第13話 不意打ち
森の中の移動は平地に比べて難しい。
足元には木の根っこや落ち葉や枝で敷き詰められているため、平地と違って踏ん張りが効きづらい。
木から伸びる枝や葉が視界を遮るだけで無く、中にはトゲのある植物が自生している。
移動の際にはこのトゲが体を傷付ける事も考慮しなければならない。
しかしながら、このAxelなら何も問題が無い。
前までのぬいぐるみではそのトゲのせいで布が破かれて中の綿が露出したりしたものの、金属製のAxelでは気を使う必要すらない。
俺は森の中で疾走する。
通常ならこんなにも足場の悪い場所ではふらつく可能性があるのだが、おそらく熟練度が4になった時のお陰でバランスを取ることも容易くなったお陰か、ふらつくことなく安定して駆け抜ける事が出来た。
人形はスタミナの代わりに魔力を消費するのだが、訓練の賜物か、今や何十時間も稼働できる。
森の中をスルスルと駆け抜ける疾走感は気持ちがいい。
しばらくもすれば、遠くから人の声が聞こえ始め、俺は声のする方向へとAxelをさらに加速させる。
「…………たぞ………!!」
「……ったれがぁぁあああ!!!!」
怒号が聞こえる。
人の声とは別に魔物の唸り声らしきものも入り交じる。
おそらく戦闘中だな。
ようやくシルエットが見え始めたところで、俺は木に登ってその様子を窺う。
そこには確かに戦闘班らがおり、複数の魔物を相手に戦闘を繰り広げている真っ最中だった。
「こっちだ!!」
「こんんんのやろぉぉおがぁっ!!!!」
「よせっドラグルス!!一人で突っ込むな!!」
「後ろだ!!回り込まれているぞ!!」
対峙していたのは二足歩行の狼。この世界でウェアウルフと呼ばれている魔物だ。
奴らは狼特有の嗅覚の良さを持ちながらも、賢さも併せ持つ。
両手には長い爪が生えており、牙を剥き出しにしていた。
すでに何頭かのウェアウルフは戦闘により事切れていたものの、それでも数の暴力で戦闘班を追い込んでいた。
「【治癒士】!!さっさと回復しやがれ!!」
「は、はい!!」
「キミたちは下がれ!!俺たちでコイツらを倒す!!その間に早く助けを!!」
「……くそっ……こっちにもこんなにも数が……!!」
「隊長!!このままでは!!」
「……私には………生徒を無事に返す義務が………!!……こんなところで……!!」
アーサーは持ち前の運動センスと好戦的な性格もあってか、諦める様子は無い。
が、それでも多勢に無勢。
根性だけでは戦局は覆せない。
……ふむ……
そろそろいいか。
俺は木から飛び降り、改めてウェアウルフを見やる。
突如現れた正体不明者の俺にウェアウルフは驚いていたが、すぐにグルルと喉を鳴らす。
こいつら、連携させるとヤバいんよ。
こういう時はリーダー格から倒せばそれ以下は散り散りになる、と言われるが、実践でそれを見極めるのは難しい。
体格のいい奴がリーダー格と決めつけてしまいがちだが、実際は体格が小さくても群れのリーダーになる個体もいるからだ。
それに、リーダー格を倒したとしても逃げない魔物もいる。
そこで効果的な方法。
と言っても単なる脳筋アタック。
俺は奴らが尻込みしているスキに一気に駆け寄り、両腕に仕込んだいた剣にてウェアウルフを尽く斬りつける。
それが致命傷となるならないはどうでもいい。
ともかく動き続ける。
斬り続ける。
相手は連携なんてあったもんじゃない。
すると、あ〜ら不思議。
ウェアウルフの何頭かは俺にビビって文字通り尻尾を巻いて逃げてゆく。
残ったウェアウルフはなんとか臨戦態勢を取り、俺に爪で斬りかかるも、動きが単純過ぎる。
気が動転して本来の動きよりも大振りだ。
それが不意打ちだ。
浮き足立ったウェアウルフらは高速で斬り続ける俺の動きに撹乱され続け、遂には厳しい戦局を打破していた。
息絶え絶えとなったウェアウルフに俺はトドメの一撃をお見舞いし、苦しみから解き放つ。
全てが終わった時、戦闘班はただ呆然と俺のほうを見つめていた。
ただその中でラインハート先生は……なんとなく……乙女の表情をしている……気がする。
正体がバレたくない俺は、剣に着いた血糊を払って、すぐさまその場から立ち去ろうとする。
「……ま、待て!!…助けて貰ったのは感謝するが……貴様は一体何者だ……!!」
悪いね。
Axelは言葉を喋れないんだ。
俺は振り返ること無くそのまま立ち去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ふぅ………これで大丈夫だろ。」
「ハル氏、お疲れ様ですぞ。」
「……で、でで、ど、どうだったの?」
「…ん〜、なんかウェアウルフらに囲まれててヤバそうだったから、何とかしたよ。」
「「ウェアウルフ!!!?」」
2人はビックリしたのか声を揃えて俺を見つめる。
「……ウ、ウウウ、ウェアウルフなんてB級の魔物じゃないか……!!そんなのと戦ったの!!?」
「……え……うん。そうだよ。」
「……ハル………し、信じられないよ……」
「え、なんで?」
「……なんでって………」
それもこれも全て、お前たち2人とブランドン氏の投資のおかげじゃないか。
何を信じられないとでも……
「……ハル氏は今まで田舎暮しでしたからな。B級と言われてもあまりピンとは来んのでしょう。」
「……B級って、あれがそんなにヤバいのか…?」
「B級の魔物を、それも群れで行動するウェアウルフを単体で撃破出来る者なぞ、A級冒険者でもそうはおりませんぞ。それこそ、騎士団ならば将官クラスになるでしょうな。」
「……そ……そんなになのか………」
「凄いよハル!!凄すぎるよ!!」
「…まあ、これはみんなのおかげだから。俺一人の力じゃあ無いわけで…」
「それでも、Axelをそれほどまでに操作できるのはハル氏だからこそですぞ。胸を張ってくだされ。」
「そ、そう言われると照れるな……」
「しかしですぞ。アルバート隊長にその力量を見せ付けてしまったのは、些か不安ではありますな。」
「……不安……?」
「Axelを危険因子と見なし、逮捕に動く可能性もある、ということです。」
「………ハハ………そりゃあ面倒だな………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからしばらくもすれば、戦闘班が無事に帰還した。
皆の顔は様々で、怖い思いをして恐怖をまだ引き摺っている者、生き残れた事で喜びに満ちた顔、ウェアウルフ相手にほとんど何も出来ずに悔しそうな表情。
その中でも、アルバート隊長はそれらとは違った険しい表情を浮かべ、部下の騎士団員らに何やら報告をしていた。
クラスメイトも何があったのかと戦闘班に尋ね、件の『黒衣の騎士』が現れたという話題で盛り上がっていた。
「………妙ね。」
「ふぇっ!?」
突然女神様が俺の背後に現れて話しかけられてまた驚いた……
「黒衣の騎士がどうしてタイミング良く皆の前に現れたのか。」
「………た、たまたまじゃあ無いですかねぇ……」
「それに、ウェアウルフの群勢を相手に圧倒したって話。奴の目的はなんなの?」
「……ひ、人助け……とか?」
「何の見返りも無しに?……有り得ないわ……」
「……ほ、ほら……正義のヒーロー…的な……?」
「……………………」
それっきりアリシアさんは黙り込んでしまった。
ちょっと軽率だったか?
でも、俺が出張らなければ戦闘班は全滅しててもおかしくなかった。
アーサーまで助けてしまったのは少しばかり癪に障るけど。
『黒衣の騎士』の正体は俺のジョブで操ってる人形なのです!って言いたくもなるけど、なんかかっこいいじゃん。
正体不明の正義のヒーロー、なんて。
「ともかく、皆無事で何よりだ。せっかくだ。ウェアウルフの肉を使って最後に食事としよう。」
ラインハート先生がそう言うと、さっそくジャックがウェアウルフの肉をスルスルと切り分け、包丁の背で叩く。
その後しばらく酢に漬け込み、その間に別の料理を仕上げてゆく。
肉は下味に塩コショウをまぶし、玉ねぎなどの野菜と共に焼いてゆく。
忽ち辺りには肉の焼けるいい匂いが立ち込めた。
居残り班全員で作業を分担すれば、あっという間に場に似つかわしくない豪華な料理がズラリと並んだ。
「さあ、出来上がりました!皆で食べよう!」
早速いただく。
……うんめぇぇえええ!!!!
な、なんじゃこりゃ!!!!
母さんの料理も美味しいのは美味しいんだけど、これはレベルが違いすぎる!!
おそらく、日本での料理の知識がこちらの世界でも存分に発揮されたということか。
ウェアウルフの肉は本来は固い。
ジャックは直ぐにそれを見定め、固い肉を柔らかくしたんだろう。
「………美味すぎるだろ……これ………」
俺が自然とそう呟くと、他の皆も同じような反応をしていた。
あのアリシアさんでさえ、料理の美味しさに表情が少しだけ和らいでいた。
「……あのウェアウルフの肉がこれ程までに柔らかいとは……!!」
「……隊長………俺、生きてて良かった……!!」
騎士団員さんもどうやら気に入ったようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日は皆、ご苦労!!しかしながら、皆を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ない。だが、予期せぬ出来事があったとはいえ、こうして皆無事に生還できたのはかけがえの無い体験だ。それは我々にとっても。皆も、今日のこの体験を胸に、是非とも今後の活躍に活かしていただきたい。」
街に戻った俺たちは、アルバート隊長から労いの言葉を頂戴していた。
「こちらこそ、あなた方の屈強な精神。日々の過酷な鍛錬。生徒たちにとって大いに学びを得た事でしょう。ありがとうございました。」
ラインハート先生はアルバート隊長と握手を交わし、俺たちも騎士団員たちと握手を交わした。
アーサーは終始不機嫌だったけど。
先生は俺たちとともに寮まで引率し、今日の授業はそこで解散となった。
寮に戻ってからも話題は黒衣の騎士で持ち切りだ。
「それで、キミたちを助けた黒衣の騎士はそんなに強かったのかい?」
「……それはもう……俺には一体何がなんやらで……」
「……ウェアウルフ数十体を相手に……だよね。ということは、B級以上の実力者だってことか…」
「いや、あの身のこなしを見る限り、まだ余裕を持っているかと。僕もそれなりに剣術を磨いてきたけど、彼はまだ余力を残しているような戦い方だったよ。」
さすがはリュゼ。見抜いてくるね。
「……ほうほう……皆様方が仰るように、黒衣の騎士とはそこまでの腕前があるということですな。」
「……でも、正直……彼が来てくれなかったと思うと……」
「………チッ…………」
アーサーは舌打ちしてさっさと自室へと戻って行った。
よほど面白くないらしい。
その後も男子は黒衣の騎士の話題で盛り上がり、俺とアキとトーヤは裏で喜びを分かち合っていた。




