第1話 <六年後>
<六年後>
日の出と共に、狼煙台から煙が上がった。
碧沿の城壁に近い 次の狼煙台からも、煙が上がった。
城の北の 物見台の兵は、城壁の外に狼煙が上がったのを見つけると驚き、目を凝らした。
地平線の遥か彼方一面に、砂が巻き上がっているのが見えた。
物見台の兵「!! 敵襲ーっ!! 敵襲ーーっ!! 北から敵襲ーっ!!!」
物見台の兵は、城中を叫びながら王の寝所へ走った。
王〈五十五歳、前より頭の散らかし具合が進んでいる〉「北からだと?! 草馬か?!」
物見台の兵「まだ見えませんので何とも…。ですが、大軍です!」
王「何ィっ! 碧沿を取りに来たのか…。この所 大人しいと思っていたら…! 城壁から迎え撃つ! 東西南北の門を閉めよ!」
王は指示を出すと、素早く着替えて二階の広間へ出た。
早朝の二階の広間には、重臣達がパラパラと集まって来ていた。
まだ空気がひんやりしている。
江の特使「碧沿を渡す訳には行かんな。西への商売が絶たれてしまう。我々も出るぞ」
江人の城の常駐役人リュウが、さっと踵を返して去って行った。
江の特使は、ここ二年位で別の男に変わっていた。国内で勃発している内乱の為に、前任の特使はそこへ駆り出される形で帰って行っていた。代わりに来た男は、将というよりは寧ろ偉ぶった役人気質の男で、金の亡者だった。
重臣らが慌ただしく動き出し、彼らの居る二階の広間は、にわかに緊迫し出した。
・・・・
エイジャ〈十三歳、ベージュに朱色のラインの入った近衛隊の見習いのベストを着ている。身長はアイラよりやや高い。声は子供のまま〉は、アイラの部屋の前の長椅子で、毛布に包まってガーガー寝ていた。
そこへ、リワン〈十六歳、ベージュに緑のラインの入った近衛隊の医官見習いのベストを着ている。細いが大人の体格、声変わりしている〉が血相を変えて走って来た。
リワン「おい! 起きろ! 草馬が攻めてきたぞ!」
エイジャ「んあぁ?」
まだ寝ぼけているエイジャを他所に、リワンはアイラの部屋の扉を乱暴にドンドンとノックして開けた。
リワン「姫! 起きてください! 草馬が攻めて来ましたよ! 姫!!」
アイラ〈十三歳、背が母と同じ位に伸びている。生成りのブラウス、紺色のズボンの上に長袖のガウンを羽織っている〉は眠そうに毛布を頭まで被った。
アイラ「草馬が…」
次の瞬間、リワンの言葉を理解すると、アイラはガバッと跳ね起きた。
アイラ「何ですって?!」
・・・・
三人が二階の広間へ行くと〈アイラの服は幼少と同じ、ブラウスとズボンの上に青緑色の透けたジャンパースカート〉、ナザル〈三十五歳〉がアイラを見つけて足早に寄って来た。
アイラもナザルに駆け寄った。
アイラ「ナザル! おはよう」
ナザルは、年輩の近衛隊長が引退した後、近衛隊長になっていた。
ナザル「おはようございます。状況はお聞きですね。王妃様と一緒に居て下さい。あまり人を割けません」
アイラ「うん…。ナザル、戦うの?」
アイラは、心配そうにナザルを見た。
ナザル「我々が戦う事になったら、それは陥落が近いってことですね」
アイラ「うん…」
ナザル「…そんなに心配せんで下さい。いよいよ怪しくなったら、王妃様と一緒に 裏道を通って寺院に逃げて下さい。生き延びるんですよ?〈エイジャとリワンに〉お前達、頼んだぞ」
エイジャ・リワン「!」
二人は顔を見合わせた。
リワン「僕達だけ…ですか?」
ナザル「間の悪いことに、幾つかの隊が遠征に出ている。今は人を割けない。戦闘にならなければ、二人で回るだろ。落ち着くまで、何日か籠城できる用意をしておけ。姫の事、任せたぞ」
エイジャ・リワン「はい!」
・・・・
城壁での抵抗も虚しく、昼過ぎには、草馬人は長旅をしてきたとは思えない程の体力で、奇声を上げながら城壁内に雪崩れ込んで来た。
アイラ達三人は、二階の広間に待機していた。
図太いようで神経の細いアイラは、例によって食欲が無くなってしまった。
エイジャは、用意した籠城セットの包みを側に置いたまま、床に座ってムシャムシャと肉を頬張っていた。
リワンも、隣であぐらをかいて肉を頬張っていた。
エイジャがアイラに肉を差し出した。
エイジャ「ホレ。お前、朝も食ってねーだろ?」
アイラは困ったようにボソボソと言った。
アイラ「うん…。今…食べたくないかも…」
エイジャ「今 食っとかねーで、いつ食うんだよ! 次 いつ食えるか分かんねーだろが!」
アイラ「うん…。でもちょっとお腹がいた…」
エイジャ「お前さぁ、やる気あんの?!」
エイジャはイラついた顔で、アイラの言葉を遮った。
アイラ「え? …何の?」
エイジャ「生きるやる気に決まってんだろが! こっちは今からお前に命張るんだからよ! 当の本人が生き残る気ねーんじゃ、どうにもなんねーだろが! つか、そんなら俺、今からこの仕事 降りるから! バカくせぇ!」
リワン「……。」
リワンも、モグモグしながら黙ってアイラの顔を見た。
アイラ「や…、辞めないでよ!」
エイジャ「なら、体調管理くらい自分でしろや! メシ食え! つか、むしろ戦力になれや!」
リワン「いや別に、戦力になる所までは求めてませ…」
アイラ「わ…分かってるわよ!! あんたにそんな事言われなくたって…!」
アイラはリワンの言葉を無視して、眉根を寄せてエイジャから肉を引ったくった。
胃をさすりながらかぶりつき、無理矢理に飲み込んだが、全く美味しく感じなかった。
・・・・
草馬人は獰猛だった。
手当たり次第、刀を振り回した先に居る異民族を殺した。
彼らは、その豪胆な精神性のみならず、馬の上から飛道具の弓矢を使う腕前が卓越していて、戦闘力において優勢だった。
碧沿の兵も江兵も懸命に戦ったが、機動性の優れた草馬兵に苦戦を強いられた。
日暮れ近くになると、草馬兵は次々に抵抗を打ち破り、もう城の目と鼻の先まで来ていた。
アイラ達三人と王 夫妻達は、二階のバルコニーから、打ち付ける金属音と悲鳴と砂埃の舞う城の前の中央広場を見ていた。
エイジャ「あー、こりゃもうダメだな。潮時だろ」
リワン「あぁ…」
エイジャもリワンも、前を向いたまま言った。
リワンは、ふと湖畔の家の事を思い出した。
リワン (リファは大丈夫だろうか…。昨日 俺が家を出る時には、具合が悪くて寝ていたが…)
アイラ「リワン?」
アイラは、考え事をするリワンの顔を覗き込んだ。
リワン「あぁ、すみません。王妃様、姫、寺院へ移動しましょう」
王「頼んだぞ」
リワン・エイジャ「はい」
王妃〈三十三歳、相変わらず美しい。服は以前と同じ 生成りブラウスに紺の膝下ズボン、その上に金糸の刺繍の入った透けた薄紫のジャンパースカート〉「……。」
王妃は動かなかった。
護衛チェン〈三十三歳〉「王妃様?」
王妃には、カルファの交代役の護衛ではやや力不足という事で、新しい護衛が付いていた。
彼? もとい彼女は、顔つきが女性っぽい男性だった。
顔は東方系の醤油顔で、瞳は漆黒だが光の加減によっては濃い紫がかって見え、肌は黄色だった。筋肉質だがスラリとしていて、朱色のラインが入った近衛隊のベストを着ていたが、その長い黒髪はこの国の女達と同じように、後ろに一本のお下げにしていた。
王妃 (もうすぐ踏み込まれる。江が草馬に負ければ、きっと今度は 草馬に人質を送る事になるわ。私の子供を…、最後の子、アイラだけは守りたい…!)
王妃は、戦慄して下の広場を見つめる娘を 横目で見た。
王妃 (あぁアイラ、あなたは言ってたわね、好きな人と結婚する、って。あなたが正しかったわ。草馬の妃になど、ならなくていい。あなたは…、あなたはきっと、好きな人と結婚するのよ…!)
王妃は、何気ない風に口を開いた。
王妃「私はここに居ます。エイジャ、リワン、アイラをお願いね」
皆は驚いて王妃を見た。
アイラ「?! 母さまどうして?」
王妃「何となく…、そうした方が良い気がするの…」
母は娘に優しく笑いかけた。
王は、チラリと妻を見た。
王妃も夫を見た。
夫は妻の意図を察し、俯いてやや逡巡していたが、了解したようだった。
チェンも主人の意図を汲んだらしく、肩をすくめてアイラ達三人に妖艶に手を振った。
王「アイラを頼んだぞ」
エイジャ・リワン「はっ」
アイラ「そんな…! いやよ! 母さま…!」
エイジャ「ホラ行くぞ! グズグズしてっと、こえーのが来ちまうぞ!」
エイジャはアイラの手首を掴んで、ぐいと引っ張った。
出会った頃はあんなにガリガリのチビ助だったエイジャは、いつの間にか馬鹿力になっていた。
アイラ「痛っ! 痛いって! やめてよ!」
抵抗するアイラを、リワンがひょいと抱き上げた。
アイラ「ちょ…! リワン! やめて! 私 行くって言ってないわ! 私も母さまとここに居る!」
リワン「王命ですので。それに時間がありません」
リワンはアイラに構わず、エイジャと共に足早に二階の広間を出た。
・・・
リワン達三人が一階の広間へ降りて行くと、そこは負傷者で一杯になっていた。
医官達がせわしなく働いている。
リヤン〈四十三歳〉「あぁリワン!」
父は息子を見つけると、声をかけて寄って来た。
リヤンは、抱えられているアイラを見て笑った。
リヤン「これは姫、どうされました? 抱っこですか?」
アイラは恥ずかしくなって、リワンにコソコソと言った。
アイラ「降ろして! ちゃんと行く…から…」
リワンは一瞬、アイラを疑いの眼差しで見たが、降ろしてやった。
リワンは父に言った。
リワン「力になれず、すみません」
リヤン「医官は他にも居る。姫の護衛はお前達二人だけだ。しっかりやってくれ。三人とも、死ぬなよ?」
リワン「はい。父さまも」
リヤン「あぁ」
リヤン「リファは?」
リヤン「家だが…、ミーナが居るから大丈夫だろ。しかし彼女もこの所、お前とあんまり手合わせしなくなったから、腕がなまってるんじゃないかな? 大丈夫かな…? まぁいい、早く行け!」
リワン「はい」
三人は裏道の方へ出て行った。
・・・・
王と王妃がバルコニーから二階の広間へ戻り、王座について程なくすると、皮の服を着たごっつい草馬兵達が踏み込んできた。
草馬の将『江の将は何処だ!』
江の特使は、既に逃げていた。
王『いつの間にか、居ないな』
王は胃をさすりながら、落ち着いて言った。
草馬の将『探せ! 首を上げろ!』
後ろに居た草馬兵達は走って行った。
草馬の将『勝負あったな』
草馬の将は碧沿王に、先の曲がった刃を向けた。
後ろの配下の者も皆、血のついた剣を王達 碧沿人に向けた。
ナザル達 近衛隊や護衛達は、剣を抜き、要人の前に出た。
王『やめよ。大事な人材だ。無用な殺戮は望まぬ。要求を聞こう』
草馬の将『碧沿の支配と、江の排除、そして安全保障、つまり貴様ら碧沿人が江へ寝返らない為の人質だ』
王『そうか…』
王は目を伏せた。
草馬の将『碧沿王よ、貴殿には子供が居るな。その内 二人は江へ取られたとか。もう一人の王女はどこだ?』
王『……。今は居ない』
草馬の将『何だと? どういうことだ!』
王『いつの間にか、居なくなっていた』
草馬の将『フン! 見え透いた嘘を。大方 倉か寺院にでも隠したのだろう。〈配下へ〉探して来い!』
また後ろの配下が、幾人か走って行った。
王妃 (!)
俯いていた王妃は僅かに顔を上げ、心配そうに走り去った兵を見た。
王は静かに目を瞑った。
将は、王妃の反応を見逃さなかった。
草馬の将『図星らしいな』
将は鬼のような面で笑うと、ズカズカと王妃の方へ近付いて来た。
近衛隊員が幾人か飛びかかろうとしたが、王妃付きの護衛チェンが、後ろから低く鋭い声を飛ばした。
チェン「引け! 向こうが強い!」
将は、ズズズと下がって道を開ける隊員達を鼻で笑った。
チェンは王妃の前に、腕を組んで立ちはだかった。
体格は大きかったが、立ち姿が異様に色っぽかった。
チェンの横には、ナザルも来ていた。
将はそのままズカズカと前に進み、何も言わずにチェンを腰から真っ二つに切り捨てようと、いきなり横から剣を振った。
ガキィン!!
チェンは自身の体側で剣を受けた。
ギリギリと力を押し込みながら、チェンは紫がかった漆黒の目をギラギラさせて言った。
チェン『あらやだ、ものすごい馬鹿力ですこと。でも私、強い男って、嫌いじゃないわ?』
チェンは妖艶に笑うと、相手の力をフワッと逃し、そのまま続けざまにガン!ガン!ガキィン!キィン! ガン!とぶっ潰すように打ち込んだ。将はその度に防御して、王妃の近くから退かされた。将の息は少し上がっていた。
将『ハッ! そういうお前もな。随分と重い剣だ。さすが王妃の護衛を任されているだけある。名は何という?』
チェン『私の王妃さまに無礼を働く男に、名乗る名なんて無いわ』
チェンは両手を腰に当てて、将にニッコリと微笑んだ。
将も笑った。
将『フン。良いだろう、王族は丁重に扱おう。こちらとしては、有効な人質が取れれば良い』
王妃『ならば…』
王妃は、決心したように王座からそろそろと立ち上がった。
脚が震えていた。
王妃『ならば、私が草馬へ参ります』
ナザル「?!」
ナザルら碧沿人達は、驚いて王妃を見た。
王は また静かに目を瞑った。
草馬の将は、訝しげに王妃を舐めるように見ると、再び近付いて来た。
チェンが剣を横に出して、将の行く手を止めた。
将『何もしない。近くで見るだけだ。どうも目が悪くてな』
チェン『フン! そっちこそ、見え透いた嘘を』
チェンと将はしばし目を合わせた後、チェンは王妃の横まで下がった。
王妃はチェンとナザルに挟まれ、草馬の将を前にしてブルブル震えていた。
将は、その血と砂で汚れたゴツい人差し指を、王妃の前に出した。
チェンとナザルは、将を睨んだ。
将『違う、目が悪いんだ。何もしない』
将はまた言い訳を繰り返すと、ガサガサした指で、王妃の顎をクイと上げた。
王妃は、獣のような目を持つ将を、真っ直ぐに見た。
将は、王妃の顔の角度を微妙に変えながら、見惚れて言った。
将『美しいな。これ程の女は、草馬の妃の中にも居ない』
王妃は、浅い息をし始めた。
ナザル・チェン (…!)
ナザルとチェンは、目の端で彼女の様子を捉えた。
将『何だ、胸が悪いのか?』
王妃『いいえ。こうして…今まで生きてきたのですもの。問題…ございませんわ』
王妃は冷静を装って言ったが、声が震えていた。
横の王座に座る王が、静かに口を開いた。
王『そろそろ離してやってくれ。怖がっている。妻は、少々 繊細だ』
将『フン』
将はそう言うと、王妃の顎を離し、一歩後ろへ下がった。
王妃は、ガクガクと膝が怪しかった。
チェンが剣を持っていない右手で抱きとめると、王妃は なるべく抑えて苦しそうに息をしていた。
チェンは彼女が座れそうだと判断すると、彼女を王座へ寄りかからせた。
将『悪くない取引だ。貴殿は、これほどの妻を差し出して良いのか? 他にも美しい妻がいるという訳か?』
将はニヤニヤと王を見た。
王はしばらく黙っていた。
王『…良い訳は無い』
王はそう言うと、またしばらく黙った後 口を開いた。
王『良い訳、無かろう。妻は一人だけだ。貴殿は、己が妻を取られて平気なのか? もし貴殿に人の心があるならば、貴殿らにはこのまま、帰って貰いたい』
それを聞くと、将は豪快に笑った。
将『ガハハハハハ! それはできない相談だな。良いだろう、王妃を貰おう。十日後の出発とする。良いな?』
王は、妻の方を見た。
王妃『承知…しました』
王妃は苦しそうにやっと言うと、目を瞑った。
王妃 (あぁ、アイラ! あなたと過ごせる日は、あと十日になってしまったわ…!)
王妃の頰を、涙が伝った。
・・・・・・・
人気の無い城の裏道を、リワンはアイラの手を引いて先を急いだ。
アイラは、繋がれたリワンの手の感触に顔が紅潮し、鼓動が早くなるのを感じた。
エイジャが籠城セットの袋を担ぎながら、横でニヤニヤしてアイラの顔を見ていた。
アイラは、慌ててエイジャから顔を背けた。
エイジャ「何かこういうの、昔もあったな?」
エイジャが声を潜めて 可笑しそうに言った。
リワン「あの時も、草馬が来た時だったな」
エイジャ「あぁ」
アイラも、幼い頃を思い出していた。
アイラ (あの時は確か、六つだったわ。あれからもう七年経ったのね…)
寺院に辿り着くと、三人は仏塔へ入り込み、大きな仏像の後ろに身を隠した。
伽藍の中では、ずっと聞こえていた金属同士が叩きつけられる音や、わぁあああという掛け声や悲鳴が、幾分遠のいて聞こえた。三人は、朝からの緊張をやっと緩めることができた。薄暗い伽藍に、紅い夕陽が斜めに入っていた。
エイジャ「さ、ここでしばらく籠城だな」
アイラ「しばらくって?」
エイジャ「んー、片が付くまで?」
アイラ「でも…、もう付いてるんじゃないの? 江兵が敗れて、草馬が城まで踏み込んでるんだもの」
エイジャ「そんで、江の特使殿の首が上がったら、一旦は幕引きなんじゃね?
その後、江が碧沿を取り返しに攻めてきたら、またひっくり返るかもしんねーけど…。そのどさくさに紛れて死ぬのが、一番悲しいやつよ」
アイラ「ん…」
リワン「江は取り返しに来ないんじゃないか? 内乱に手こずっていると聞く」
エイジャ「でも、内乱を鎮めるのに金がかかるだろ? 碧沿を取られたら、懐具合が痛手なんじゃねーの?」
リワン「どうだろうな…」
エイジャ「あー、くだらね! どーでもいーわ! 俺、寝るから。ヤバかったら起こして」
エイジャは早速 ずるりと背をもたれて、座りながら寝る体制を取った。
リワン「姫も、一眠りしたらどうです?」
アイラ「うん…」
アイラは、薄暗い中でリワンを見つめた。
三つ年上で十六になるリワンは、まだまだ線は細いものの、アイラから見ると素敵なお兄さんに見えた。
アイラ (リワンは私のこと、どう思ってるのかな…?)
リワン「? どうしました?」
アイラ「リワン…」
リワン「はい?」
アイラ「好き」
寝たはずのエイジャが、いきなり吹き出した。
リワン「……。」
リワンは口を開けたまま固まっていた。
エイジャ「いきなり? ク…クハハハハ!」
エイジャは必死に笑いを堪えていた。
アイラ「だって、好きなんだもん」
アイラは赤くなりながら、口を尖らせて言った。
エイジャ「へ〜ぇ? そいつは悲恋ですなぁ」
アイラ「ひれん?」
エイジャ「結ばれない恋ってこったよ」
アイラ「どうしてよ!」
エイジャ「お前さ、自分の立場分かってねーの? 王女なんだろ? もう三、四年もすりゃあ、他国に嫁がされる身だろが」
アイラ「嫁がないもん」
エイジャ「どうすんだよ」
アイラ「リワンと結婚する」
エイジャはまた笑いを堪えて言った。
エイジャ「だそうですが? 先生」
エイジャはアイラ越しにリワンを見た。
リワンは一つ息をついて、アイラを見た。
リワン「姫、あなたと結婚する事はできませんよ。エイジャの言う通りです。私達は、あなたが無事に他国との架け橋になれるようにお守りしています。僕に誤解を生むような態度があったのなら、改めます」
アイラ「……。」
アイラはリワンの言葉を聞くと、いきなりブスッとして言った。
アイラ「リワンは、私のこと嫌いなの?」
リワン「いいえ」
それを聞くと、アイラはいきなりパアッと明るい顔になって、また聞いた。
アイラ「じゃあ好きなの?」
リワン「いいえ。好きとか嫌いであなたとお付き合いしている訳じゃありません。仕事です」
アイラは口を尖らせて、息をついた。
アイラ「リワンのバカ…」
リワンも正面を向いて、やれやれとばかりにため息をついた。
外から悲鳴が聞こえて来た。
どうやら、草馬は僧侶まで殺害しているようだった。
アイラ「ひどい…! 罰当たりな…」
眉根を寄せて呟いたアイラのその口を、リワンが手で覆った。
エイジャも剣に手をかけて身構えた。
アイラは、またドキドキした。
足音が複数 近付いて来て、アイラ達の居る仏塔に入って来た。
アイラ達三人は、仏像の裏で身を固くした。
草馬人1『はん、ここいらの小国は信心深いもんだな』
草馬人2『仏像ねぇ…。こんなもん作るより、馬や羊のがよっぽど役に立つのにな』
入って来た男は、二人のようだった。
草馬人1『定住する農耕民と、俺らみたいな遊牧民では、考え方が違うんだろ。俺らも定住したら、〈仏像を見て〉こういうの、作り始めるかもしれねーぜ?』
男二人はケラケラと笑った。
草馬人1『しっかし、寺院か倉に王女が隠れてるつってもなぁ。そのどこに、って感じだしなぁ…』
草馬人2『取り敢えず、ここは狭いから居ねーな』
二人は出て行こうとした。
ぎゅる…るるる…。
アイラの、消化不良のお腹が鳴った。
仏像の裏の三人は、目を見開いて固まった。
エイジャ (ウソだろ?!)
エイジャは、物凄い形相でアイラを見た。
彼は、元々信心なんてものは微塵も無かったが、この時以来、全く仏を信じなくなってしまった。
リワンは、天井を仰ぎながら目を瞑った。
アイラ (ウソ…、ごめん…! え、ウソ…?! 二人ともごめん…!! だ、だだ、だから言ったじゃない! 今 食べたくないって…!! エイジャのバカ…!)
アイラは涙目になった。




