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大阪のおばちゃん勇者

作者: 橋元 宏平
掲載日:2025/10/30

「出でよ! 異世界の勇者っ!」


 召喚士の言葉と共に、魔法陣の上にひとりの勇者が現れました。


 召喚された勇者は、ふくよかな中年女性でした。

 おばちゃんパーマに、白い割烹着(かっぽうぎ)

 どこで買ったのか分からない虎柄(とらがら)トレーナー。

 クソダサ(いも)ジャージ。

 背中に大きなリュックサックを背負(せお)い、両肩には長ねぎや大根が飛び出している買い物袋。

 足には、サンダル(つっかけ)()いていました。


「ようこそおいで下さいました、異世界の勇者様」


 召喚士がうやうやしく礼をすると、勇者はツカツカツカーッと詰め寄ります。


「ちょっと、アンタ! ここ、どこなんっ? 急に呼び出されても困るわ! おばちゃんな、こう見えても忙しいねんっ! 6時のタイムセールで、買い出ししたばっかりでな! これから、ご飯作らなアカンのよっ! うちには食べ盛りの高校生と中学生の息子が3人もおって、よう食べんねんっ! せやから、()よぅ帰してぇなっ!」


 勇者のマシンガントークに圧倒(あっとう)されて、召喚士はタジタジです。


「いえ、あの、その、それはもう、お忙しいところをお呼び()てしまい、誠に申し訳ございません、勇者様! ですがこちらも、本当に、大至急、大変困っておりましてでしてね! どうか、勇者様にお力添(ちからぞ)えをお願いしたく……っ!」

「なんや、おっちゃん、困っとるんか? せやったら、()ぅてみぃや。おばちゃん、見た目通りとっても優しいさかい、話くらい聞いたるわ」


 心優しい勇者は、「どっこいせっと」と言いながら魔法陣の上に座りました。

 召喚士はやっと落ち着いて、話し始めます。


「は、はい、ありがとうございます、勇者様。実はこの世界には()ねてより、おぞましくも禍々(まがまが)しい邪悪な王が――」

「あんな、おっちゃん。おばちゃんなぁ、小難(こむずか)しい話、苦手やねん。聞いても、ようわからん。それに、さっきも忙しい()ぅたやろ。手短(てみじか)に頼むわ」


 勇者は、短気でした。

 話の腰を折られた召喚士はムッとして、「やりにくいなぁ」と思いました。

 召喚士は、気を取り直して簡単に言い直します。


「早い話が、勇者様に魔王を倒して欲しいのです」

「嫌やっ!」


 勇者は、即答(そくとう)しました。

 まさか、断られるとは思っていなかった召喚士は、とても驚きました。


「何故ですかっ?」

「アンタこそ、おばちゃんの話、聞いとらんかったんかっ? おばちゃん、忙しい()ぅたやんっ! これから、うちの子らにご飯作らなアカンてっ!」

「そ、それはご安心下さい、勇者様。魔王を倒した(あかつき)には、ちゃんと元の時間、元の場所へお帰しするとお約束します! 元の世界へ帰ったら、一秒も()っていない状態に戻りますからっ!」


 召喚士の話を聞いて、勇者はキョトンとします。


「そうなん? そういうことは、()よぅ()ぅてや」

「申し訳ございません。勇者様のおっしゃる通り、先に説明するべきでした」


 召喚士は、「それもそうか」と反省して(あやま)りました。

 短気な勇者は、話を進めます。


「せやったら、魔王とやらをちゃちゃっと倒して、帰らしてもらうわ」

「そ、そうですね。では、勇者様の旅にご同行(どうこう)する者たちをお呼びします」


 召喚士が奥の扉を開くと、3人の男が入って来ました。

 勇者の前に立つと、それぞれ自己紹介をします。


「騎士のナイトでございます」

「魔術師のマジクです」

「聖職者のクレリックと申します。以後お見知りおきを、勇者様」


 勇者は3人を見て、ポッと頬を赤らめて笑顔を浮かべます。


「あらぁ~、えらいシュッとしたイケメンの若兄(わかにい)ちゃんたちやないのぉ~。おばちゃんが、あと10歳若かったら、ほっとかなかったのにねぇ。あ、(あめ)ちゃん食べる?」


 勇者はニコニコ笑いながら、割烹着(かっぽうぎ)のポケットに手を突っ込んで、3人に(あめ)ちゃんを手渡しました。

 3人はドン引きしながらも飴ちゃんを受け取って、お礼を言いました。


「「「あ、ありがとうございます、勇者様……」」」

「右から、内藤(ないとう)くんと間島(まじま)くんと小暮(こぐれ)くんやね? 覚えたわ、よろしゅうな」

「「「は、はい。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」」」


 3人は顔を引きつらせながらも、頭を下げました。

 3人は、「訂正してもたぶん直らない」とか、「反論すると色々面倒臭そう」とか、早々(そうそう)(さと)りました。

 聖職者は、勇者に向かって一本の剣を差し出します。


「勇者様、こちらが代々(だいだい)伝わる由緒(ゆいしょ)正しい聖剣でございます。これがあれば、魔王に打ち勝てましょう」

「あらやだ、ずいぶん古ぼけた剣やねぇ。骨董品(こっとうひん)やないの。こ~んな(なまくら)で、ちゃんと切れるんかいな。おばちゃんが()ぎ直したろか。でも、宝石がハマってて綺麗やわぁ。これ、もろてええのん?」


 勇者は受け取った聖剣を、さっそく品定(しなさだ)めしました。

 聖職者は、苦笑いします。


「魔王を倒すまでは、勇者様がお持ち下さい。ですが、魔王を倒したらお返し頂きますようにお願いします」

「なんや、貸してくれるだけかい。まぁええわ。こんなん、向こうであってもよう使わんし。使い終わったら返すわ」

「そうして頂けると、助かります」


 そんなこんなで、勇者と騎士と魔術師と聖職者の4人は、魔王退治に出掛けていきました。

 召喚士は貧弱(ひんじゃく)な上に引きこもりなので、お留守番(おるすばん)です。


 ☆


 勇者の強さは、圧倒的(あっとうてき)でした。

 魔王の手下たちは、手も足も出ません。

 剣も魔法も使わず、平手打ち(ビンタ)だけで敵を倒してしまいます。

 勇者があまりにも強いので、騎士と魔術師と聖職者はすることがありません。


「うわ~……、勇者様が強すぎて、ぼくたち全然出番ないんだけど」

「これ、オレたち、いる意味ある?」

「いやはや、私たちがやれることといったら、勇者様が倒した敵の後始末(あとしまつ)くらいですかねぇ」


 3人は勇者を見ながら、やれやれと肩を(すく)めました。

 日が暮れてくると、3人は野営(やえい)の準備を始めました。


「勇者様、こんなところで申し訳ございませんが、ここらで野営しましょう」

「せやったら、おばちゃんがご飯作ったるわ。おばちゃんのご飯、美味(うま)いで~!」

「「「は?」」」


 勇者の言葉を聞いて、3人は呆気(あっけ)に取られました。

 この世界で野営の食事と言えば、携帯食料(けいたいしょくりょう)の乾パンと干し肉と葡萄酒(ぶどうしゅ)手軽(てがる)に済ませるのが普通です。

 驚く3人をよそに、勇者は背負っていたリュックサックと買い物袋を下ろします。


「やれやれ、どっこいしょっと。買い物帰りやったから、ちょうどええわ。腐らしたらもったいないから、使(つこ)うてしまお」

「あ、あの、勇者様。もしよろしければ、マジックバックがありますよ」


 魔術師が麻で出来た布袋を差し出すと、勇者は首を(かし)げます。


「なんや、そのズタ袋?」

「これはマジックバックと言いまして、この中に入れた物は時間が停止して腐ることはありません」

「ややわぁ、そんな便利なものがあるんやったら、早よぅ出しぃや」

「すみません、なんか言いそびれてしまって」

「まぁ、ええわ。さっそく、入れ替えさせてもらお」


 勇者がリュックサックを開けると、食材が出るわ出るわ。

 たまねぎやにんじんなどの野菜。

 保冷バックに、保冷剤と一緒に入った肉や魚。

 醤油や味噌などの調味料。

 海苔(のり)やわかめなどの乾物(かんぶつ)

 パスタやうどんなどの乾麺(かんめん)

 5kgの米袋。

 お鍋のセットまでありました。


「今まで使(つこ)ぉてたお鍋が、ボロボロんなってな。ちょうど、在庫一掃(ざいこいっそう)セール品で安かったから()うたんよ」


 勇者は地面に落ちている枯れ枝や枯れ葉を()き集めて、ポケットから100円ライターを出して火を()けました。


「こら、ぼさっと突っ立ってないで、アンタらも手伝いな。働かざる者、食うべからずだよ。内藤くんは、(まき)集め。間島くんは、魔法で水出して。小暮くんは、食器があるなら出してな」

「「「は、はいっ!」」」


 3人は言われるまま、食事の準備を手伝いました。


「おばちゃんちは、月1回で家族キャンプしとぅから()れとんのよ」


 聖剣を包丁代わりにして、野菜や豚肉を小さく切って鍋で煮ます。

 別の鍋では、お米が炊かれて美味しそうな匂いを(ただよ)わせています。

 炊き上がったご飯はおにぎりにして、海苔(のり)を巻きました。

 肉と野菜が柔らかく煮えたら、味噌とネギを入れて完成です。


 30分で、おにぎりと具だくさんの豚汁が出来上がりました。

 美味しそうな(にお)いに、3人のお腹がぐぅ~と鳴りました。


「やっぱりキャンプといったら、カレーか豚汁やな。ほら、みんな、ちゃんと手を洗って、両手を合わせて『いただきます』って()ぅてから食べるんやで?」


「「「いただきますっ」」」  


 勇者に(なら)って、みんなで両手を合わせて「いただきます」

 おにぎりと豚汁を食べると、3人はその美味しさに感動しました。


「美味しい! こんな美味しいもの、食べたことがないっ!」

「なんだこれ? 初めて食べる味なのに、どこか懐かしいおふくろの味がする」

「お母ちゃん……」

「口に合ったみたいで良かったわ。みんな、どんどん食べ食べ」

「「「はいっ!」」」  


 3人は、勇者に胃袋を(つか)まれてしまいました。

 これ以降、3人は「勇者様」ではなく、「お母ちゃん」と呼ぶようになりました。 


 ☆


 ハッキリ言って、旅は順調でした。

 毎食美味しいご飯をたくさん食べているので、みんな元気いっぱいです。


 3人はいつも、「次のご飯は何かな?」と考えています。

 強くて料理上手な勇者を、3人は心から尊敬していました。


 勇者もまた、「お母ちゃんお母ちゃん」と(なつ)いてくる3人を、自分の息子のように可愛がりました。

 勇者がめちゃくちゃ強いので、(なん)なく魔王の元へ辿(たど)()きました。  


「アンタが、魔王かいっ?」

「そうだ。勇者とその一行(いっこう)よ、良くここまで辿り着いた。まずは、褒め――ぐぼぉっ!」


 勇者は間髪(かんぱつ)入れずに、強烈(きょうれつ)往復(おうふく)ビンタを食らわしました。

 あっという間に、魔王の顔はパンパンに()れあがってしまいました。   


「ま、待て、勇者……。いや、そもそも、お前は勇者なのか? まずは、我の話を――」

「いい年こいて、悪さばっかして恥ずかしくないのかいっ? おばちゃんがその腐った根性、叩き直したるっ!」


 勇者は、話を聞いてくれません。

 反撃の余地(よち)一切(いっさい)与えず、魔王は一方的に叩きのめされました。

 最終的には正座させられて、散々お説教(せっきょう)を食らいました。


「魔王、もう悪いことしちゃアカンよっ!」

「うわ~ん、ごめんよ、母ちゃ~ん! もう許して~……っ!」


 心を折られた魔王は、もう二度と悪さをしないと約束しました。

 魔王の手下たちも、フルボッコにされる魔王を見て降伏(こうふく)しました。


 ☆


 勇者は魔王を国へ連れて帰り、人間の王様と和平協定(わへいきょうてい)を結ばせました。

 こうして、世界に平和が訪れました。


 魔王を倒して役目を終えた勇者は、元の世界へ帰ることになりました。

 ところが、勇者に(なつ)いた騎士と魔術師と聖職者が泣いて引き止めます。


「お母ちゃ~ん、お願いだから帰らんで~っ!」

「オレもう、お母ちゃんのご飯以外食べられ~んっ!」

「お母ちゃ~ん、一生ここにいて~っ!」


 勇者は泣き付く3人の頭を()でながら、優しく言い聞かせます。


「もうアンタら、いつまでもお母ちゃんお母ちゃん()うて、ピーピー泣いとったらアカン。男の子やろ? 今が、巣立ちの時や。立派になって、お母ちゃんみたいな良い女捕まえて、家族こさえて幸せになりや。お母ちゃんとの約束やで?」


「「「お母ちゃ~んっ!」」」

「ほなね、みんな元気でな」


 勇者は笑顔で手を振りながら、自分の世界へ帰っていきました。

 めでたしめでたし。 

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