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2話 私が勇者、なんだそうです


それは、唐突に――



率直に、今、何が起きているのか分かりませんでした。



――だって……美緒が、通学路が、家が、空が、人が、全てが、ぐにゃりと歪んだんですもの。


くらくらふらり、体がよろけました。


美緒らしき姿は私を置いてどんどん遠ざかっていきます。美緒は横を向いて笑っています、まるで美緒の隣にはさっきまでと代わりなく私が隣にいるかのようでした。

必死に声を上げて呼び止めようとしても、まるで空気が私の声を吸い取ってしまうかのように声が出ません。周りの人も、様子のおかしい私に気付いていないはずはないのに皆素通りしていきます。


段々と。

足が小刻みに震えてきて、そこから波紋が広がっていくように全身が震え始めました。


いよいよ震えが止まらなくなって、私は座り込みました。ただただきつく目をつむって、漆黒の世界にもぐっていきます。極力、何も考えないようにするために。

あぁ……頭の中ではこれは現実じゃないとパニックを起こしている私と、冷静に現実を受け止めているもう一人の私とが大論戦中です。


それから、どれ位経ったのかなんて分かりません。

おそらくかなり時が経って、ようやく震えが収まってきたので私は微かに目を開きました……あれ? どうしてでしょう、何も見えません。

今度は目を大きく見開きました。目はしっかりと開いているはずなのに……それなのに、気付いたら目を瞑っているみたいに真っ暗でした。

 

どこもかしこも、黒で塗りつぶされたような漆黒。顔を上げて見回してもやっぱり何も無くて、ただ永遠に闇だけが続いている場所。私だけが世界から切り取られて隔離されてしまったかのようです。のはずなのに、自分でも驚くくらい私は冷静でした。 

 

『我、汝の力を望む。

  汝は、勇者の血を受け継ぐ者なり』


どこからか聞こえてきた、ぼんやりとしたテノールの声。耳の奥まで伝わって、頭の中でゆらゆらと何度もこだまします。

どこから聞こえてくるんでしょうか。いや、これは聞こえてきているのではなく、頭の中に直接響きいてきているような。 



『汝の(いのち)に眠りし力、汝の(いのち)に宿りし勇気。

  今、目覚めの時が来た』


「あなたは、誰ですか? ここは、どこなんですか?」  

声の主は私の質問に答えないままです。辺りは水を打ったように静まり返っています。聞こえるのは、虚しく闇に落ちた自分の声と不思議な呪文のような言葉だけ。私には、ただ次の言葉を待つしかありません。


それから、どれ位待ったのかは分かりません。


ふと、ぼやけて不明瞭な姿の言葉の主が口を開く光景が、頭に浮かび上がりました。


『我、汝に願う。

 古の契約に従い、その力をもて我の望みを叶えたまえ!』


瞬間、黒しかないこの空間に、小さくて今にも消えそうな白い光が私の目の前にともりました。

やがてその光はふくらんでいき、気付いた時には辺りはすでに光の大洪水。ま、眩しいです……。一瞬にして真っ白になったこの空間のそのあまりの眩しさに目がくらみ、私はそのまま意識を手放したのです。

                     


                           *

                       


んん……赤? 

まだ寝ぼけている視界は、まばたきを繰り返す度に鮮明になっていきました。


クリアになった私の視界が最初に捉えたものは、果てしなく鮮やかな赤色でした。それにしても先ほどから頬にあたっているものは何でしょうか。なにやらスベスベの布の感触です、きっと上質の布なのでしょう。

それにしても、ここはどこでしょうか? 先ほどからやけに多くの視線を感じるような気がするのですが……。


手を突いて横たわっていた体を起こした時、私は自分が真紅の煌びやかな絨毯の上に倒れていたのだということに初めて気付きました。重たそうな鎧に身を包んだ兵士さんらしき人達が絨毯沿いにずらーっと並んでいます。そして、彼らの視線は間違いなく私に集中していました。さっきからやけに視線を感じると思ったら……気のせいではなかったのですね。


「そなたが……、勇者なのか?」

威厳のある重々しい声にはじかれたように顔を上げると、大きくて豪奢な赤いソファに年老いた男の方が座っておられました。


肩ほどまでゆるゆると垂れた白髪。白髪とはいっても、白髪しらがではなく白髪はくはつです。この読み方の違いって結構大きいと思います。

それに、しわの刻まれた厳格のある面持ち。そして、頭の上には立派な金色の王冠。

 

自然に体が震えてきました……だ、だって……。


「あ……あなたはもしや、ソルブ・アンペラーツ王! 隠れファンです!」

 

実写版ソルブ王がすぐ目の前にいるんですもの! ほら、だって手を伸ばしたら届いちゃう距離にいますよ!? めちゃめちゃイメージどおり、っていうかそのものです! かのこは感激と感動で胸がいっぱいです!


ちなみに、ソルブ王はロト様に杖を取り戻すという使命を授けたアンペラーツ国の偉大な王様です。王様としての威厳がありながらも、国民のことをいつも第一に考える心優しき王様なのです。全く、心のせまーいお母様にはソルブ王の寛大な心を少しくらい見習ってほしいものですよ。


王のゆるゆると垂れた白髪が、彼が首をかしげるのと同時に揺れました。


「うむ……? 私はソルブではないぞ。もっとも2000年前、先代勇者に使命を授けたといわれている私の祖先ではあるがな。そもそも、どうしてそなたが私の祖先のことを知っているのだ……?」


うん……?


「2000年……前?」

私が首をかしげていると、ソルブ王は重々しく頷きました。

「うむ。私はソレイユ・アンペラーツ。ここ、アンペラーツ国の王にして、たった今そなたをよびよせた者だ」

アンペラーツ国、勇者ロト様がソルブ王に使命を授かった全ての始まりの国。といっても、それはあくまでもゲームの中での話であって流石の私もそれが現実じゃないことくらい分かっているつもりなのですが……あっ! 分かりました。私がレジェンドワンドを愛するあまりレジェンドワンドの世界に入り込んでしまったという夢を見ているのですね、きっと。私なら十分にありえることですもの。

せっかくの楽しい夢ですからじっくり堪能させてもらうとしましょうか。お母様にたたき起こされる前に。


「……何故にやけているのだ? そもそも、突然異世界によびだされたのだからもう少し驚いても良いと思うのだが……まぁ良い。そなたの名は?」

ふふふ、夢のくせに妙に設定がこっていますねぇ。流石は私の夢です!


私はにっこりと満面の微笑で答えました。

「かのこです、小野寺かのこと申します!」

「かのこ、か」


 王は一息ついて、

「かのこよ、そなたは勇者だ」 


え?


「そ、そそそそそそんなっ! たとえ夢だからといって、ロト様と同じ身分だなんて恐れ多いですぅ!」

私なんて数多くいるロト様の熱狂的なファンの一端に過ぎないのに!

「ロト……? 先代勇者の名はロトではなく、タカシだが……」

タ、タカシィーっ!? ロト様が、日本の庶民の一介に過ぎないお父様と同じ名前だなんてありえません……! 何かの間違いですっ、そうじゃなければちょっと王様が言い間違えちゃっただけに決まってます!

「そんな、明日世界が滅亡しますとでも言われたような顔をするでない。ロトがタカシだったところで、そう大して変わらんだろう。まぁ、そんなことはどうでも良い。とにかく、そなたはこの世界を救う勇者なのだ」

どうでも良くないですー! 全く、いくら夢だからといってロト様がタカシで良いわけがないじゃないですか!


それにしても。

うーん……何だか、先ほどから夢のくせに何かがおかしいですね……。

ソルブ王がアンペラーツ国を治めていたのは2000年前だって言うし、ロト様じゃなくってタカシだなんて……。いや、何かの間違いだとは思いますが。

そのくせ、目の前のソレイユ王はこの私が見間違えるほどソルブ王実写版のイメージにピッタリで。ソルブ王の子孫、と言われたらすんなり納得できてしまったほどそっくりなんです。ソルブ王実写版を実際に拝見したわけではありませんが、そこは想像力でカバーです。

 

ですから、ここが2000年後のレジェンドワンドの世界って言われたら確かにしっくりくるんですけど……そもそもこれは、レジェンドワンドの世界に入りこんでしまったという設定の私の夢だし……でも、私の夢だったら私の頭の中にない情報、つまりソルブ王の子孫のソレイユ王だとか、あろうことかロト様がタカシだなんて話、絶対に出てこないと思うんですけど……。


あぁーっ、頭がこんがらがってきましたーっ!



「勇者よ、先ほどから何を考えこんでいるのだ?」

「黙っててくださいっ、これは夢なのかどうか真剣に考えてるんですから!」

 

一瞬、間がありました。

 

次の瞬間、ソレイユ王は崩れ落ちるように噴出しました。

「ははは、そうか。いきなり異世界によばれて混乱しているところだと思うがこれは夢ではないぞ」

見ているこっちが腹立たしくなるほど豪快に笑っています。人が真剣に悩んでいるというのに……! けど、仮にこの人の言葉が本当なのだとしたらこの人は憧れのソルブ王の子孫。うぅ……むかつくけど、ソルブ王に免じてここはぐっと我慢です。


「その証拠といっては何だが、そなたはあちらの世界で萌え服と称されるセーラー服なるものを身に着けておるだろう。こちらの世界にはまことに残念なことにそのような服は存在していない。仮にそなたがセーラー服を身に纏ってこちらの世界にやってきた、という夢を見ているのだとしても、これが本当にそなたの夢ならば私がこのように説明することもないだろう」


「んなぁっ……! ななななな、な、何でセーラー服をご存知なんですかぁ!?」

一気に現実味が増しました。

「何、あちらの世界の萌えなるものには興味があってな。個人的には、セーラー服よりも巫女服萌えなのだが……げふんげふん。うむ? 何か聞こえたかね?」

「い……いや、聞こえなかったことにします」

一国の王が頬を淡く紅色に染めて萌えについて語る姿なんて、絶対に嫌ですもの。


ソレイユ王は再び口火を切りました。もちろん、きちんと仕切りなおしてからですよ? ソレイユ王が私と彼の大勢の部下の中で萌えについて人前で堂々と語っちゃうような残念な王になる前に。


「話が脱線してしまったな、とにかくこれは夢ではないぞ。この国、いやこの世界を救うこと、それがそなたがここにいる理由だ」

「世界を救う……!? 私、レジェンドワンドを愛してやまないだけでただの日本の女子高生なんですよ? 正気ですか!?」  

「いきなり異世界によび出して、勝手に話を進めておいて本当にすまないと思っている……だが、そなたが私の望みを叶えるまで私はそなたを元の世界に帰すことはできない。これは、先代勇者との契約なのだ」


望みを叶えるまで、元の世界に帰すことはできない。それも笑いながらでも冗談でもなく、真剣に彼は言いました。王の言葉が頭の中で何度も響いて繰り返される度に、何かが心臓に重くのしかかってくるようでした。


これは、夢じゃない? 

だって夢ならば、これは夢じゃないだなんて断言されないでしょう? 思えば、これは夢なのかなんてそんな議論もしないはずです。


…………。

どうやら私には、思っていたよりも大変な事態が起こっているようです。


今にも逃げ出したくなるようなこの沈黙を先に破ったのは、私でした。

「望みっていうのは……何ですか?」


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