスターボレアス、何をそんなに考える必要があるのかね?実力不足、経験不足と嘆くのなら、これから鍛えれば良いではないか。我々はまだ若いのだぞ。」
お、サイラス。
珍しくまともな事言ってる。
「……サイラスに言われるとなーんかムカつくなぁ。」
「むむ?私、何か失礼を申した覚えはありませんが?」
「……いや、その自信たっぷりなとこがさぁ……」
「私が自信家に見えるのなら至極光栄ですな。自信とは、『自分を信じる』ということ。私は誰よりも自分を信じてますからなぁ!」
「……お前のそういうとこ、俺も見習わないとだな。」
「ハッハッハッ!私のサインが欲しければいつでも差し上げますぞ!」
「いや、それは遠慮するよ。」
前世では俺はサイラスの事が嫌いという訳ではなかったが、少々苦手なタイプだった。
いつも自信満々で自分が正しいと信じている。
それが俺には苦手だった。
でも、転生し、師匠と出会えたから分かる。
『自分を信じる』という事。
それは決して悪い事でもなんでもない。
……だからだろうな。
俺は今回の件で、サイラスの事は苦手とか、そんな気持ちを抱いていた過去の自分が馬鹿だったなって。
そう思えた。
「なあサイラス。なんか聞かせてくれよ。」
「むむ!ミスターアルフィードは私の恩人!勿論いいですぞ!」
サイラスは今度はゆったりとしたリズムでバイオリンを奏で、夜の闇に心地よく鳴り響いた。




