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9話 俺と、神父と、黒い棺


「背中のこれ、と申しますと……その黒い棺ですかな?」

神父は不意を突かれた、とでも言うように険しい顔を崩してきょとんとした。

その言葉に頷いて、俺はもう少しだけ前に出た。通路を妨げない位置まで来て、背負っている棺を丁寧に下ろす。そのまま床に横たわらせるように置いた。


こうして改めてその全体を見ると、この棺はまるでかのこのために作られたものみたいだった。縦幅から横幅まで、かのこの体型にピッタリだ。

それにしても、かのこってちっちぇ。これじゃぁ、今のクレスでギリギリ入れるかどうか……危ういところだな。まぁ、基本的には子供しか入れないだろう。


「これを、私にどうしろと?」

神父はいつの間にか俺の横に立っていて、困り顔で棺を見下ろしていた。俺に聞かれてもなぁ……どうしたら良いかなんて、むしろこっちが知りたいくらいだ。


困って返答にあぐねる。すると神父はそんな俺を一瞥いちべつして、それ以上何かを聞こうとはせずに棺をもっと近くで見ようとしてかがんだ。その、神父が棺を覗きこんだ時だった。


「もしかしてもしかすると……その声は、神父様ですか!?」

一瞬、空気が凍りついた。

だってさ、今まで大人しかった棺が突然喋り出したんだぜ? はは、心なしか胃が痛い……。


内心、すげぇ冷や冷やしながら神父をちらっと見た。すると、神父は戸惑いながらも

「えっ……? あぁ、まぁ、はい。一応、私がアンペラーツ城下町教会の神父を務めさせていただいる者です」

あれー? ものすごく普通に答えてるうー。

「はわぁ……声のイメージがピッタリです……。あ、あのっ、やっぱり、立派な修道服を身に着けておられるんですよね??」

「えぇ、まぁ神父ですので」


ええと……流石、神父だ。若干この神父の常識が疑われた気がしなくもないが、まぁ、彼がそれだけ寛大な心の持ち主ということなんだろうな、きっと。はぁ……全く、俺にもそれくらいの余裕が欲しいぜ。


「……で。どうしてこの棺は喋っているのかな?」

…………まぁ、やっぱりそうなるよな。


俺は、今までの出来事をかいつまんで大ざっぱに説明した。自分で話しておきながら傍から聞いたらまるで信憑性のない話だなって思ったけど、神父は最後まで口をはさまずにちゃんと聞き届けてくれた。

俺が今までの経緯を全てを話し終えると、神父は神妙な顔つきになっていた。


「なるほど……勇者、そして金のラインが施された黒の棺……。そういえば、つい先日先代の神父がそのような記述がなされた文献を書庫で見つけたとおっしゃって興奮していたような……」

「マジッ!? ……ですか?」


驚きのあまり思わずカッと目を見開いて神父をガン見したら、神父は神妙な顔つきのまま深く頷いた。


そして、俺はさらに唖然とすることになる。


「ええ、というのも先代がそういう話をするのはあまり珍しくないことなのです。先代はそのよういかにもフィクション、という話が大好きな方でして。いや、大好きというと語弊があるかな……そう、言うなれば彼は信者だったのです。先代はよく教会の書庫がこもって、そこでそういった胡散臭い記述のなされた文献を発見する度に、本気でこれは真実だと言って聞かない方でした。あの異常なまでのフィクション中毒は変態といっても過言ではありません。そして、それを自分の趣味だけに留めておけば他人に迷惑がかからないものを、口に出して言うものだからさらに面倒臭かったのです。本当に、その一点だけを除けば本当に非の打ち所のなくて神父の鏡とも言うべき方なのですが……そのたったの一点が彼の人格すらを否定してしまったのです。おっと、口が滑ってしまいました。おや、何か聞こえましたか? 気のせいですか。それでは、話を戻しましょう。そういうわけですから、あなたが言ったことと似たようなことを先代がしゃべり始めた時、その時はまた先代のホラ話が始まったと思って大方は聞き流してしまったのですが……確かにそのようなことを言っていたような記憶の断片はあります。まさか、本当にこんなことがあるなんて……」


頬を、嫌な汗がじわりと伝った。


こ、こえぇ。

そのところどころ悪意の散りばめられた発言全てを、見る者全てを安心させるような微笑を絶やすことなく、今までとなんら変わることのない穏やかな口調で言い切ったのが怖すぎる。くそっ、俺の話もあんな優しい顔をして聞いてたくせに実はその心の中では俺が消えたくなってしまうような罵倒を浴びせまくっていたというのか……!?

若干後ずさりしながら、相変わらず笑顔を貼り付けたままの神父を警戒していると彼は少し怪訝な顔をして首をかしげた。


「ええと、私の顔に何かついていますか?」

「ひっ! えっ、えっと、な、何でもないです……。そ、それで……その先代さんの仰っていた文献とやらは……?」

くそっ、動揺して声が裏返っちまったじゃねぇか。

神父はそんな俺の様子を特に気に留めることもなく、満面の笑みでもって頷いた。

「ええ、もちろん書庫に保管してありますよ。今取ってきます、ここで少々待っていてください」

そう言い残して、神父は奥にある扉の向こうへと姿を消してしまった。


……っていうか、本気マジか。

さっきは、あまりの神父の饒舌&毒舌ぶりに度肝を抜かされてむしろ本題がどうでもよくなっちゃった節があるけど、冷静になって考えてみるとこれってすごい良い展開なんじゃないか。むしろ、都合が良すぎて怪しいくらいだ。俺、騙されてるんじゃねぇよな……?

いや、少なからずとも何らかの希望を持ってここに来たのは確かなんだけどさ。でも、やっぱりあまりにも話の運びが速すぎる気がする。俺は、心の片隅ではまともに取り合えってもらえなくて当然だろうな、くらい思っていたんだが。 


『……だから、教会の神父様に聞いてみれば、何か分かるかもしれません!』

ふいに、パニックに陥っていたあの時の俺にかのこがかけてくれた言葉が頭の中で響いた。

はは。また、本当にその通りになっちゃったな。


「かのこ。お前ってさ、何者?」

「はい? 急にどうしたんですか、ルートさん。私は、私ですよ。それにしてもさっきの神父様、やってくれましたね。おかげで私の中の広い海のごとき心の寛容さを持つ神父像がこっぱみじんもいいところですよ、全く」

これに関しては激しく同意したいところだったが、俺はむしろこのかのこの悪態がいつ戻ってくるかも分からない神父に聞かれていたらと思うと恐ろしくて恐ろしくて返事をする余裕もなくて……って、話をすれば本人が帰ってきたー。早ぇよ。


相変わらずの素敵な笑顔を貼り付けた神父が古びた書物を手にして戻ってきたのを見て、俺は引きつった笑みを浮かべた。

神父は一目見ただけでも相当の年代モノだと分かる、つまりめちゃめちゃボロい書物を俺に見せて


「これです。アホ先代が丁寧にも一番目のつくところに置いておいてくれたお陰ですぐに見つけられましたよ」

だからあなたは顔と言葉の激しいギャップをどうにかしてください。異様に怖いから。

っていうかむしろ、先代の神父は何故この明らかに神父にだけはなっちゃいけなかった人に引き継いでしまったのだろうか。ここまでくると先代の人選ミスとしか思えないぞ。


「ふむ……確かに、この書物にはいくつかあなたの証言と似たようなことが書いてありますね。ええと……アンペラーツの国王に勇者であると認められた者には、ヴュラの加護が授けられる……? はて、ヴュラとは誰のことでしょうか。なんだかよく分かりませんね」


俺には神父と同じく何が何やらさっぱりだったが、棺だけは何故か神父の言葉の意味を理解したらしく何やらぶつぶつ呟いていた。

「ヴュラ姫様の加護……なるほど、信じ難いことにソレイユ王のヴュラ様の話はどうやら本当だったみたいですね……神父さん、その文章をもう少し読みすすめてみてください」


棺に急かされた神父は驚きのあまり明らかに動揺していた。

「え、ええ。ええと……ヴュラの加護とは勇者が死の危機にひんしたその時、突如現れる漆黒の棺によってその命が保たれること。棺の中にいる間は、肉体から分離してしまった魂をそこに留めておことができる。そして、勇者は教会の神父に『ある言葉』を唱えてもらうことで再びその魂を肉体に宿すことができ、無事に生還できる……」


神父が読み上げたその記述は、怖いくらいかのこの身に起きたことと一致していた。やっぱり胡散臭い気もするけど、よく考えたらかのこが棺になっちまった時点でもう既にその胡散臭い話が現実になってるんだよな。だから、今の話が本当である可能性も低くはない。


じゃあ……かのこの言葉を信じたとして、もし本当に、彼女がアンペラーツの国王に選ばれた勇者ならば。


「その、ある言葉っていうのは……?」

あんたがその言葉を唱えてやるだけで、このつまらない黒い棺が消えて、また、あのちっこいかのこが戻ってくるっていうのか?


俺は神父に期待の眼差しを向けざるをえなかった。心なしか鼓動が速くなっている気がする。

神父は俺の目に急かされたのか、その口をためらいがちに開いた。


「ええ、それなんですが……残念ながら、文字がかすれて読めないのです、何せかなり古い書物なので」


一瞬、意味が分かんなかった。

もう一度その言葉を頭の中で並べなおしたところでようやくその意味を理解した瞬間、思考が停止して言葉が出なかった。神父には悪いけど、無表情を取り繕う余裕すらなかった。


それからどれくらい時が経っただろう。

この、非情に重たい沈黙を突き破ったのは、棺から出た彼女の透き通った声だった。


「『我、ヴュラの名の下に命ず

迷える魂よ あるべき身体ばしょにお帰りなさい』です」


「「は…………?」」

俺と神父の間抜け声が重なる。いや、だって、普通に意味分かんねぇよ。


棺は、未だに状況を呑みこめていない俺達に「あなた達はバカですか?」とでも言うかのように、全てを悟った声でスラスラと解説を始めた。


「だから、そのかすれて読めなくなってしまった箇所に記述されていたであろう『ある言葉』ですよ。ずっと考えていてようやく思い出したんです。レジェワンでは、神父様が仲間を復活させる際にこの言葉を唱えるのです。そういうことですから神父様、早速言ってみてください」


正直、神父も後半部分は全く意味が分かんなかっただろうが、そのあまりの勢いに気圧されて神父は言われるがままにしていた。


「は、はい……。ええと……我、ヴュラの名の下に命ず? 迷える魂よ、あるべき身体ばしょにお帰りなさい……ですか?」


すんげぇ、自信なさげだ。まぁ恥ずかしいのは分かる……が、自信無さげにやってるところ見てると何だかこっちまで恥ずかしくなってくるな。


「違いますよ! 誰が疑問系にしろって言ったんですか?」

「は、はいっ。我、ヴュラの名の下に命ず……迷える魂よ、あるべき身体ばしょにお帰りなさい……」

「違うっ。もっと自信を持って大きな声で! 伸びやかに言ってみてください」


そうして、かのこによる神父のスパルタ特訓が始まった。思わず後ずさる俺。


これ、何ていじめ?  


今この瞬間、教会にいる人全員がこの二人(正しくは一人と棺一つ)に注目をしていることだろう。いやぁ……さっきまで全くもって周りのこと気にしてなかったけど、二人を客観視している内にふと我に返ったんだよな。その時、みんなの視線がものすごく痛かったんだ……はは。


そして、数分後。

特訓を重ね何度もリテイクをさせられた挙句、神父が一切の羞恥心を捨てきり言い放った渾身の一言が教会中に響き渡った、その時だった。


『我、ヴュラの名の下に命ず

迷える魂よ あるべき身体ばしょにお帰りなさい』


棺が突然眩い光を放って、俺がそのあまりの眩しさに目を閉じたのは。

ええと…………お久しぶりです。笑 

夢ましゅまろです、むしろこの文章を読んでくれているどれだけ存在しているのかがとても気になるところです。←


本当はもっと色々書きたいことがあるし、小説の整理なんかもしたいのですが今はまさかのテスト中なのでそういうわけにもいきません^^; なので、テストが終わった後に活動報告なんかを書いてみたいと考えています。

ちなみにこれだけは言っておくと、何故急にこれだけ放ったらかしていた小説を更新する気になったのかといえば気まぐれです。← 


さて、よーーーーーうやくルートさん視点が終わりを迎えました*

ルートさんおつかれぃ!

いつになるか分からない次回からは、また騒がしいかのこ視点で書いていきたいと思っています。


では、ここまで読んでくださった方々ありがとうございました*


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