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砂漠の月  作者: kohama
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第11話 リワンの秘密

七つになるリワンは、物静かで聡明な男の子だった。

整った美しい顔立ちに金色の髪と緑がかった涼しい瞳を持ち、恵まれたことに運動神経も良かった。その上 心優しく、彼は一見、完璧な存在のように見えた。


がしかし、リワン少年には決して人には言えない秘密があった。

どういう訳か、「中身」が気になって仕方がないのだった。

それはほとんど、"偏執へんしつ的"と言っても 差しつかえないものだった。


初めは、はとが何かにかれて潰れているのを見た時だった。

普通なら気持ち悪がるだろうそれを、リワンは吸い寄せられるように見に行き、長い事そこにしゃがみ込んで見ていた。

その内に、木の枝を二本拾ってきて、内臓がはみ出しているのを引っ張り出してみた。

リワン(うわ、臭っ! でも…、何だこれ…?)

リワンは、頭の中で強烈に星が弾けるのを感じた。


リファ「兄さま、何してるの? ひゃっ!」

後ろから近付いて来たリファが、驚いて後ずさった。

リファ「〈怯えて〉に…、兄さま…?」

リワン「〈慌てて死骸に足で砂をかけ、立ち上がってバツ悪そうに目を逸らし〉何でもない。…お前、父さまや母さまに言うなよ? 言ったらもう一緒に遊ばないからな」

リファ「…!」

アイラ「〈後ろからかけて来て〉リファ、どうしたのー?」

リファ「〈兄の視線をチラチラ気にしながらオドオドと〉…何でもない」

ナザル「……。」

護衛のナザルは、少し離れた所から退屈そうに一部始終を見ていた。



その日の夕方、湖畔のリワン達の家の前で 追いかけっこを始めたアイラと兄を、リファは羨ましそうに見ていた。

リファ(いいなぁ。私もアイちゃんみたいに ずっと走れたらいいのに…。兄さまが遊んでくれなくなったら…どうしよう…)


家の中から母が洗濯物を取り込みに出て来ると、リファは洗濯物の陰に隠れて 母のスカートにいきなり抱きついた。

母「何? どうした? リファ」

四つのリファは、困ったような顔でやや思案すると、小さな声で、言うなと言われた所までを言った。

リファ「あのね、母さま…」

母「ん?」

リファ「兄さまがね、はとさんのお腹を引っ張り出してたの。すごく気持ち悪いの。それでね、あのね、あのね、リファに言うなって言ったの。言ったらもう遊んでくれないんだって」

母「〈手を止めて〉……。ふーーーん?」


母は半目になり、眉間に皺を寄せ、片眉を上げた。

母「〈ボソリと〉血は争えないってね…」

リファ「え?」

母「〈また洗濯物を取り込み始め〉何でもない。分かった」



夕焼けが湖を赤く染める頃、父が湖畔を歩いて城の医務室から帰って来た。

リヤン「おや、チビすけ達、今日も元気だな」

リファ「父さまー!」

リヤン「〈腕にしがみついたリファごと回りながら〉お、リファ、また重くなったな〈笑う〉」

リワン「〈微笑んで〉おかえりなさい」

リヤン「ただいま」

ミーナ「ちょっとあんた達、水瓶に水汲んでおいて」

リワン・リファ「はーい」


アイラは、幸せな夕焼けの景色の中、友人の家族をまぶしく見た。

アイラ (……。)

彼女は ほんの今まで彼らと一緒に遊んでいたのに、突然一人ぼっちになったような感じがした。

アイラ (なんか…、帰りたいな…)

アイラは 一人ポツンと立って、幸せそうな一家を眺めていた。

護衛のナザルは 少し離れた所から、彼女のその寂しそうな小さな背中を見ていた。

ナザル (姫ってのもなぁ…。一見、何もかも持っているようでいて…)

ナザルは 夕焼けの中、顎を撫でながら思った。



リワンもおけを持って湖に向かう時、自分達を見るアイラの寂しそうな瞳に気付いた。

リワン「…姫?」

アイラは、リワンが足を止めて自分を見ているので、困ったように目を逸らした。

ミーナ「〈洗濯カゴを持ちながら、叫ぶ〉アイラー! そろそろ帰らないと皆さん心配するよー!」

アイラ「か…、帰る! ナザル、行こう」

ナザル「〈尻をはたきながら〉はいよ」


ナザルは、小さなアイラの後について湖畔を歩いた。

少し歩いてからアイラはナザルを振り返ると、おずおずとその小さな手をナザルのゴツゴツとした大きな手と繋いだ。

ナザル(おっ…?)

ナザルは強面こわおもてと筋肉質なその身体に似合わず、ごく優しい力でアイラのもみじのような湿った手を握った。


日が暮れる頃、城へ帰り広間に母の姿を見つけると、アイラはナザルの手をパッと離し、嬉しそうに母に飛び込んで行った。

アイラ「母さま! ただいまー」

母「おかえり、アイラ!」

母はアイラを抱っこすると、ほっぺに沢山チュッチュと口付けた。

アイラは満足そうに にっこりしている。

ナザルは、広間の入口で アイラと繋いでいた手を頭の後ろに組むと、そっと口元をほころばせた。

ナザル(やれやれ…)


・・・・・・・・・


ミーナ「〈夫に〉ねぇ、ちょっと…」

子供達を水汲みに行かせている間に、ミーナはさっき娘から聞いた話を夫に伝えた。

父「そうか…」

母「〈横目で夫を見ながら〉誰に似たんだか?」

父「フッ。言うなと言ったって事は、悪い事だと認識しているのか。

あいつの事だから、知識欲に倫理観が負ける事は無いだろうが…、念のため そこら辺を確認しておかないとなぁ」

母「そうだね」

かくして、リワン少年の秘密は、その日の内に家族の知る所となった。



台所で夕食の支度を始めた母は、昼間 子供達が湖でってきた魚をさばきにかかった。

リワンは はたと足を止めて、その様子を後ろから じっと見ていた。彼の緑がかった瞳は、どこか底気味そこきみ悪く光った。

母がふと振り返ると、息子が目を見開いて 魚の内臓を見つめていたので、母はギョッとして顔をしかめた。

母「うわっ!?」

リワンはハッとして、いつもの優しい瞳に戻って母を見上げた。

母「ちょっと…、あんた 何か怖いよ?」

リワンは言い訳するように、はにかんで言った。

リワン「あ…、ごめん…。魚の中身って、こうなってるんだなぁ、と思って…」

母「……。興味あるなら、あんたさばいたら?」

リワン「え、いいの? やる!」


リワンは作業に取り掛かると、ニコリともせずに、目を光らせて 魚の内臓を一匹一匹 一心に分類し始めた。

リワン (鳩とは違うんだな…。魚の臓器の種類は 全ての魚で同じなのかな? 鳥の臓器も、鳥なら全部同じ種類を持っているのか? あぁ、もっと色んなのをバラしてみたい…!」


リワンは我ながら、自分のおぞましい欲望にハッとした。

リワン(バラすって…、おいおい、大丈夫か自分…。もしかして、僕って殺人鬼か何かの血でも入ってたりするんじゃないだろうな…)

リワンは考えを振り払うために、軽く頭を振った。

ミーナ「……。」

ミーナは半目になりながら、そばで腕を組んで 息子の様子を観察していた。


リワン (でも…、魚なら…バラしてもいいよな? 食べるんだし。鳥は? そうだ、食べる鳥なら良いよな? だってどうせ肉になるんだし。そこの線引きって何だろう? 不必要に殺すのはダメってことかな…。

そうだ! それなら、今度 肉屋に行って見学させて貰おう! あぁ、できればやらせて貰えたらもっと素敵だ! 確か、北大路のはずれで屠殺していたはずだ…!)

リワンの緑がかった瞳は、爛々(らんらん)と光った。


父「……。」

父も食卓から、息子のその様子をじっと見つめていた。



その日のリヤン一家の夕食は いつもより随分と遅くなり、そして静かだった。咀嚼そしゃく音が続く。

リファは おどおどしていた。

リファ(どうしよう、話しちゃいけないのに話しちゃった。兄さまにばれるかな?)

父(どうしようかなぁ、今夜言おうか? もう少し様子を見ようか…)

母(あれ? 魚、ちょっとしょっぱかったかな…)


リワン「……。あの…」

リワンが口を開くと、リファはビクッとなった。

父と母は、それ来たというに息子の方を見た。


リワン「姫は…、どうしてあんな寂しそうな目をするのかな? この前もそうだったし…」

父「あぁ…」 (そっちか…。早速 肉屋に行きたいとか言うのかと思った…)


父「姫はな、ゼダぎみという一つ下の弟が居たんだが、その子がごう国に人質に取られてしまってな。お前達が姫さまと出会う少し前の事だ。

父君ちちぎみもいつも忙しいから、姫が甘えられるのは母君ははぎみだけなんだよ。だから、我々のような皆揃った家族を見ると、寂しく思うんじゃないかな」

リワン「そうなんだ…。知らなかった…」

リファ「アイちゃん、かわいそうね」

リワン「ん…、この国の王家はなぁ。でも、お前達も薄いとはいえ、その血が流れているからな。他人事じゃないぞ」

リファ「?」

リワン「……。」

母「〈一つ息をついて〉……。明日 さそりに刺されて死んじゃうかもしれないのに、もっと先の事を心配するなんて、無駄の極みだね。一年後に自分がどこに居るかなんて、どうやってわかるの? 異国かもしれないし、あの世かもしれない。今日 魚が食べられて幸せ、それでいいじゃない」

リファ「おさかな、しょっぱいよ?」

母「げっ、やっぱり?」



リワンは 夕食の後、さりげなく外に出た。

家の中の三人は、静かに閉まった扉の方を見た。


リワンは 外のお茶の椅子に腰掛けると、ふーっと一つ息をついた。

満点の星空に半月が昇り、チャプチャプと湖が小さな波音を立てている。

リワン(姫に弟が居たなんて…。もしリファが連れて行かれたら、僕はどう思うんだろう…?)

リワンは、いつも自分の後ろにくっついている妹が居なくなる事を想像してみた。

リファ「〈家から出てきて、壁からソロソロと顔をのぞかせて〉兄さま? 何してるの? 寒いよ?」

リワン「リファ、喋ってないだろうな?」

リファ「しゃべってないもん」

リワン「ならいい」

リファはオドオド上目遣いに兄を見ると、また家に入って行った。

リワンは、リファの居なくなった出口を見つめた。

リワン(やっぱり…、寂しいよな…)



リワンは、カタンという ごく小さな物音がしたのを聞いた。それは、研究室の脇に幾つも置かれているウサギのかごからで、ウサギが籠の中で争って物音を立てたのだった。

リワンの目は 月夜に鈍く光り、彼は 椅子からすっと立ち上がった。


リワンは、研究室の前を通り過ぎ、ウサギの籠の前まで来た。

籠はいくつもあり、ウサギは沢山飼われていた。一匹くらい居なくなっても、分からないかもしれなかった。リワンは、籠の中のウサギ達を、立ったまま少しの間 見つめていた。


彼は籠の前にしゃがみこんだ。

リワン (ウサギは獣だけど、何の仲間なんだろう? 魚でも鳥でもないから、中身も違うのかな…)

彼の緑がかった瞳は、また爛々(らんらん)と光った。

リワンが 手をそろそろと籠の蓋に伸ばした その時、


リヤン「ウサギは乳で子供を育てるだろう。体温もある。子供を卵でなくて、子宮で育ててから産む。人間の仲間だよ」

リワン「!!」

後ろから父の声がして、リワンは心臓が止まりそうになった。


リヤン「分裂して増えたクラゲは、病気になると 水槽の全てのクラゲが同じ病気で全滅する。

かたや、我々のように オスメスを掛け合わせて次世代を創る生き物は、この全滅を回避できる可能性を秘めている。

がしかし、やはり半分はどちらかの親の分身だ」

リワン「??」

リヤン「半分は私の分身であるお前が、何を考え、どう感じているか、分身ぶんしん元である俺には手に取るように分かる、という事だよ。子供の頃の自分を見ているようだ〈微笑む〉」

リワン「……。」


リヤンは 息子の隣にしゃがんだ。

リヤン「今度、そのウサギの何匹かには、薬の実験に貢献してもらう予定なんだ。

せっかく犠牲になってもらうんだから、その後、一緒に解剖してみよう。使えることには全て使わせて貰おう。最後は皮をはいで、それも有効に使わせて貰おう」

リワン「〈目を見開いて〉…はい!」


リヤンは微笑んで、息子の 貪欲に希求する瞳をじっと見つめた。

リヤン「リワン…。知りたい気持ちが爆発しそうだろう?」

リワン「…はい…」

リヤン「でも、倫理を超えてはならないよ」

リワン「りんり…?」

リヤン「そうだ。知りたい気持ちが先立って、無駄に命を奪ったりしてはダメだ。特に、お前は まだ子供だからな〈息子の頭を撫でる〉」

リワン「はい…」


リヤン「大人になっても同じだ。

知識欲・研究欲が進めば、動物の次は人で試したくなる。知りたい気持ちが優先されれば、多少の犠牲も大きな目でみれば有益だからと、正当化したくなるかもしれない。

だが、人であれ、例え小さな動物であっても、命には魂がある事を忘れてはダメだ。自分が相手の命を好きにできるという錯覚に陥らないようにしないとな。命は対等だ」

リワン「はい…」


リヤン「それでも、被験者…、つまり"実験の為の命"と思えてきてしまった時には、その人には固有の性格があって、何気ない会話をする家族や知り合いがいて、泣いたり笑ったりする感情がある事を、想像しないといけないよ? いいか、ちょっと面倒だが、想像するんだ。 必ず、思いをせるんだぞ?

じゃないと、感情を無くした理知は、ともすれば合法的な殺人鬼にもなり得るからね」

リワン「?? は…い…」


リヤン「今はまだ経験が無いから 理解できないだろう。今後も何度も口酸っぱく言うさ。

身体やその中身は開けば見えるけど、優先すべきは、目には見えない心だという事だ」

リワン「はい…。優先すべきは心…、覚えておきます」

リヤン「うん。くれぐれもな。さぁ、風邪引くぞ? 入ろう」

リワン「はい」


リワンは、穏やかで心優しい性格だった。

だが同時に彼は、自分が眉ひとつ動かさずに 生き物を切り開く事ができる確信があった。

その中身には、個性豊かな臓器が 幾つも美しく立体的にめ込まれていて、精緻せいちなそれらの造形は、神の領域であると彼は感じていた。


彼は、相手の心に思いをせる事を怠るような性格では無かった。

どちらかといえばその逆で、自らの感情を理性で抑え込んでしまい、無自覚なきらいがあった。

それは、時に修羅場となる街の診療所で、図らずも身についてしまったものでもあったが、どちらかと言えば、彼の持って生まれた性質に、後天的な環境因子が火をつけたものと言った方が正しかった。

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