第13話〈二年後〉腹心
〈二年後〉
朝、中庭ではアイラ〈六歳、黒髪の一つおさげが伸びている、青緑色のジャンパースカート〉が、いつものように母〈二十六歳〉に舞を習っている。
アイラは、二年前は母より遅れて踊っていたが、今はもう 母と同じ早さで踊っていた。
母「
一歩くるり 二歩くるり
くるくるり
背骨は吊られて またくるり
手は背から生える翼
脚は溝落ちから下 水鳥さん
掌から散らすのは
花か夢か星屑か
指先は遠くを通ってを翻し翻し
見えない足跡を
引いて描いて かき消して
指先一つ
目線一つに意思持って
一歩くるり 二歩くるり
くるくるり
背骨は吊られて またくるり
〈笑って〉そうそう、また上手になったわね、アイラ」
アイラ「うふふふふふぅ」
アイラは 母に褒められて満面の笑みで笑った。
リワン〈九歳。背が伸びている。金髪のボブ位の長さを、後ろにちょこんと結んでいる〉とリファ〈六歳。金髪の一つお下げ、ピンクのジャンパースカート〉が、いつものように父に付いて一階の医務室に入る所で、中庭を見て足を止めた。
リファ「アイちゃん、上手ね…。つい見ちゃうわ。小さいのに本当に上手」
リワンは妹を見て笑った。
リワン「小さいって、お前と同い年だろ」
リファ「そうだけど…」
兄妹は医務室前の広間から、アイラ達の踊る明るい中庭を見ていた。
二人の視線はアイラの舞いに吸い寄せられて、ポーッと立ち尽くしていた。
リヤンも 医務室の扉の前まで来たのに、ふと中庭へ目をやり アイラに目を奪われて、そのまましばらく立ち止まってしまった。
三人は、始終 中庭を見たまま話した。
リヤン「あの子は…、華があるなぁ」
リワン「はい…」
リファ「はな?」
リヤン「目を惹くって事だよ」
リファ「そうなの、つい見ちゃう! 何なんだろう?」
リヤン「〈微笑んで〉才能、だな」
リファ「いーなぁー」
リヤンはやっと中庭から目を外し、笑って娘を見た。
リヤン「お前にもお前の才能があるじゃないか。
さ、おいで。〈いたずらっぽく〉姫の舞を見ていると、魂が吸い取られてしまうぞ? きっとあの子の指先からは魔法が出ているんだよ。だから目が逸らせないんだ」
リファ「えっ?! 魔法?! すごい!」
リヤン「ハハハ。〈医務室の扉を開けながら〉ほら、早くおいで」
リファ「はーい…」
リワン (確かに…、魂が吸い取られてしまいそうだ…)
リワンは、緑がかった瞳で切なそうにアイラを見た。
兄妹は最後まで中庭に視線を残しながら、医務室へ入って行った。
・・・・・・・・・・
午後になると、アイラは父に呼び出された。父の隣には母が座っている。
アイラ「ごえい?」
王〈四十八歳〉「そうだ。お前も六つになったし、そろそろ この城の外にも出てみたいだろう。お前付きの護衛を立てようかと思う。お前の腹心となって、お前を支えてくれる者だ」
アイラ「ふくしん? …遊びに行く時は、いつもナザルが付いてきてくれるよ?」
王「彼は…、お前の護衛が決まって無事に機能し始めたら、別の仕事を頼もうと思っている。お前付きにはできない」
アイラ「えっ…、そうなの? ナザル、優しいのに…〈ややしゅんとする〉」
王「そうか…」
父は、娘の小さな声で漏らした評価を聞くと、目を伏せて 満足げにうんうんと頷いた。
アイラ「?」
アイラは首を傾げて父を見た。
王「いや…。皆、上の立場の者には よく見せようとするものだ。
だが、お前達のような子供相手でも態度を変えないのなら、信頼に足ると思ってな。まぁ、そうでなければ、初めからお前達を任せないが…」
アイラ「? ナザルはいつも、あのまんまだよ?」
王「そうか。いや、それが知りたかった。〈満足そうにそっと微笑む〉
お前付きの護衛の話だが、特に頼みたい者が居なかったら、近衛隊の中から募ってみるが?」
アイラ「え? うーんと…」
アイラは、パッとリワンが思い浮かんだ。
アイラ「リワンがいい」
王「……。」
父と母は顔を見合わせた。
王「確かに…、リワンはお前と気性は合うようだが…、〈半目になって〉というか、向こうが合わせてくれているのだろうが、彼はまだ子供だからなぁ…。それに、何よりあの子は医官志望だろう」
アイラ「うん…」
王「護衛になるには、近衛隊に入って武術を磨かねばならん。医官とは全く道が違う。リワンは やるとは言わないだろう」
アイラ「そっかぁ…。リワン いつも優しいし、えっと何だっけ?"しんらいにたる"? なんだけどなぁ…」
両親はまた顔を見合わせた。
王「確かに、腹心として最も大事な事は、信頼ではあるが…」
父は胡麻塩の顎髭を撫でながら思案した。
王「そう言えば…、リワンの母は確か、西方で代々武将の家の出だとか…。あれで結構、武術の方も やらせてみたら筋が良いのかもしれんな…」
王妃「でも、あの子の心は医術にあるのでしょう。行きたい道を邪魔するのはいけませんわ」
王「そうだよなぁ…」
父は眉をハの字にして、ポリポリと頭を掻いた。
アイラ (父さま、リワンのこと、子供だし医官志望なのに、突っぱねない…。きっと父さまもリワンの事、"しんらいにたる"なんだ…)
アイラは目をパチパチさせながら、黙って聞いていた。
父は再び顎に手を当てながら、娘の意向に沿える可能性を探っていた。
王「例えば…だが…、腕っぷしの方は もう一人付ける、というのはどうだろうな。リワンには医術の勉学に励んで貰い、その傍ら、武術も一通り身につけて、もう一人の交代役を頼む、という形は…」
王妃「そんな…、医術も武術も両方できるものなのでしょうか…。苦悩を強いるのでは…?」
王「まぁ、そう…だよ…な…」
父は再び眉をハの字にして、ポリポリと頭を掻いた。
王「リワンは賢く心優しい。あの子がお前の腹心になってくれるなら、これ程 安心な事はない。
だが、肝心の本人がどう思っているか…。〈半目になって〉そもそも、お前に付きたくないかもしれんしな」
アイラ「えっ…? リワンに嫌われてるかもしれないってこと?」
王「護衛というのは、時に主人の為に命を投げ出すような場面もある。
お前が、自分の命を賭けてでも 守りたいと思う程の主人でなければ、或いはそれに値する見返りが無ければ、引き受けてはくれまい」
アイラ「そう…」
王「それに、できれば見返りで引き受ける者でない方が良い。
見返りが無い時でも、お前自身に価値を感じて仕えてくれる者の方が、より信頼できる」
アイラ「?? ふーん?」
アイラはしばらく、小さな頭を左右に振りながら考えた。
アイラ「〈しゅんとして〉アイラ、リワンに死んで欲しくないから、やっぱり頼むのやめとく」
両親はまた顔を見合わせた。
王「そうか…」
両親は困ったような顔で、そっと微笑んだ。
・・・・・・・・・・・
<数日後>
リヤン宅では今晩も、家族四人が揃って夕食を共にしていた。
妻のミーナ〈二十九歳〉は料理にとんと興味が無い為、リヤン家のメニューはいつも至ってシンプルだった。昨日も今日も明日も、スープとパンと果物、たまに スープの代わりに 湖で獲れた魚の場合もあった。
ミーナは、料理について悟りを開いていた。
ミーナ「加熱して塩を入れれば、大概いいよ」
これが、彼女の到達した真理だった。
ミーナにとって、たまに子供達が獲って来る魚を捌くのは、かなり"頑張る"に相当した。
それを夫は知っているので、自分が獲ってきた時は、開いてから妻に渡すし、ミーナとしても、この所リワンが内蔵に興味を持ったのを良い事に、息子にばかりやらせていた。
リワンとリファの母 ミーナは、見た目は真っ白な肌に金髪、そして緑色の瞳、体格が大きく、ボンキュッボンの女性らしい身体つきだが、その中身はまるで男だった。彼女は、黙っているとその性格について、いつも大変な誤解を受けた。
馬は乗り回すし、弓も剣術もできた。夫であるリヤンよりも身体が大きく、頭がキレて、割合に冷淡だった。
彼女は、まだ西国の実家に居た頃、男のなりをして、父や叔父や兄弟に混ざって戦の前線に度々出ていたが、敵の返り血を浴びても、眉一つ動かさなかった。
ミーナの母は、このままでは 兄妹の中でただ一人生まれた女の子の、嫁の貰い手が無いと心配した。
家の男達は、彼女の性質や貢献を知っているので、別に良いじゃないか、中身は男なんだから、とゲラゲラ笑った。が、娘の活躍をその目で見ていない母にとって、そうはいかなかった。ミーナが年頃になった頃、母は 娘をどうにか"片付ける"事を決意した。
ある日 母は、ミーナの武勇伝に疎い役人の息子を見つけると、食事会だと言って見合いの席を用意した。ミーナは特に興味も無いので、黙っていた。相手の男は美しく可憐な女だと思い、ホクホクして承諾した。
話がまとまると、母は娘を無理やり追い出した。
家の男達は反論したが、"女の幸せを逃したら、一体どうなると思っているの!! 取り返しがつかないんだから! おばさんになってから、子供は産めないのよ!"という母の剣幕に"そういうもんかな?"と押し黙った。
しかし、娘は一月もしない内に帰って来た。街の噂では、夫と"差し違えた"という話だった。母は愕然とし、その日から病床についた。
母の病床に往診に来た医者には、東国の留学生が助手として付いて来ていた。
ミーナは母の寝台の横で彼を見た途端、矢に打たれたかと思って、思わず自分の背中を振り返った。そして彼女はその日の内に、その留学生を自室に引っ張り込むと、片手で押し倒して乗っかった。それが現在の夫、リヤンである。
程なくして、二人の間には天使のように可愛い子供が二人できた。
しかし、彼女にとって子育ては、暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で仕方がないものだった。子供はこの上なく可愛いが、本来の彼女の興味ではなかった。
ミーナは暇つぶしに、リワンが歩けるようになった頃から、木の棒でリワンとチャンバラごっこを始めた。ヨチヨチ歩きの子供相手に、いつも大人気なくコテンパンにやりこめ、幼いリワンはいつも尻餅をついたまま泣かされた。ミーナは、子供が泣いていても特段表情を変えなかった。眉間に皺を寄せ、めんどくさ、と思った。
彼女はまた、手製で幼児用の弓を嬉々として作り、リワンに弓術も教えた。
ミーナは初め、妹のリファにも同じように教えようと目論んでいた。
が、リファは身体が弱く 途中で倒れてしまうわ、それをリワンが泣きながら庇うわで、面倒になって諦めた。
ミーナは、リファに向かってあからさまに舌打ちした。
ミーナ「あんたさ、どうしてそんなに身体が弱いわけ? 生き残れるのかね?」
片言を喋り始めたばかりのリファは、はぁはぁと喘いで泣いた。
リファ「マンマ… ふえぇえぇ」
ミーナ「ったく、しょーがないね…」
ミーナは、ぽよぽよしたリファを抱き上げた。抱き上げたら、自分の一体どこにそんな母性本能が眠っていたのか甚だ謎だったが、堪らず抱きしめたくなった。ポヨポヨしたリファをギューっと抱きしめると、時間が止まった。赤ん坊の頭や顔からは、信じられないくらい良い匂いがして、もうどうにも愛おしくて堪らなくなり、ミーナは娘の顔中に口付けるのだった。彼女は 我ながら、
ミーナ (何だこれは?!)
と思った。
リヤンが帰国を決めた時、ミーナは、生まれ育った国から遠く離れることも、実家の家族と もう二度と会えなくなるかもしれない事も、それ程 深くは考えなかった。リヤンとは 人種も性格も興味も、何もかも違ったが、この穏やかで 心優しい男と一緒に居られるならば、別にどこに行ってもいいと思った。ミーナは、一目惚れという 直感一つで、遠路はるばるこの辺鄙な砂漠の王国まで、幼い子供達を連れて夫に付いて来たのだった。
・・・・・・・・
食卓でスープを飲みながら、リヤン〈三十六歳〉は口を開いた。
父「リワン…。お前に伝えるべきか迷っているんだが…」
リワン「? うん」
リワンは顔を上げて父の顔を見た。
父「王様からある話をお聞きしてな…。アイラ姫付きの護衛を探しているようで、姫はお前の名を上げたそうだ」
リワン「……。」
リワンは目を見開いた。
父「だが、護衛は命懸けだと聞いて、姫はそれなら頼みたくないと言ったそうだ」
リワン「……。」
リワンは目をパチパチとして聞いていたが、スープに目を落とした。
父「護衛になるには、近衛隊に見習いとして入って武術を磨かないといけない。お前ももうすぐ九つだ。時期としては悪くない。
だが、肝心のお前の興味は、医術にあるのだろう?」
リワン「はい…。僕は…、父さまみたいになりたいです」
父「王様もお前の意向はご存知だ。
だが…、武術に長けた者をもう一人付けて、お前はその者の交代役にどうかと話しておられた。勿論、一通り武術は磨かねばならんが、医官への道を優先して構わないそうだ」
リワン「……。」
リワンは黙った。食卓に咀嚼音が続いた。
リファは兄の表情を見ると、パンをムシャムシャかじりながら小さな声で言った。
リファ「……。リファはやだな。アイちゃんのお付きになったら、リファと遊んでくれなくなるんでしょ?」
リワン「そう…かもな…」
母「〈息子の表情を見て〉あんた、アイラの事はどう思っているの? 気に入られているみたいだけど、無理してあの子に合わせているなら、あんたがすり減っちゃうよ? ワガママだって話もちょくちょく聞くし…」
リファ「〈パンをムシャムシャしながら〉アイちゃん、ちょっとおバカさんだけど、面白いよ?」
リヤン「リファ…、姫様におバカさんはダメだ」
リファ「〈しゅんとして〉はい…」
リヤン「…因みに…、どうおバカさんなんだ?」
リファ「あのね、あのね、アイちゃんいつも王様に言い返すの。黙って「はい」って言っといたらいいよって昨日リファ言ったのに、アイちゃん今日も言い返したの。昨日の昨日もリファ言ったのに、毎日おんなじ喧嘩するの。毎日だよ? その喧嘩、昨日終わったのに、ってリファ思うの」
リヤン「なるほど…? 因みに、王様は姫に何て言うんだ?」
リファ「顔洗ったか、って」
リヤン〈半目になって〉(下らない…)「なるほど…。 それで? 姫は何て言い返すんだ?」
リファ「毎日同じこと聞かないで! って」
リヤン/リワン 「〈眉間に皺を寄せて〉……。」
リファ「アイちゃんが、毎日同じ事聞かないで、って言ってるんだから、王様もわかった、って言えば良いし、アイちゃんも はい、って言えば良いと思うの。
でも二人とも、次の日もおんなじ喧嘩するの。二人とも次の日には、また最初からなの。昨日話したこと、毎日忘れちゃうのかな? リファ、おバカさんだなって思う。あっ」
リファは慌てて口を押さえた。
リヤン 「…なるほどな。〈ボソっと〉そりゃ、どっちもどっちだな…」
リファ「王様もおバカさんって事?」
リヤン「そんな事は言っていない。王様に おバカさんはダメだ」
リファ「〈しゅんとして〉はい…」
リワンがスープを見ながら口を開いた。
リワン「僕は…、姫を嫌だと思ったことは無いよ。特に…どうとも思ってない、かな…」
リワンは思い出して、顔を綻ばせた。
リワン「むしろ顔がコロコロ変わって、見ていて面白い…かな…」
家族は、リワンの顔をじっと見つめた。
リワン「〈父を見て〉父さま、この話は 僕から何か言った方がいいのかな?」
父「いや。正式に依頼された訳ではないから、こちらから言う事も無いだろう。
王様がこの話を遠慮がちに私にしたのは、娘の本意を伝えておきたかった、という親心だと思う。それに、王様ご自身も 悪くない話だと思われたのだろうな」
リワン「うん…」
父「王様は、お前の意向は分かって下さっている。
だが万が一、お前が姫の護衛を引き受けても良いと思うなら言ってほしい、という所なんじゃないか? 探りを入れているのだろう」
リワン「はい…」
父「もしもそうなるなら、嫁入りまでの長い付き合いになる。覚悟が要る事だ」
リワン「……。」
リワンは再びスープに視線を落とした。
父「まぁ、第一 お前はまだ子供だからな。恐らく、ナザルさんのような即戦力の人が付くだろう。お前が是非そうしたいというのでないなら、この話は気にしなくて良い」
リワン「うん…」
リワンは夕食の後 家の外に出ると、立ったまま湖を眺めた。
乾いた冷たい風が、彼の美しい金色の髪を揺らした。
リワン (第一王女の護衛か…。それって責任あるよなぁ…。
武術に長けた者を他に付けると言っても、姫を守らなきゃならない時に、医術を優先させて学べるのかな…? いや、無理だろう。中途半端は姫にも患者にも悪い。第一、頼まれた訳でもないし。大人しくしておこう…)
リワンは夜風に一つ身震いすると、踵を返して再び家の中に入っていった。




