1話 私の最後の日常
女子高校生の異世界トリップ冒険もので、基本的に終始ギャグです。
ストーリーは王道(?)まっしぐらですが、キャラは一癖も二癖もあるやつらばかりです。主人公に関しては当初はかわいらしい女の子を予定していたのですが、もはやただの変態になりかけてます。← もう、私にも彼女を止めることはできません(遠い目
あ、あと……更新速度に関してはあまり期待しないでもらえると助かります。←
では、少しでも興味のある方は読んでもらえると嬉しいです(*´▽`*)
「つ、ついに……」
私は生唾をゴクリと呑み込みました。食い入るようにテレビ画面を見つめます。
『勇者ロトの活躍によって、再び伝説の杖は王宮に還った』
次第にテレビ画面がフェードアウトしていって、どこからともなく聞こえてくるエンディング曲。
『しかしその後、伝説となった彼を見た者はいないという』
どこか切なさを覚える、もう何度も耳にしたこのエンディング曲。オルゴールの奏で上げる繊細なメロディーが、フェードアウトしていく画面と対になるように部屋中に響き渡ります。
急に、目頭が熱くなりました。
もう……限界、です。
次の瞬間、今まで必死で閉じ込めていた涙が堰を切ったようにぶわっと溢れ出ました。手でぬぐってもぬぐっても涙は止まることを知らなくって、いつの間にか手がベトベトになっていました。口に滑り込んできた涙はしょっぱくて……少しだけ、甘いです。
やっぱり……ダメ、ですね。
今度こそ……今度こそは、泣かないって決めたはずだったのに。このもの悲しいメロディが流れて、ロト様方の華麗なる名場面の数々がずらりと並ぶエンドロールなんて、反則です。何度聞いても、何度見ても、やっぱり泣かずにはいられません。
ついに。
ついに、やり遂げましたよ。
小さく嗚咽を漏らした後、私は大きく息を吸い込みました。
「「記念すべきレベル神クリアきたあぁーーーーっ!!」」
「かのこちゃん、静かにしてちょうだい」
レベル神をクリアした感動は、やっぱり格別ですね。エンドロールだって今までのものと全く変わらないはずなのに、いつも以上に涙もいっぱい出ましたもの。
それにしても、ここまでくるのに一体どれだけ時間がかかったことでしょうか。
朝起きては朝食の時間を削ってでもゲームをして、学校から帰ってきたらとりあえずてきとーうに宿題を済ませてはゲームに取りかかり、夜も半徹夜状態で夜な夜なゲームをして。
もはや、ゲームは完全に私の生活の一部と化しています。ちなみに、寝不足にはなりません。ゲーム……、特にRPGをやっている時の私は無敵ですから。
もはや、私はゲームのために生きているといっても過言ではないのです! えっへん、ゲームの申し子とでも呼んでください!
……といっても、数々のRPGを制覇してきた私をここまで虜にさせたRPGも珍しいものです。
最近のRPGは変に話が凝りすぎていたり、システムが複雑すぎたりしてRPG本来の面白みが半減されているものが多いんですけど、このレジェンドワンドは私を夢中にさせただけあります。
話は至って単純で、ある国の秘宝、それを手にした者の願いは何でも叶うと言われている伝説の杖が悪しき魔王の手下に盗まれてしまい、それを奪還する為に勇者が立ち上がる……といった感じのお話です。
勇者は城下町に住んでいたごく普通の青年ロト様で、王に命じられて杖を取り戻す為の旅に出るのです。
この作品の魅力は、何といってもシンプルでありながら奥が深いこと。RPG王道の異世界の物語でありながら登場人物の一人一人の感情が現実世界に住んでいる私たちにも身近に感じられて。あぁ……人間というものはどんな世界にいても結局変わらないものなのかな、なんて感じましたね。杖をめぐって様々な人間模様が描かれていて、一人一人に立場があって、悪役であるはずの魔王にでさえ共感してしまったりして――
『ピーンポーン』
はっ!! いつの間にやらもうこんな時間にっ!?
たったとお母様が玄関へ駆けていく足音が響きます。
「おはよう、美緒ちゃん。ちょーっと待っててねぇ。いつも待たせて悪いわねぇ……かのこっ! いつまでもテレビにへばりついていないで早く用意なさい! 美緒ちゃんが待っているでしょう!!」
慌てて居間に戻ってきたお母様がつかつかと私と感動的なエンディングの前に立ち塞がります。あぁっ、お母様が邪魔でロト様とその仲間達の名場面集が見えません!
私が首を伸ばして何とか勇者ご一行様の英姿をかいま見ようとすると、はて、お母様が急にテレビの方へ向いてしゃがみました。
そして、私の命ともいえるゲーム機にお母様の手が伸びてゆきます。
お、お母様……もしやっ!!
「あぁっ、ダメですお母様! それは、セーブした者にしか触れるのを許されぬ禁断のスイッチです! レジェンドワンドは、クリアした後にセーブができなくてもう一度始めたら最後にセーブした場所から始まるなんていう糞RPGとは違うんですよ!? もう止めますから、せめてセーブをさせてくだ――」
――ブチッ。
……あれれ、今の音は何ですかぁ?
嫌だなぁ、もしかしてお母様の血管が切れた音ですか? あっはっは、凄い音がしましたねぇ。
まぁ、そんなことはどうでもいいんですけど。それにしてもおかしいなぁ、どうしてテレビが真っ黒なんでしょう。
あっ、分かったぁ! ロト様がテレビの中は窮屈だと思ったんですねぇ。だから、思わずこっちの世界に飛び出してきちゃったんだぁ。じゃぁ今すぐに会いに行って、サインもらいにいかないとぉ……
「ほらっ、そんな所で現実逃避してないで早く行きなさい。美緒ちゃんが待っているでしょ」
……ぐすん。
「うわぁぁぁっ! ほんっと信じられないですぅ!! 三時までやって、眠い目をこすりつつ四時に起きてやった苦労が、全て、水の泡だなんて……」
「かのこちゃん、一時間しか寝ていないんですの……?」
隣に歩く美緒が、栗色の大きな瞳で私を心配そうに見つめていました。若干、可哀想な子を見る目なのは気にしません。割といつもの事です。
美緒は、私の親友です。スベスベの白いもち肌に、くるんと巻いた腰辺りまである茶髪の可愛らしい女の子。有名な財閥のお嬢様とあって喋り方もお嬢様らしいです。
私は鼻水をすすりつつ嘆きました。
「んなことは些細な事ですぅ……ずびび……、やっとのことで十周目までいってレベル神の魔王を倒したのにぃ……」
九回クリアして初めて挑戦できるようになる隠し要素、難易度『神』。ちなみに初めは易しいしか選べません。
それにしても、あれだけレジェンドワンドをやりこんだ私でさえレベル神の今までとは比べ物にもならない桁違いの難しさには度肝を抜かれました。だって、最初に出てくるネズリン(レジェンドワンドにおける最弱の敵キャラ)の強さがいきなり中級ボス並なんですよ? 反則ですよね。
「……っていうか、十周目までやってそんな隠し要素があることに気付く人はかのこちゃん位です」
「うがぁーっ!! いくらラスボス前からまた始められるといっても、あれを倒すのにどれっだけの時間と労力と運が必要だと思っているんですか!」
「ふーん、大変なんですねぇ」
昨日(実際は今日)だって、本当に勝つも負けるも紙一重のバトルだったんです。勝利の女神様が私たちに微笑んだからこそ勝ったのです。認めたくないけど……つまり、勝てたのは運が良かったからっていうこともあるんです。
次にやってまた勝てる自信は、悔しいけど……正直無いです。
……けど、もし私がここで諦めてしまったら一体誰がレジェンドワンドのレベル神をクリアするというのでしょう?
ただでさえレベル神の存在に気づける人が、どれだけいるかも分からないのに。それに、この異様なまでの難易度はゲームクリエイターさんからのゲーマーに対しての挑戦状でもあると思うのです。
そして、仮にも私がここですごすごと引き下がるようなことがあれば……確実に、クラス公認ゲーマーから偽ゲーマに失墜してしまいます! それはなんとしても避けなければ!
「私は……私は、真のゲーマーになりますっ! 帰ったら即リベンジです!」
「ふあぁー……かのこちゃん、ふぁいとー」
心なしか美緒の声が棒読みな気が……まぁ、それもいつものことなんですけどね。
うーん……今度はどんな戦法でいきましょうか。やはりロト様を回復役に回して「それにしても」うん? 何ですか、美緒。
脳内魔王討伐作戦会議を中断して美緒の方へ顔を向けると、彼女は大げさにため息を吐きました。
「私には分かりませんわ、RPGゲームの良さが」
カチン。
「だってぇ……意味もなく魔物だの何だの倒してしょうもない架空の話が進んでいくだけでしょう? そんなものをやっていたところで、何の感動もありませんわ」
ななななな、なんですってぇ…………!?
いくら親友の美緒だからといって、これは聞き捨てなりません! 言って良いことと悪いことがあります!!
「そんなこ「やはり、ゲームをするなら乙女ゲーに限りますわ」
はいっ??
突如、RPGを蔑むそのチョコモカ色の瞳が爛々と輝き始めました。
「乙女ゲーはね、あたしにドキドキとトキメキを与えてくれるの。そう、数々の乙女ゲーを全クリしてきたあたしだけど中でもオススメなのが【キラキラメモリーズ★】よ! 名前こそ安っぽいけど、声優はかつてないほどの豪華っぷりでフルボイスだし、何よりもあの美麗イラストに感動だわ! キャラもただの記号のかたまりじゃなくて、ちゃんと一人一人に深みがあるのよねぇ。あぁっ、愛しの三村君はいつあたしに振り向いてくれるのかしら……」
今まで呆れ顔だった親友の顔は今、正しく恋する乙女の顔でした。
内心、額を押さえたくなりました。
すっっかり、忘れてましたけど……そういえば美緒は生粋の乙女ゲーオタクだったんでしたっけ。思い返してみれば美緒と仲良くなったきっかけもゲームの種類は違えど同じゲームに違いはない、っていう感じのことだったような……。ちなみに、三村君っていうのはキラキラメモリーズに出てくるいわゆる王子様キャラなんだとか。ふあぁ……、興味ありませんけどね。
「三村君はね、金髪碧眼の容姿端麗、文武両道。普段は素っ気無いぶっきらぼうな人なんだけど、あたしだけは妹みたいな感じで可愛がってくれるの。けどね、だからこそ妹以上には見てくれなくてそこから恋愛に発展させるのが難しいのよねぇ。けれど、そこが良いのよ! 恋は障害が大きければ大きいほど燃えるものなんだから!!」
……なんだか、さっきの美緒の気持ちがちょびっと分かった気がします。
それにしても美緒はもったいないですよぅ、乙女ゲーの世界にどっぷり浸ったりしなければ普通に可愛い女子高生なんだからカッコイイ彼氏だってできるかもしれないのに。あ、もちろん現実にですよ? そう言ってやると、
「嫌ですわ。現実の男はこれっっっっっぽっちも乙女の気持ちを理解できないんですのよ。それに比べて三村君はあたしの気持ちを手に取るように分かってくれて……」
あからさまに嫌そうな顔をした後、白い手を胸の前で合わせて雪の頬を薔薇色に染めました。変容振りが凄まじいです。ずっとそうしていれたら、現実の男の子も自然と放っておけなくなると思うんですけどねぇ。
「あーはいはい」
「もうっ、そうやって聞き流さないでください! それに、そんなこと言ったらかのこちゃんだってもったいないですわ。今時、肩辺りでバッチリになりますわそろえたおかっぱなんて珍しいけれど、それを抜きにすればちょっとおチビな可愛い女子高校生ですもの」
「今、さり気なくチビって言いましたねっ……!」
やっぱり、私の身長が女子高校生の平均身長に著しく届かないのは夜にあまり睡眠時間をとらないからなのでしょうか……。いや、たとえそうであったとしても、夜の私にはレジェンドワンドをやらなければならないという使命があるのです!
「そんなことでゲームを諦めていては、クラス公認ゲーマの名が廃ります!」
「かのこちゃんの思考回路はどうなっているのかが気になりますわ」
と、まぁいつも通りの会話をして笑いあっていたところで突然美緒がこう切り出しました。
「それにしても……かのこちゃんのお父さんは幸せ者ですわねぇ。娘に自分の作ったゲームをこんなに愛してもらえるなんて」
ドキリ。
ど、どうしていきなりお父様の話になるんですか……? 振り向けば、美緒は悪意のない微笑みを浮かべていました。
「べ、別に……お父様は関係ないです。ただ、私を虜にさせたのがレジェンドワンドだったってだけで……」
私のお父様はゲームクリエイターで、数々のゲームを世に送り出してきました。そして、レジェンドワンドの監修者となって約一年前にそれを完成させたのです。レジェンドワンドは大ヒットこそしなかったものの、知る人ぞ知る神ゲーにまでのぼりつめました。
「ふふふ、恥ずかしがらないで良いんですわよ」
にたにたと口の端を吊り上げつつ私をつつく美緒に、私は苦笑いを返す事しかできませんでした。
「そ、そんなことより――」
それから、思いつく限りのどうでもいい話をしました。今日の天気の話だとか、授業の話だとか、本当にどうでもいいことです。
早く、この話題を終わらせたかったんです。美緒は何かを察したのか何事も無かったかのように私の話に乗ってくれました。
何もかもが、いつも通りの平凡な朝でした。
けど。
今考えてみると、ここで私のそんな愛しい日常は終わりを迎えたのです。