第22話 母
乾いた暑い風がリワンの頬を撫でた。
薄く目を開けると、白いカーテンが風に舞っているのが ぼんやりと見えた。
そこは住み慣れた自宅の、自分の寝台だった。
身体は熱く、射られた太腿は、頭の芯が痺れる程に傷んだ。
リワン (あぁ、内側まで損傷すると、こんなに痛いものなんだな…。今度矢を受けた患者さんに会ったら、この痛みは理解できるぞ…)
リワンは、苦痛に顔を歪ませながら思った。
もう一度 目を閉じると、彼の脳裏には、至近距離から射られた瞬間、そして真っ二つに斬られそうになった瞬間が まざまざと蘇ってきた。彼は恐ろしさに、慌てて目を開けた。
リワン (力が必要だ…。そんなに大それた力でなくていい。せめて…、自分と、自分の周りに居る人を守れる位の力が…)
彼は ぼんやりした頭で、はっきりとそう思った。
玄関の外から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
ミーナ「こらエイジャ! 鼻くそ飛ばさない! ったく! これじゃクソガキじゃなくて鼻クソガキだね!
もうすぐお昼だよ。目やにもついてる。顔洗っておいで。 起きたら顔洗う!
あぁ、ちょっと待った。あんた、今日はもう元気そうだから、水浴びできるでしょ。身体も洗って着替えた方がいいな。いいや、あたし一緒に行くから」
エイジャ「は?! いい! 自分でできる!」
ミーナ「いいからいいから。はい、行った行った!」
話し声は湖畔の方へ遠ざかって言った。
リワン (エイジャ…? ウチに来ているのか…)
リワンは、論理がぼんやりとしたまま思った。
足音が少し遠ざかった所で、
エイジャ「お前! 着いて来なくていーから!」
というエイジャの声が聞こえ、小さな足音が玄関に戻って来る音がした。足音は家の扉をキィと開けた所で止まり、中には入って来なかった。
湖畔で言い合う母とエイジャの声は、やや離れているにも関わらず、しっかりと聞こえてきた。
ミーナ「脱いで!」
エイジャ「は?」
ミーナ「いいから全部脱いで! 恥ずかしいなら向こう向いて脱いで!」
エイジャ「いや、いいし! うわっ?!」
エイジャのギーギーと抵抗する声が少し続いたかと思うと、ザバーっという水音がした。
エイジャ「いてっ! しみる! 肩濡らすなよ!」
ミーナ「じゃあ肩だけ取り外しとけ!」
エイジャ「できるか! もういい! 自分でやる!」
ミーナ「汚いのはごめんだね」
エイジャ「いてっ! もう少し優しくできねーのかよ!? わっ、何すんだよ!」
ミーナ「ついでに垢まで落とせば一石二鳥だろ?」
エイジャ「あ…っ! 肩触るな肩!」
ミーナ「あ、ごめん」
エイジャ「全然ごめんって思ってねーだろ?! うはっ」
エイジャの声は、ザバーっという水音にかき消された。
エイジャ「ちょっ…」
ザバーっ。
エイジャ「けほっ」
ザバーっ。
クスクスというリファの笑い声が、家の扉の方から聞こえて来た。
エイジャ「わっ! も、もうちょっと丁寧に…拭けねーのかよ!」
ミーナ「ったく、さっきから文句だけは一丁前だね。うっわ、こりゃ後で耳垢取らないとなぁ」
エイジャ「いい!」
ミーナ「あぁそれ、さっき着てたやつでしょ? 新しいの着て。リワンの小さくなったの、まだ取っておいて良かった」
母はホクホクとご機嫌な声で言った。
エイジャの悪態をつく声が近付いて来た。
玄関では、慌てたように扉を閉める音がして、カサカサと小さな足音が近付いて来た。
リワン「何を…見てたんだ?」
リワンは、はぁはぁしながら力無く言った。
リファ「!」
玄関から部屋の中へ急いで入って来たリファは、振り向き様に、驚いて悲鳴をあげた。
リファ「兄さま…! 起きたの?!」
リワン「今な」
リファは兄の傍に寄ると、心配そうに首の脈に手を当てた。
リファ「大丈夫…? もう三日も寝てたんだよ?」
リワン「そんなに?」
リファ「うん。良かった、気が付いて…」
リファは、自分のおでこをリワンの額にコツンとくっつけた。
リファ「熱、まだ高いね。待ってて、化膿止め 煎じてあるの」
リファは、トタトタと研究室の方へ出て行った。
入れ違いに、母とエイジャが入って来た。
母は、リワンの目が開いているのを見つけると、傍へ駆け寄り、心配そうに息子をのぞき込んだ。
ミーナ「リワン! 気が付いたの?! 良かった…!」
母は、ぐったりとした息子の熱い身体を抱きしめ、安堵したように目を閉じた。
リワン「母さま…?」
リワンは、男のような母の弱い一面を見て、やや面食らった。
リワン (心配かけちゃったな…)
ミーナはやっと息子を離した。
ミーナ「ご飯は? 食べられそう?」
リワンは弱々しく首を振った。
ミーナ「そう…」
母は、息子のおでこに手を乗せた。
ミーナ「まだまだ熱があるね…」
母は着替えを持ってくると、リワンの額に乗せてあったおしぼりを取り、タライで何度も洗いながら、彼の身体をざっと拭き、着替えさせた。
そして頬擦りをすると、ほっぺと額にチュッチュッと口付けた。リワンは、エイジャがいる手前、居心地悪そうに黙っていた。
エイジャ (はーん。母親って、あんなにベタベタ触るもんなんかねぇ…)
リファが薬湯を持って戻って来て、兄に手渡した。
エイジャは白けたような顔で、横目で親子を見ていた。
ミーナ「さ、じゃあお昼にしようか」
ミーナは窓の外にタライの水を捨てながら言った。
ミーナ、リファ、エイジャの三人は食卓を囲んだ。メニューは、いつものスープとパンだった。
ミーナ「ほら、そんなにがっつかないの! 両手に持たない! あ、スープは左手も添えてって言ったじゃない。犬食いは美しくないよ。あっ! ちょっとぉ、何でこぼすかなぁ…。こぼしたらそのままにしてないで、拭いてくれる?」
エイジャ (うるせぇ…!)
エイジャは動悸がしてきた。
リファは、モグモグしながら何も言わずに見ていたが、エイジャと目が合うと、サッと視線を逸らした。
食後、ミーナはエイジャを呼んだ。
ミーナ「エイジャ、おいで」
エイジャ「今度は何だよ!?」
ミーナは眉間に皺を寄せて、もう一度言った。
ミーナ「おいでって言ったらおいで!」
エイジャはしぶしぶ、ミーナに近付いて行った。
ミーナ「ほら、口の周り、まだ汚れてる」
ミーナはそう言うと、エイジャの細い手首をぐいと掴んで、口の周りを自分のエプロンで適当に拭いた。そして、彼を片手で抱っこして明るい窓際へ連れて行き、自分の腿の上に横向きに寝かせた。
エイジャ「何すん…」
ミーナ「黙ってないと、痛いよ?」
ミーナはエイジャの耳掃除を始めた。エイジャはビクビクして身体を硬くした。
ミーナ「あんた、これでよく聞こえてるね」
エイジャ「うっせえ! いでっ!」
ミーナ「あ、ごめん」
エイジャ「なぁそれ、ぜってー悪いと思ってねーだろ?! あ"っ?!」
ミーナ「黙ってないと、痛いってば」
リファは、立ち尽くして 母とエイジャをじっと見ていた。
リファ (母さまが取られた!)
リファは思った。何だか、強烈にショックだった。
そして嫉妬した。
リファ (どうして母さまが、あの子の耳掃除までやってあげなきゃいけないの?! あの子にそこまでしてあげることないじゃない!)
その気持ちをどうしていいか分からず、彼女は珍しく不機嫌に眉根を寄せ、兄の寝台の傍までやって来た。脇の椅子にちょこんと座り、兄の寝ている布団に突っ伏すと、彼女はまた、上目遣いで母とエイジャを見た。
リワンも少なからず妹と同じ気持ちだったので、ぶーたれているリファの頭を、伏せったまま熱い手で撫でてやった。
エイジャは耳掃除をされながらリファの様子に気付くと、へへん、という顔でニヤリと笑った。
そして、自分のほっぺのすぐそばにあるミーナの大きな胸を片手でむにゅりと掴み、小さな手でモミモミして見せた。
リファ/リワン「あっ!?」
リファとリワンは、思わず頭を持ち上げた。
ミーナはおもむろに耳かきを引き抜くと、エイジャの顔面に、いきなり大きな手で バチンと真正面から張り手をした。
エイジャ「いでっ!! なっ…何すんだよ!」
ミーナ「あ、ごめん。手が滑っちゃった」
エイジャ「なっ…! そんな訳あるか! ぅあっ!」
またバチン。
ミーナ「あれ? おかしいな。また滑っちゃった」
エイジャ「…!」
エイジャの小さな身体は、ミーナの太腿の上に、彼女の大きな左手で がっしりと押さえてあった。
エイジャは、まな板の上の鯉のような状況に、戦々恐々として押し黙った。
ミーナは右手に耳かきを再び取ると、クルクルと弄びながら、恐ろしいような笑顔で言った。
ミーナ「ふざけたことやってると、また手が滑っちゃうよ? 耳クソガキちゃん」
再びエイジャの耳掃除を始めた母に、リファは もう我慢ならんといったように眉根を寄せて母に近付いて行き、背中にそっと抱きついた。
ミーナ「おっと、耳かきしてる時、動かしたらダメよ」
エイジャ「へっ、良く言うぜ。〈ハッとして〉うーそーですぅー!」
内気なリファは、母にコソコソと耳打ちした。
リファ「耳かき、やだ。やめて?」
ミーナは娘の嫉妬に気付き、おっ? という顔で娘を見た。そして、娘の頭をなでなでしながら笑って言った。
ミーナ「ウチの中に汚い子は嫌だからね。すぐ済むよ」
リファは仕方なく、仏頂面で再び兄の傍に戻った。
リワンは、嫉妬に苦しむ妹の顔を見ると、また頭を撫でてやった。
エイジャは耳掃除をされながら、家庭的な雰囲気の中、ぼーっとして思った。
エイジャ (俺も…、母ちゃんが居たらこんな感じだったのかな…。生きてんのかな。どんな母ちゃんなんだろ。会って…みたいな…。似てんのかな…。俺のこと、嫌いなんかな…。ハハ、覚えてもない…かな…)
エイジャは、これまで感じたことのない安心と、傷の痛みと、揺れるカーテンのチラチラする光とで、いつの間にか、また眠りに落ちていた。
・・・・・・・・・・・・
アイラは城の北の塔で一人、しょんぼりと膝を抱えて座っていた。
そこは、何もない小さな部屋だった。
<回想>
王「アイラ、お前は約束を破った。お前の取った行動は、あの二人とお前自身の命をも危険に晒す事だった。分かるな?」
疲れ切って、目の下にクマのある父から言われた言葉が、彼女の頭に響いた。
父王「よってお前も謹慎だ。三日間、日の昇っている間、北の塔で一人でよく反省しなさい。よいな」
王妃「あなた…、この子は昨日怖い思いをして帰って来たばかりなんですよ? 怪我もしているのに…」
母は抗議した。
王「そうだな…。北の塔で、ゆっくり休む事だ。食事は運ばせる」
王妃「…!」
母は納得しない顔で唇を噛んだ。
<回想終わり>
アイラ (やっぱり…、エイジャが言い出したって言えば良かったかな…?
ううん、だってそしたらあの子、殺されちゃうかもしれないもん。殺されなくても、お城は追い出されちゃう。エイジャ、ここでご飯食べられるの、嬉しがってたし…)
アイラはずっと座っていてお尻が痛くなってきたため、ころんと横向きに寝そべった。
アイラ (私は閉じ込められるだけ。エイジャは命まで取られてしまうかもしれない。同じ位の歳なのに何で? みんな、私に ですますで話すし…。
どうして私って偉いのかな? 王様の子供だから…? じゃあアイラ、本当は偉くないんじゃないのかな? だって、別に良いこともしてないし…)
アイラは狭い窓から外を見た。鳥が飛んでいた。
アイラ (ゼダ…)
アイラはなぜか、突然 弟の事を思い出した。
アイラ (ゼダ、どうしてるかな…。江に連れて行かれて、こんな風に閉じ込められているのかな…)
足音が近付いて来て、コンコンとノックの音がした。
外からガチャガチャと鍵を開ける音がして、昼食の盆を持った母が入って来た。
アイラ「母さま!」
アイラは、パァッと明るい顔になって、母に飛びついた。
王妃付きの護衛カルファは、扉の外から二人の様子をチラと見て 一人そっと微笑むと、扉の陰に控えた。
王妃「やだ、ご飯落としちゃうわ」
母はお盆を床に置いて、アイラを抱っこした。
アイラ「母さまぁああ!!」
王妃「一人で寂しかったでしょう。 お父さまは虐待よ! こんな所に小さな子供を閉じ込めるなんて! でも、ご飯を届けるのは、良いって言ってくれたの」
アイラ「うん!」
母は我が子を抱きしめた。
二人はお昼を食べ始めた。
アイラ「三日って、明日の明日?」
王妃「そうよ。よく分かったわね。明日の明日」
アイラ「じゃあ、明日と、明日の明日も、来てくれるの?」
王妃「明日のお昼は、お客さんとお昼をご一緒するから来れないの。でもその他は来るわ」
アイラ「うん!」
アイラはまた満面の笑みを見せた。母も娘と同じ顔になった。
アイラ「ねぇ母さま?」
王妃「なぁに?」
アイラ「…アイラは、他の国へお嫁さんに行くの?」
母は一瞬驚いたように口をつぐみ、逡巡した。
王妃「そうね…、きっとそうなるでしょうね…。それが、この小さな国の王家に生まれた者の使命なのよ…」
母は辛そうに目を伏せた。
アイラ「…? 母さまも、異国から来たの?」
王妃「いいえ、私は生まれも育ちもここよ。城の舞い手だったの」
アイラ「アイラも、舞い手になりたい」
母は嬉しそうに娘を見つめた。
王妃「そう。じゃあ どこに居ても、沢山の人の心を虜にして、嫌なことが吹き飛んでしまう位、楽しませてあげなきゃね。例えお客さんがたった一人でも、逆にどんなに沢山いても、心を尽くして踊るのよ」
アイラ「うん!」
王妃「それとね、あなたが嫁ぐその日まで、私、あなたと沢山沢山、楽しい思い出を作りたいの。昨日みたいに危ないこともあるけど…、それでも護衛の人に付いて来てもらって…。ねぇ、私、あなたと一緒に色んな所へ行ってみたいのよ! 大人になるまで、あと十年位あるかしら? ね? 付き合ってよね?」
アイラ「うん! 母さま、大好き!」
母はまたアイラを膝の上に抱き上げると頬擦りし、小さな顔いっぱいにチュッチュッと何度も口付けた。
王妃「可愛い! アイラ、可愛い可愛い!」
アイラは、わーっと母の胸に顔を埋めた。
その部屋には何も無かったが、二人にとっては、この世の全てがあった。
アイラは、母との別れが もっとずっと早くなることを、まだ知らなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
夜になって、リヤンは街の診療所を出て帰路についた。
診療所は、数日前の草馬の襲撃で傷付いた人達でいっぱいになっていた。リヤンは今日も、幾人もを天へ見送って来た。
街は、閑散としていた。
露店や商店は、滅茶苦茶にされた打撃と、また襲われるのではないかという恐怖とで、ポツポツとしか営業していなかった。旅行者も隊商も事件の情報を受け、皆 そそくさと東西の大路を通り過ぎて行く。いつもは夜まで賑わう宿屋の周りも、ひっそりとしていた。
商人達が荒らされた店の脇で、たむろして話しているのが聞こえてきた。
商人1「どうして草馬が来たのに、江の兵は出なかったんだい! あたしらを見殺しにしてさぁ! 姉ちゃんとこなんか、赤ん坊まで 一家全滅だよ! 江は草馬から守ってくれるんじゃなかったのかい!」
商人2「本当だよな! 江どころか、碧沿の兵まで出なかったぞ?!」
商人3「城は完全に江に牛耳られてるんだよ! あの王様も腰が引けてて、あれじゃあアテにならねぇよなぁ!」
商人1「確かにあの王様は、いっつも顔色が悪くて、身体も弱そうだもんねぇ。だが悪い人じゃないのは分かる。逆らえないんだろうさ」
商人2「じゃあ、もう少し草馬に寄ったらいーんじゃねーか?」
商人3「そうなんだろうけどなぁ、今は江が居座ってるから…」
リヤンは、わざとゆっくり歩いて話を聞いていた。
商人2「おい、どこで江の連中に聞かれてるか分からないぜ。こん位にしとこーや」
商人1「はーっ! ったく、息が詰まるったら。本当の事も言えないなんてさ!
あの江の特使が来てから、良い事無いよ! ピンハネされるわ、悪口言ったらボコボコにされるわ。
ねぇ知ってる? 向かいの肉屋なんてさ、こないだ悪口言ってたら連れてかれて、半殺しにされて帰って来たんだよ? そんな事ってあるかい…! ここを守ってくれるなんて、嘘っぱちさ! あたしらを締め上げるばっかりで、もう悔しいったら…!」
商人2「おいっ! 気持ちは分かるが、そん位にしとけ!」
商人はまだ良い足りないようだったが、口をつぐんで、そそくさと仕事に戻って行った。
街ではそこかしこで同じような不満が囁かれていた。
リヤン (皆、大分不満が溜まってるな…。
確かに、この小さな国の力では江の圧政を跳ね除けられない…。かと言って、草馬はもっとタチが悪い。獰猛な殺戮集団だ。
だが…、先日の草馬の襲撃で、江へ不満が一気に高まったのは確かだな…。暴動に繋がらなければいいが…)
リヤンは帰路を急いだ。
・・・・・・・・
リファは熱で苦しむ兄の額に、小さな手でおしぼりを置いてやった。が、それは全くうまく絞れていなかった。
リワン「リファ…、ビシャビシャだよ、コレ…」
リファ「えぇ?」
リファはすごすごと兄の額からお絞りを取ると、タライにもう一度絞った。
木を小刀で器用に彫って遊んでいたエイジャは、チラとリファを見ると、無言で近付いて来て
エイジャ「貸せ、下手くそ」
と言い、おしぼりを絞ってリファに渡した。
リファ「…ありがとう」
リファは聞こえない位 小さい声で言った。
エイジャはプイッとして、また元居た所にどすんと座った。
リワン「……。」
父が帰ってきた。
リファ「おかえりなさい!」
リファは駆けて行って、父に飛びついた。
リヤン「ただいま、リファ」
リヤンはリファごとクルクルと回った。リファはキャッキャと笑った。
ミーナ「おかえり。遅かったね。街は怪我人だらけでしょ」
リヤン「あぁ。そうだな。何やら、不穏な空気があるなぁ」
リヤンは息子の方へまっすぐに歩いて行くと、話しながら息子の傷の具合を確認した。
ミーナ「不穏な空気?」
リヤン「あぁ。暴動が起きないと良いが…」
ミーナ「そう…」
ミーナは台所で手を止めて言った。
リヤン「リワン、まだ苦しそうだな。大丈夫か?」
リワン「うん…。あの、父さま…」
リヤン「ん?」
リワン「この間の話だけど…、僕、近衛隊の見習いに入ろうかな…」
エイジャはピクリとした。
ミーナ「えっ?! あの子の護衛を引き受けるの?」
母は台所から振り返った。
リワン「ううん、そうじゃないけど…。今回 こんな事があって、ある程度は強くないと、って思ったんだ。
僕は医学が一番だけど、自分と、自分の周りの人くらいは守れないと、せっかく学んでも殺されちゃうなって…」
ミーナ「そう…」
母は浮かぬ顔をした。
リワン「…母さまは…、反対なの?」
ミーナ「何かね…、私 代々武将の家で育ったから、自分や家族が怪我しても、こんな事 思ったことも無かったんだけど…。今回 自分の子供がそんな酷い怪我をして、初めて怖いと思った。もし隊に入ったら…、あんたがまたこんな目に遭うんじゃないか、ってさ…。
だから、父さまみたいに、安全な所で医者だけやっててほしいっていうのが本音だよ…」
リヤン「街の診療に出る時は、安全じゃないがな。俺なんて、イチコロだ」
父は困ったように少し笑った。
父は今度はエイジャへ寄り、肩の傷の状態を確認し始めた。
リワンは熱っぽい顔で、母を安心させようと微笑んだ。
リワン「わかった、じゃあ できるだけそうするよ。大丈夫、自分の身を守るために武術を身につけるだけだよ。心配しないで、母さま」
ミーナ「ん…」
エイジャは、リワンに背中を向けながら思った。
エイジャ (母ちゃんがいたら…、俺も心配とか、されたのかな…)
路上生活から脱し、同年代のリファらと出会った途端、エイジャは以前より寂しくなった。何だかもう、涙が出そうな位だった。
エイジャは自分でも気付かずに、自分には与えられなかった無条件の愛を羨望した。
それは、天涯孤独な彼にとって、漠々(ばくばく)たる夢だった。




