scene7
どうも。
かれこれ7話目です。
どうか楽しんでいただければ幸いです。
あれから数日が過ぎ、ルシアンはいつものように、訓練所へと向かう。
いざ着いてみると、訓練所前で人だかりができている。
《なんだ?また兵士たちでも来ているのか?それにしては、皆の表情も別に…》
ざわついている割に、怯えるどころか寧ろ見惚れている皆を不思議に思うルシアン。
人混みをかき分け、慎重に近づいて行く。
と、そこには彼がいつも乗っている馬車とは違い、細部に煌びやかな装飾をした、いかにも高貴そうな馬車が止まっている。
その横には、ルシアンより少し背が大きくすらりとした、美しい瑠璃色の髪の女の子が腕を組んで佇む。
どういう状況なのかを把握したいルシアンは、すぐ隣にいた訓練生に問いかけた。
「す、すみません。これは…一体…」
「おお、ルシアンか。実は、今日は先生とミランダが用事で外に出ててさ。午前は自主練になってたんだよ。で、皆で準備してたら、あの人が急に来て…」
《…ほう。なるほどな…》
あまりに目を引く彼女の容姿に、ルシアンも思わず目を離せなかった。
そんな時だった。
彼女がチラッとこちらを見て、目が合ってしまう。
すると、組んでいた腕を解き、ルシアンの方にゆっくりと向かってきた。
そんな様子に周囲は更にざわつく。
「お、おい…ルシアンに近づいていくぞ…」
「あいつ、なんかやったんじゃないの?」
《待て待て!わ、私に心当たりなんてないぞ!?》
彼女はルシアンの前に立ち、無言でジッと見つめる。
まるで、品定めをするかのように。
無言のまま立ち尽くされ、気まずさの限界に達したルシアン、思い切って口を開く。
「はじめまして。私は、カイル領の小領主リュグ・ドルネスの息子、ルシアンと申します」
明らかに自分より身分が高そうだったので、両親に教わった礼儀に沿い、片膝をつき跪く。
そんな姿を見て、固く閉ざされていた彼女の口が、ようやく開く。
「ふーん。そう、貴方が…」
「…本日は、何用で…?」
「何用って…貴方に会いに来たんだけど?聞いてないの?」
《…いやいや、聞いてないどころか、私は君が何者かも分からないんだが!…あと、そろそろ名乗っても良いのでは…?》
困惑する彼の元に、一人の良く知った顔が隣に駆け寄ってくる。
「いらしていたのですね。ノア様」
「ちょうど時間が出来たことだし、アンタが言ってた男を一目見に来たのよ」
「さようでございますか」
口ぶりからして、彼が何か知っているのを感づいたルシアンは、少し力を入れた肘で、ラキリスの腕を小突いた。
それだけで彼の真意を察したラキリスは、いつもの笑顔が引きつってしまっている。
「すみません。少し、向こうでルシアンと話をしてきます」
「手短にね」
そう言うと彼は、ルシアンの腕を掴み、その場から少し離れたところに連れていった。
適度に離れたところに来た二人。
ルシアンは腕を組み、少し呆れた様子で口を開く。
「で?これはどういう事なんだ?」
「…前言ってただろ?お前に会いたがってた大領主の娘の…」
「まさか…!ヴィアス家の一人娘って」
「ああ、そのまさか、さ」
「急過ぎないか!?」
「俺だってビックリしたが、良い機会じゃないか。別に好きな女もいないだろ?」
「それはそうだが…」
「お前なら上手くやれるだろうし、まぁ、頑張れよ」
「他人事だなぁ…」
覚悟を決めたルシアンは、再び彼女の元へと戻る。
少し待たされたからか、若干また不機嫌度が上がっている気がした。
「お待たせして申し訳ございません。お越しくださり、光栄です。ノア様」
「まぁ、そんな事はどうでもいいのだけれど。それよりも、早く乗りなさい」
「…は?乗る?」
「貴方と少し話がしたいの。馬車の方がいいでしょ?」
《…こ、これは所謂…デートというやつか…?》
前の世界で体験したことのないデートを前に、いつもの冷静さを失いつつあるルシアン。
困った彼は、ラキリスの方を見る。
するとラキリスの必死に笑いを堪え、思わずにやけている表情を見て、ルシアンの額には、静かに青筋が立っていた。
《…ラキリスめ。これが終わったら覚えておけよ》
覚悟を決めたからには逃げられない事を悟った彼は、渋々馬車へと乗り込む。
馬車の中はというと、流石は大領主といったところで、椅子もフカフカ快適、装飾も実に凝っている。
両者互いに向かい合うように座ったところで、馬車はゆっくりと出発した。
出発して暫く経っている馬車内では、互いに口を開く事なく無言の状態が続いている。
《…気まずい。かと言って何から話せば良いんだ?とりあえず…》
あまりの気まずさから、やけくそ気味にルシアンは口を開く。
「き、今日は…わざわざ遠くからありがとうございます」
「…別に。気が向いただけよ」
「そうですか…」
「じゃあ、私から良い?」
「ど、どうぞ」
「貴方、魔力が無いんですってね」
「はい。なので、剣の道に」
「…どんな気持ちだったの?」
彼女の真っすぐで凛とした瞳に、思わず背筋が伸びる。
《…なんだろうな。この気持ちは。胸の奥がざわざわするような…》
その芽生え始める感情もまた、ルシアンはまだ知らない。
だが、この人だけには、嘘はついてはいけないとだけ思った。
心に靄を残し、彼女の問いに誠実に答えるルシアン。
「まぁ確かに、最初は残念でしたね」
「…今は?」
「正直に言えば、未だに残念なところはあります。ですが、生きてみると存外、悪い事ばかりでもなかった。魔力がないことで、剣の道に進み、色んな方々に会えた。今は、それだけでも十分です」
決して嘘ではない。
しかし、全ての本心を曝け出したわけでもない。
これがルシアンから今の彼女へ出来る、最大の答えだった。
彼の答えを聞き、返事をするためにノアが口を開こうとした、その時だ。
「きゃっ!」
「な、なんだ!」
突如として、二人を乗せた馬車が急停止した。
すると、周りを警備していた近衛兵が、慌てた様子で駆けてくる。
「お、お嬢様…!!」
「これは、何事ですか!?」
「亜人の盗賊どもです!まさか、こんな所にいるなんて!」
「数は?」
「およそ十人ほどかと!」
《…ふむ、十か。人間ならともかくとして、亜人か》
ルシアンは、まだ亜人と戦った事がない。
偏に十人とは言っても、人間と亜人では力量にも差があるだろうというのは、自ずと察せる。
だが、近衛兵の数も五人程度。
幸いにも帯刀していたルシアンは、背に腹は代えられないと、立ち上がる。
「僕も一緒に戦います」
「無茶だ!まだ子供が亜人に勝てるわけがない!」
「今のままでは、必ず負けます!それに、僕は剣士だ!」
ルシアンのいつもの冷静な瞳から遠くかけ離れた、その熱い眼差しは、近衛兵の心を動かすのには十分だった。
「…そこまで言うのなら、来てもらう。但し!少しでも危険と判断したなら、潔く引け。いいな!」
「はい!!」
そうして剣を抜いたルシアンは、亜人の盗賊たちと対峙するのであった。
馬車を降り、初めての実戦の場に立つルシアン。
周りでは、魔法を用いた剣術を使う者、ただ魔法で応戦する者だったりが、亜人と戦っている。
しかし、亜人の魔法を使えない代わりに、人間と比べ桁違いの膂力を有する彼らに、近衛兵らも苦戦していた。
戦況を見つめ、分析していたその時だった。
「おいおい、小僧。剣を持ってるってぇ事は、そういう事だよなぁ」
ルシアンは自分の背後から突如発せられた低い声に、素早く振り向き、剣を構える。
そこに立っていたのは、全身に傷跡があり、赤色の毛並みのゴリラみたいな亜人だった。
《周囲で戦っている亜人も猿型…だが、毛並みが他と…まさか…!》
「察しの良いガキだ。そうさ、俺がこの団のボスさ」
「やはり…そうでしたか」
《くっ!…まずいな》
周りに援軍を求めようにも、大人たちは目の前の敵の対応で精いっぱい。
風格からするに、ルシアン一人で相手をするのは、あまりにも荷が重いのは明らかだ。
「俺にガキをいたぶる趣味はねぇが、まぁ、悪く思うな」
亜人はルシアンの二倍はある身の丈ほどの大剣を抜き、臨戦態勢に入る。
《やるしかないか…!》と覚悟を決め、ルシアンも剣を構える。
すると、間髪入れずに亜人が突っ込んできた。
《くそ!!いきなりか!!》
おおきく振りかぶった大剣を、勢い良く振り回す亜人。
ルシアンは、それを何とか躱し、剣で受け流す。
《…何て荒々しい剣だ!受け流せはするが…くっ!!》
通常の人間よりも筋力のある彼の剣の重さは、数日前に戦った兵士とは比べ物にならない。
受け流す度に、その重さで手が痺れる。
「ほら、どうした!!逃げてばかりか!?」
《私だって、攻めたいさ…しかし!》
荒々しい剣で単調な攻めだが、人間の振るう剣と全く違い、独特な軌道で剣筋が読めない。
故に、簡単に踏み込めずいたルシアン。
すると突然、亜人の猛攻の手が止まった。
「…おい、小僧」
「なんでしょう?」
「てめぇ、何で魔力を使わない!?舐めてんのか?」
「…元からないものを、どうやって使えと?」
「…ない…だと?人間なのにか?」
亜人は驚いた様子で、目を丸くした。
「逆に聞きますが、どうして僕が魔力を使っていないと分かったんです?」
「簡単だ。お前ら人間は、俺らと戦う時にどうしても身体能力で差が付くだろ?それを魔力で増強してるから、一発で分かんだよ」
「そうですか」
そう言うと亜人は再度剣を構えるが、先ほどまでの無造作な構えとは、少し違っていた。
《なんだ?さっきとは構えが…剣を地面に突き立てている?》
「この構えは、相手に敬意を表する時の俺ら種族の礼儀作法の一つでな。それと、お前名前は?」
「…ルシアン・ドルネスです」
「良い名だな。魔力を持たず向かってきた、お前の勇気…見事だ」
思ってもみなかった言葉に、ルシアンの心がざわついている。
《なんだ…この胸が熱くなる…この感じは》
「さぁ、構えろ。ルシアン・ドルネスよ。ここからは、俺の亜人としての誇りをもって戦おう」
さっきまでとは違い、今ルシアンの前に立っているのは、盗賊ではなく、誇りある亜人の戦士だ。
勝てるかどうかは分からない。
だが、この時のルシアンにとって、そんな事はどうでも良くなっていた。
再び剣を構えたその少年の目は、最早一人前の剣士だった。
「いざ、尋常に…!!」と亜人が、剣を振り上げた瞬間。
「ルシアン!!」と自身の名を呼ぶ、聞き慣れた声が少し離れた所から聞こえた。
声のした方へ視線を向けると、そこには血相かいて馬で駆け寄ってくる父リュグとそれに仕える兵士らの姿があった。
「ちっ!余計な邪魔が入ったな…おい野郎ども!引くぞ!」
その号令によって、他の亜人たちは素早く逃げる。
ルシアンと対峙していた亜人のボスも剣を収め、仲間に続こうとしている。
そんな彼に対し、ルシアンは口を開いた。
「名前…!最後に、貴方の名前は?」
「ふっ。亜人の名前を知りたがるとは、やはりお前は面白い。ヴァルガスだ。よく覚えておけよ」
そう言い残し、彼らは去っていった。
間もなくして父らがルシアンたちと合流した。
冷静になり周りを見渡すと、重傷者はいないものの、近衛兵たちは疲労の色が隠せていない。
父らが近衛兵の傷の手当てをしている間、ルシアンはノアの乗っている馬車へと駆けていく。
馬車のドアを開け、彼女の無事を確認するルシアン。
すると彼女は、そこに変わらず凛とした佇まいで座っていた。
「ご無事でしたか…」
「ええ、なんとか。貴方もありがとう」
《…ほう、ちゃんとお礼ぐらいは言えるのだな…ん?》
ゆっくりと近づいてみてルシアンは、初めて気が付いた。
彼女の手元が、微かに震えているのを。
ノアの気持ちを察したルシアンは、一旦外の様子を見渡した。
確認し終わると、静かに頷き、彼女の元へと再び近づいていく。
彼女隣に立ち、一言「隣、失礼してもよろしいですか?」と問いかけるルシアン。
その問いかけに対し、ノアに言葉はなく、ただ静かに頷くだけだった。
隣へ座ると、ルシアンはゆっくりと彼女に語りかけた。
「今日は…とんだ一日でございましたね」
「…そうね」
「折角、ノア様と二人でゆっくりお話しが出来ると思っていたのに」
「…」
「…言いたいことがあれば、どうぞ、遠慮なく」
「…なんで、会って間もない貴方に…」
「会って、間もないから…こそ、ですかね」
「どういうこと…?」
「僕らはお互いのことを、まだまだ何も知りませんよね?知らないというのは、何も悪い事ばかりではありません。時に、知らないからこそ、気楽になれる事もあるんじゃないでしょうか?」
その言葉を聞いたノアは、俯きがちだった顔を、ルシアンに向ける。
彼女の顔は、凛とした美しい顔が崩れるほど、今にでも泣き出しそうな表情へと変わっていた。
そんな彼女が、震える声を振り絞りながら懸命に言葉を紡ぎだす。
「…ごめん…なさい。私が、こんな事を…言い出さなければ……」
「ノア様のせいではございませんよ。悪いのは…」
「でも…!そのせいで…兵士たちや…貴方を危険な目に…」
《…ああ、この子は…》
彼女の内に秘めた優しさの一片に触れたルシアンの心は、冷静な頭の中とは正反対に、段々と熱を帯びていく。
「確かに…大変な事ではありましたね。でも、幸いにも死者はおろか重傷者も出てない。今はそれで充分ではございませんか?」
「…うん…」
そんなやり取りを交わしていると、何やら外が騒がしい。
ルシアンは、閉じていた馬車のカーテンを、ほんの少しだけ捲り上げて外を覗いてみた。
そこには、馬車の方を心配そうに見つめている近衛兵たちがいた。
彼らを見たルシアンは、ノアに再び口を開く。
「ノア様、ほら見てください」
少年は彼女の手を取り、窓の方に連れて行く。
「皆、ノア様がご無事かどうか心配なのです。泣いてる場合じゃありませんよ?お姫様」
「…どうやら、そのようね」
潤んでいた目を必死に拭い、彼女らしい凛とした顔に戻ると、ノアは静かに馬車のドアノブを掴んだ。
ドアノブを捻る直前、彼女はルシアンの方に振り向き、一言「ありがと!!」と、今日一番の笑顔を向けて言い放った。
そしてノアはドアを開け、近衛兵たちの前に立つ。
「私、ノア・ヴィアスは、皆のご尽力のおかげで、傷を負う事はありませんでした。そんな勇敢な兵士らを称えずして、何が大領主の娘でしょう!帰った暁には、その勇気に見合う褒美をお約束します!今日は、本当にありがとうございました!」
彼女の言葉に胸を打たれた近衛兵らからは、自然と拍手が沸き起こっていた。
その目には、熱いものが滴れ落ちている。
そんなノアの姿を、後ろから見ていたルシアンは、更に熱くなる心の鼓動に困惑していた。
《…あれ?おかしいな…。熱…でもあるのか?》
その気持ちの正体は、前世で経験した事がないから、分からない。
ただ言えるのは、あの振り向き際の笑顔だけが、彼の頭に強烈に焼き付いた。
それだけだった。
いかがだったでしょうか?
面白ければ、評価などくれると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。