第18話 勇者
……やばい……!!
そう思った時には、俺の視界は火焔で覆い尽くされた。
俺たちの背後には、傷ついた衛兵や大会の参加者らが大勢いる。
……飲み込まれる……!!
「……はぁぁぁあああああああ!!!!」
師匠が迫り来る火焔に無謀にも駆け寄り、渾身の力を溜めて剣を構える。
……無茶だ……!!
いくら師匠と言えども、剣で炎を切り裂けるわけが……!!
『俺は絶対に諦めない。』
師匠の言葉が脳裏に浮かぶ。
……そうだ………
………そうだった………
師匠は諦めることは絶対しないと誓ってた。
……それなら………
……それなら俺だって………!!
気付けば俺も師匠の隣に立ち、迫り来る火焔に対峙していた。
「……ハル……力を振り絞れ。俺たちになら出来る!!」
俺は力強く頷いた。
「ゆくぞ!!!!」
俺は師匠と息を合わせ、迫り来る火焔に対してナイフで立ち向かう。
師匠がまず火焔に対して剣を振り下ろす。
火焔の熱は、Axel越しにでも伝わるほど高温であり、師匠の剣先が高熱により融解し始める。
しかし、師匠の剣により火焔の勢いが殺された。
俺は間髪入れず、左手に持ったナイフを構え、先のドラゴンの時と同様に火焔に猛突進した。
途端にAxelの身体が融解する。
まだだ!!
頼む、持ってくれ!!!!
俺はありったけの魔力を全てAxelへと注ぎ込み、溶け始めたAxelを無理やりにでも動かす。
そして、俺の魔力がほとんど尽きてしまったのと同時に、アスタロトの放った火焔を打ち破ることに成功した。
「………ば……バカな………人間如きが……なぜ我輩の………!!」
Axelの左腕は完全に溶け落ち、左半身も殆どが融解した。
辛うじて意識を保たせながらアスタロトを見やる。
……クソッ……もう意識が………!!
………いや……あれは………!!
そこには、続けざまにアスタロトへ目掛けて突進していく勇者がいた。
師匠だ。
師匠は焼け爛れた右腕をものともせず、ほとんどが溶け落ちてしまった剣をアスタロトの胸へと突き刺していた。
「……バカな………この……我輩が…………!!」
「……貴様の敗因は……人間を見下していたことだ………人間を舐めるな……!!」
アスタロトはそのまま大地へと転げ落ち、魔人語でなにやら呟いたかと思うとそのまま絶命した。
俺は、というと、そこから先は記憶が無い。
というか、俺は久しぶりに完全に魔力枯渇に陥り、本体の意識も失ってしまったからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が覚めた時には、俺はよく知らない場所にいた。
「……ハル……目が覚めたか!!」
「……し……師匠………?……ここは………?」
「あの後色々あってな……いや、それよりも、良くやったぞ、ハル。」
とてつもない疲労感。体中の痛み。それと同時に来る猛烈な飢餓感。
目の前には、俺の食事のためなのか、多数の料理が並べられていた。
……いや……そんなことよりも………
「……し……師匠………う……腕が………!!」
師匠の右腕は肘から先が無くなってしまっていた。
「そんなことはどうでもいい。それよりハル。腹が空いてるだろう。まずは食え。」
どうでもよくない。
全然どうでもよくない。
「黒衣の騎士についてだが、安心しろ。衛兵に回収されたが、国王には俺から説明しておいた。誰にも口外しないようにもな。国の英雄という事もあってか、二つ返事で了承してくれた。」
「……そ……そんなことより……!」
「この腕の事なら気にするな。俺に悔いは無い。ほら、さっさと食わないとメシが冷めるぞ。」
「……で……でも………」
「ガタガタ抜かすんなら、俺が無理にでも口の中に突っ込むぞ。」
俺はゆっくりと身体を起こし、目の前の食事に手を付ける。
……味がしない………
いや、正確には、味わうほどの余裕も無い。
「……それにしてもハル。良くぞここまで鍛え上げたもんだ。」
そう言って師匠は左手で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「それにしても決勝戦、見事だった。再三突っ込んでいくと印象付けたかと思いきや、予想外の動き。あれほど巧妙に仕込まれた罠であれば誰だって引っかかるだろう。」
「そしてドラゴンへの特攻。【人形師】だからこそ出来る芸当。そしてなにより、諦めないその根性。」
「お前は俺の誇りだ。」
「……相変わらず、泣き虫なとこは治ってねぇようだな。」
気付くと俺はまた師匠の前で泣いてた。
この感情は悔しさか。
それとも師匠に認められた嬉しさか。
「俺の腕は、お前に託す。」
「……ありがとう……ございます……師匠……!!」
間もなくすると、扉をノックし、やがて1人の男……いや、この国の王様がやってきた。
……え……?
おうさま??
「失礼するぞ。ちょうど目を覚ましたようだな。此度の魔人の襲撃に際して多大な尽力を頂き、感謝する。しかしながら、かの黒衣の騎士。操っていたのは本当に其方か?」
「……え………は……はい…………」
「………ふむ………ジョブは?」
「……【人形師】……です。」
「………ほほう…………」
国王様はヒゲをわしゃわしゃと揉みしだきながら俺を見つめた。
「……案ずるな。この事は誰にも口外せん。すでに手も回しておる。其方も訳ありのようだしな。回収した黒衣の騎士については、後日、其方の家に送り届けよう。」
「……た……助かります……ありがとうございます。」
「よい。礼を言うのはこちらだ。誠に感謝する。それに、ローガンも。」
「……俺は俺の出来ることをしたまでです。」
「……して、ローガンよ。我ら騎士団の教官としての件については、やはり断ると?」
「有り難きお申し出ですが、生憎俺にはジョブがありません。それに、もうこの老体。後のことは弟子に任せ、老人は隠居させてもらいます。」
「……ふむ………それは残念だ。」
国王様はまたヒゲをわしゃわしゃしてた。
「……すまぬな。では、ワシはこれで失礼するぞ。」
「はい。」
「…あ、ありがとうございます!」
俺と師匠は国王様が退室していくのを見守り、やがて師匠は笑った。
「ハッハッハッ!国王陛下から直々に感謝されるなんて事、そう滅多とある事じゃあねぇな。」
「……それもこれも…師匠だからですよ。」
「煽てたって何も出んぞ。」
煽ててるわけじゃなく本気でそう思う。
俺が師匠に出会わなければ、こうして国王様から頭を下げられる事も無い。
増してや、あんなドラゴンや魔人に立ち向かう事も無い。
「…最後に1つ、お前の師として忠告だ。」
「……は、はい……!」
「力に驕れるな。」
「……力に……おごれる………?」
「そうだ。大きな力を持つと、人はその力に驕る。他人より強くなったと過信し、尊大になる。だが、強き人間というのは、自分を律する事の出来る人間だ。」
師匠の言う通りだろう。
前世で俺の職場には、やたらとパワハラをする上司がいた。
「俺が若い時はもっとやってた」だとか、「これだから最近の若い奴は」が口癖だ。
確かに、その上司が苦労したからこそ今のポジションに就いているんだろう。
でも、そうやって力を持った人間は尊大になる。
自分が出来たから他人にも出来る。出来なければそいつは無能。と烙印を押す。
その反面、自分自身のミスにはとにかく甘い。
俺は、そんな人間は心底軽蔑していた。
俺も、あぁなってはいけない。
今までクソ上司と心の中で罵っていたけど、彼はいいお手本であり、『教師』と呼ぶべきだ。
ま、『教師』の前には『反面』という言葉が付くが。
「……重々に、心得ておきます…!」
「それじゃあ、俺はそろそろ行く。しっかり身体を休めておけ。」
「……師匠はこれから何処へ……?」
「んまあ、適当に何処かで隠居するさ。」
「………師匠………」
「それじゃあな、ハル。風邪引くなよ。」
あぁ……
やっぱ師匠の背中はでっけぇや。
「……ありがとう……ございました……!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日には俺は退院し、さっそく寮へと戻った。
寮には俺宛てに箱が送られてきており、中身を確認すると激しく損傷してしまったAxelがそこにあった。
自分の目で確認すると、戦闘の激しさを改めて認識した。
左半身のほとんどは高熱により消失。
消失を免れた部分でも所々融解し、溶けた蝋燭がそのまま固まってしまったような箇所もある。
関節部も溶け、それにより溶接されたかのようにガッチリと固定されてしまっていた。
「ハル氏!!無事だったようで!!」
「……アキ!!」
「心配しましたぞ!!あんな事があってからハル氏の所在が不明でしたので!!」
「……ハハ……心配かけたようだな。見ての通り、無事だよ。それより、他のみんなは?」
俺はアキから魔人襲撃のその後について詳しく聞いた。
途中トーヤも部屋に入り、お互いの無事を喜んだ。
魔人アスタロトとドラゴンの襲撃に遭い、会場は半壊。
騎士団らが展開した防御壁のおかげで死者こそ出なかったものの、多数のケガ人が続出した。
何よりも、今回の魔人らを討伐したのが、ローガン・グレンダーと黒衣の騎士2人によるものだと発表され、街はその2人を英雄として祭り上げているのだとか。
それと、黒衣の騎士が人形であることは誰も知らないらしい。
国王様の言ってたように、関係者らに箝口令を敷いてくれたようだ。
……念の為に、誰が知ってるかだけは教えて欲しかったとこだけど……
ちなみに、国王の計らいのお陰か、俺が今日学校を休んだのは『腹痛』ということになっている。
………………
おい!!
いや、有り難いんだけどね!?
でも腹痛って!!
もうちょいマシな言い訳あっただろ!!
……話を戻そう。
学校ではアーサーがベスト8まで進出したことで持て囃されてるそう。
しかしながら、本人は満足してはいない様子だとか。
……そういえば、アスタロトと戦ってる時、俺たちにバフ、アスタロトらにデバフを掛けたのは誰だったんだろ。
……まあ、考えたところで仕方ないか。
普通に考えれば、あの時後ろから加勢に来てた衛兵の誰かだろう。
「皆、席に着け!」
ラインハート先生が号令を掛け、普段と変わらずに今日も一日授業が始まった。




