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砂漠の月  作者: kohama
13/37

第13話 服従

<数週間後>

ごうの特使が、配下を引き連れて碧沿へきえんの城に到着した。


二階の広間には、江人の特使達が偉そうに立っている。

すぐ後ろに、城の江人の常駐役人であるリュウと、その一派が控えている。


碧沿へきえん王であるアイラの父は、青い顔をしながら、形ばかりの王座にどうにか威厳を保って座っているというていであった。

この日は、王女であるアイラも同席させられていた。不機嫌に眉を寄せたアイラのすぐ後ろには、護衛のナザルが付いている。

王族の並びには、王の姉と、異国に取られずに残っている姉の子供、王の異母兄弟の姉と、その子供達が控えていた。子供達は皆、アイラ達より随分と年上だった。

一番隅の方に、従者の格好をして髪をおおったリワンとリファが、リヤンの後ろに控えて参列していた。


リワンとリファは、アイラとは四代 さかのぼった血縁であり、関係性としては全くここに列席するものではなかった。

がしかし、アイラがごねたため、彼らも参列することになったのであった。


・・・・・・・・・・・・・・


<数日前>

リファとリワンは夕方が近くなると、一階の広間から二階の広間へ階段を上がり、アイラを呼びにいった。

リファ「♪アーイーちゃん! あーそーぼっ」

リファが二階の広間でアイラを呼ぶと、アイラはゼダガエルを抱きしめ、父に反抗していた。

アイラ「いや! 江の人達となんて会わない! きらいだもん!」

王「アイラ…」

アイラ「今度は誰を連れて行くの?! 〈王妃の方を見て〉母さまもあの人達と会ったら駄目だよ! 連れて行かれちゃうよ!」

王妃「アイラ…」

王「今回は誰も連れて行かん」

アイラ「大人はウソつくもん! 絶対やだ!」

王「〈ため息〉アイラ、我儘わがままを言うな。王女として、今回は出迎えねばならん」

アイラ「やだ!」

王「〈ムッとして〉じゃあ、今日からご飯なしだ!」

アイラ「いいもん!」

王「じゃあ、ここから出ていけ!」

王妃「あなた…」

アイラ「いいもん! ここから出たことなかったから、出てみたかったもん!」

アイラはゼダガエルを抱きしめ、意地を張ってブスッと下を向いたまま、広間を出て行こうとした。

王「こら! アイラ!」

王妃は立ち上がり、娘を追いかけた。


アイラは泣きそうな顔で、リファのそばを通り過ぎようとした。

リファ「〈心配そうに〉アイちゃん…?」

王妃「〈娘に追いつき 手を取る〉あぁ、リファ、リワン。遊びに来てくれたのに、ごめんね…」

リワン「どうしたんですか?」

王妃「ん? んー…。今度、江のつかいの人が来る時に、この子、出ないといけないんだけど、出ないって言って…」

リファ「なら、リファもいっしょに出てあげるよ!」

アイラ「〈泣きそうな顔を上げて〉え…?」

リワン「えっ?!〈こそっと〉こら、リファ」

リファ「そしたらアイちゃんもでる?」

アイラ「え…、……。それでもやだ」

リファ「そっかぁ」

アイラは口をへの字に曲げて、ゼダガエルを小脇にギュッと抱え、母の手を引いた。

アイラ「母さまも、こんな所 出て行こうよ! ここにいたら、いつか連れて行かれちゃうよ?」

母は悲しそうに笑い、娘の頭を撫でた。

王妃「本当ね。あなたは、賢い子だわ…」


リワンがおずおずと口を開いた。

リワン「あの…、じゃあ僕も…」

アイラ「〈うるうるした瞳でリワンを振り返り〉え…?」

リワン「僕も一緒に出てあげますよ」

アイラ「〈目をパチクリして〉……。」

王妃「でも…」

王「〈後ろから近付いてきて〉リヤンに話してみよう」


王が、数少ない"友人"であるリヤンに話してみると、彼は初め、難色を示した。

リヤン (子供達が目をつけられたら困る…。二人とも、江の連中には物珍しく映るだろう。特にリファは、西方せいほうの人形のようで、狙われるかもしれない…)

リヤン「いや…、私達は血が流れていると言っても薄いですし、遠慮しておきます」

王「〈残念そうに〉そうか…。いや、そうだよな。すまない、無理を言った」

友の残念そうな声に、リヤンはポリポリと頭を掻いた。


リワン「〈チラリと父を見ると、独り言のように〉僕…、江の特使の人達を見てみたかったな…」

リヤンは目をつぶった。


再び目を開けると、ゼダガエルを抱きしめ、口をへの字に曲げたアイラを見て、リヤンはため息をついた。

リヤン「……。二人とも髪をおおって、使用人の格好をさせてなら…」

アイラは眉根を寄せたまま、友人の父をそっと見上げた。

アイラ「…リワンが来たって、やだもん…」


リヤンはアイラの前にしゃがみ込むと、アイラと目線に合わせて微笑んだ。

リヤン「姫…。弟を連れて行ってしまった人達と会いたくないという、あなたの気持ちはもっともです。そりゃあそうですよね。

ですが、だからと言ってこのお城から姫が一人で出て行って、どうなるのですか? ご飯はどうやって食べるのですか? どこに泊まらせてもらうのですか?」

アイラ「〈口を尖らせて〉……。」

リヤン「全ての望みを通すことはできなくても、"落とし所"というものがあるものですよ」

アイラ「おとしどころ?」

リヤン「そうです。特に、ここのような陸続きで異国に囲まれた国は、交渉、つまり話し合いが大事です。あなたも王女なら、よく覚えておかれる事です。

私も折れました。姫、あなたもここら辺で折れたら、食べ物も泊まるところも失いませんよ」

アイラ「???」

アイラは険しい顔をしながら、ゼダガエルを見つめてしばらく考えた。

アイラ「〈しょんぼりと〉おとしどころ、…する」


・・・・・・・・・・


アイラは 王座の近くの席から不安そうにチラリと、脇の方に居る 付き合ってくれた友人達を見た。

リワンが気付くと、妹を肘でつついて気付かせた。

リファは、父の後ろからアイラにニコリと笑いかけた。

アイラはそれを見ると、またしょんぼりと正面を向いて、退屈そうに足をぶらぶらと動かした。


江の特使は、脇の方に出揃った王族を横目で眺めた。

特使 ( ほうほう…。王の実子の他に、"使える"のはいるか…?

ん…? あの隅の従者の後ろに、変わった顔立ちのがいるな…。あの従者の子供か…?)

王『〈咳払いをして〉遠路はるばる よく来られた。揃ったようなので、始めよう』


特使は咳払いをすると、勿体ぶって話し始めた。

江の特使『既に書簡でも伝えた通り、我々ごう国は、ここ碧沿へきえん王国を西域諸国の統治の拠点と定めた。

我々は今後、この近辺 一帯のオアシス国家 三十ヶ国余りを平定し、西国さいごくへの道を強化するつもりだ。

東と西を結ぶ交易路の発展を促し、経済と文化の繁栄を目指す。

貴国におかれては、そのための軍事、食糧、物資、その他の供給に努めてもらう。

今後、ここ碧沿へきえんは更なる発展が見込まれるであろう』

江の特使は、偉そうな口ぶりで朗朗ろうろうと述べ終えた。

アイラ (??? 言葉がわからない…)


王はほんの数秒、何も言わなかった。この小さな王国の王としては、それが最大限の抵抗であった。

アイラ (〈横目で父を見ながら〉あの人が何て言ったかわからないけど、父さま、イヤなんだ…)

王妃はチラと夫の顔を見た。他の碧沿へきえん人達も、ごう人も、王を見た。

城の草馬そうま人の常駐役人達は、片眉を上げて王を流し見た。

王は、乾ききった口で答えた。

王『謹んで…、お受け致す』

王はゆっくりと頭をげかけた。


アイラ (?! 何よ、いつも私には偉そうに言うのに…)

アイラはわずかに頬を膨らませて思った。

そしていきなり、彼女は父の近くの席で発言した。


アイラ「父さま、イヤだったらイヤって言いなよ!」


場は凍りついた。

王を初め、碧沿へきえん人は皆 息を呑んだ。

草馬そうま人の常駐役人は眉を上げ、口元の笑いを隠すために下を向いたり、手で口元を押さえたりした。

ごうの特使達の目は、静かに恐ろしい光を帯びてアイラを見た。


皆が固まった所へ、アイラは江の特使を睨み返して なおも続けた。

アイラ「ゼダを返してよ! どろぼうさん! 私の弟なんだから! 今どこにい…キャ!」

後ろに立っていたナザルが、遅ればせながらアイラの口を覆い、身体ごとひょいと抱っこした。

アイラを抱っこするナザルの大きな手は震えていた。


アイラは小さな両手でナザルの手をどけ、ジタバタしてまた叫んだ。

アイラ「何するの! どうして どろぼうさんの言うことを聞かないといけな…むぐっ!」

アイラは再び、震えるナザルの手で強引に口元を押さえつけられた。今度は先程のような、子供だからとか王女だからという遠慮は一切無かった。

ナザル「〈鬼気迫る形相で 声をおさえて〉姫! 今 喋ってはいけません! 場をわきまえて下さい!」

アイラは、ナザルの力があんまり強くて怖かったので、ナザルに抱っこされたまま 仕方無く黙った。


広間は、サワサワとささやき声に包まれた。

脇で見ていたリヤンは、冷静な彼にしては珍しく、驚愕した瞳で娘の友人を見た後、江の特使の顔に目を走らせた。

リファはヒソヒソ声で兄に何か聞いてきた。

リファ「ねぇどうし…」

リワンは急いで妹の口を手でふさぎながら、愕然として思った。

リワン (あの子…、やばい子だ…! )



誰から口を開いたら良いのか、皆 見当が付かなかった。

王は突然の胃の差し込みに、腹を抑えてうめき声を漏らした。

王「う…うっ」

王妃「!」

王妃は王座から立ち上がって、夫の背中に手を当てた。


江の特使は 伸ばした顎髭をいじりながら、暫くどうしようかと思案していたが、勿体ぶって口を開いた。

特使『一応、我々もここへつかわれるにあたっては、こちらの言葉も少しはできるのですがね、聞き間違えでなければ、〈王を睨み 威圧的に〉"イヤならイヤって言いなよ"と聞こえたのだがな…?』

王は間髪入れずに答えた。

王『いや、幼子おさなごの言うことゆえ、貴殿が気にされるような事では…』

特使『ほう。〈猫撫で声で〉…その子は…ゼダぎみが弟ということは、貴殿の娘ですな?』

王『〈額から脂汗を出して〉は…あ…。これは ちと場の読めぬ所がありまして…。も…、申し訳ない…』

特使『〈たのしそうに〉普段から貴殿が"イヤだ"と言っているのではないのですかなぁ? 子供は大人の言うことをそのまま覚えますからなぁ〈王を睨み上げる〉』

王『〈脂汗を垂らして目を伏せ〉いや、そのようなことは…、うぅ…っ〈胃を抑えて丸くなる〉』

特使『フッ。そうですか、なら良いのですがなぁ』

王は胃痛にもだえながら、うんうんとうなずいた。


特使は、まだ立場の弱い者をいたぶろうと、眉尻を下げてわずかに思案した。

特使『〈意地の悪い顔で笑い〉それこそ、こちらには貴殿の息子のゼダぎみがおりますからなぁ。何でしたら、〈アイラを見て〉その子も一緒にお預かりして、育てても良いのですぞ? 姉弟きょうだいは一緒が一番ですからなぁ』


その時、それまで黙って夫の背中をさすっていた王妃が、鋭い声を出した。

王妃『なりません!』

場は再び一気に静まり返り、一同は王妃を見た。

アイラもナザルに抱っこされたまま、ハッとして母の顔を見た。

王妃はもう一度、目に凄みを持って言った。

王妃『なりません。その子は私が育てます』

王は胃を抑えて丸くなりながらも、妻の 追い詰められ、怒りで涙のにじんだ瞳を見た。

アイラ (母さまが…怒ってる…)

アイラは母のそんな顔を見た事が無かった。これ以上何かしたら、食らいつきそうな剣幕だった。


江の特使は、また顎鬚をいじりながら、眉を下げてニヤリと笑った。

特使『フ…。森で遭遇して一番怖いのは、子育て中の母熊と言いますからなぁ。〈王妃に〉全て、あなた方次第ですよ』

王妃は目を伏せ、震える息を吐いた。握った華奢な拳が 小刻みに震えていた。


特使は一度咳払いをすると、一同に向かって 厳然と言い放った。

特使『宜しいか! 今後は全面的に、我々の指示に従って貰う。一切の反抗は許さない。逆に、我々に有利に働く者は厚遇する。心して貰おう!』


王は口を一文字に結び、王座からヨロヨロと立ち上がると、奥歯を噛み締め、ゆっくりと頭を下げた。そのぎこちない動きから、彼の心がいかに苦渋であるかが、その場の誰にも読み取れた。

王妃も、王族も、碧沿へきえん人の重臣達も、王に続く形で、皆 頭を下げた。


ただ一人、アイラだけは頭を下げずに、ナザルの腕の中で その光景を目を丸くして見ていた。

アイラ (父さまが頭を下げてる…。あの父さまが…。母さまも…、みんなも…。

どうして? イヤなのに、どうして…?!)


この日の事は、アイラにとって 幼い頃の遠い記憶になるにも関わらず、忘れ得ぬ光景となった。

アイラは思った。

アイラ ("おとしどころ"なんてウソじゃない! こっちが全部 "おれた"じゃない! バッキボキに、全部!!)


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