scene3
続けての投稿となります。
どうか楽しんでいただければと思います。
検査場の中へと案内された一行は、重厚な木造の廊下をギシッギシッと歩を進める。
その廊下の壁には、名だたる魔法使いであろう人物たちの絵が飾ってある。
検査室が近づく度に、顔がこわばっていく息子の気持ちを和らげようとリュグが口を開いた。
「懐かしいなぁ。俺が小さい頃に来た時と変わんねぇや」
「父様はどんな魔法の適性があったんですか?」
「俺か?まぁ、ドルネス家は代々炎系統の適性が強いから、父様もその流れを汲んで炎魔法が得意かなぁ」
「母様はどうなんですか?」
「私は、一応水系統だったんだけど、魔法自体が苦手で基本は使える程度なのよね…」
「ま、俺はその点に関しては優秀だったけどな」
「はいはい。どーせ私は落ちこぼれですよーだ」
「ごめんて。なぁ、許してくれよぉ」
「…ぷっ!」
その瞬間、張り詰めていたものが緩んだ気がした。
だが、この時彼らまだ知る由もなかった。
ルシアンに待ち受ける過酷な運命を。
目的の検査室の扉を開けると、そこには木造の大広間の真ん中に、大人の手のひらサイズの水晶玉がポツンと浮かんでいる。
そのすぐ後ろに、丸い眼鏡を掛け、真っ白な髭を豊かに生やしたお爺さんが立っていた。
「ようこそ、ルイデンス魔法適性検査場へ」と言い、ニコッと優しく微笑むその老人に、ルシアンに残っていた肩の余分な力が自然に抜けた。
「今回担当させていただく、ガルマータと申します。どうぞよろしく」
「「「よろしくお願いします」」」
お互いに軽く挨拶を終え、ガルマータがルシアンに手招きをしている。
それに応じ、ゆっくりと近づくルシアン。
ガルマータの前に立つと、朗らかな表情でそっとルシアンの頭を撫でた。
「うん、良い目をしてるね。ドルネス家の血筋もあって素晴らしい魔法使いになれるかもしれないな」
「…ありがとうございます…」
《なんだろうな…両親以外にもこの感情を向けられた事はあったが…》
年季の入った掌に、不思議な気持ちになる。
「さぁ、始めようかね。先ずは、この水晶玉に手をかざしてごらん?」
「…こう、ですか?」と言い、そっと片手を水晶玉へとかざす。
静かに頷いたガルマータは、詠唱を始める。
すると、水晶玉が光り出し、その光はやがてルシアンを包み込んでいく。
時間が経つにつれて輝きを増すその玉には、ガルマータにだけ判定結果が次々に浮かんでいった。
その結果を見ている彼の表情は、先ほどまでの柔らかな表情とは異なり真剣そのものだ。
しかし、その瞳の奥では何やら動揺しているようにも見え、額にはじんわりと汗が滲む。
「…そんな、バカな…。いや、しかしこれは…」
ガルマータはボソッと呟く。
その後も小さく何かを呟いていたが、うまく聞き取れない。
やがてルシアンを包んでいた光は収束していった。
どうやら判定が終わったようだ。
ガルマータは汗を拭い、意を決したように口を開いた。
「判定は終わりました。しかし…」
「しかし…?」
ガルマータの神妙な顔から、思わず息を呑む面々。
重い口調で再び口を開く。
「…結論から言いましょう。この子、ルシアン・ドルネスには……魔力がまったくないのです」
「……は?…ちょっ、ちょっとアンタ、何言って…」
「ルシアンの…魔力が、ない!?……うそよね?」
「動揺するのも無理はございません。こんな事…私も初めてですので…」
「…ふざけんじゃねぇぞ!!」
リュグは声を荒らげ、ガルマータに詰め寄る。
「こんなのは何かの間違いだ…!!俺の…俺の自慢のルシアンが…!そんなのあり得ねぇよ…!」
「…私だって信じたくはなかった!!ただ…この適性検査の正確性は…お父様自身が良くご存知でしょう…」
「…くっ…!!」
その場で力なく膝から崩れるリュグ。
彼の目には複雑な感情が入り混じっていた。
この世界において魔法が使えないという現実を言い渡されたルシアンを、母セリナはそっと抱きしめる。
当のルシアンはというと、頭の中は意外にも冷静だった。
《魔力が無い…か。まぁ、魔法が使えないのは確かに残念ではあるが、前の自分でも使えなかった訳だし、他の道を模索すればいいだけの話だ》
と思っており、周囲の暗い感情から浮いている自分がいた。
平気なはずなのに、何故か心の奥にズキッとする感覚を覚え、静かに拳を握りしめる。
──沈んだ空気の中、一行が向かった先はパシェットの家だった。
元々適性検査が終わった後に、一泊していかないかと誘われており、お言葉に甘えるため荷物を預けていたからだ。
昼間のように使用人が出迎え、応接間へと案内される。
応接間へ入り椅子に座った後でも、一家の間に言葉は少なかった。
【大丈夫】その三文字が自分の口から出てこないルシアン。
何か二人にかける言葉はと、必死で頭の中で探すが、口は動かない。
そこへパシェットとラキリスがやってきた。
「…ほう。これは…」
重い空気でリュグたちに何かあったのだと察したパシェットは、ラキリスに視線を向け、二人は静かに頷く。
そしてラキリスは、ルシアンの方へ駆け寄る。
「なぁ、ルシアン!俺の部屋に見せたいものがあんだ!一緒に行こうぜ!」とルシアンの腕をグイッと引っ張る。
意図を察したルシアンは「…う、うん」と歯切れ悪く答え、依然黙ったままの二人を横目に、応接間を後にした。
ラキリスの部屋へと入ると、彼の部屋は自分のとは違い、煉瓦造りで広く、壁には折れた剣などが飾ってある。
「まぁ、座れよ」と椅子を差し出し、彼自身はベッドに座り、ルシアンはゆっくりと椅子へ腰かける。
「で、何があったんだ?」
真剣な眼差しでの問いに、ルシアンはポツリポツリと適性検査場での出来事をラキリスに話す。
彼はその話に対し、感情を表に出すことはなく、ただルシアンを一点に見つめていた。
ルシアンが話し終えると、一息ついて彼の口が動く。
「…なるほどなぁ……で、どうすんの?」
「別の道を模索中ですが…」
「ふーん」と言った後、ラキリスは何かを閃いたのか、ベッドに座っていた体をガバッと起こし、ルシアンの両肩を力強く掴んだ。
「じゃさ!俺と剣術やんね?俺の師匠紹介するからさ!」
「剣術…ですか」
「そう!剣術!!極めれば魔法にだって勝てるし、何よりカッコイイ!!それに、女の子にもモテる!!」
《モテるかは置いておいて。剣術、うん…悪くないかもな》
前の世界では剣道なども一通り修めていたし、実際にこの世界の剣術にも興味はあった彼にとっても、悪くない選択肢だった。
「どう!?やる?」
彼のその問いに対して、返事を迷う事はなかった。
そして、決意を固めたルシアンはラキリスと共に静かに部屋を後にする。
再び応接間へ戻ると、パシェットのおかげだろうか、そこにはさっきまでとは違い、表情こそ和らいだものの、目の奥ではまだ不安が拭いきれない両親がいた。
ごくっと唾を飲み込み、意を決して二人の前へと歩み寄り、口を開いた。
「父様。母様。…僕は、剣術を習いたい…です」
「それは、ラキリス君に…言われたから…?」
「それもありますが、僕は、証明したいんです」
「何を、証明するんだ?」
「可能性がゼロじゃないって事を…証明したいんです…!」
ルシアンの決意の籠った眼差しを見たリュグが、再度問いかける。
「その道は、苦しいぞ?」
父の険しい表情に負けまいと、拳を握り直して答えた。
「──誰も歩んだ事がない道を…僕が最初に歩けるんです。苦しくて…当たり前です…」
握りしめた拳は小刻みに震え、視線は徐々に床へと落ちていく。
なんとか震えだけでも止めようとするが、止まることはなかった。
そんな時だった。
温かく大きな手が、ルシアンの頭をぐしゃっと撫でる。
「…良く言ったぞ。ルシアン…!」
父の不器用な手と、ほんのり潤んだ眼差しに、ルシアンの心に熱い何かがこみ上げてくる。
《なんだ、この感じは。こんな事、いままで…》
この日、彼は前の自分ではありえなかった感情に、戸惑いながらも、新たなる道へと歩み始めるのだった。
──数か月後、ルシアンが剣術の訓練の為に部屋でコツコツ準備していると、ドタドタと急いで階段を駆け上がり、そのまま勢いよくドアが開かれた。
「どうしたんですか、父様?」
「ハァ、ハァ…。ちょっと、台所へ来てくれ…」
うまく状況が掴めないまま、「良いから、良いから」と部屋を半ば強引に連れ出され、リュグと台所へ行く。
すると、そこには喜びに満ちた表情のセリナが座っており、にやけ顔が隠せていない父が息を整えて口を開く。
「実はな、ルシアン。この度…なんと…!セリナに赤ちゃんができました!」
「…え?赤ちゃん?」
「そうよ。ルシアンは、お兄ちゃんになるのよ」
「…それは、おめでとうございます…」
《私が、兄…?》
前の世界ではもちろん兄弟などもいなかったので、自身が兄になると聞かされ、表情こそは祝福してはいた。
反面、心の内では感情が入り組んで、素直には喜べない自分もいる。
そんな気持ちに後ろ髪を引かれつつも、支度を整え、剣術訓練へと向かう馬車に乗り込んだ。
ルシアンの家からそう遠くない場所に、普通の民家よりも大きく、年季の入った建物がある。
周りには民家は無く、森の中にポツンと一軒のみ建っている道場があった。
そこでは、日々鍛錬に励む若者たちの威勢のいい声で、活気に満ちている。
ルシアンも、その一人である。
今日も訓練に励むルシアンだったが、今朝の事に気を取られ、訓練にうまく集中できていない。
「そこまでだ!ルシアン!!」
彼の様子を見ていた、背が高く凛とした佇まいの隻眼の女性が止めに入る。
「ハァ…ハァ…なんですか?ベラスク師匠」
「剣筋にいつものキレがないな。それに、踏み込みも甘い」
「…昨日、張り切り過ぎてしまったから…ですかね?」
「…今日はもういい。帰れ」
「……!?いや、僕は…!」
すると突然、ベラスクはルシアンの胸ぐらをガバッと掴んで睨む。
「二度も言わんと分からんのか?その耳は一体何のために付いている?」
彼女の凄みに気圧されたルシアンは、逃げるように道場を後にしようとしたその時。
「ルシアーン!!ねぇ、ルシアンってば!!」
道場を出てすぐのこと。
長くさらさらの茶髪で、優しく整った顔立ちの、ルシアンと同じくらいの年頃の少女が呼び止める。
「ミランダ…?」
「どうしたのよ。先生…いや、お母さんにあれだけ怒られるなんて…」
「…」
「いつも怒られてるラキリスはともかくとして、あのルシアンが…らしくないわ」
「…ちょっと…色々と…」
不自然に泳ぐルシアンの目線に、何か事情がある事を察したミランダは「来て!」と言い、彼の手を取って走り出す。
たどり着いた先は、道場から少し行った所にある開けた草原だった。
ミランダが先に地面に腰掛けると「座って」と、ルシアンに隣に座るように求める。
ゆっくりと座ったルシアンをジッと真っ直ぐ見つめ、ミランダが口を開いた。
「で?なにがあったの?」
ミランダの真っすぐな瞳に、ルシアンは自然と今朝の出来事や、自分の悩みを打ち明けていく。
ルシアンが話している間、彼女の目は彼から逸れることはなく、ひたすらに真剣に聞いていた。
そして彼が全てを話し終えると、「ふぅ」と一息ついてから口を動かす。
「そっかぁ…ルシアンに兄弟かぁ」
「僕は、どうすれば…良いのでしょうか…」
「ルシアンさ、楽しみじゃないの?」
「楽しみ…?」
「そうじゃない?だって、その子しかいないのよ?ルシアンと血が繋がってる兄弟は」
「…不安なんです。兄として…」
ミランダは「はぁ…」とため息をついたあと、ルシアンを再び見つめる。
「私はさ、一人っ子だからルシアンの気持ちが分かるなんて、気安くは言えない。けど、私は生まれてくるその子が羨ましいなぁ」
「…?羨ましい?」
「そうだよ。もしルシアンが私のお兄ちゃんだったら、きっと皆に自慢しちゃう。っていうか、自慢しないほうがおかしいわ」
《…自慢…今の、私がか?》
両親からも度々言われていた事だったが、今の彼にとっては、その言葉が重くのしかかっていた。
そんなルシアンを気にしつつも、彼女は話を続ける。
「無理に何かを変える必要なんて…ないよ。だって、今のままで十分ルシアンはカッコイイんだから!」
「──カッコイイ?」
「うん!だって、魔法が使えなくても、君は諦めなかった。絶望的な状況でも立ち上がったじゃない。生まれてくる子には、それだけで十分なんじゃない?」
《…あぁ、そうか。私は…》
ルシアンの中で、引っ掛かっていた何かが取れた気がした。
スッと立ち上がったルシアンは、一言「ありがとう」と言った。
その顔は、広く澄み渡る空のように晴れている。
彼の表情を見たミランダは、安心した様子でほっと胸をなでおろす。
そうして二人は、道場へと戻っていった。
──数か月後
ドルネス家に新たな生命の息吹が芽吹いた。
「ほぎゃぁ!ほぎゃぁ!!」
「おめでとうございます!元気な男の子ですよ!」
「おお!男の子か!やったなぁ、ルシアン!弟だぞ?」
「弟…」
元気よく泣いている赤ちゃんをまじまじと見つめるルシアン。
そんな息子をリュグがひょいと抱き上げ「ほら、お兄ちゃんだぞ」と覗き込ませた。
すると赤ちゃんは、わずかに泣き止み、微笑んだように見える。
眩しすぎるその笑顔に視線が外れそうになるが、兄として決意を固めた瞳は、最後まで逸らすことはなかった。
「抱っこ、してみる?」と母から言われたルシアンだったが。
「あっ!そ、そうでした。師匠と大事な約束があったんでした!」
「おっ!おい!」
そう言い、ルシアンは抱かれていた父の手を振りほどき、玄関の方へと駆ける。
その勢いのままドアを開けて外に出るが、走り出す事はなく、その場で玄関の扉に寄りかかる。
ルシアンは静かに掌を目の前に持っていき、一言呟く。
「…あんな綺麗なものに、僕なんかが触れて良いわけが…」
掌を胸の前でぎゅっと握りしめる彼の晴れた心は、未だ僅かな影を残していたのだった。
いかがだったでしょうか?
良かったら感想お願いします。