第2話 同窓会
数日後、同窓会会場へとやってきた。
会場として選ばれていたのは、雑居ビルの5階部分を改装しており、創作料理屋として営業している居酒屋だった。
他の階にもいくつか別のテナントが入っているらしく、ビルに沿って看板が縦に並んでいる。
ただ、現在は4階部分に関しては空き室となっており、テナントを募集中のようだ。
「…にしても、春人氏が同窓会に出席したいと言ってきた時は少々驚きましたぞ。」
そう言ってきたのは兵頭秋彦。
昔っから人の名前に『氏』を付けて喋るちょっと変わった奴だ。
中学時代、他校の生徒に絡まれてたとこを俺と冬馬で助けて以降、友達となった。
ゲーム好きなのは勿論だけど、秋彦は特に戦争ものや撃ち合いが好きな極度のミリオタだ。
待ち合わせ時間も『19時』じゃなく『ヒトキューマルマル時』って言ってくるし、方角も『〇時方向』って言ってくる。
ただ、そのミリタリー系の知識に関して、俺は秋彦より博識なやつは見たことが無い。
昔秋彦に戦闘機の話を振った時は、話の終わりの見えなさに話を振った事を後悔したほどだ。
「俺は冬馬が来た事の方が驚きだけど?」
「え、あ、いや……ぼぼ、僕は、し、仕事してないし。2人が行くって言うから僕も来ただけだし。」
加賀美冬馬は中学時代、席順で前後関係だったのと、お互いの趣味がゲームということで最初に友達になった奴だ。
と言っても、趣味の本命は美少女系のフィギュアを作ったりするのが本命だけど。
若干どもり症持ちだけど、俺たちと話す時はあまりどもることも少なくなったかな。
一度自分の世界に没頭すると周りが見えなくなる。それもある意味の才能なんだろう。
その趣味が高じて、無職ながらも動画配信サイトで趣味の動画を投稿してる。
冬馬は自分では無職って言うけど、動画配信サイトにより俺より収入はある。
ちなみに、冬馬は普段前髪を下ろし、眼鏡をかけててあまり印象に残りにくいけど、昔に一度眼鏡を外してる顔を見たことがあった。
案外キリッとした二重で、普段のギャップも相まってか、結構なイケメンの部類だった印象だ。
2人となんてことは無い話をしながら会場へと到着する。
もし1人だとこんな場所になんて来なかっただろうなと思う。
「……おや……すでに何人かは来てるっぽいですな。」
秋彦の言うように、会場の外には見知った顔が何名か見て取れる。
久しぶりに旧友と会うとあってか、誰しもが心做しかオシャレな服を身にまとってる印象だ。
「君たちは形代君、兵頭君に加賀美君だね。」
「あ、はい。松田先生、お久しぶりです。」
「3人ともあまり変わりないようだね。」
松田先生は言わずもがな、俺たちの担任の先生だ。
専攻は科学。いつも頭に寝癖がついてたが、今日はその様子は無い。
「ところで、今回の同窓会の幹事は君たちかい?」
「………はい?……いや、僕らでは………」
振り返って秋彦と冬馬に確認してみたが、2人とも首を横に振る。
「先生が幹事では無い、という事でしょうか?」
「勿論だよ。今到着してる子たちに聞いても誰も知らないって言うもんだからさ。」
「まあまあ、細かい事は良いじゃないですか!皆に久しぶりに会えたんだし!」
困惑している俺たちを他所に、快活な声と共にかつて同級生だった女性が割行ってきた。
確か名前は東條茜、だったかな。
彼女は明るく活発で、誰彼なしに話しかける気さくな女性。
俺たちからすれば陽キャの部類だ。
「さあさあ、こんなとこで話してないで、さっさとお店ん中入ろうよ!」
東條さんに促されるように俺たちも店内へと足を運ぶ。
店員に案内されたのは、20人ほどが座れる掘りごたつ式のスペースだった。
そこにはすでに何人かの元生徒たちが腰掛けており、その中には憧れの女性、桜庭さんの姿も確認できて心臓が高なった。
卒業して7年も経つが、彼女の美しさはより磨きがかかっている。
「春人氏、またとない絶好の好機ですぞ。」
秋彦が俺に耳打ちする。
「……は?……な、何がだよ……?」
「桜庭氏の隣の席、今なら空いているでしょう。取られる前に座るのは今しか無いですぞ。」
「……い、いや……俺は……別に………」
桜庭さんは端の席に座っており、秋彦の言うように隣の席は空席だった。
向かいに座っていたのは……たしか……御堂……だっけか?
こいつは俺らより更に磨きのかかった陰キャだ。
クラスで独りぼっち、と言えば桜庭さんも御堂も同じだが、その存在感は対照的だ。
「何のためにここに来たのですかな?我らに春人氏の勇姿を見せてくだされ。」
「そうだそうだ。」
遠慮する俺を秋彦も冬馬もどうぞとばかりに桜庭さんの隣へと座らせた。
「……えっと………と、とと隣……いい……だす……か………?」
緊張しすぎで噛んだわ。
なんだよ、『だす』って。
「良いも何も、空いてるんだから座れば良いんじゃない?」
彼女は素っ気なくそう答えた。
いや、まあ確かに?空いてるんだから座れば良いのはいいんだろうけどさ?俺にとっちゃ貴女はとても眩しい存在だし?そんな人の隣になんて座るなんてさ?烏滸がましいというかなんというかさ……
心の中で言い訳をし、彼女の隣に座った俺は顔を赤くしながらも、借りてきた猫の如く縮こまっていた。
俺たち以外では久々の再会に懐かしさで話が盛り上がっており、近況やら当時付き合ってた異性の事など、色んな話が飛び交っている。
俺はようやく心臓の高鳴りが抑えられてきたが、冷静さを取り戻したせいで今度はこの沈黙の時間で気まずさを感じていた。
「てか、そろそろ時間だし、初めようよ!ってか今回の幹事は誰ー?」
東條茜がハツラツとした声で周りに確認する。
しかし、誰も手を挙げる者がいなかった。
「おいおい、誰が幹事かそろそろ教えてくれたっていいじゃん?」
「ふむ。せっかくこうしてお誘い頂いたのだからね。」
「ああ。このままだと気味が悪ぃよ。」
「まあまあ。恥ずかしがり屋さんかもだし、せっかくこうして皆で集まる機会をくれただけでもいいじゃん?」
東條さんが皆を宥め、代わりに幹事役を担ったようだ。
松田先生が挨拶と乾杯の音頭を取り、早速同窓会が開始された。
皆が料理や酒に舌鼓を打っていたが、俺はというと正直料理を味わうほど余裕は無い。
しかも秋彦と冬馬はちょっと離れた所で楽しそうにしてやがる。
横目でさり気なく桜庭さんを見やったが、箸の持ち方や食べ方に至るまで、彼女の所作の全てが美しい。
何とか平静を装いながら小皿に取り分けようにも、少しばかり手が震えてしまっていた。
とりあえず、一番当たり障りのないラーメンサラダとかいうやつを俺は無性に食べていた。
「……それ、美味しいの?」
「………んえっ……!?」
透き通る様な美しい声が近くから聞こえたかと思うと、桜庭さんが俺を見つめていた。
どうやら先の疑問は俺に投げかけられたようだ。
いや、美味しいも何も、今は味しないです。
「……えっと……ま、まぁ、フツー、ですかね……」
俺が食べていたのはラーメンサラダという変わったサラダだ。
読んで字のごとく、サラダの中にラーメンが入ってる。
冷やし中華に似ているけど、ごまドレッシングがかかっていた。
「味は普通なのに、そればかり食べてるのね。」
まぁ、変な奴ですよね。
俺もそう思います、はい。
「じ、自分、ラーメンサラダが好きなもので……」
………うん。
人生で1番くだらない嘘をつきました。
俺、本当は人生で唐揚げが1番好きなんです。
サラダとか基本食べないんです。
増してや、ラーメンサラダなんて今日が初見です。
「少しだけもらっても?」
「……あ、す、すいません!俺ばっかり独占したみたいで……ははは………」
彼女は自分の取り皿にラーメンサラダを取り分け、それを口に運ぶ。
レタスと麺を一緒に運び、目を瞑って咀嚼する。
箸を一旦箸置きに置き、口元に付いたごまドレッシングを持参していたハンカチで拭う。
100点です。
文句なく100点満点で美しい。いや、ふつくしい。
「……ど……どうです……?」
どうです?って何だよ。俺が作った料理じゃねえだろ。
彼女が感想を言おうと俺の顔を改めて見やる。
その視線にいちいち俺はドキリとした。
「おいおい!もうおっぱじめてたのかよ!」
威勢のいい声が聞こえたかと思うと、そこには遅れてやってきた男がいた。
そいつは京極龍成。
忘れるわけもない。
小学校高学年時、俺のプライドをへし折った張本人だ。
「京極君遅いよ!てか今回の幹事って京極君?」
「あぁ?んなメンドーなこと俺がやるかよ。それより……」
京極は俺と桜庭さんの間に無理やり押し入り、ドカッと腰を落ち着けてきやがった。
「それより愛梨沙。お前また一段とキレイになったじゃん。今度アメリカへ行くんだけどよ、お前も来ねえか?」
はぁぁ!?
なんだコイツ!!
てか誰の了見で桜庭さんを下の名前で呼んでんだおい!!
「結構よ。」
「そう言うなって愛梨沙。こんなしけた店より、俺と一緒ならもっといいもんご馳走してやんぜ?」
京極は俺の事など眼中にもなく、無理やり俺から席を奪って桜庭さんに話しかけていた。
よろしい、戦争だ!!
なんて言える度胸も無い俺は、渋々別の席へと移動しようとした。
秋彦、冬馬。
俺、頑張っただろ?
もうここいらが俺の限界で………
「要らないって言ってるの。」
透き通った声に若干の怒気を孕ませ、桜庭さんがピシャリと言い放つ。
その言葉を向けられたのは、京極その人であった。
「……あぁ……?」
「それに、そこはさっきまで形代君が座ってたの。あなたは別の席に座るべきよ。」
そう言われた京極は振り返り、そこでようやく俺の存在に気づいたようだ。
「……チッ……わぁったよ。」
京極はぶっきらぼうに席を立ち、別の席へと移動して行った。
去り際、俺の背中を軽く蹴っていったけど。
そんなことよりも、俺は2つの奇跡を目の当たりにした。
1つはあの京極を黙らせたこと。
もう1つは、あの桜庭さんが俺の名前を覚えていてくれたことだ。
……天使……いや、女神様がここに居らっしゃいます。
「……え……あ………さ、さく、桜庭……さん……?」
俺はほとんど声になってなかった。
「普通ね。」
「………え………ふ、普通………?」
「このサラダ。」
「……あ……!…サ、サラダ!ラーメンサラダ!ふ、普通ですよね!」
「形代君はこういうお店、良く来るの?」
「……あ、えーっと、まあ、そうですね!秋彦とか冬馬とかと、たまーに!」
「そう。この鶏皮餃子っていうのは美味しいの?」
「…え、えっとそれはですね………」
この一件のおかげで俺は少しばかり緊張の糸が解れた気がする。
桜庭さんはあまりこう言った創作料理を出す居酒屋自体が初めてであり、俺は彼女に色んな面白そうな創作料理を注文しては舌鼓を打ち、食事を楽しんでいた。
今日、来て良かった。
俺は心の底からそう感じた。
ピースさんにお礼言わないとだな。
ただ、完全に浮かれていた俺は、どうしようもない悪意がすぐそこまで押し寄せていることに気付く事すら無かった。




