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砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第二章 春
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第2話 敵と家族と

出て行こうとした男二人の足音は、ピタリと止まった。

静かに剣を抜く音がした。

そこから何も音がしなくなったが、時折 ジリッと小さな小石を踏み潰す音が近付いてくる。

草馬そうま兵の二人が、足を忍ばせてこちらへ近付いて来ているのは明らかだった。

あぁ、もうすぐこの仏像の両脇からにゅっと顔が出て、次の瞬間には…!


アイラは、自分が震えていることに気が付いた。

エイジャとリワンは、剣に手をかけ、一瞬 目を見合わせた。

男子二人とも その手が震えているのを、アイラは見た。

アイラ (あぁ、怖いのは私だけじゃないんだわ。私ったら、二人の主人あるじだっていうのに…! しっかりしなきゃ!)


アイラは足元の土に指で文字を書くと、リワンとエイジャの身体にそっと触れ、書いた文字を指差した。

そこには、"おとり"とヘタクソな文字で書かれてあった。

リワン・エイジャ「…?!」

二人が意味を察しかねている間に、アイラは震える脚で やにわに立ち上がり、仏像の陰を出た。

草馬兵二人はアイラを視認すると、今にも飛びかかろうと構えていた剣を下ろした。

草馬兵1『何だ、女か…』


仏像の後ろで息を潜めていたリワンとエイジャは、ぶったまげた。

彼らは一瞬 白目になりかけたが、秒読みの状況に 神経を集中せざるを得なかった。

アイラは小さく両手を上げながら、仏像の後ろからソロソロと前へ出た。

草馬兵2『こんな所にネズミちゃんが隠れていたとはな。腹の鳴る時間か?』

男は可笑しそうに言った。

草馬兵1『…もしかして、碧沿へきえんの第一王女じゃねーか?』

草馬兵2『そうなのか?』

男二人はアイラを見た。

アイラ「?」

アイラは勉強嫌いで外国語をほとんど習得していなかったため、二人が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

草馬兵2『王女なら、ぜってー外国語教育受けてんだろ。成金なりきんの娘ってとこじゃねーの? いやぁ、しかし丁度こっちも腹が減ってたとこだ。気が合うなぁ?』


草馬兵達はニヤニヤしながらアイラに近付いた。

アイラ「な…何よ! ち…近寄らないで!」

アイラは、草馬兵二人が仏像に背を向けるように入り口の方へ向かって後退あとずさりしたが、間も無く押し倒されてしまった。

アイラ「〈悲鳴〉」

草馬兵の一人は、飢えた犬のようにアイラの上に乗っかり、アイラの上半身の服を乱暴に破いた。

アイラの発育中の胸が露わになった。

アイラ「!! 何すん…〈悲鳴〉」

抵抗しようとしたアイラを、草馬兵は手の甲で殴りつけた。

アイラは気を失った。


草馬兵1『ちょっと待て、やっぱり着ている物が良い。王女かもしれないぞ。それなら近くに護衛が居るはずだ』

そう言ってアイラが出てきた仏像の方を振り向こうとした瞬間、彼は後ろから心臓を貫かれた。

草馬兵1『ぐ…ぁ…』

エイジャ『ご名答だな!』


草馬兵2『?!』

アイラに乗っかっていた男も振り向こうとした所で、背中を刺された。

刺したのはリワンだったが、彼の下に居るアイラまで剣先が届いてしまうのを心配して思い切り刺さなかった為、男はフラフラと立ち上がった。

草馬兵2『何だ…、やっぱり王女だったのか…。王女のくせに…外国語も話せない…とは…よっぽど頭が悪いん…だろ…な…』

リワン『……。』

リワンは冷たい目で男を見ると、いきなり動きの鈍くなった相手に斬りかかった。

ガン! ガキィン!!

隙ができた所を、今度こそ貫いた。リワンの顔に、返り血が飛んだ。

男はうめき声を小さく上げると、どさりと倒れた。


エイジャ「おえっ! うっ、おえぇっ!!」

緊張が解けると、後ろでエイジャが初めての殺人に吐いていた。

二人とも、こんな事を平気でできるような人間でない事だけは確かだった。


リワンは倒れているアイラに寄ると、自分のベストを脱いで着せてやった。

リワン「姫…、姫…?」

リワンはアイラの肩を揺さぶった。

アイラは目を開けた。

リワン「姫、ここを出ますよ。〈血しぶきの飛んだのを見て〉この状況ではここに居られません。歩けますか?」

アイラはうなずくと、ゆっくりと起き上がった。

アイラ「ぅ…」

脳しんとうを起こしたばかりのアイラの視界は、ぐらりと揺れた。殴られた頰が傷んだ。リワンが心配そうにアイラの肩を支えた。


身を起こすと、アイラは自分がリワンのベストを着ている事に気付いた。

彼女はぼんやりする頭で、ついさっきの事を思い出した。

アイラは嫌悪感に、一気に胸が悪くなった。怒りと恐怖というよりも、どういう訳か、羞恥心と自己嫌悪感だった。胸が小刻みに震え、目には興奮の為に涙がにじんだ。

エイジャ「未遂だよ未遂! 食われてねーって」

エイジャは口元をぬぐいながら言った。

アイラはエイジャを見て言葉の意味を理解したが、震えは止まらなかった。

彼女は圧倒的な腕力に驚き、受けた暴力にショックを受けていた。

自分がそれに対して何と思うのか、彼女はまだショックの中にあって認識できず、興奮して震えるばかりだった。


リワンは、アイラの様子を見ていられずに抱擁した。

アイラ「…!」

リワン「もう数秒早く…、出て行けば良かったです。あなたをこんな目に合わせてしまって…、申し訳…ありません…」

リワンのその口調は、深く後悔しているようだった。

リワンの言葉を聞くと、アイラの見開いた目から堰を切ったように涙が溢れた。

アイラはリワンの腕の中で、震えながら首を振った。

エイジャ「それだよ、それ! そういうのやるから、こいつが勘違いしちまうんだろが!」

リワンはエイジャの言葉を聞くと そっとアイラを離し、きまり悪そうに

リワン「すみません」

と言った。


エイジャはここへ来て、アイラを指差し、仁王立ちになってクレームをつけ始めた。

彼はそれ程 人の心に鈍感な訳ではなかったが、我慢ならん、というのが先立っていた。

エイジャ「つかお前さ、俺 言いたい事 他にもあんの。"おとり"って何だよ?! 俺らが負けるとでも思った訳?!」

アイラは首を振った。

震えも涙も、まだ止まっていなかった。

エイジャ「じゃあ何で あんな勝手な事したんだよ?! お前さ、あれで出てって即刻 殺されてたらどうしてた訳?!」

アイラ「……。」

エイジャ「だし…」

リワン「やめろ!」

リワンはエイジャの言葉を遮った。

リワン「さっきの男、手負いの状態でも剣が重かった。正面からやり合っていたら、俺達が負けていたかもしれない。特に、お前は体重も軽い。簡単に吹っ飛ばされていたはずだ。姫が好機を作ってくれたのは確かだ。三人とも全滅していたかもしれないんだぞ」

エイジャ「はぁ?! んだそれ! そもそもコイツが腹鳴らすから…!」

"何よそれ! あんたが無理矢理食べさせたんでしょ?! だから言ったじゃない! 今 食べたくないって!"

と、いつもなら言い返してくるはずのアイラが、座り込んだまま震えて泣いているのを見て、エイジャは言い淀んだ。

エイジャ「んだよ…、あんくれーでメソメソしやがって…。生きてっからいーだろが…」

エイジャは口を尖らせて、まだボソボソと悪態をついた。

リワン「あの位?」

リワンがエイジャを見ると、エイジャは目を逸らして黙った。



外から、男達の歓声が聞こえた。

どうやら、都は陥落したらしかった。

エイジャ「落ちたな…」

リワン「あぁ…」

城には草馬そうまの旗が立ち、残忍にもごうの特使の首がかかげられた。

特使が身を隠していて討ち取られたのは、彼の愛する金庫だった。

碧沿へきえんの王族は軟禁されることになった。



リワンは、転がった二体の死体を見た。

彼は、殺人にそこまで打撃を受けていない自分に、我ながら驚いた。

リワン (そうか、いつも遺体を解剖しているからかな…。いや、そういう事じゃないだろ!)

リワンは一人、かぶりを振った。

リワン (血が…、温かかったな…)


リワンは、各々 家族もあるだろうに、こんな遠くまで来て殺された二人へ手を合わせようと思ったが、アイラへの暴行を思い出すとできなかった。代わりに、後ろにいる仏像の方をチラと見て、手を合わせた。

エイジャは眉間にシワを寄せてリワンを見た。

エイジャ「へっ! 何 拝んでんだよ、自分で殺しておいて。それにコイツら、〈アイラの方へ頭を振り〉あいつを襲っただろが! 悪党だよ、悪党! 死んで当然だね!

俺、今日からほとけは一切信じねーことにしたから! 仏像の裏に居て〈アイラを見て〉腹が鳴るとか、どんだけご利益りやくねーんだよ!」

エイジャの心は、殺人の為に無自覚に荒れていた。


リワン「別に…、仏はお前の願い事を叶える為に居る訳じゃないんじゃないのか?」

エイジャ「はぁ?! じゃあ何で居んだよ! 願い叶えんのが、神とか仏の仕事だろが! じゃなきゃ 祈る意味ねーし!」

リワン「……。」

リワンは、エイジャの育ってきた壮絶な子供時代を思った。

誰も救いの手を差し伸べてくれなかったすさんだその生活は、確かに 神も仏も無かったに違いなかった。

リワン (救い…か…)

リワンは、さっきまで隠れさせて貰っていた仏像を、困惑した目で見た。


・・・・・


アイラ達三人は日が暮れると、闇に紛れて 湖畔のリワンの家へ向かって移動した。

この夜も、いつかのように月が煌々と明るかった。

寺院の、僧が寝泊まりする部屋に転がり込ませてもらう事もできたのだろうが、エイジャが疑問を唱えた。

エイジャ「つかさ、寺、全然 安全じゃなくね?!」

リワン「今 この都で安全な場所なんて無い」

エイジャ「……。」

エイジャは、うんざりしたように黙った。

リワン「どこでも良いなら、一度 うちへ帰りたい。母と妹が心配だ。姫の服も調達できる」


・・・


三人が湖畔のリヤン宅近くまで来ると、家に明かりは灯っていなかった。

目を凝らしてよく見ると、白いカーテンに血しぶきが飛んでいた。

リワン「…!」

リワンは、最悪の事態を想像した。

つまりそれは、母と妹が殺され、中に草馬人が寝ている事だった。

リワン (いや待て、まだ何も確定要素は無い。落ち着け…!)

そうは思ってみても、リワンの頭の中は既に、最悪のイメージでバイアスがかかっていた。

リワン (いくら母さまが強いと言ったって、さっき仏塔に居たあの男くらいなら、負けるかもしれない。それとも、あの男が手練てだれだったのか? 城から姫を探しに来たのなら、将に付いていた精鋭だったのだろうか…)


リワンは必死に最悪の事態の否定要素を探しながら、入口へ足音を忍ばせて近付いた。

後ろから付いて来たアイラとエイジャに、手で"待て"と示すと、剣を抜き、自宅の扉をギギギとゆっくり開けた。



リワンが扉を開いて、恐る恐る何歩か家に足を踏み入れると、いきなり眉間目がけて剣が飛び出してきた。

リワン「!!」

リワンは、顔面に感じたわずかな風圧で、直感的に顔をけた。

もう少しで、片耳が落ちる所だった。

この瞬間に、リワンの中立であろうとする判断は吹っ飛んでしまった。

リワンは"敵"に咄嗟に切り返した。

ガン! キィン! キン! キン! キィィン!

リワン (敵は一人か?! まだ仲間が居るのか?! なら引かないと…! クソ…、何て正確に急所を狙って来るんだ!)


アイラ・エイジャ「!!」

家の中でハイペースの激しい打ち合いが始まったのを、アイラとエイジャは扉の外で 身体の毛を逆立てて聞いていた。

アイラ (リワン…!)

エイジャは、暗い家の中を見据えて、静かに剣を抜いた。


暗闇の中で見えない敵は、殺し屋並みに剣筋が手慣れていた。

リワン (速い! だがその分 軽い…! 押し込める!)

リワンは、速さと正確さで勝負する相手に、出力で切り返す一撃に賭けた。これが当たらなかったら、串刺しになるか 一文字に切られるかしかなかった。

まだまだ細っこいリワンだったが、体重をかけた一撃はヒットした。敵に隙が出来た所を、リワンはすかさず蹴り飛ばした。


ガッチャーン! と食器が落ちる音がした。

トドメを刺そうと素早く剣を逆手に持とうとした所へ、後ろからリワンの腰を何者かが両腕で押さえ込み、動きを封じようとした。

リワン (!! もう一人居た!)

リワンは咄嗟に、背中に来たもう一人の敵の溝落ちに、姿勢を低くして 思い切り肘鉄を食らわせた。

敵2「っ…っ!」


その押し殺したような小さな悲鳴は、良く知っている声だった。


リワンはその瞬間、目を見開いた。

彼は青ざめて、後ろに倒れた敵だと思っていた相手を振り返ったが、暗くて見えなかった。


リワン「リ…ファ…?」


返事は無かった。

リワンはゆっくりと また前を見ると、口を開いた。


リワン「母…さま…?」


蹴り飛ばした相手は、ケホケホと咳き込みながら、聞き慣れた声を出した。

ミーナ「あーぁ、ったく…、良い実験結果が取れたもんだ。リヤンが、男子のあんたが いつ女のあたしの体力を追い越すか知りたがってたけど、十六歳、ってとこか? ウチの場合」


入口から足を忍ばせて入って来ていたエイジャは、驚いて言った。

エイジャ「あれ? 何だ、ミーナさん? 草馬兵じゃなかったのか! ハハ、ウケる! どんだけ真剣勝負な親子喧嘩だよ! おーい、アイラ! 草馬人じゃなかったぞー!」

エイジャは剣を収めながら、外に居るアイラを呼んだ。



リワンは暗がりの中、手探りで明かりを点けた。

アイラがソロソロと、扉の外から家の中をのぞいた。

明かりが点くと、家の中は滅茶苦茶で、至る所に血が飛び散り、部屋の隅の方に草馬兵が六、七人転がっていた。

アイラ「〈悲鳴〉」

アイラは、目を開けたまま死んでいる男達を見て、背筋が凍った。

ミーナ「あー、重くってさぁ。とりあえず端に寄せたんだけど…。〈エイジャを見て〉あんた達、後で外に運んどいて」

エイジャ「っす」

ミーナ先生に剣を習っていた手前、エイジャは彼女に従順だった。


アイラはミーナをじっと見つめた。

アイラ (ミーナおばさま…凄い…!)

台所に寄りかかっているミーナは、何ヶ所からか流血していた。特に右上腕からの出血が酷く、包帯が巻かれていた。

リファは、長椅子の前に倒れていた。

エイジャ「わー、ひどーい。お兄ちゃんひどぉぉーーい」

エイジャは眉尻を下げ、わざとらしく言った。

アイラはエイジャを通り越し、倒れているリファに駆け寄った。

アイラ「リファ! おばさま!」

リワンはしゃがみこんで、妹の首の脈に触れながら 泣きそうな顔になって肩を揺らした。

リワン「リファ…、リファ…!」

リファは起きなかった。

リワンは片手で頭を抱え大きくため息を付くと、台所にもたれる母を 許しを乞うように見た。


リワン「か…母さま…! すみません…! 何てことを…! 大丈夫…ですか…?」

ミーナ「あー、あたしは大丈夫、慣れてるし。あんたで何人目だったかな…、押しって来たの…。何回もだったから、またか って感じで、確認する頭が抜けててね。だし、あんたらが来るっていう頭がそもそも無かったから、敵だと思い込んじゃった。あー 危うく、愛する息子をブッ刺す所だったよ。いや逆か、ブッ刺される所だった、か」

母はケラケラと笑った。

リワンは、ズーンとうつむいてため息を付いた。

ミーナは部屋の惨状を面倒臭そうに眺めながら、台所の水瓶から水をすくい、ガブガブと飲んだ。

ミーナ「がーっ! 水瓶割れないで良かったー!〈娘を見て〉リファ、思い切り入っちゃったんじゃない?」

リワン「はい…」

リワンは沈んだまま、妹を寝台へ運んで行った。


ミーナは、アイラの頰が青く腫れているのと、息子のベストを着ているのを見ると、鋭くエイジャを見た。

エイジャ「未遂」

ミーナ「そ…。あんたさ、言っとくけど、そこんとこはずすとクビになるからね?」

エイジャ「ちげーって! こいつが勝手に敵の前に出て行ったんだって!」

ミーナ「いずれにせよ、だよ」

エイジャは ぶーたれて口を尖らせた。



アイラは、夕方の仏塔での事を思い出して顔を強張らせた。

ミーナはその表情を見ると、アイラのそばまで来てしゃがみこみ、彼女の青くなった頰に手を当てると、かすかに笑った。

ミーナ「流石さすがに、この状況で無傷って訳にはいかなかったか」

アイラ「……。」

アイラは何も言わず、怯えたようにミーナを見つめた。

ミーナのその涼しい眼差しはリワンと似ていて、アイラは一瞬ドキリとした。

ミーナはアイラを抱擁すると、優しく頭を撫でながら言った。

ミーナ「見えなきゃ敵で、見えたら家族、だ」

アイラは、ミーナの腕の中でうなずいた。

今この時だけは、安全地帯に居るような気がした。


・・・・


その夜 リワンとエイジャは、屈強な成人男性の遺体を外に運び出すために何往復もした。

ミーナが怪我をしていたので、アイラはリファのピンク色の服を借り、家の中を一生懸命 片付けた。


一通り片付くと、アイラはエイジャをじっと見た。

エイジャ「…何だよ?」

エイジャは怪訝そうに彼女を見た。

アイラ「ねぇエイジャ、腕相撲しよ?」

エイジャ「……は?」

エイジャは、心から面倒臭そうな顔をした。

アイラ「知りたいの。あんたとは同い年だし…」

エイジャ (何をだよ!)

エイジャは思ったが、今日はもう本当に疲れていて、喋るのも面倒だったので、どこか あさっての方を見ながら食卓に座ると、無言で手を差し出した。


アイラも食卓に座ると、エイジャの手を握った。

手の大きさも身体の太さも、二人の体格はそれ程違わなかった。

リワンは台所でスープを混ぜていたが、手を止めると 腕を組んで台所に寄りかかり、小さくため息をついて 半目になって二人の様子を見守った。

ミーナは長椅子に寝転び、全くどうでもいいというような間の抜けた号令を出した。

ミーナ「はーい、はじめー」


アイラは思い切りエイジャの腕を倒そうとした。

が、びくともしなかった。

エイジャは、眠そうにアイラを見ていた。

エイジャ「分かった? 知りたいこと」

アイラ「え…?」

エイジャはアイラをダルそうに見流すと、一気にダン! とアイラの腕を倒した。

アイラ「!」

アイラは愕然とした。

リワンは決着がついたのを見届けると、また鍋の方を向いてスープを混ぜ始めた。



アイラ「ウソ…」

エイジャ「いやいやいや、勝つと思ったワケ? 俺、一応 男だし、毎日訓練してますけどー」

アイラ「だって…、前は喧嘩だって負けなかったわ…」

エイジャ「いつの話だよ!」

アイラ「何が…違うのかしら?」

エイジャ「んあぁ?! お前は女で、俺は男だろが!」

エイジャは、もう面倒臭すぎる といった顔で言った。

アイラ「でも…、身長も、体重だってきっと同じ位なのに…」

リワン「筋肉の量が違うんですよ」

解剖してみると、と言いそうになって、リワンは危うく口をつぐんだ。

リワンは、スープをヤシの実を半分に切った器に入れながら主人あるじの表情をチラと見た。さっきより、いつものアイラが戻ってきているように見えた。


アイラ「…そんなに違うようには見えないわ」

アイラは、エイジャの身体をしげしげと見た。

リワン「体格は同じでも、中身が違うんです。女性は脂肪が多いんですよ、大人の身体になると」

アイラ「そうなの…。だったら…」

リワン「?」

リワンはスープをつぎながら、アイラをまた軽く振り返った。

アイラ「だったら絶望的じゃない」

リワン「はい?」

アイラ「今日みたいな時…、か、勝ちようがないじゃないの…!」

アイラは愕然として言った。

リワンはスープをつぎながら、目を伏せた。

リワン「……。ですから…、力が強い者をうまく使って下さい」

アイラは黙り込んだ。

アイラ (そんな…! そんなの不便な生き方しかできないっていうの?!)

アイラは沸々(ふつふつ)としてつぶやいた。

アイラ「私…」

エイジャは、さっきからまどろっこしいアイラにジリジリして言った。

エイジャ「何だよ?」

アイラ「私も力が欲しい…」


ミーナ・リワン・エイジャ「……。」

三人はアイラの顔を見たが、サラッと聞き流した。


するとアイラは、食卓の椅子からそろそろと立ち上がった。

アイラ「ミーナおばさま、私にも教えて下さい!」

ミーナ「は?」

アイラ「剣、私にも教えて下さい! 私もミーナおばさまみたいになりたい!」


ミーナ・リワン・エイジャ「……。」

三人は、政変に翻弄された今日一日の疲労困憊の為に、何だかもう 言葉が出て来なかった。

ミーナ「いや…、あたしはホラ、代々 屈強な血筋を掛け合わせてるから身体も大きいし、あんたとは そもそも持って生まれたものが違う訳で…」

アイラ「でも、せめて自分の身を守れる位にはなりたいの…!」

ミーナ「待った! 今じゃない! もう少し落ち着いたらまた話して? 今 ホラ、国がひっくり返ってる真っ只中ただなかだから。あぁそうだ! アイラ、今夜は私と同じベッドで良い?」

アイラ「え…、私は長椅子で十分…」

ミーナ「いや、できれば今夜はすぐそばに居て貰いたいんだ。こっちもそれ程 余裕無いし…」

アイラ「はい…、ありがとうございます」

アイラはまだ納得していなかったが話をはぐらかされ、すごすごと椅子に座った。

ミーナ達三人は密かにため息をつき、それぞれ遠い目になった。


・・・・・


夜中、リファは悪夢にうなされていた。

草馬兵が また家の中に押しって来て、母が台所へ蹴られ、トドメを刺されそうになった。

リファは必死で、敵に後ろからしがみついた。

リファ (母さま!! 逃げて!!)

すると敵は、一瞬身を低くしたかと思うと、


ドスッ…


思い切りリファを突いた。


リファ「っ…っ!」

リファは声にならない悲鳴をあげた。


身体のどこを突かれたのか、或いは刺されてしまったのか、あまりの痛みと衝撃で分からなかった。

リファ (母さ… 逃げて… 早…く…!)


・・・


ハッ!


住み慣れた家の天井が暗闇に見えた。

腹が、えぐられるように痛かった。

意図せずに涙が出た。

リファ「ぁ…ぅ…」

リファが寝台の上で脂汗を出しながら身悶えると、その声で、横の寝台で寝ていたリワンは、ハッと目を覚まし、身を起こした。

リワン「リファ…!」

リファ「兄…さ…? 帰っ…きた…の?」

リファは顔を横に向けると、痛みにあえぎながら聞いた。


リワンは、泣きそうな顔で妹の寝台の横に来て、首の脈に触れた。

リワン「リファ…! 大丈夫か…?!」

リファはわずかにうなずいた。

リワンは項垂うなだれて、絞り出すように言った。

リワン「すまない…! すまないリファ…! 俺はお前を…!」


殺す所だった。


あの時、既に剣を逆手に持っていたら、そのまま後ろに居た妹を、突き刺していた。


リファ「…? 母さ…は…?」

リワン「右腕を切っているが、命に別状はない。寝ているよ」

リファは、安堵したように目を閉じた。


リワン「リファ…、お前に謝らないといけ…」

リファは、心もとない手を兄に伸ばしてきた。

リワン「…?」

リワンは、伸びてきた妹の手を取った。それはびっくりする程、冷たかった。

リファは兄の頰に細い指を触れ、また とつとつと言った。

リファ「兄…さ…」

リワン「ん?」

リファ「好き…」

リワンは、夕方 仏塔でアイラに言われた時と同じく、目を見開いたまま固まった。

リファ「戦わ…ない…で…? 今日…ずっと…心…配…して…た…。医官…だけ…で…、いい…じゃない…。ずっ…と…、私…と…一緒……に…」

リファはそこまで言うと また意識を失い、兄に伸ばした腕は落ちた。



リワン「……。」

リワンは、掴んでいた妹の手首の脈をとりながら暫く呆然とし、妹の腕を毛布の中に入れてやった。

リワンは妹の苦痛のにじむ額を拭いてやると、静かに言った。

リワン「姫が…無事にお嫁に行くまでは…、見逃してくれ。無茶苦茶なあの人を、見てられないんだ。その後はもう…、お前や母さまを心配させないから…」

リワンは妹の美しい金色の髪を撫でると、エイジャと見張りを交代する為に出て行った。


リワンが行ってしまうと、ミーナは寝台で目を開けた。

彼女は、自分のすぐ目の前で眠る まだあどけない少女の黒髪を撫でた。

ミーナ (初恋は敗れるもの、か…)

ミーナは仰向けになると、暗い天井を仰いだ。

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