scene6
今回もお手に取っていただき、ありがとうございます。
どうか、楽しんでいただければ幸いです。
兵士たちとの一件の後始末を終え、帰宅すると、玄関で見知らぬ男二人とリュグが話していた。
遠目で見ると、国の紋章が見える。
しかし、朝方の兵士たちとは装いが違い、白いローブを纏っており、手には大きな杖を携えていた。
見る限り、互いに和やかに話し込んでいるようだったので、警戒だけは解かずに家に向かう。
「ただいま帰りました」と、いつもの帰宅の時と変わらないトーンで、まずは玄関にいる父に言う。
「おお、お帰り」
「そちらの方々は?」
「初めまして。私たちはこういう者です」
男の一人から名刺のようなものを手渡された。
《国立魔法連?ああ、確か、国の魔法関連の教育とかをやってるところだったか?》
「へぇ…」
「今回は、カイラン君にお話があって参ったのです」
「…お話、ですか」
「こら、ルシアン。わざわざ遠くから来てくださったんだ。立ち話させてはダメだろう」
「いえいえ、お構いなく。それよりも、カイラン君はいらっしゃいますか?」
「ええ、二階の自室にいますが…」
「申し訳ございませんが、連れて来てはもらえないでしょうか?」
「ルシアン。頼めるか?」
「…わかりました」
リュグからの頼みに、小走りでカイランの自室に向かおうとしたその時。
背後から、微かにゾクッとする視線を感じた。
思わず振り返るが、どこにもそのような視線を向ける者はいない。
父はいつもの通り、魔法連の二人も堅苦しい感じはあるが、特段冷たいとは思わない。
気のせいかと首をかしげた後、心の中に引っ掛かりを残したまま、再びカイランの自室へと走り出す。
部屋の前に着き、ノックをしてカイランを呼ぶ。
ドアが開き、中から兄の声を聞いて嬉しそうなカイランが出てきた。
「兄さま、今日も訓練お疲れ様です。何か用ですか?」
「ありがと。下でカイランにお客様だよ」
「…僕に…ですか?」
自分にお客様が来たと聞き、カイランの表情が曇る。
弟の気持ちを察し、兄として声を掛けようとしたルシアン。
だが、あの時から小さな勇気を持ったその小さな背中は、兄が押すこともなく、前に足が出ていた。
その表情は、未だ弱々しさを残しつつも、瞳の奥では、しっかりと頼もしい火が燈っている。
《全く。子供の成長は早いものだな。…兄弟とは、こんな感じなのか…》
カイランを連れて、再び玄関へ来た。
魔法連の二人は、カイランが来て更に笑みが増したように見えた。
再び魔法連の男の一人が、口を開く。
「では、カイラン君も来た事ですし、早速本題へ移りましょうか」
「はい、お願いします」
「我々がこちらへ赴いた理由は、まぁ、薄々感じているかとお思いですが、カイラン君です」
「カイランに…本日はどのような?」
「まず初めに、魔法適正検査が行われた場合、どのような結果だろうが、我々の元に送られてきます。それはご存知ですよね?」
「…国の決まり事ですからね」
「数日前、私らの元にカイラン君の結果が送られてきましてね。いやぁ、まさか【天星】とは。是非とも、我が魔法連の運営する魔法学校へ入学を推薦したく思うのですが」
「ま、待ってください!些か早すぎでは?」
通常では、体の中の魔力が安定してくる十歳くらいの入学が普通である。
まだ五歳での早すぎる推薦に、父は困惑の色を隠せない。
男らは一切表情を崩す事なく、続ける。
「それは普通の場合です。この子のような特別な才能をお持ちであれば、入学は早い方がベストなのです」
「…根拠は?」
「様々ありますが、一つは、早くから魔法の知識を身につける事で、才能を適切に確実に伸ばせます。もう一つは、同じ【天星】の魔法使いから、直接指導を受けられるなどといったメリットがございます。」
「ただ、その為に、このお家から遠く離れた魔法学校の寮に入らなければいけません」
「ですが!何よりも、全世界の魔法使い人口数億人の中でも、僅か十人。我が国においては二人しかおりません。そんな貴重な才能を育てるのは、最早国家において最重要事項なのです!なので、どうか…」
「「どうか、私どもに託してはもらえないでしょうか!」」
気が付くと魔法連の男らは、さっきまでの不気味な表情から一変し、熱意の籠った表情になっていた。
彼らの熱意にリュグは、揺れていた。
そんな父を見た兄は、ゆっくりとしゃがみ込み、カイランと目線を合わせる。
「ねぇ、カイラン。今の話分かった?」
「…よく…分かりません」
「カイランはね、とても凄い才能を持ってるんだって。それは知ってるね?」
「はい…ガルマータさんがそんな事を言ってました」
「でね、その凄い才能は魔法学校に行って学べば、カイランはとても素晴らしい魔法使いになれるんだって」
「素晴らしい…魔法使いに…?僕が?」
「でも、そのためには、家を離れなくてはいけないんだよ」
「…家を…」
兄から告げられた五歳の子供にとっては、あまりに残酷な選択に、カイランの顔は、自ずと下へ向く。
《まぁ、無理もないか。まだ五歳。それに、つい最近まで私にべったりだったような少年が、いきなり一人など…》
そう思っていた矢先、俯いていたカイランの顔が上がった。
その顔は、魔法連の男らの方へ向き、問いかける。
「…そこに行けば、僕は…本当に素晴らしい魔法使いに…なれるんですか?」
少年の真剣な眼差しに、男らも応える。
「確証はできませんが、我々も出来うる最高のサポートはします」
「後は、ご自身の頑張り次第です」
「僕の…」
「ち、ちょっと待ってください!」
傍で聞いていたリュグが、慌てて割って入る。
「少し…家族で考える猶予をくれませんか?」
「では、明後日にまたお伺いいたします。その時に改めて答えを聞きましょう」
「明後日…」
リュグの顔には、明らかに葛藤の色が滲んでいた。
渋い顔で一旦帰路に就く彼らを見送った後、皆で夕食を囲うが、誰一人切り出そうとはしない。
沈黙の夕餉が終わり、カイランの事について話し合おうとする一同。
父の務めとして、リュグが最初に切り出した。
「皆は…どう思う…?」
「私は…やっぱり反対。だって…だって!まだ…五歳なのよ?いくら才能があるからって…」
「そうだよな…」
「他の道は、ないのかしらね…」
「正直、魔法を学ぶんだったら、あの国立魔法学校一択だろう。それに、セリナも良く分かっているだろ?使者が来た意味を」
「分かってる…けど…」
《前に少し本で読んだことがあるな。入学は国立だけあって、かなり厳しい。しかし、カイランみたいに特別な才能を持っている場合だと、使者が来て、特別な条件を提示することがあると》
カイランの場合、学費及び在学中に掛かる全ての費用は向こう持ちなど、まさに【天星】に相応しい好待遇だった。
だが両親は、未だ幼いカイランを、親元から離す決心ができない。
煮え切らない両親を見かねて、ルシアンが口を開く。
「ねぇ、カイラン」
「はい」
「さっき、カイランは魔法学校に行きたいって言ってたけど、あれは本当に言ってる?」
「…本当、です」
「もし…本当に行くんなら、僕…兄さまはもう、カイランの傍に居られなくなる。それでも大丈夫?」
その言葉を放った時、カイランの目元が潤んできている。
だが、すぐに拭い決意の宿った眼で、再びルシアンに視線を向ける。
「…確かに、隣に兄さまがいないのは…辛いですし、寂しいです。でも!それよりも!」
「…それよりも?」
「兄さまとの約束を、早く…叶えられるなら…」
弟の真っすぐな答えに、兄として思わず目頭が熱くなる。
そしてカイランの想いを受け取ったルシアンは、今度は両親の方へと顔を向ける。
「父様、母様。カイランはきっと大丈夫です。見たでしょ?目を」
「ああ、見た。ドルネス家に相応しい良い目だったな」
「私らの知らない間に…どんどん成長しちゃって…」
こうして家族内で、カイランの魔法学校が決まった。
そうして魔法連の男らの言っていた、明後日がやってきた。
男らは、再び玄関先に立ち、カイランの答えを待っている。
「さて、では答えをお聞きしましょう」
「僕は…」
答えを出そうとし、震えるその小さな手を見たルシアンは、今、兄として出来る事を、必死になって考える。
《…こういう時、本当なら兄として何が、正解なのだろうか…》
すると、震えるその手は、ルシアンの小指をそっと握った。
握られたことで、震えが直に伝わってくる。
その瞬間、気が付けば弟を力強く抱きしめる兄の姿があった。
ルシアンは、頭が真っ白になっており、咄嗟に一言だけ振り絞った。
「頑張れ…!」と。
カイランは、その一言で、今まで耐えてきた分の想いが溢れ出した。
そんな兄弟の一幕に、両親の頬にも一筋の雫が零れ落ちる。
カイランが迎えの馬車に乗り、王都へ向かう為に出発しようとしていた時の事。
魔法連の男の一人が、何やら紙に書いている。
覗き込む間もなくその紙は、魔法によって転送されてしまった。
どうせ魔法連に帰る連絡でもしたのだろうと、この時はあまり気には留めなかった。
これが、後々ルシアンにとって、運命を大きく変える引き金になるとも知らずに。
そして、カイランが王都へ向けて出発し、馬車の姿がとうとう見えなくなった。
「行っちゃったわね…」
「あっという間だったな」
「そうですね」
「ん?ルシアン。お前…その顔…どうした?」
「なんて言っていいのかしら…何か…ほっとしてる?…みたいな」
「──え?な、何を言って……はっ!」
瞬間、ルシアンは、すみませんとだけ言い残し、自室へと駆け込んで行く。
部屋へと戻った彼は、一人ドアにもたれ、自分の手のひらを見つめる。
《…なんだ、何なんだ…これは…》
何もかもが完璧だった前世。
出来ない事はなく、何をやっても常に一番だった彼が、初めて抱く感情。
だが、ルシアンは、まだその感情の名を知らない。
知らないからこそ、心の奥底のざわめきが大きくなっていく。
次第に震えていく自身の身体に、不安だけが募っていった。
その日も剣術の訓練だったので、いつものように支度を始める。
しかし、いつもと違い、身体が鉛のように重い。
そんな体を引きずるように、家を後にした。
訓練所に着き、準備を始めるルシアン。
周囲は彼の暗い表情に、どうしたのかと心配そうな視線を送っている。
「ねぇ、ラキリス。ラキリスってば!」
「あ?なんだ?デートの誘いか?悪いが俺は、メスゴリラの相手が出来るほど器用じゃないんだ」
「奇遇ね。私も女なら誰彼構わず口説くような性獣と付き合う趣味はないから」
二人の間に、見えない火花が散る。
しかし、今はそんなことをしている場合じゃないと、一旦互いに冷静になる。
「で、ルシアンだけど…どう思う?」
「どうって…ルシアンが暗い顔してくるって事は、また家でなんかあったんだろ」
「やっぱり、そうよね」
二人がそんなことを話していると、ベラスクがルシアンの元へと歩いていく。
彼の前に立ち止まり、彼女は口を開く。
「ルシアン、ちょっと手伝って欲しいんだが、いいか?」
「え、ええ。大丈夫ですが」
そう言うとベラスクは、他の訓練生に自主練を言い渡し、ルシアンを外に連れていく。
たどり着いた先は、いつも使っている倉庫だった。
中へ入ると、倉庫の扉が静かに閉まった。
ルシアンが振り返ると、閉まった扉の前に立ち尽くすべラスクの姿が目に映る。
そして、彼女は口を開く。
「……ありがとう」
「え?」
「だ、だから。あの時は…ありがとう」
《…ああ、あの時の模擬戦の事か》
「いえいえ、あの時は僕もムカつきましたし、あのまま帰してしまっては、先生もスカッとしないでしょう?」
「ふっ…全く、お前というやつは」
「…わざわざ、それを言う為に?」
「まぁ、それもあるがな。もう一つ最大の目的があるんだ」
彼女は静かに歩き出し、倉庫の奥にあった、古めかしい木箱のカギを開ける。
そこからは、銀色のペンダントが出てきた。
「これは、私のお守りみたいなもんでな。私に何かあった時、いつも助けてくれたんだ。これを、お前に託す」
「そ、そんな大事そうな物、受け取れませんよ!」
ルシアンの拒む手を掴み、彼女は、ペンダントを手渡す。
そこにあったのは、いつもの厳しい表情とは程遠いくらいの温かい顔だった。
「もちろん、普通だったら渡さん。しかし、あの時のお前を見て、私は賭けたくなったんだ。お前…ルシアン・ドルネスという未来を」
「…先生」
この世界に来て、初めて両親やラキリス以外の誰かに認められた気がしたルシアン。
ベラスクの気持ちに、思わず目頭が熱くなるが、ぐっと堪える。
改めてペンダントを受け取り、心に多くの決意を宿す。
その想いを胸に、今日も新たなる一歩を進むのだった。
いかがだったでしょうか?
もし楽しんでもらえたら、嬉しいです。
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