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5話 私と、金の彼と、翡翠の青年


私の首をつかむ忌々しい手の力がゆるんだその一瞬を、私は逃しませんでした。

 

瞬間、私は即座にピアノから手を離して、振り向いてみせたのです。


思わず息を呑みました。


「あぁん? ルートじゃねぇか」


私の背後に立っていたのは、今まで私の首をつかんでいた野蛮な野郎とは到底思えないような、きらびやかな少年。

そして、その先に立っていた凛とした声の主は狼をほうふつとさせるワイルドな青年。


「……ちっ、久しぶりの食事を邪魔しやがって」

意味不明な言葉をぼやきながらピアノ事件の犯人は再びこちらを向きました。真紅の、大きな瞳がとても印象的です。吸い込まれてしまいそう。


それにしても……なんて、可愛いんでしょうか。ムカツクぐらいに可愛いです。

 

彼の、キラキラしたお日様の髪は猫っ毛でところどころ跳ねています。触ったら絶対にサラサラだと思います。だって、髪が細くって柔らかそうなんですもの。

お肌だって、雪に負けじと真っ白でツルツルのスベスベです。むしろ雪見大福です。

漆黒のマントを、マントの上からでも分かる華奢なその身体を覆い隠すようにして纏っています。男の子にしては身長だってものすごく低い方ですよ。きっと、私と大差ないですもの。

 

本当に、男の子にしておくのがもったいないって感じです。


うーん……それにしても、どっかで見たことがあるような気がするんですけど……



って、あぁぁっ!!


 

私はやっぱり見たことのあったその顔を、思いっきり指差して叫びました。



「実写版、三村君!!」




文字通り、彼の目は点になりました。

しかも、今までざわざわとしていたはずの酒場全体まで静まり返っちゃいました。あれ、なんで?? わ、私、そんな変なこと言いましたか? だって、叫ばずにはいられなかったんですもの。



そう、あれは美緒の家に初めて遊びにいった日のことです――

 

いつも穏やかなあの美緒が、テレビ画面に映る一人のキャラクターを指差しながら


「紹介するわ、これがあたしの彼氏の三村君よ」


だなんて真剣な顔で言ったあの時のこと、今でも忘れられません。忘れられるわけがありません。文字通り、今の彼みたいに私の目は点になりました。


それにしても、まさか三次元の世界で美緒の彼氏(?)に会える日がくるとは! これを叫ばずしてどうしろと言うんですか!?

目の色が青くって、もっともっと背が高かったら本当に完璧です!! 今は、どっちかっていうと少年時代の三村君って感じですかね。 


それはともかく……気付いたら三村君によく似た彼、ずーっと口を堅く結んだまんまです。もしかして私、彼を怒らせちゃったりしちゃったんでしょうか……?? 



ま、まさか……!!


実は女の子だったりしたんでしょうか……!?

ありえない話ではないです! そうだとしたら私、ものすごく失礼なこと言ってますよね!?


そんな不安に駆られて内心びくびくしながら、じっと見ていたら彼(彼女?)がいきなり顔を近づけてきました。心臓がどくんと跳ねます。


「初っ端から意味分かんねぇことほざいてんじゃねーよ……っつーかミムラって誰だよ」

 

こんなことを言いやがりました。顔と言葉のギャップが激しすぎです、その顔でそんなこと言ったら美緒が泣きますよ。

ともかく、声からして男の子にしては少し高めですが女の子ではなさそうです。ちょっと安心しちゃいました。


「クレス、言ってることはよく分からないが一応初対面の相手だ。口には気をつけた方がいい」   

 

その言葉に、はじかれたように振り向きました。

 

もう一人の青年……私の命の恩人とも言える青年は、目元の涼やかな青年でした。翡翠の切れ長の瞳です。

スッと描いたような整った眉に、鼻筋の通った高い鼻。栗色の髪の毛は、現代風にツンツンと仕立て上げられています。シャツから伸びる少し日に焼けた腕には、程よく筋肉がついていました。ちょっとドキッとしちゃいます。


それにしても……無駄な筋肉が無いといった感じでしなやかな体つきをしておられます。

なんというか、さっきの少年が美人ならこの方はまさに男らしいといった感じです。狼というか、黒豹というか……とにかく、野生的魅力があるのです。



まぁ、つまり何が言いたいのかっていえば。


二人とも、美緒が信仰する乙女ゲーとやらに出てきそうな容姿だったわけなんです。

私が思わず息を呑んでしまったのも仕方がないことでありましょう。


ワイルドな魅力を持ったその青年は、つかつかと私たちの方へ向かってきました。

一般人がやったら何てのことのない『歩く』という動作ですら、彼がやると何だか様になっているんだから不思議です。ただ歩いているだけで、人の目をひきつけるオーラを放っています。


彼は、穏やかな微笑みを浮かべて口を開きました。

「悪かったな、連れが迷惑かけたみたいで」

私も満面の笑みで返しました。

「はいっ、迷惑以外の何者でもありません!」


はっ、つい本音が飛び出てしまいました……!


どこに視線をやればいいものかとうろうろしていると、その赤瑪瑙の瞳とばっちり目が合ってしまいました。その瞳には、苦笑いを浮かべた私の顔が映っていました。


「仕方ねぇだろ? 久しぶりの、美味……じゃなくて、甘美な演奏だったからな」


か、甘美な演奏……!? 心臓をくすぐられたような妙な気持ちになって、頬がほてりました。


「そ、そんなこと言っても、私は、そこいらの女と違って、か、簡単にお、おおおお堕とされたりなんか、し、しませんからね!?」


一体、何なんですか? さっきまで人の首をさんざん絞めておいて、いきなり真顔になって口説き文句を並べ始めるなんて……!! 


金髪の彼は整った眉をひそめました。

「はぁっ? 意味分かんねぇ。俺は、ただ単に思ったことを口にしたまでだ」

「一体、何を考えているんです!? 甘美な演奏だなんて……ピアニストにとっては、口説き文句に等しいのです!! いくら綺麗な顔をしているからって、まだおチビちゃんなんですからそんなことを事もなげに口にしてはいけないのです!!」

「チビって……確かに今はそう言われても仕方ねぇかもな。お前には言われたくねーけど」


顔を真っ赤にしてあたふたする私に、至極冷静な彼。そこで、ようやく温度差を感じ取った私はハッとして一度咳払いをしました。平静を装って、何事もなかったかのように続けます。


「と、とにかく……!! そんなこと言って、さっきのことをチャラにしようとしたって無駄なのです! 私にただ働きをさせた罪は重いのです!!」

「急に慌てたり、落ち着こうとしたり忙しい女だな……。まぁ、さっきのことは確かに俺が悪かったしな。礼にといっちゃ何だが俺達のできること、一つだけ何でも聞いてやる」

「えっ、俺も? まぁいいや、付き合ってやるよ。君もそれで良いか?」


予想外の急な展開に、私は目をぱちくりとさせました。


「本当に、良いんですか??」

「一応、お前には迷惑かけたからな」

思いがけない申し出に、頬が緩むのを感じました。しかし、ここで油断して単純な女だと思われてはいけません。顔を引き締めて、あくまでも『それは当然のことだ』という風に装います。

「一つだけ願いを叶えてくれるというわけですか。ふむ……私にピアノを弾かせた代償として、上出来です」

「ははっ、声は上ずってるけどな」

「気のせいに過ぎないのです」

ルートさんは余計なことを言わなくていいのです。


それにしても……一つだけ叶えてくれる願い事ですか。


私は、これからの私……未来の私を頭に思い浮かべました。

きっと、このままぶらぶら遊んでいれば王様から頂いたわずかな食料と資金なんてすぐに無くなってしまいます。そうなった時、この世界での生き方を知らない私はどうなってしまうのでしょう。そのまま、元の世界に帰れることなくこの世界で野たれ死んでしまうのでしょうか。自分の家にも帰れないまま、お母さんやお父さん、美緒に会えないまま、現実の世界では行方不明だと認識されたまま……


ひどく、眩暈がしました。


私は……ちゃんと元の世界に帰って、ただいまって言わなきゃいけない。


そうするために、私がちゃんとそうできるように一番必要なことは……まず、この世界で生きていく方法を知らなきゃいけない。

それを教えてくれるのは……仲間。そう、勇者を支えてくれる、心強い仲間です。


「……仲間が、欲しいのです。私の仲間になってください」


気付いたら、思考がそのまま口に出ていました。


私のぼやきが引き金となって、物音がピタリと止みました。

本来はざわざわと賑わっているはずの酒場、その酒場がここまで静まり返っているなんて居心地の悪いことこの上ないのです。


妙な沈黙を突き破ったのは、今にも青筋を顔に浮かび上がらせようとしているクレスでした。

「……何だって?」

「そんなあからさまに嫌そうな顔をしなくても良いじゃないですか」

しかもそんな、可愛らしさの欠片もないドスのきいた声じゃなくっても。


「唐突すぎて、話がつかめないな。もっと、詳しく説明してくれないか……?」

ルートさんがちょっと呆れているように見えただなんて、絶対に気のせいです。


けど、私も一度言ってしまった手前、もう後には引き返せません。

「とにかく私は、仲間を必要としているのです」

ルートさんはため息をついて、私の目線までしゃがみました。そして、子供をあやすように、言い聞かせるように口にしました。

「なぁ、君。俺らは第一に、君の名前すら知らないし、もちろん素性も分からない。君だって俺達のことを何も知らないはずだ。それなのに君は、たった今さっき出会ったばかりの俺達に仲間になれと言った。そもそも、仲間って言い方はしないだろ。友達って言いたかったのか?」

穏やかそうなルートさんの突き放した言い方に、絶望を感じました。


私は今まで、心のどこかでこの世界を『ゲームの世界』だと思っていたのかもしれません。ゲームの世界なら、どんなことが起きても、結局はどうにかなっちゃいますよね。


でもここは、やっぱりゲームの世界じゃなかったのです。

建物や歴史はそっくりそのままレジェンドワンドの世界だけれど、そこに住んでいる人々にはちゃんと意思があって、リアルな生活があって、それは私の元いた世界と変わらない。

ゲームの中なら、ちゃんと仲間になる人が決まっていて、その人はいとも簡単に主人公の仲間になって命がけで一緒に冒険をしてくれる。

けど、リアルな世界で、会って間もない人間と一緒に命懸けの冒険をしろだなんて、ありえません。

こんな状況で、仲間なんてできるんでしょうか。


気付いたら、頬に一筋の涙が伝っていました。


今までの私とルートさんのやり取りを無表情で聞いていたクレスは、黒いマントを翻して

「……付き合ってられないな」

冷たく、言い放ちました。心臓に冷たいものをあてられたような、そんな気分。


「クレス!!」

ルートさんを無視して、彼はスタスタと酒場を出て行ってしまいました。乱暴に閉められたドアが、大きな音を立てます。


ルートさんは、困ったように投げやりな口調で問いかけます。

「……なぁ。君は、一体何者なんだ? どうして、そんなにも仲間を求める? 大体、仲間っていうのはなるとかならないとかそういう問題じゃなくて、気付いたらなってるものじゃないのか?」

その翡翠の瞳は閉められたドアを見つめたまま、私の方を振り返りませんでした。


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