scene8
ということで、8話目です。
拙いですが、どうかよしなに。
亜人との一件を片付け、ルシアン一行は、訓練所前に戻っていた。
ノアは近衛兵らに褒美と本格的な治療を施す為、一旦家に戻ることになった。
別れの挨拶をしようと、ルシアンは彼女の元に駆け寄る。
自分の元に近付いてくる彼の姿に気が付いたノアは、馬車へと誘導される近衛兵の手を制止した。
彼女の前に立ったルシアンは、口を開く。
「今日は、色々ありましたけど、ありがとうございました」
「…ええ、こちらこそ色々とありがとう」
正面から改めてお礼を言われたノアだったが、ルシアンの真っすぐに自分を見つめる瞳に視線を合わせようとする。
しかし、どうしても合わせることができない。
「また機会がございましたら、是非」
「…そうね」
「では、帰り道にもお気を付けて」
「…うん」
前の世界で得意だった笑顔を作り、馬車に乗り込もうとするノアを見つめるルシアン。
《…これで良い。これで良いはずなんだ。なのに、何故…》
ルシアンの返答に、一縷の寂しさを見せた、伏し目がちの彼女を見た彼の心中は決して穏やかではなかった。
以前の咎野だった自分なら、何とも思わなかっただろう。
しかし、今は彼女に放った言葉が、不思議と自分の心に細い針のように刺さる。
遂に耐え切れなくなった彼の心は、自然と身体をも動かしていた。
気が付けば、ルシアンの手は馬車に乗り込む直前だった彼女の腕を掴んでいた。
突然掴まれた事に、きょとんとするノア。
段々と熱を帯びてくる顔を前に、ルシアンは彼女を直視できない。
それでも何とか、言葉を振り絞った。
「…あー、こ、今度は…良かったら…ほんとに良かったらで良いんですけど、僕の家に…来ませんか?大したおもてなしが出来る訳では…ない…ですが」
彼の赤く染まった顔と、何とも不器用な誘いにノアは、「ぷっ」と思わず吹き出してしまう。
その緩んだ口元を必死に隠した彼女は、そのまま馬車に乗ってしまい、失敗したと、少年は思わず肩を落とす。
すると、間もなくしてノアが馬車から出てきて、ルシアンに何か紙のような物を渡した。
確認すると、その紙には小さな魔法陣が書かれていた。
「これは…?」
「あら、方位陣を見るのは初めて?」
「へぇ、これが」
《そいえば、これも本で見たことがあったな。確か…》
「本来なら貴方の魔力を、この陣に流し込む事で私の魔力とリンクさせて、正確な位置を掴むのが一般的なのだけど」
「僕にはその魔力がありませんからね」
「そ、だから今回は私の魔力を、この陣に込めておいたわ」
「自分の魔力は、自分が一番よく感知できるみたいですしね」
「まぁね。じゃ、また近々お邪魔するわね」
「ええ、是非」
そう言い残し、二人はしばしの別れを惜しんだ。
馬車から手を振るノアに、小さく返すルシアン。
その様子を見慣れた顔が、薄ら笑いを浮かべて揶揄う。
「とうとうルシアンにも、彼女が出来たか…。俺は嬉しいぞ」
「…父様…そういう言い方はどうかと思いますよ?」
「で?どこまで行ったんだ?」
「どこまでも何も、今日会ったばかりですよ」
「にしても綺麗な娘だったなぁ。惚れたなら早めにしておいた方が良いぞ?」
「…それは…」
「それは?」
「ああもう!ほっといてください!」
父の茶化しに、何故だか無性に腹が立った。
自分が何に対して腹が立っているのか分からず、むしゃくしゃした気持ちだけが募っていく。
そんな気持ちを抱えたままルシアンは、リュグの元から走り出した。
一旦気持ちを整理する為に、彼は一度、訓練所の裏手のベンチへと向かう。
ベンチへと静かに腰掛けると、その視線は徐々に下へと落ちていった。
《…少し…人の優しさに触れすぎた…かな。特に…最近は…》
考えれば考えるほど、頭の中の思考は複雑に絡み合っていく。
そうして絡み合った思考は、考える度、更に深く入り組んでいってしまう。
堂々巡りに陥っていたところへ、背後から伸びる影に、そっと肩を叩かれた。
振り向くと、そこにはラキリスが立っていた。
「よっ。なぁに暗い顔してんだよ。イイ感じだったじゃん」
「…ラキリス。いや、その件ではなくて…」
「まぁ、そんな事よりもだ。お前の親父殿の事なんだが…」
それまで軽妙だった口調が重く変わった事に、ルシアンは空気を察した。
「何か、違和感がしない…か?」
《…やはりラキリスも。私も違和感は色々あったが…》
「どうして、父様があそこにいたのか…だよな?」
「それもだけどよ、俺は異常に多い私兵の数が気になる。普通は五~六人くらいだろ?軽く見積もっても百人はいるぞ」
一つの違和感が、段々と膨れ上がり、やがてそれはルシアンの心さえ蝕んでいく。
「最近…親父殿の様子は?」
「そういえば近頃は、僕が起きてくる時には不在が多くなったな」
「それはいつ頃からだ?」
「確か…ここ一か月くらい…だと思う」
「ここ一か月…まさかな」
「何かあるのか?」
「ルシアン…お前、新聞は読んでるよな?」
「一応、目くらいは通してるが…」
「じゃあさ、一か月前くらいの記事で大々的に報じられてた事件あったろ?」
ルシアンは記憶を辿り、当時の記事の内容を思い出す。
《一か月前…確か、あの時は…》
「国王の…息子の王子が、宰相に対して起こした謀反…だったか?」
「当たりだ。で、その件でちょっとした噂があるのは?」
「噂…噂…ああ、あの手紙のか?」
この二人が言っている噂とは、国王の息子の第三王子が、自分の考えに賛同しそうな者に送ったとされる、挙兵を募る為の手紙の事だ。
結局、国の実質的な実権を握っている宰相にバレてしまい、送る前に阻止され、国に逆らった罪で処刑されてしまったので、信憑性は限りなく低いが。
「もしだ。もし仮に、あの記事が真実でなく本当に…送られていたとしたら?」
「…ふっ。何を言い出すかと…。あり得ないだろ」
「何を以てして、あり得ない?」
「だって…仮に送られていたとしてだ。こんな片田舎の小領主なんかに、王子からの手紙なんか…届くわけが…ないだろ」
「…すまん。お前の親父殿が、反宰相派の人間だから…つい、そうかもってさ」
《なるほど。こいつはこいつなりに、心配してくれてたって訳か…》
年の近いラキリスに心配され、ルシアンはふと、前世の自分に思いを馳せる。
《…前の世界で、私に友人と呼べる存在が居たなら…私は…》
思いを巡らせていると、リュグが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ごめん、ラキリス。その話はまた明日にでも」
「おう。今日はお疲れさん!っと、そうだ。ほいよ!」
ラキリスは、ルシアンに向かって何かを投げた。
木箱に入った何かを受け取った少年は、恐る恐る開けてみると、中には小さな石ころが一つだけあった。
「ただの…石?」
怪訝そうな顔を彼に向けるルシアンに「嫌がらせじゃないぞ?」といたずらっぽく笑うラキリス。
「ま、お守りって事で大事に持っとけ。イイことがあるかもよ?」
「イイことって…」
どこをどう見ても、ただの石にしか見えないソレだったが、何か不思議な力を感じ、渋々懐に仕舞い、彼に別れを告げて父の元へと駆けていく。
リュグの元へと着くと、ベラスクらが訓練所に帰っていた。
「先生、帰っていらしたのですね」
「父君から大方の話は聞いた。大変だったな」
「まぁ、亜人が出てきたのは想定外でしたが…まぁ、何とかなるものですね」
「本当に…良くぞ、生きて戻ったな」
ベラスクが感心して頷いている後ろで、浮かない顔をしている少女が、ルシアンの目に映る。
ずっと俯いたままのミランダに、声をかけるべきかに悩む少年。
声をかけようにも、どうしてそんな浮かない顔なのか、なぜ俯いたままなのかが理解できずに、心だけが疲弊していく。
そんな時、やっとミランダと視線が合った。
一瞬笑みを浮かべた少女は、そのまま訓練所の中へと走っていってしまった。
彼女の背中が視界から消えた時、少年の心は、何故だかノアのように高鳴らない。
追いかけようにも、足が前に進まない。
息子のそんな姿を見たリュグは「今日は色んな事がありすぎた」と肩にそっと手を添え、早く家に帰るように促す。
正直に言えば、少女の後を追うべきなのだろう。
しかしルシアンは、その選択をする事はなかった。
後ろ髪を引かれる思いを抱えたままの少年の心に、また一つの影を残し、訓練所を後にした。
帰路の馬車の中では、親子二人の沈黙が続いていた。
リュグは窓に頬杖を付き、眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる様子。
《まぁ…これはこれで、静かで良いが…》
どうにもラキリスとの会話と、父の態度が気になったルシアンは、他愛のない話から少し探りを入れてみる事にした。
「この辺りも長閑で良いですよね。僕たちの住んでる所とは違う作物だったりで」
「…そうだな」
「今日、父様が行ってきた所では、どうでした?」
「どう…か。別にそう変わらんな」
《…変わらない。ですか》と、父の返答に引っ掛かるルシアン。
ベラスクの訓練所には、彼女の肩書もあって、様々な所から生徒が集まる。
その為ルシアンは、訓練の休憩中などの時間を使い、他の地域から来た生徒と仲を深め、情報を集めていた。
今日リュグが行くと言っていた地方の生徒も、勿論在籍している。
《…聞いたところによると、確かあの地域は、商業中心で長閑というより…》
矛盾する父の発言に、ルシアンの疑惑の念は、より一層強まっていく。
ここで更に踏む込むべきか、ここまでにして沈黙の時間に戻るか。
どちらかにするか、少年の心中は揺れていた。
だが、結論は意外にも早く出る。
《…ここで変に踏み込んで怪しまれるのは、まずいな。ここは、冷静にいくべきか》
そう思ったルシアンは一旦踏みとどまり、話題を逸らした。
「そういえば、あれからカイランはどうしてるでしょうか」
「…元気にやれていれば…いいが…」
「帰ったら手紙を書いてみようかと思うのですが」
「いいじゃないか」
「父様はどうしますか?」
「俺は…すまん。今はちょっと…な」
「そう…ですか」
そう答えたリュグは笑みを浮かべるが、ルシアンは、それが本心ではない事には、すぐに分かった。
《…その顔は良く知っている。…全く、つくづく嫌な顔だ…》
父に対する様々な思いが交錯し、それ以上少年から言葉は出なかった。
リュグも再び口を閉ざしてしまい、馬車が軋む音と車輪が地面を駆ける音のみの静寂が訪れた。
結局、それから二人は口を一度も開くことなく、時は流れ、家へと到着したのだった。
家へと帰り、ひと段落着いたルシアンは、馬車内で言っていた通りに遠い地で励む弟に向けて手紙をしたためていた。
そうして書き終えた後に、静かにベッドに入り、薄れゆく意識に身を委ねて、今日を終えた。
翌日、何故だかいつもより早く目が覚めたルシアン。
今日は訓練が休みの為、ゆっくりする予定だったので、もう一度眠りに就こうと布団を被る。
しかし、目が冴えてしまい上手く寝付けない。
喉が渇いた感じがしたルシアンは、ゆっくりとベッドから抜け出す。
冬のツンとした冷気が、寝起きの肌に刺さる中、部屋を出るルシアン。
階段を降りて、台所へ向かおうとした少年だったが、玄関から話し声が聞こえたので、階段の途中で足を止めた。
玄関を慎重に覗くと、またどこかへと出かけるリュグを、セリナが見送っていたところだった。
「すまん。今日も遅くなる。夕飯も大丈夫だ」
「…最近物騒だから、気を付けてね」
「セリナもな。一応、家にも数人の警備兵は置いてるが…用心だけはしておいてくれ」
「…分かったわ」
一見いつもと変わらずの声色のセリナだが、ルシアンは微かに、声のトーンが低い事を聞き逃さなかった。
だが夫であるリュグもそれに気が付いていないわけがなく、そっと彼女を抱き寄せた。
「また寂しい思いをさせて…すまない…!」
力強く抱きしめるリュグを、セリナは抱き返すことはなく、逆に引き離した。
「…確かに寂しいのは事実よ。何やってるのか分からないけど、言える事は一つ!終わったら、存分に家族サービスする事!いいわね?」
温かい微笑みを浮かべるセリナに、父の目が潤んでいるのが、遠目でも分かった。
震える声で「ありがとう」と言い残し、リュグは家を後にする。
会話を聞き終えたルシアンは、台所へ向かう事なく、自室に戻ろうとした時の事。
ある珍しい光景が、少年の目に留まった。
《あそこは…リュグの書斎だよな?…開いてる…》
いつもならキチンと鍵まで閉めている筈のリュグの書斎が、何故か僅かに開いている。
昨日から父の事が気になっていたルシアンの足は、それを見るなり、自ずと父の書斎へと向かっていた。
ドアノブに手をかけ、静かにドアを開けるルシアン。
《…そういえば初めてだったな。この中に入るのは…》
父の書斎は、至ってシンプルだった。
窓際に机が一つと、その両脇にはきちんと並べられた本棚があるのみだ。
何かないかとルシアンはまず、机に向かって歩を進める。
机の上には、綺麗に整頓された書類が数通と、万年筆のようなペンが一本だけ置いてあった。
《…書類は…特に怪しい物は無さそうだな。引き出しは…》
引き出しの取っ手に手をかけるが、予想通り鍵が掛かっている。
《流石に、そこまで不用心ではない…か。本棚も資料ばかりだしな》
大した情報が得られそうになく、リュグの書斎を後にしようとしたその時。
階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
《まさか、閉め忘れたのに気付いて!?まずい!》
焦るルシアンだが、足音はすぐそこまで迫っており、机の下に急いで隠れようにも足音でばれてしまう。
覚悟を決めたルシアンは、隠れるのを諦め、必死に言い訳を考えていた。
そして、ゆっくりとドアが開いたのだった。
いかがだったでしょうか?
楽しめてもらえたら嬉しいです。
もし良ければなんですが、評価など貰えると嬉しいです。