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6話 剣士と手を取り、いざ戦闘へ

「私は……小野寺 かのこ。ほんの数時間前までは……ただの、平凡な日本の女子高校生に過ぎませんでした」

私の暗澹たる声のトーンに驚いたのか、言葉の内容に驚いたのか、ルートさんが翡翠の目を見開いてこっちに振り向くのが分かりました。


ルートさんは何も言わず、ただ私を見ているばかりでした。私は、顔を落したまま続けます。

「それなのに……いつの間にか異世界に連れてこられて、この世界を救う勇者なんだって告げられて。混乱状態のまま、右も左も分からないこの世界に放り出されて……」


現実世界にいた時、何度この世界に行きたいと願ったことか。

けどそれって、絶対に叶わないことだって頭の片隅では理解していたからこその夢だったのかもしれません。


だって、実際にそうなってみた今は……少し現実と向き合おうとするだけで、怖いんです。


「どうやって生きていけばいいのか、何をしたら良いのかすら、分かんなくって。ふふ……。こんな情けない私なんて、勇者失格ですね」


自分で言って、自分で傷ついてる。私は、所詮ロト様にはなれなかった。

それどころか、今までずっと憧れていたこの世界に来て泣きそうになっている自分がいることに気付いて、そんな自分に嫌気が差している。

小さく、嗚咽を漏らしました。


どうして私は、出会って間もない人にぐちぐちと弱音を吐いているんでしょうか。


「ごめんなさい、今の聞かなかったことにしてください」

「……そんな寂しそうな顔、しないでくれ」


驚いて、顔を上げました。彼は困ったように眉尻を下げて、はにかむように笑いました。それは不器用だけど、温かい微笑み。


「君の事情はよく分かんないけど……それでもこの世界に来たことを後悔しないでほしい。こんな街でも、一応俺の故郷なんだ。良いところだって、いっぱいあるんだぜ?」


その言葉は、冷え切った心にそっとそえられた手のようで――


「困ってるんなら、協力はする。君の言う本当の『仲間』になれるかはまだはっきり決められないけど、期限付きの仲間くらいなら俺にもできるから。その間に、君はこの世界での生き方を学べば良い」


――ひどく、安心しました。頬を、また一筋の涙がつたります。


「か、かのこ……??」


慌てて手で涙をぬぐって、がばっと顔を上げました。彼の端整な顔立ちには、戸惑うような色が浮かび上がっています。


「……ルートさん!!」

彼は、我に返ったようにハッとして苦笑いを浮かべました。んん……? なんだか、『やってしまった…!』と顔に書いてあるようです。

「……って、流れに任せてつい言っちゃったけど……。流石にお節介過ぎたか……?」


子犬みたいにふるふると首を振るわせて、私はルートさんに飛びつきました。

「うわっ……!!」

身長差が半端ないせいで、ルートさんの腰にしがみつくような形になってしまいましたけど……。


「ありがとうございます!! 本当に、感謝感激雨霰です!! この恩は一生忘れません!」

「おいおい、大げさだな……」

ルートさんは呆れたような口調です。大げさなんかじゃないのに……、この感謝の気持ちはいくら言葉にしても伝えきれないほどです。


それから私が落ち着くまで、彼はずっと何も言わずにいてくれました。


酒場全体に、再び沈黙が落ちます。

でもそれは、さっきの重たい沈黙と違って心底安らげるもの。

ルートさんの言葉は、絶望の淵に沈んでいた私を救い上げてくれた。それは、底なしの闇に垂れた蜘蛛の糸のような……希望でした。


しばらくして、彼の筋肉線が程よく浮かび上がっている腕が、優しく私の腕を振りほどきました。

そして、切れ長の翡翠の瞳を細めて、この改まった空気に照れるように笑いました。


「っと……ちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺は、ルート・ヴィアフォード。一応、この世界で剣士やってる」


「剣士さん、だったんですか……」

感嘆の息が漏れます。この世界ではそう珍しくない職業なのかもしれませんが、当然私の住んでいた世界にそんな職業をしていた人はいなくて私がお目にかかるのは初めてです。


よく目を凝らすと、確かに彼のたくましい背中には大剣の鞘がくくりつけられていました。


想像の中で、その鞘に収められた立派な大剣をふるって戦場に立つ彼の姿は、簡単には触れられない気高さのようなものを感じさせます。彼は、そのずしりと重みのある剣を軽々と手にとって、鈍重感を全く感じさせない流麗な動きで敵をさばいていきます。戦闘であるのにも関わらず、それはさながら『舞』のよう。まるで、剣そのものに意思があるような。


「君は??」

いつの間にか妄想の翼を広げていた私は、ルートさんがいぶかしげに私を覗き込んでいたことに気付きませんでした。

慌てるあまり、思考がまとまらないまま口だけが先走ります。

「あっ、えっと……さっきも言ったけど、私は小野寺 かのこです。さっきまで女子高校生で、今は成り行きで勇者になってしまいました」

そのせいで、少々話が飛んでしまいました。

「とりあえず、もっと詳しく事情を教えてくれるか……? と言いたいところなんだけど、とりあえずここを出よう」

「どうしてです??」


首をかしげていると、ルートさんはやれやれという風に肩をすくめます。

「……いつの間にか俺達、すんげぇ注目の的だ」



刺さるような人々の視線をくぐり抜けて酒場を出た私達は、人通りの多いメインストリートを歩きながら話しました。


登校中、突然目の前が真っ暗になって、気づいたらこの世界のアンペラーツ城にいたこと。ソレイユ王いわく、私は勇者でこの世界を救わなければ元の世界に帰してもらえないということ。それは具体的に言えば、伝説の杖を封じ込めたといわれている三つの鍵を探すことだということ。


ルートさんは神妙な顔つきで、ところどころ相槌を打ちながら私の話を丁寧に聞いてくれました。


ふぅ……。

やっとのことで、今までのいきさつを話し終えた私はずっと開きっぱなしだった口を閉じました。

長く喋り続けていたせいで、ちょっと疲れてしまったようです。少し上がり気味だった肩を落とします。


私が口を閉じたのと対になるように、彼がずっと閉じていた口を開きました。


「えっと……。かのこ、君は、本当のことを言っているのか??」


今までの私の努力が、一瞬にして泡になりました。

思わず、がっくりと肩が落ちます。ルートさんに問題児をあやすような顔をされると、何だか心が折れそうになります。そ、そんな、眉尻を下げて困ったような顔をしないで下さい。


「うぅぅ……この、黒い髪と黒い目が証拠です……どうか、どうか、信じてください……」

すがるような目で、その、困惑しているエメラルドの瞳を見つめました。


黒髪黒目。

それは、この世界がもし本当にレジェワンに関係しているというのならば、立派な異世界人だという証明になるはずなのです。


しかも、今までの経験からいうと、この世界が全くレジェワンに関係していない確率はほぼ0に近いでしょう。実際に、ソレイユ王はソルブ王にそっくりだったし、アンペラーツ城は少々古びていたものの城の構造はほぼゲームと変わっていませんでしたし。他にも挙げれば枚挙に暇がありません。


ソレイユ王の話を真実だと仮定するならば、この世界はレジェワンの1000年後の世界。

もし、約1000年の間に突然変異が起こったりしなければ、まず黒髪黒目の人間はこの世界に存在しないはずです。だって、あれだけレジェワンをやりこんだ私でも見つけられなかったんですよ? そのようなキャラクターは主人公のロト様だけでした。クラス公認ゲーマーの私が言うんだから、間違いありません。何分、魔法の存在する世界なので、それによって引き起こされる微妙な環境のズレが関係しているのかもしれませんね。


あれ……? それでは何故、ロト様は黒髪黒目だったのでしょうか……?


段々と歩幅が小さくなっていって、いつの間にか立ち止まっていた私達はしばし見つめあいました。

いや、変な意味ではなく純粋に。

人々は、私達の横を通りすがって流れるように歩いていきます。何だか、私達の周りだけ時の流れから切り離されてしまったかのようです。


やがて、時は動き始めました。


「うーん……まぁ、訝しんでても話が進まないしな。……それで、かのこ。勇者の仲間っていうのは一体何すんだよ?」


今の間は、一体何だったんでしょう。


「……本当に、信じてくれたんですか??」

「…………ま、まぁな」


ルートさん、なんか明らかに目線が泳いでるんですけど……! 


「妥協の香りがぷんぷんするのですが……」

「き、気のせいじゃないか?」

私はルートさんの瞳を覗き込みました。すると、何故かルートさんは私からぷいっと顔を背けました。

気のせいか、さっきよりも少しだけ顔が赤いような……熱いんでしょうか? 確かに、陽光がさんさんと降り注いでますしね。


「それで。これから、どうするんだよ?」

ジト目をやめて、そうですねぇ…とつぶやきました。これ以上、ルートさんをいぶかしんでいても仕方ないですし。うーん……色々教えてもらいたいことはありますが、まずはこれしかないでしょう。


私は再びルートさんを見上げました。というよりも、身長的に上目遣いにならざるをえません。

「ルートさん。私達、仲間ですよね?」

「まぁ、そうなるな」

「仲間って、助け合うものですよね?」

「まぁ……そうだけど。かのこ、一体何を考えてるんだ?」

ルートさんは、私が何を言いたいのかが分からない、とでも言うように首を傾げました。


ふふふ。


勇者たるもの、まず魔物を倒せなければ話になりません。


しかし……いくら勇者に任命された私であっても、ほんの先ほどまではたかが平凡な女子高生に過ぎなかったわけで。当然、剣をふるったことも無ければ、鎧を身に着けたことも無いし……戦闘といっても、せいぜいお母様との口喧嘩くらいしか経験したこと無いですし。だからといって、運動センスが抜群にいいから戦闘だってノリでどうにかなっちゃう! っていうほどの超人的な運動神経も持ち合わせていませんし……。

でも、この世界ならゲームみたいに何でもうまくいっちゃうっていうわけでもなさそうなのは、さっき身をもって知りましたので、さっきみたいに無防備に挑戦してみるのはやめた方が良さそうですし……。流石に戦闘での失敗は洒落になりませんからね。リアルで痛い目見るのはマジで勘弁です。


でも、きっと、ルートさんがいれば魔物が襲ってきても安心ですよね? その大剣をふるって華麗に魔物を倒してくれることでしょう。ロト様の右腕である最強の女戦士、レンティア様みたいに……!!

興奮とわくわくで自然と顔に笑みが浮かび上がりました。


「じゃぁ、私に魔物の倒し方を教えてください」

「魔物の倒し方?」

私はこくりと頷きました。


と、いうわけで。


「そうと決まれば早速、イヴィ平原にレッツゴーです!」

足取りは軽く、自然と歩調が速まります。

「あっ、ちょっと待てって! だって、お前……」

実は、この世界に来てから魔物って結構気になってたんですよねぇ。だからといって、一人じゃ怖くていけない、なんてことはないんですよ? ただ、まだまだ何が起こるか分からないこの世界ではもう少し慎重にしていた方が無難かなぁって思っただけですし。


……本当ですよ??

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