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砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第一章 幼少
37/41

第37話 別れ

アイラが行ってしまった後、リワンとエイジャは 一階の広間で立ち尽くしていた。

リワン「ナザルさんに、報告するべきだよな…」

エイジャ「あー、キュンと逃げようと思ってること?」

リワン「あぁ」

エイジャ「……。」

リワン「……。」

二人は医務室の扉を見たまま、黙り込んだ。


エイジャ「俺はさ、本当はもう死んでっから」

リワン「?」

エイジャ「あいつにさ、何回か助けられてんの。じゃなきゃ、もう死んでる。

死んでなくても、あいつが居なきゃ、俺はここには居ない訳。あいつが迎えに来たの。しつこく」

リワン「……。」

エイジャ「だから…、俺は何も聞かなかったし、もしあいつが何かやらかして困ってたら、多分助ける」

リワン「……。そうか…」


エイジャ「お前はお前でいーんじゃねーの? 別に…、報告した方が良いと思うんなら、それで」

リワンは、表情を変えず前を見たまま言った。

リワン「……。羨ましいな」

エイジャ「あ?」

リワン「姫は…、俺の事は迎えに来てない」

エイジャ「ハッ! 何お前、そういうのあるんだ? 全部持ってるボンボンのくせに! ウケる!」

エイジャは可笑しそうにククククと笑った。

リワン「……。」

リワンはムスッとして、行ってしまった。


・・・・


その日から、ナザルが エイジャやリワンの教育係としてアイラに付いても、彼女は目を伏せてナザルを見ようとしなかった。

リワンとエイジャは、二人の距離感を、やや気まずい様子で見ていた。

彼女の無言に、ナザルへの非難が多分に含まれていることを、彼ら三人は理解していた。

が、ナザルもそれ以上、アイラに何か言い訳する気も無かった。

思慮浅いアイラに、王妃と"王の子"を強奪したカルファが まだ生きているなどと言う訳にはいかなかった。



ナザルは自嘲するように ため息をついた。

ナザル (姫の非難は妥当だな。命令とあらば友人でも手にかける人間を、信頼できる訳はない)

ナザルは自問自答した。

ナザル (俺は…、もし王様がカルファを殺して来いと言ったなら、殺したのだろうか…?

仕事だから? いや、正義の為か?

カルファは許されない事をした。罪は相手にある。

もしそうなら、相手が友人でも その命を取るのだろうか…?

いや、まず第一に、友人を殺して来いなんて命令を出す上司が悪い!」

ナザルは、一旦は人のせいにしようとした。が、もう一度 向き合ってみた。


ナザル「だが、もしそんな意地の悪い上司だったら?

俺は…、カルファを殺したのだろうか…? 命令だったら、できるのか…?)


ナザルは、カルファと対峙した崖の上を思い出した。

ナザル (あの時、もしカルファが王妃様を諦めず、あくまで親子三人で逃げると屈しなかったなら、俺は仲間を総動員してでも、あいつを葬ったのだろうか…?

それとも、そもそも初めから捜索隊の行く方向を間違えて、見つけてやらないのが友人としての道だったのか?

なら、姫と王様はどうなる? 俺は国に仕えているんだぞ? だが俺は、この手であいつの夢と家庭を壊した事は確かだ…)

ナザルは答えが出ず、頭を振った。


横に居たアイラは、ナザルの様子を節目がちに横目でそっと見ていたが、ナザルが顔を上げると、また目を逸らした。


・・・・・・・


アイラは、自室の寝台の上に座ってキョロキョロと周りを確認すると、寝台の隙間に隠した果物ナイフを取り出して、そっとさやから出してみた。

キラリと歯が光り、アイラの目に鈍く映った。

アイラ (どうやって? 分からない。でも、キュンとまずはこのお城から出る! その後は…? 分からない…。分からないけど…!)

アイラは心が折れそうになって、首を振った。

彼女は寝台から立ち上がると、物入れに入れてあったこの地方独特の刺繍が施してある平べったい鞄を取り出した。

アイラは、そこに果物ナイフを入れた。

アイラ「よし…」



アイラ (もし失敗したら? キュンはごうに行っちゃうんだ…。江に…。あぁ、江にはゼダも居るんだなぁ…。ゼダ、江に行ってもう三年かぁ。五つになってるはずだな。元気なのかな…)

アイラは、寝台の上に寝せてあるゼダガエルを見た。

アイラ (もし失敗したら…、ううん、そんな事無いけど、もしそうなっちゃったら、何か…、キュンやゼダと繋がる物を渡したいな…)

彼女は物入れの底の方に、翡翠の耳飾りが入っているのを見つけた。

アイラはそれを手に取ると、二つを見つめた。


アイラは寝台の横の机に耳飾りを置くと、鞄から しまった果物ナイフを取り出し、石に"アイラ"と彫ろうとした。

が、砂に字を書くのも怪しい彼女に、そのような芸当ができる筈もなかった。

アイラは不器用に持ったナイフで、石を抑える自分の左手の指を切ってしまった。

アイラ「あっ! …うぅ…」


リワン「ん…?」

廊下で座って本を読んでいたリワンが、彼女の小さな声をすかさず聞きつけ、いきなり扉を開けた。

リワン「姫?」

寝台横の机で、アイラが果物ナイフを持って血をしたたらせている。

リワンがいきなり扉を開けたので、アイラはナイフをどこかに隠す暇も無く、手に持ったままだった。

リワン「?!」

アイラ「あ…」


リワンは足早に彼女に近寄ると、アイラの手を取って、切れた左手の指を見た。

リワン「医務室へ…」

アイラ「い…、いい!」

リワン「なぜ?」

アイラ「どうしたって聞かれるもん」

リワン「……。僕が聞かないとでも?」

アイラはうつむいてチラと上目遣いにリワンを見ると、心細げに言った。

アイラ「リワンなら…、きっと秘密にしてくれる…」

リワン「!」

リワンは一瞬面食らい、ため息をついて、ナイフを持ったままのアイラの右手を見た。

リワン「ではとりあえず、そのナイフを置いてくれますか?」

アイラ「あ、うん…」

アイラは血のついたナイフを、机に置いた。


リワンは懐から布切れを取り出して、果物ナイフでほそく切り、アイラの切れた指に巻いてやった。

アイラ「…ありがとう」

リワンはまた、ナイフを手に取った。

リワン「これは? どうしたのですか?」

アイラは、リワンの冷静な緑ががかった目を、また上目遣いに見た。

アイラ「……。うりを切るのは…、果物ナイフが良いんでしょ?」

それを聞くと、リワンは僅かに驚いたような顔をし、机に置いてあるぎょくの耳飾りを見た。

リワン「そうですね。でもあなたが切ろうとしているのは、瓜じゃなくてぎょくに見えますが?」

アイラ「あの…、あのね、リワン! この石にアイラって彫れる? アイラのアだけでもいいんだけど…」


リワンは、アイラの顔をじっと見つめた。

リワン (刃物に興味を持ってたのは、この為だったのか…)

アイラ「?」

リワン「…掘るのはエイジャが上手みたいですよ。後で交代したら頼んでみたらどうでしょう」

アイラ「うん…」

リワン「では…」

リワンは出て行こうとした。


アイラ「あ、待って」

リワンは振り返った。

アイラ「あの…、このゼダガエル、あげてもいい?」

リワンは目をパチパチとして、またアイラを見つめた。

リワン「…? いいですけど…」

アイラ「じゃあさ、このゼダガエルに、アイラって縫える?」

リワン「……。縫うのは…、得意ですよ」

アイラ「じゃあ、お願い」

リワン「はい」


リワンは一旦部屋を出ていくと、どこからか裁縫箱を持って来て、ゼダガエルにサクサクと"アイラ"と縫ってくれた。

リワン (キュン姫にあげるつもりか…。じゃあ、キュン姫を連れて逃げるのは諦めたんだな…)

リワン「……。これだけで良いのですか?」

アイラ「あ、じゃあついでに"ゼダ"も」

リワン (なるほど、そっちか。ゼダぎみに渡して貰いたいのか…)

リワン「はい」

リワンはまた、手際よく縫ってくれた。


アイラ「ありがとう」

リワン「いえ…」

リワンはアイラを見つめた。

アイラは目を泳がせると、

アイラ「もう、大丈夫。ありがとう」

と言った。

リワン「はい。では…」

リワンは静かに戸を開けて出て行った。


・・・・


リワンがエイジャと交代すると、アイラはエイジャに、耳飾りの表と裏に自分とキュンの名前の頭文字を彫ってほしいと頼んだ。

エイジャ「彫るっつーか、傷って感じだな、こりゃ。辛うじて読める…、かな…?」

エイジャは、器用に果物ナイフを扱いながら言った。

アイラ「いいよ、ありがとう」

エイジャ「っし、こんなもんだろ。何 お前、逃げるとか言ってたけど、大人しくこれ渡して見送ることにしたんだ?」

エイジャはニヤニヤして聞いた。

アイラ「……。」

アイラは何も言わずに目を逸らした。


エイジャ「ふーん? じゃあこのナイフ、もう要らねーよな? え、これ 厨房のやつじゃね?」

エイジャが果物ナイフをポケットに入れようとすると、

アイラ「それ、まだ使うの! 返して」

と言って、アイラはうつむきながら、エイジャからナイフを取り返した。

エイジャは、じっとアイラの顔を見た。アイラは また目を逸らした。

エイジャ「へ〜ぇ?」

エイジャはアイラを見流しながら、部屋を出て行った。


廊下へ出ると、エイジャは土壁に寄りかかった。

エイジャ (何に使うんだか?)


・・・・


部屋に一人になると、アイラは果物ナイフをさやから出して、もう一度 鞄に入れた。

耳飾りとゼダガエルは、物入れに仕舞った。

アイラ (ちゃんと…、逃げられるもん…!)

しかし、彼女は唇を噛んだ。

"どうやって?" という言葉が彼女の頭の中に回った。

勝算は一つも無かった。

アイラは、もう一度 そろそろと物入れを開けると、耳飾りの片方とゼダガエルを取り出し、鞄に入れた。



結局 この五日の内に、アイラがナイフを隠し持っていることや、その思惑おもわくについて、ナザルが報告を受ける事は無かった。


・・・・・・


キュンと王妃が連れ帰られてから五日後、体調もまだ回復していない中で、キュンは江へ出発する事になった。

道中 キュンに乳をあげる為に、城の乳母うばも 江の乳母が見繕われるまで、付いて行く事になった。



その日、アイラは朝から何も話さなかった。

朝、彼女は母の部屋に行ってみたが、母はまだ熱にうなされて寝ていた。

アイラはそっと扉を閉めた。

エイジャ「……。」

エイジャは、朝から様子のおかしいアイラに、耳をほじりながら付いて行った。


キュンは、朝食後に出発するという話だった。

父も母も居ない一人きりの食卓で、アイラは朝食をモリモリと食べた。

エイジャ「……。」

エイジャは、食堂の出入口辺りに寄りかかって彼女の様子を見ながら、不穏な空気を感じていた。

アイラは、刺繍の入った鞄を斜め掛けにしていた。

エイジャ (この五日の間に逃げ出すかと思ったけど、何も無かったな…。やっぱ諦めたのか? あいつにしては珍しいな…)

エイジャは怪訝そうにアイラの横顔を見た。



朝食を食べ終わると、ナザルがアイラを迎えに来た。エイジャも続いた。

一階の広間には、第二王女の見送りに沢山の人が集まっていた。

リワンとリファ、リヤンも医務室から出てきていた。

ごうの特使と、城の常駐役人リュウも居た。


ナザルは人混みで はぐれないよう、アイラの手を繋ごうとした。

アイラ「!」

アイラは咄嗟に、手を引っ込めた。

ナザルは驚いたような顔でアイラを見たが、ややうつむいて、目を逸らした。

この五日、二人は殆ど何も話していなかった。

リワン/エイジャ「……。」

エイジャやリワン達は、横目で二人の様子を見ていた。



出発の時、キュンは馬車の前で乳母うばに抱かれていた。

アイラは、今 ここに居る唯一の肉親として、お別れに前に出た。

アイラは、乳母に抱かれたキュンの小さな小さな手を握った。そして

アイラ「あの…、最後に…キュンを抱っこしたいの」

と言った。

乳母は、ごうの特使をチラと見た。特使は頷いた。

乳母はアイラに憐憫の眼差しを送りながら、キュンをそっと手渡した。

アイラは小さな手で、更に小さなキュンを抱っこした。

妹はアイラに抱かれると、いつものようにフワァと笑った。

アイラは目がうるうるとして、口を引き結んだ。


アイラは、妹の額に自分の額を付け、瞳を閉じた。

アイラ (キュン、力を貸して! あなたは太陽なんでしょ? アイラを照らして頂戴…!)

アイラは鞄に手を突っ込むと、鞘に入っていない果物ナイフを取り出した。

それは本当に、何か贈り物を取り出すような仕草で、全く自然な動きだった。



一同はハッと目を見張った。

アイラは果物ナイフをキュンの胸に突きつけた。

アイラ「みんなどいて!」


エイジャ/リワン「…!」

アイラの小さな護衛二人は、目を見開いて固まった。

エイジャ (うっへぇ?! やっぱ諦めてなかった!)

リワン (江兵と戦うんじゃなくて、脅す用だったのか…!)

リファ「ア…アイちゃん…!?」


そばに居た江兵が動いた瞬間、アイラはナイフをグッと握りしめた。

アイラ「動かないで!」

アイラは切ろうとした訳ではなかったが、キュンの手が動いた為、その小さな小さな左手の甲が切れてしまった。

彼女は真っ赤な血を出してギャン泣きし始めた。

アイラはキュンの泣き声も手伝って、不安に押し潰されそうだった。

刃物も、江兵も、キュンのギャン泣きも、何もかも怖かった。

父も、母も居なかった。アイラは震えていた。

アイラ (今 キュンを守れるのは、アイラだけだよ! しっかりしないと…! 今度こそ、しっかりしないと!)


アイラはキュンを抱っこしたまま、馬車を背にして、ジリジリと進んだ。

江の特使は、馬車の後ろに居る江兵へ目配せをした。

アイラが馬車の陰から前へ出る時、馬車の陰に居た江兵が アイラの果物ナイフを何なく取り上げた。

アイラ「あっ!」

そして江兵はアイラをひょいと抱き上げ、キュンを引き離した。

アイラ「キュン!!」

アイラは抱っこしている江兵の腕に思い切り噛みついた。

江兵「っ!」

江兵は抱っこしていたアイラを地面に落とした。

アイラ「わっ」


その時、小さな黒っぽい影が走って来た。エイジャだった。

エイジャは、アイラに気を取られている江兵の片手から、ギャンギャン泣くキュンを、まるでボールを取るみたいに奪い取った。

江兵「!」

アイラは素早く立ち上がると、キュンをエイジャから受け取り、走った。エイジャも続いた。


前に立ちはだかる江兵に

アイラ「どいて!」

と言ったが、彼らはどかなかった。

刃物も無い今、彼らをおどすものは何一つ無かった。

エイジャ「うわっ」

アイラの後ろで、近付いて来た江兵にエイジャが首根っこを引っ掴まれて、放り投げられた。

アイラ「!」


アイラがエイジャの方を見た隙に、前から来た江兵がアイラからキュンを取り上げようとした。

アイラは、ギャン泣きするキュンに全身で抱きついた。

大人達は、二人がかりで姉妹を引き離そうとした。

そして、江兵がキュンを引き離した時、キュンを取った男の後ろから、今度は金髪の少年が体当たりして、キュンを奪い取った。

江兵「?!」

リファ「に…、兄さま?!」

リヤン「リワン…」

リワン (クソ…、何やってるんだ俺は!? こんな事してどうなるっていうんだ?!)

リワンは理屈と自分の行動が合わず、頭の中で自分に突っ込んだ。


アイラは江兵の手を逃れると、リワンからキュンを受け取り、また前へ走った。

何だかもう、玉を奪い合う球技のようになっていた。

アイラはリワンの剣に手をかけた。

リワン (! どうする…!)

リワンは咄嗟にアイラの手を上から抑えたが、一瞬の後、その手をのけた。

アイラは剣を抜き、再びキュンに突きつけた。正確には、剣が重くてキュンの方を突きつけていた。


アイラ「どいて!」

前方に立ちはだかっていた江兵の間に、ノロノロと隙間ができた。

兵達は生ぬるい目でアイラ達を見ていて、一つも慌てていなかった。

エイジャとリワンがアイラを追い抜いて、走りながら道を確保した。

アイラは、その間をキュンを抱いて走った。


二人の腹心は、キュンを奪ったからといって、どうにかなる訳ではないと分かっていた。

ただ、アイラがそうしたから、それを助けたというだけだった。



特使のそばに居たリュウが言った。

リュウ『斬りますか? あの男子二人』

特使『たかが子供、どうなる訳でも無い。第一、妹を殺す訳がない。人質の意味も分からんで、あのじゃじゃ馬王女は阿呆だ』

リュウ『しかし あの金髪の大きい方は、大人を負かす事もあるとか。剣もあります』

特使『フン。あの金髪、頭もキレるそうじゃないか。馬鹿な真似はしないだろう。忠義心というやつか? 律儀なものだ。

あの歳であの能力、こちらが欲しい位だな。あんな出来の悪いじゃじゃ馬に付くとは、付く主人あるじを間違えたな。宝の持ち腐れだ』

特使は鼻で笑うと、走って行くアイラ達を 歩いて追いかけた。


アイラ達は、もうすぐ城の正門まで辿り着く所だった。

門は、江兵達によって閉められた。

行手ゆくては遮られた。

アイラ「開けて!」

アイラは、リワンの剣にキュンを突きつけて叫んだ。



特使「斬ってみよ」

特使がゆっくりと歩いて来ながら言った。

アイラ「?!」

特使「妹を斬れるものなら斬ってみよ。さすれば、あなたが江に来るだけだ。弟と再開できますぞ」

特使は可笑しそうに笑った。


アイラ達は門に居た兵と、城の方から追いかけて来た兵に挟まれた。

彼らはあっという間に近くまで迫って来た。

アイラは、ギャンギャン泣くキュンに抱きつき、地面に伏せた。

もう他に、どうすることもできなかった。

リワンとエイジャは彼女を背にして、その前後に立った。

エイジャが剣に手をかけると、リワンが低い声で言った。

リワン「抜くな」

エイジャは剣から手を離した。


江兵は、リワンとエイジャの胸ぐらを掴んで吹っ飛ばそうとした。

リワンは咄嗟に、地面にうずくまるアイラの服を後ろ手に掴んだ。

ビリビリッと音がして、ジャンパースカートのスカートの部分が外れたが、リワンは構わず更にアイラの服を引っ掴んで彼女にしがみついた。アイラの下は、取れかかったスカートと下に履いているズボンという、散々な格好になった。


エイジャが掴んだのはアイラの一本結びのお下げだった。

アイラ「いたっ! いたたたたた! いたいって!」

アイラの襟足の髪の毛がブチブチと抜けた。

エイジャは、アイラのお下げを腕に巻き付けて、彼女にしがみついた。


江兵は、引き剥がすのが面倒となると、男子二人をゲシゲシと蹴った。

一番内側に居るキュンは、この世の終わりのようにギャンギャン泣いた。

アイラ「! やめてよ! 二人を蹴らないで! 二人とも、もういいよ!」

エイジャ「んじゃお前、どうすんだよ?」

アイラ「私は! キュンのお姉さんだから!」



見習い護衛二人は、アイラから離れなかった。

が、次第に二人は消耗し、ついに首根っこを持たれて引っがされてしまった。

地面へ投げ捨てられたリワンとエイジャは、もう立ち上がる事ができなかった。

残るは、キュンを抱いてうずくまっているアイラだけになった。

キュンはギャンギャン泣き続けていた。

特使が前へ出て、アイラの首根っこを掴み上げると、アイラからキュンを引き離した。

アイラ「キュン!!」

アイラは空中でジタバタした。


特使「アイラ王女よ、あなたは少し、お行儀が悪いようですなぁ? お仕置きをしないと…」

特使はそう言ったかと思うと、首根っこを掴んだまま、アイラを地面に叩きつけた。

アイラ「〈悲鳴〉」

リワン/エイジャ「!」


アイラは砂だらけになって立ち上がると、特使に突進して行った。

アイラ「キュンを返して! アイラの妹だよ!」

特使は突進して来るアイラの胸を蹴った。

アイラ「〈悲鳴〉」

彼女は吹っ飛び、仰向けに地面に落ちた。

リワン/エイジャ「!」


アイラは咳き込みながら、どうにか また立ち上がった。

アイラ「返…してよ! 泥棒…さん。妹も弟も…、返して!!」

アイラは胸を蹴られたせいで声が上手く出ていなかったが、叫んだ。

アイラは再び特使に走って行き、特使のももに掴みかかり、キュンに手を伸ばした。

特使は、ギャンギャン泣くキュンを アイラから離れた方へかかえ、空いている左手の甲でアイラを殴った。

アイラ「〈悲鳴〉」

リワン/エイジャ「!」

彼女はズザザザ…と、また地面に叩きつけられた。


アイラ「う…」

アイラはもう一度立ち上がろうとしたが、ガクリと地面に膝をつき、倒れた。ぼやけた視界に、砂に落ちる鼻血が見えた。

エイジャ/リワン「!」

エイジャとリワンはギリギリと奥歯を噛み、立ちあがろうとしたが、できなかった。


アイラは手を付いて四つん這いになり、もう一度立ち上がろうとした。

リワン「姫! もうやめましょう!」

リワンが叫んだ。

アイラ「い…や…! アイラと…キュンは…姉妹きょうだい…なんだよ…! リファが取られて…、黙って…いられるの?」

リワン「!」

リワンは目を見開いた。


リファ「アイちゃん…!」

リファは目をうるうるさせて見ていたが、アイラの方へ飛び出そうとした。

が、彼女の細い腕を、大きな手が掴んで止めた。

リファはその手のぬしを見上げた。

彼は前へ出て行った。


アイラはヨロヨロと立ち上がると、

アイラ「妹を返してーっ!!」

と言いながら、また特使に向かって行った。

特使は足を上げた。

アイラは、また蹴られたと思った。

が、衝撃は来なかった。


アイラは、大きな胸に包まれていた。

ナザルがアイラを包んで、特使の蹴りを その背中に受けていた。

アイラ「?」

特使は、相手が軍人となると、容赦なくナザルの背を蹴った。

特使「随分と威勢の良い王女様ですなぁ? えぇ? ここの国は一体どんな教育をしているんだ、か! 女なんて、しおらしくしているもんだろが!」

アイラ「なっ…何それ! 男が…しおらしくすれば…いいんだよ! 戦争ばっかり…して! 何考えてるの!!」

特使は アイラのかすれた非難の言葉を聞くと、余計に酷くナザルの背を蹴った。

ナザル「ぅ…」

アイラの耳のすぐ近くで、ナザルのうめき声が聞こえた。

アイラ「ナザル…!」

アイラの両目から涙が溢れた。

アイラ「やめてよ! ナザルを蹴らないで! アイラを蹴れば良いでしょ!」


ナザルはアイラの耳元で、低い声で言った。

ナザル「…姫、気は済みましたか?」

アイラは、ボロボロと泣きながら叫んだ。

アイラ「済む訳…ない…よ! キュンを取られ…て…いい訳…ない…よ!」

ナザル「でも、できませんでしたね。あんなに頑張ったのに、できなかった。

その上、腹心二人には怪我を負わせ、あなたも 私もボロボロです。

良いですか、初めから負けると分かっている戦をする者は、馬鹿です」

アイラ「!! だからって…、黙って…られないよ! だからな…の? 父さまには…負けるから…、カルファを…殺した…の?」

ナザル「……。」

ナザルは唇を噛んだ。

ナザル「姫、私も馬鹿なのですよ。私は、友人を…殺せない」

アイラ「?! じゃあ…カルファは…? 生きてる…の?」

ナザル「谷へ落ちました」

アイラ「!」



馬車が運ばれて来ていた。

特使は、ナザルを蹴る足を止めた。特使もナザルも、やや息が上がっていた。

特使は、ギャンギャン泣くキュンを、乳母に預けた。

アイラ「キュン!! キュン!!」

アイラはナザルの胸の中から飛び出そうとしたが、ナザルは離してくれず、ジタバタした。


アイラ「お願…い! ナザル!」

ナザル「姫…。あなたの為に周りがどうなるか、もう分かったのではありませんか?」

アイラ「分かっても絶対いや! 妹は…、渡さない!」

ナザルは何も言わなかった。

キュンは乳母に抱かれて馬車に乗り込んだ。

アイラ「いや! いや!! 待って! お願い待って!! これ…を…、この鞄を…、キュンに渡して…!」

ナザルは、アイラを腕に押し込めたままそれを取ると、アイラをきつく抱っこしたまま立ち上がり、乳母に渡した。

乳母はその鞄をキュンにかけた。

アイラ「耳飾りはキュンへ、カエルはゼダへ、お願い、渡して!」

乳母「分かりました。姫、受け取りましたよ。きっとまた、ご兄妹きょうだいで会えますよ…!」

乳母も泣いていた。

アイラ「またって…い…つ? い…や…! キュン! キュン!! 行かない…で! 離して…ナザル!!」

アイラはバタバタと半狂乱になって叫び立てた。

特使「フン。どこまでも諦めの悪い姫だ。見上げたもんだな」

特使はアイラを見下ろして言い捨てた。



キュンと乳母の乗った馬車の御簾みすが降ろされた。

キュンの左手は、血で赤く染まっていた。

キュンは相変わらずギャンギャン泣いていた。

アイラ「キュン! キュン!!」

二人の乗った馬車は、再び開けられた正門から出て行った。

キュンの泣き声は段々遠のき、ついに 馬車は見えなくなった。

アイラ「キュン!!」

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