第14話 珈琲店
次の日の学校でも話題は黒衣の騎士についてだった。
俺たちは3人その輪には入らず、で次の人形について密かに話し合っていた。
「…なあ、少しいいか?」
「……え?」
俺たちの輪の中に声を掛けて来た者。彼の名はロータス・ボレアス。
元『北澤 蓮』という名前で、前世では警察官になっていた奴だ。
ジョブは確か【騎士】。所謂勝ちジョブだ。
「…なんだ?」
「黒衣の騎士についてなんだけど……」
……え?なんで俺たちに?
ま、まさかこいつ……黒衣の騎士と俺たちとの繋がりについて何か気付いて………
「突然で悪いんだけど、トーヤの両親なら何か他に情報があるんじゃないかと思って。」
「……え……ぼ、ぼぼ、僕の……?」
「うん。キミの父親は男爵だろ?庶民よりも情報が多く集まるんじゃないかと思ってね。」
「……そ……そそ、そんなこと無いよ。皆と同じだよ。」
「……そうなのか……」
トーヤの父親がAxel開発の投資を行ってくれてる。
無論、知らないはずは無い。
……ま、まさかこいつ……その可能性に思い当たったと……!?
「ロータス氏。黒衣の騎士の情報を聞いて何をするつもりなのか、教えてくれますかな?」
「……いや、何かをする、というよりも………」
ロータスは何か言いづらそうな困ったような表情をしたが、しばらくすると両手を合わせてお願いのポーズをした。
「頼む!もし何か黒衣の騎士について情報を得たら俺に教えて欲しいんだ!絶対に秘密にするから!」
「……い、いや…そんなこと言われても……」
「ロータス氏。目的が分からぬ以上、教える義理は無いかと存じますが?」
「……内緒にしてくれよ。」
ロータスは俺たちに顔を近づけて小声で話す。
残念だったなロータス。
トーヤの父親には口止め済みだ!
「……恥ずかしい話かもしれないんだけど、彼に稽古を付けてもらえればなぁ…って。」
「「「………え………?」」」
「いや、ほら……彼の戦いぶり、俺は間近で見たんだけどさ……動きが洗練され過ぎてて思わず見蕩れたんだよ。騎士団員の人たちには悪いけど、彼らとは比べ物にならないんだ。」
「………は、はぁ………」
「頼む!!何か情報があったら教えてくれるだけでいい!!あとは俺のほうで黒衣の騎士を探してみるから!!」
……………………
………杞憂だったか…………
なんだよ!驚かせやがって!
ってか、黒衣の騎士に教えを乞いたいだと?
んなもん、まずは俺の師匠に頭を下げな!
偉大なるローガン師匠に!!
「…………………」
トーヤはどうしていいか分からず、俺の顔を見やる。
「…ま、まあ、情報を教えてやるくらいはいいんじゃないか?ただ、それでもし黒衣の騎士が見つけられたとしても、教えてくれるかどうかは知らないけどさ。」
「……う、うん………まぁ、ハルがそう言うなら……」
「ホントかい!?助かるよ!!ありがとう!!」
ロータスはさっきまでの申し訳なさそうな表情から一転して笑顔を見せた。
「じゃあ、頼んだよ!」
……あいつは相変わらず真面目だな……
いや、真面目というより上昇志向の塊みたいなもんか。
「ハル氏、どうするのです?」
ロータスが去っていったのを見送ったアキが俺に聞いた。
「……どうするもなにも……俺は教えるつもりは無いよ。」
「…そ、そりゃそうだよね。第1、喋れないし。」
「ですな。それに、Axelが過剰にこのクラスを守るようでは、我々の誰かと繋がってると疑われ兼ねませんな。」
「……確かにな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クラス内ではしばらく黒衣の騎士の話題で持ち切りだったものの、数日もすれば皆それぞれ違う話題で持ち切りだった。
2組の誰から告白された、とか。4組の人と付き合ってる、だとか。
あと、最近専ら話題に上がるのは、近々開催されるという『エルミリア選手権』という大会だ。
今年で第165回目となる伝統のある武闘大会らしい。
それぞれジョブを活かして一対一で戦うトーナメント戦。
優勝者には賞金でなんと白金貨100枚が贈られるそう。
白金貨100枚……つまりは1億円だ。
当然優勝すれば賞金とともに大いなる名誉をいただくこととなる。
戦闘職なら誰もが夢見る大舞台だ。
出場資格は15歳以上。
相手を殺してしまった場合は即失格となってしまう。
参加者は多数押し寄せ、観客席も常に満員だそうだ。
娯楽に乏しいこの世界ならではと言ったところだろう。
街中ではそのビラが配られており、俺もその1枚を手に眺めていた。
「ハル氏、まさか、参加するわけではありませんな?」
「……いやいや……俺はいいよ。ってか、参加すると正体がバレちゃうじゃん。」
「それなら安心しましたぞ。」
「……で、でも、この大会はいつも凄いよ。毎年父さんに連れられて見に行くけど、決勝戦なんて目が追いつかないくらい動きが早いんだよ。」
……ふむ……
参加はしないが、出来ることなら観戦はしたいもんだ。
「……でもチケット代、お高いんでしょう?」
「……ぼ、僕は支払ってないから分からないけど……多分高額じゃないかなぁ……」
「転売屋が転生してるならぼろ儲けしてそうだな。」
「なあ、少しいいか?」
そう話しかけてきたのはまたしてもロータスだ。
「……その……あれからどうだ?黒衣の騎士は……」
「と、とと父さんに聞いても、分からないって。」
「……そっか………」
ロータスは分かりやすくガッカリとした。
「……あ、そういや、今度のエルミリア選手権。黒衣の騎士は出場すると思うかい?」
「……ん〜……俺たちに聞かれても……」
「……だよなぁ。いや、ごめん。でも、出場してくれるといいなぁ。」
ロータスは項垂れたままその場を去ってゆく。
「なあロータス。」
「………ん?なにか?」
「どうしてそこまで黒衣の騎士から教えを乞いたいんだ?」
「………キミも知ってるだろ?僕は前世では警察官だったろ。」
「……あぁ……」
「前世でもね、悪人と分かっていながらも、正式な手続きが無ければ俺たちは逮捕すらできやしない。でも、この世界でならそんな面倒な手続きは省ける。」
だろうな。
日本での警官の仕事が事務的なのは聞いた事がある。
なまじ、国民の税金で仕事をしている以上、どこの企業よりも誠実さが問われるはずだ。
「それに、御堂のことも聞いたろ?俺は、皆を守れるくらい強い男になりたいんだよ。」
「……つまりは、正義のヒーローになりたいってことか?」
「……そんな大それたもんじゃないよ。俺が頑張ったって、出来ることなんてたかが知れてる。だけど、もう俺は非力な自分でいたくないんだよ。」
「………黒衣の騎士に頼らずとも、訓練すればいつか強くなれるだろ?」
「分かってる。でも俺は、あの黒衣の騎士に惚れたんだ。彼の洗練された戦いぶり。足さばき。まるで後ろに目が付いてるんじゃないかってほどの立ち回り。あんなものを見せられたら、誰だって憧れるもんさ。」
いやぁ、こいつ、めっちゃ良い奴!!
照れるじゃねぇかよ!
いや、実際俺はニヤけてたんだろう。
アキがそんな俺の顔を見て察したのか、脇腹を肘で小突いてきたから。
「……ま、まあ、なんというか……その……来てくれるといいな。黒衣の騎士。」
「あぁ。」
凄いな、黒衣の騎士は。
何も喋れないのに、ロータスを魅了しちまったぜ、おい。
……と浮かれるのもほどほどに。
何よりも、俺は師匠から教わった通りにしただけだ。
「全く、ハル氏は油断なりませんな。ちょっと褒められただけで顔が緩みきっておりましたぞ。」
「ご、ごめんごめん。」
「……で、でも、みんながあそこまで褒めるくらいなら、僕もAxelの活躍を実際に見てみたいなぁ……なんて。」
「トーヤ氏、ダメですぞ。」
「わ、分かってるよ。」
人というのは単純だ。
いや、むしろ俺が単純なだけか。
正体を隠そうって決めたことなのにちょっと煽てられると調子に乗りそうになる。
自重が必要だな。
授業が終わっていつもの様にトーヤの馬車で寮まで送ってもらった。
けど、その日はいつもと違って寮の前に人集りが出来ていた。
「……なんだろう?」
「どなかた有名人でもおるのですかな?」
訝しみつつも人集りを避けながら寮へと入ろうとした時だった。
「ハル!」
………え………
声の主は明らかに人集りの中心からだ。
俺は咄嗟に振り返った時、懐かしい顔がそこにあった。
「………し、師匠………?」
「ハル、元気そうで何よりだ!……すまんが通してくれ。」
師匠は人集りをかき分けて俺の前へと現れた。
「師匠!!な、なんでこんなとこに……?」
「もう少しすれば大会があるだろう?そのためにな。」
……大会……?
ってことはまさか。
「まさか、師匠も出場するんですか!?」
「こう見えて、俺は前年度の優勝者だからな。」
………は………?
……ゆ、ゆゆゆゆ………
「優勝者!?師匠が!?ですか!?」
「なんだ、知らなかったのか。」
知らなかった………
ってか、そんな大きい大会で、しかもジョブもない師匠が優勝者だなんて……凄すぎる………
「……ここじゃあ人目に付くな。少し時間はあるか?」
「……え、えぇ、まぁ。」
「それじゃあ着いてこい。」
「……ハ、ハハハ、ハル!!?ローガンさんと知り合いなの!!!?」
「……あぁ……俺の師匠だ。」
「……!!!!」
「……なんと………これは驚きましたな……」
「2人とも悪い。先に寮に帰っててくれ。」
2人だけでなく、師匠を取り囲んでいた人集りもが呆然としていた。
俺は師匠の後ろを着いてゆく。
師匠と別れてから3年。
少しだけ白髪が増えたかな。
俺は成長期もあって背も伸びたけど、やっぱりこの背中は大きいな。
「あの店で良いだろう。」
師匠に連れられたのは古くからあるであろう喫茶店だった。
店の外観はかなり年季が入っているが、それでもキチンと手入れされているのがよく分かる。
店内に入るとこれまた年季の入った老人が一人、カウンターで作業しており、コーヒーの良い香りがした。
「……いらっしゃ………おぉ、ローガンか。久しいな。」
「マスター。相変わらず元気そうだな。」
「……ふむ……その子は連れか?」
「俺の弟子だ。」
「……ほう……お前さんに弟子が居たとはな。」
「俺はいつもので頼む。お前は?」
「……えっと……じゃあ、ホットコーヒーに砂糖だけ付けてください。」
「あいよ。」
師匠が椅子に腰掛け、続いて俺も腰掛ける。
コーヒーなんて久しぶりだな。
「あれからどうだ?俺の言いつけは守ってるのか?」
「勿論です!……た、ただ……ですね……」
「なんだ?言ってみろ。」
「ジョブ訓練に関してですが……今では魔力枯渇に陥れなくなってしまいまして………」
「……ほう……?それだけ総魔力量が増えたってことか?」
「……おそらく……」
「お待ちどうさん。」
マスターが俺たちのテーブルにコーヒーをそれぞれ置いた。
カップから湯気が立っており、コーヒーの良い香りが立ち昇る。
師匠は早速コーヒーを1口啜る。
俺は早速そこへ砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜ、1口啜った。
………うん………!
熱すぎず温すぎず、丁度いい。
美味い!!
「しかし、お前さん。さっき聞こえたんだが、ジョブが無ぇからってこの子にエラい無茶をさせたんじゃねぇのか?」
「そうか?」
「魔力枯渇なんざ、大の大人でも悲鳴上げるぞ。」
「目の前で見てたから分かってるさ。俺にジョブが無い以上、俺流の鍛え方しか知らん。」
「……まったく………小僧、コイツに殺されたらワシが毒でも盛ってやるから安心しろ。」
「……し、師匠はそんなことしませんから…!!」
……と願いたい。
実際、何度か死にそうな目には遭ったから、絶対に無い、と心の底から思えないのだけど……
「……やれやれ……随分と好かれてるじゃねぇか。」
「だろ?自慢の弟子だ!」
自慢の弟子。
師匠にとってただの建前で本音かどうかは分からない。
けど、俺はその言葉を聞いて気恥しくもあり、誇らしくもあった。
「……それで、今度の大会もお前さん、出場するのか?」
「……いや……俺はもう引退だ。この歳で禄に動けん。」
師匠は今年で確か66歳。
いやいや、それでも去年65歳で優勝ってのも凄すぎでしょ。
「……なんだ。諦めねぇのが心情だったはずが、もう音を上げちまったのか?」
「ハッハッハッ!言ってくれる!……まぁ、俺もそろそろ若いもんに譲ってやらないとな。」
「……それで、その子がお前さんの代わりか?」
「あぁ。」
……んえっ!?
お、俺!!?
「……し、師匠……?まさか、俺が今度の大会に出場しろって……?」
「そうだ。成長したお前の勇姿を、俺に見せてくれ。」
「え!?い、いや、でも、あのですね……」
「なんだ?嫌なのか?」
「嫌って訳じゃ無くてですね……色々と事情が……」
俺だって師匠に成長した姿を見せたい。
ただ、俺は正体を隠してる。
「……マスター、悪いが、少し外しててくれるか?」
「………あいよ。」
マスターはその場から離れ、俺たちの会話の聞こえない場所へと移動した。
説教される……だろうな。
「巷で噂の黒衣の騎士。あればお前だろう?」
「…………んえっ!!!?な、なんで!!!?」
「遠巻きにその黒衣の騎士の戦闘を見たことがある。あれは俺がお前に教えた剣技によく似ていてな。」
「……………………」
「………沈黙は、肯定と見るが?」
「………実は……ですね………」
俺は師匠に全て話した。
なぜ俺が正体を隠して黒衣の騎士として治安を守っているのか。
なぜ大会に出場するのを躊躇っているのかを。
「……なるほど………なら、俺に良い考えがある。」




