閑話 桜庭愛梨沙
私の名前は桜庭愛梨沙。25歳。
子供の頃から私は親に色んな習い事を通わされた。
ピアノにバイオリン。水泳。書道に英語。
当然学業を疎かにする訳にもいかず、常に成績は上位しか許されない。
私は、そのどれもが人並み以上に出来た。
子供の頃は誰しもが持て囃してくれた。
でも、成長するにつれ、妬みや僻みで嫌がらせが増えた。
私にはどうでもよかった。
親は常に「これもすべて愛梨沙のためだ」と言い聞かされた。
私にはどうでもよかった。
この頃、オカメインコという鳥を飼った。
名前はピー助。
今考えると、安直よね。
時折、ピー助が羨ましくもありながらも、その境遇を自分と重ねていた。
高校に上がってからも、私は親や周囲の期待に応え続ける優等生だった。
中には私に言い寄ってくる男の子も少なくなかった。
私にはどうでもよかった。
私の成績表には5ばかりが並んでいた。
むしろ、5以外は許されなかった。
でも、本当なら私も自由に生きたい。
私は、ゲームが好きだった。
テレビゲームとは少し違って、私が好きなのはチェスや将棋やオセロといったボードゲーム。
でも、親はそれを許さなかった。
私からゲームを取り上げた。
私は、親の理想とする人間を作る素材でしかなかった。
私は所詮、ピー助と同じ。
籠の中の鳥。
でも、私にはピー助のように空を自由に飛べる翼はない。
テストの度に毎回出される順位表。
人のことを数字でしか評価せず、その上衆目に晒される。
残酷な仕組み。
毎回私は常に1番。
1番以外、許されない。
ただ、回を追うごとに順位を上げてきていた人もいた。
2年の夏休みが明けた時、私を取り巻く環境が少しだけ変わっていた。
私に対する妬みや僻み。それが顕著に現れた。
理由なら推測できる。
変な噂を広めているのは、京極という男の取り巻き。
京極は夏休み前に私に告白してきた男の1人。
自信家で、自分の言うことなら誰しもが従うと思っている愚か者。
おそらく、フラれた腹いせのつもりでしょう。
私にはどうでもよかった。
3年に上がってからも、クラスのみんなはあからさまに私を避けた。
そんな時、ふとクラスの隅の方で楽しそうに会話している男子たちが気になった。
ゲームがどうの、アニメがどうの。
私には縁のない世界。
………でも、時々………
時々、無性に彼らが羨ましくも思う。
彼らは自分の人生を生きている。
なら私は?
私は一体、誰の人生を歩んでいるの?
願うことなら、彼らのように自分に正直に生きたい。
私はその後大学を出て、社会人となった。
立派な会社に就職した私を、両親は誇らしげだった。
私にはどうでもよかった。
ただ、親元を離れて暮らすのは、私にとって願ってもない事だった。
私はPCを購入し、気晴らしに巷で人気のモンスターを複数のプレイヤーで倒すというゲームで遊んでみた。
そこでの私の名前はピース。
昔飼ってたオカメインコのピー助から。
初めて体験するゲームの世界は、何も知らなかった私にとって驚きに満ちた体験だった。
現実のように自由に手足を動かせず、私は歯がゆい思いもした。
フレンドになってくれた人たちも、私を足手まといだと離れていった。
悔しかった。
テストで2番を取った時よりも。
ピアノコンクールで優勝を逃した時よりも。
私はそれでも諦めたく無かった。
ここは私の知らない世界で、私が私らしく生きられる場所かもしれない。
けど、ゲームって難しい。
皆が私を置いて先に行く。
そんな時、1人のプレイヤーが私に手を差し伸べてくれた。
その人の名はカタパルト。
その人は、私が今まで出会ってきたどのプレイヤーより比べ物にならないほど上手い人だった。
ゲーム内でモンスターの攻撃を華麗に躱し、時には剣で弾く。
モンスターの行動の一瞬のスキを狙って凄まじい連撃を与える。
その一挙手一投足に、私は憧れた。
カタパルトさんは、足手まといの私にとても良くしてくれた。
それに、色々と教えてもくれた。
こんな私に。
カタパルトさんは、決して私を見放さなかった。
私は気になって聞いてみた。
「足手まといの自分なんかにどうしてそこまで教えてくれるのですか?」
『足手まといとか、そんなこと無いですよ!誰だって初めのうちは出来なくって当然ですから!』
カタパルトさんはそう励ましてくれた。
さらには『ゲームは楽しんだもん勝ちです!楽しみましょう!』と。
確かにそう。
カタパルトさんのおかげで、私もだんだん操作に慣れ、強敵のボスモンスターをも倒せるようになった。
初めて倒せた時は、本当に嬉しかった。
こんな喜びは、人生で体験したことなんて無かったから。
私はカタパルトさんと個別にフレンドとなり、2人で色んなゲームをした。
面白かったのは、あれだけ凄い動きが出来るカタパルトさんでも、チェスなどのボードゲームは苦手だったということだ。
どこで習ったのか、毎回色んな戦術を試してくるカタパルトさんは、本当に視野が広いと感心した。
フレンドになってから、カタパルトさんとは個別にDMでいろんな話をした。
私にとって、カタパルトさんと一緒のこの時間が何より楽しみで仕方なかった。
カタパルトさんは昔、ゲームのメンバーで反則行為を行った者のせいで失格になったと聞いた。
この時、私は自分の事のように頭に血が上ったのを覚えている。
どうしてこんなにも腹が立ったのだろうか。
そんなやり取りをしていたが、カタパルトさんから相談が来た。
内容は、同窓会に行くべきかどうか、と。
彼からそんな話をされて、私の元にも同窓会の誘いがあったのを思い出した。
当初は行くつもりなんて毛頭無かった。
でも、カタパルトさんに諭しながらも、じゃあ自分はどうなのか。
「行かずに後悔するよりも、行って後悔。」
クラスメイトは今でも私のことを疎ましく思っているかもしれない。
でも、それは行ってみなければ分からない。
私の言葉は、私自身に跳ね返る。
ただ、それ以上に、カタパルトさんが憧れるほどの人の事が気になって仕方がなかった。
「ところで、その気になる人というのは、女性ですか?」
『そうですね。まあ、俺と彼女とでは住む世界が違いすぎて相手にもされてないと思いますけど笑』
この時の気持ちは……どう表現すればいいのか……
胸が締め付けられるような、張り裂けるような。
あのカタパルトさんがそこまで憧れるほどの人のことを、私は羨ましいとさえ感じていた。
私は平静を装いながら返信し、その後はいつものようにチェスをした。
……ただ、その日のチェスは、なんとか勝てたものの、正直言って内容は酷いものだった。
数日後、私は同窓会に出席していた。
そこで、隣に座った男の子。
名前は形代君。
いつも兵頭君と加賀美君とで好きなゲームやアニメの話をしていた子。
変な噂のせいか、彼は恐る恐る私の隣に座った。
でも、しばらくもすれば彼から色んな面白い料理を2人で食べた。
形代君はラーメンサラダという変わったサラダが好きだということ。
クラスメイトとこんな風に話した事なんて……かなり久しぶり。
特に男の子は、いつも下心を丸出しにしてた。
話していく内に彼が噂のせいで怯えてた訳じゃ無いってことが分かった。
彼は単に、女性と話すのが苦手なのね。
途中色々あったけど、同窓会に来て良かったと思う。
そう思い始めた時、突如として火災報知器のベルが鳴った。
階下から凄まじい火の手が上がり、あっという間に煙が充満し始めた。
皆はパニックになり、頼みの綱の非常階段さえも爆発の影響により使用不可となってしまった。
やがて火が5階にも回り始め、煙で視界も効かず、一酸化炭素中毒により意識が遠のく。
その時、激しい爆発音がしたかと思うと、誰かが私の手を引っ張った。
「……あ……あそこから……隣のビルに……!」
その人はさっきまで私の向かいに座っていた御堂だった。
御堂は私の手を引き、壁に空いた穴から隣のビルの非常階段へ飛び移るように命令した。
おかしい。
どうしてこんな大穴が……
それに、どうして爆発が………
そんな疑問を抱いている時間もない。
他のクラスメイトも助けないと…!!
私は彼の手を振りほどき、他のクラスメイトに駆け寄った。
みんな意識が無くなってきている中、形代君はなんとか立ち上がろうとしていた。
私はすぐさま彼の腕を引っ張って、壁に空いた大穴へと連れ出す。
その時、爆発の影響か。
天井の壁が崩れたとき、形代君が私を押し倒し、瓦礫から私を守ってくれた。
彼は重い瓦礫にも関わらず、何とか腕の力で耐えていた。
「形代君!!」
「………ごめ……ん………さく……らば………さん……………もう………持ちそうに………無い…………」
彼の力が抜け始め、瓦礫が形代君ごと私を押し潰そうかというその時、私は何者かに引っ張り出された。
その人は御堂だった。
「……御堂君!!…早く、早く形代君も…!!」
私は必死に形代君にのしかかっている瓦礫を押しのけようとしていた。
「…………さない………」
「御堂君……!!手伝って……!!」
「……ゆるさない…………」
「…………え…………」
突然御堂は私に体当たりをしたかと思うと、続いて下腹部に激痛を感じた。
手を当てるとぬるりと生暖かい感触があり、手には血がついていた。
御堂の手には私を刺したナイフが握られており、刀身は血に染っている。
「……!!……あなた……何を………!!」
「………ち……ちがう………こんなのは………!!」
御堂は頭を抱えて錯乱していた。
一体なぜ?
………なぜ私を………刺したの………?
「………ははは………もう、いいや…………」
御堂は私を押し倒し、馬乗りになった。
「……止めて……!!」
「安心して桜庭さん……キミを、永遠に美しくしてあげる……」
そう御堂が呟いたかと思うと、血塗れのナイフを振りかぶり、私の胸元に深く突き刺し、やがて私の意識は闇の中へと葬られていった。




