scene1
はじめまして。
本作は「裏社会の黒幕として生きた男が、異世界に転生し、人生をやり直す」物語です。
正直に言いますが、小説はほとんど書いたことがありません。
読む事もなく、ラノベに至りましては全くです。
そんな僕が書いたので、勿論拙い部分が多いです。
それでも良ければ、楽しんでいただければ幸いです。
その日は朝から冷たい雨が降り続き、まるで今までの乾いた空気を洗っているかのようだった。
「…雨かぁ…」
微かなフロントガラスを叩く雨音と車のエンジン音のみが響き渡っていた車内。
そこに初老の運転手のボソッと呟いた低い声が男の耳に届く。
「あぁ。すみません。つい…」
「いや、構わんよ。今日は良く降る」
「今日は、旦那様にとってとても大事な日。予報ではこの後、晴れると言いますが…」
「…まぁ、いくら私でも、天気ばかりはね」
確かに午後から徐々に雨が弱まり、晴れる予報ではあったが、予報に反して雨の勢いは収まる気配を見せてはくれない。
そんな鈍色の空を見つめていると、男のスマホが鳴った。
男はポケットに入れていたスマホを取り出して、画面を確認する。
画面に表示されていた名前を確認した男は、運転手にバックミラー越しに口の前に人差し指を立てた。
それを確認した運転手は静かに口を閉ざす。
男が電話に出る。
『君にしては、電話に出るのが少し遅かったんじゃないかね?何かあったのか?咎野くん』
「いえいえ、ちょっと手が塞がっておりまして。それより貴方こそよろしいのですか?貴方の様な立場の方が、こんな昼間に私の様な者に電話など」
『ちゃんと時と場所くらいは弁えるさ。それよりもだ。例の件本当に大丈夫なんだろな?』
電話先の言葉に男は鼻で笑い、答える。
「もう既に手は打ってあります」
『今回も君を味方に選んで良かったよ』
「ありがとうございます。しかし、まだその言葉は些か時期尚早かと」
『どういう事かね?』
「その言葉は二か月後の結果が確定した時に改めてお受け取りしたいのです。貴方と交わした約束も含めて」
『分かったよ。では二か月後、楽しみにしているよ』
《狸爺め。黙って結果を待っていれば良いものを。お飾りとはいえ、総理の地位を誰が用意してやったと…》
相手が電話を切った事を確認すると、男のスマホの画面には一通のメッセージが来ていた。
咎野の秘書からである。
一応秘書としているが、実態は咎野の表側の事業の運営全般を任せており、咎野への連絡は事業の定期連絡と、彼で判断できない場合が発生した時のみである。
今回は前者だったため、ささっと返信を済ませ、ついでに日課の一つであるネットニュースに目を通す事にした。
ざっと目を通してみると、世間は一か月後に迫った選挙の話題で持ち切りである。
内容はどうかと言えば、どこにでも転がっているような、咎野にとってはあまり意味の無い情報ばかりで、暇つぶしにもならない。
ネットニュースを閉じ、自分のスマホに目を落とす咎野。
何件か通知の来ていたメッセージアプリを開き、その内の一件に既読を付けた。
スマホの入力欄のカーソルから文字が打たれることはなかった。
「旦那様?」と運転手の声でスマホに落としていた顔を上げる。
そこでやっと彼は、車が止まっているのに気が付いた。
「到着しましたが、何か…ございましたか?」
「いや、別に。すまないね」
外を見ると、森に囲まれた厳かな佇まいの屋敷の前に、スーツ姿の若者たちが咎野を迎えて並んでいた。
ドアを開けて外に出ると、一番手前にいた男が口を開く。
「お久しぶりです。目的の瀧岡は奥でお持ちです」
「ありがとうございます」
「さぁ、こちらへ」と咎野は、屋敷の中へと入っていった。
大理石の床をコツン、コツンと革靴の音が響く。
小さなシャンデリアが、艶やかに照らす廊下をゆっくりと歩く咎野。
すると、他のとは明らかに違う造りの扉の前で、彼の足は止まった。
扉には、左右で向かい合うように二頭の竜が刻まれている。
ノックを三回する。
中から、掠れた低い声で「どうぞ」とだけ聞こえた。
金色のドアノブを手に取り、静かに扉を開ける。
「待っていたよ。咎野君」
真っ白な髪をオールバックで整えたスーツ姿の老人が、年季の入った木の椅子に座っていた。
その老人の穏やかな口調とは裏腹に、鋭い眼光が部屋に入った咎野に突き刺さる。
常人ならば畏怖を感じ、足がすくんでしまうだろう。
そんな状況にも咎野は、表情を崩すどころか、余裕を見せていた。
「卒寿を迎えても、相変わらずですね。瀧岡さん」
「御託はいい。座りたまえ」
対になるように用意されていた椅子に座るように言われた咎野は、静かに扉を閉め、椅子へと歩を進めた。
ゆっくりと腰掛けた咎野に「どうかね」と瀧岡は、丸テーブルに置かれたワインを注いで渡した。
受け取った咎野は、そのワインを一口含む。
芳醇なブドウの香りが、口の中に広がる。
いつもなら心が落ち着く気分にさせてくれるその香りも、この時に限っては、意味をなさなかった。
「やはりワインは、ボルドーに限る。君も、そう思うだろ?」
その問いかけに、咎野の口角が上がる。
「もちろん。ですが、私にはいささか味が濃いように思えますが──なぜでしょうか?」
「……若さというのはいいものだ。怖いものを知らんようで」
「取った席を、譲らずに長年居座るよりかは幾分かマシです」
咎野に刺さる視線が、更に鋭利なものへと変わる。
緊迫感が増していく中、咎野は続けた。
「──どうやら、その席もそろそろ譲る時がきたようですよ。ねぇ、瀧岡さん?」
彼の言葉を聞いた瀧岡の表情も、余裕を崩さない。
「一つ君に聞きたい。何故、それほどまでに生き急ぐ?まだ、時間はいくらでもあるだろうに」
「御冗談を。限りあるからこそ、ですよ」
咎野は笑ってそう答えた。
相対する瀧岡も、自ずと口角が上がる。
「確かに、君の言う通りかもしれんな。けれど」
男は、皺の入った指を、パチンッと鳴らす。
それを合図に、突如咎野の後頭部に冷たい金属音が、カチャリと響く。
生唾を飲み込む咎野に瀧岡は──
「君はね、少し敵を作り過ぎたよ」
「どちらの差し金で?心当たり多くて……」
「生憎だが、冥土の土産に、という性分ではないのでな」
「…残念です」
「さらばだ。蠟の翼を溶かされたイカロスよ」
咎野に銃口を突きつけた者は、引き金を引いた。
パン!と乾いた銃声が、部屋に響く。
床へ力感なく倒れた亡骸に近づく男は、口を開いた。
「すみませんね、瀧岡さん。私の翼はまだ、溶ける訳にはいかないのです」
《良かった。念のため、この屋敷にいる人物全員を買収しておいて》
命の危機を脱した咎野は、ほっと肩をなでおろす。
そして彼は、自分を助けてくれた者に一言、礼を言おうと後ろを振り返る。
その瞬間、もう一発の銃声が部屋に木霊した。
咎野は眉間を撃ち抜かれ、その場で膝から崩れ落ちたのだった。
《…わ、私は、まだ…死ぬ訳には…》
しかし、その想いに反し咎野の意識は段々と薄れていった。
暗闇に沈みゆく意識の中に身を委ねていると、何やらパチッパチッという音とともに暖かな温もりを感じた。
咎野は、閉じていた目をゆっくりと開けてみる。
すると目の前には、古めかしい暖炉があり、暖炉の中では弱々しく火が燃えている。
咎野はその暖炉の前の椅子に座っており、状況を掴もうと辺りを見回そうとしたその時。
「やぁ、気分はどうだい?」
男とも女ともとれる中性的な声が、咎野に尋ねた。
すぐさま自身の横に視線を向けると、そこには咎野と同じように椅子に座り、顔はフードを深く被って見えない
が、暖炉の火の明かりに照らされた美しい銀の長髪が胸辺りまで伸びた人物がいた。
咎野は恐る恐る口を開ける。
「…気分は、少し違和感がありますかね。体も透けてますし」
「まぁ、それはそうだろうね。なんせ君は死んで魂だけの存在になってるから」
「そうか…。やはり私は死んだのか…。ところで、貴方は…」
「私?うーん、そうだなぁ。君に対してはあんまり隠し事もしたくはないから、もったいぶらずに言うと、私はルシファーとだけ名乗っておくよ」
あまりのビッグネームに咎野は一瞬驚いたが、あのルシファーならこんな事もできるのだろうと、すぐさま冷静さを取り戻して、さらなる疑問をぶつける。
「では、ルシファー様。ここはあの世という認識でよろしいでしょうか?」
「正確には違うんだよねぇ。ここはあの世と現世の間さ」
「──間、ですか」
「あとね、さっき君は死んでいると言ったよね?これも厳密に言うと、これも違うのさ」
「…死んでいない、と?」
彼の説明によれば『死』の定義は、現世の肉体が生命活動の終わりを迎え、肉体から魂が抜ける。
そしてその魂は、天国か地獄かの審判を受ける為に、天獄門へと向かい、審判を受けて天国か地獄を確定して初めて『死』は成立する。
この事を踏まえると、ルシファーからしたら咎野はまだ死んでいないとの事らしい。
「……なるほど」
咎野はそう言うしかなかった。
にわかには信じられずとも、目の前で起こってしまっている現実に只々納得するしかなかったからだ。
「死因は毒殺…か。裏の絶対的支配者であり、ある種の神でもあり悪魔でもあった君にしては、なんとも呆気ない幕切れだったじゃん」
「…物事というものは、案外そういうものですよ」
「へぇ、随分あっさりしてるじゃない?」
「私自身でも驚いてるんです。冷静な事に」
「やり残した事、後悔や復讐心は?」
「復讐心は…意味がありませんね。後悔…やり残したこと……」
「あるんだね。あと一歩で野望が叶えられなかった事?それとも、一人残した奥さん?」
「いや、彼女との間にそんなものはありませんよ」
そう言い放った彼の目は、感情のさざ波すら立たなかった。
咎野は結婚こそしていたが、それはあくまで自分の力を大きくし、政界への影響力を強める為。
故に、それは彼の中には存在すらしなかったのだ。
ただ、咎野の中では何かが引っ掛かっていた。
《彼が言っていたように……いや、それはさっき否定したばかりだろう》
咎野が考えれば考えるほど、彼の頭の中の黒い靄は濃さを増していき、思考を鈍らせていく。
〘なんだ…何なんだこれは…。私は……何が…〙
こんなことは初めてだと、咎野の思考は困惑していくばかりであった。
そんな様子を見ていたルシファーは「じゃあ、そんな君に二つの選択肢を設けよう」と、まず1つ目の選択肢を開示した。
それは、このまま『死』を受け入れること。
「私の意思で天獄門へはすぐにでも行けるよ。そのまま審判を受ければ、晴れて君の『死』は確定するよ」
「確定したら、どうなるのです?」
「天国なら幼い頃に亡くなった、君の両親に再会できる。地獄なら待っているのは永遠の苦しみだ。そして──」
そう言ったルシファーは、指をパチンッと鳴らすと、一つの門が現れ、二つ目の選択肢を開示する。
彼曰く、現れたのは【転生の門】 と呼ばれる門だ。
「まだ『死』が確定していない者が、この門を潜れば、別の世界へ全く違う自分として一から人生をスタート出来るという物。しかも前世の記憶付きさ」
「そんなものまで…」
「けど、どんな世界に転生出来るかなどは全部君の運次第。しかも転生した後、私は君に干渉出来ない。まぁ、夢の中に現れて喋るくらいはできると思うけどね。
──さぁ、どうする?」
突如として提示された選択肢に、さっきまで正体の分からない引っ掛かりに困惑していた咎野の頭の中にある一つの疑問を浮かび上がらせた。
「転生……それで貴方の目的はなんです?ソレだけじゃないんでしょう?」
「もちろん!君を転生させる最大の目的は、私の暇つぶしだよ」
「…暇つぶし、ですか」
「そ!なんせ私には寿命がないからね」
明るいが、どこか不気味さが隠し切れない声色で、ルシファーはそう答える。
「もう彼此五千年は退屈だったんだよ!?下界もちょくちょく覗いていたけど、なんか面白くないしさ。そんでいつもの通り下界を覗いてたら、なんか面白そうなヤツがいてさ!そう!君さ!!」
「私を覗いていた…」
「最初はさ、どこにでも居る同じようなつまんないヤツだろうとあんまり期待しないで見てたんだよ。でも、君は違った」
「どこが違うと?別に、私でなくとも…」
「いいや、君だからこそなんだよ。深い意味は…今はあえて教えない♪」
《私だから…こそ?》
「そこで、私は神と交渉したんだ!!私の権能の一部の返上と使徒一万人を捧げる代わりに、君を別の世界へ転生させる権利をくれってね!!」
咎野はこの言葉を聞いた瞬間、こいつは人間とはまるで何もかもが違う事を改めて理解し、決して相容れる事はないと確信した。
ちなみに何の権能を返上したかを聞くと、彼は【未来視】だと答えた。
「……良かったのですか?」と尋ねると、ルシファーは軽妙な口調で続けて答える。
「元々私には要らない能力だったんだけどねー。【未来視】は選ばれた者しか与えられない特別な能力で交渉のカードとして取っておいたんだよ。お陰様で君を別の世界へ転生させられる権利を得ることができた!」
そしてルシファーは選択を求める。
「さぁ、私の退屈を埋めてくれ!」と狂気を孕んだ眼で迫ってくる。
だが、咎野は選択肢の中身を提示された時点で既に答えは出ていた。
「分かりました。その別の世界とやらに転生しましょう。ただし、条件があります」
そして咎野は幾つかの条件を提示し、ルシファーはそれを呑んだ事で咎野の別の世界、即ち異世界へ転生する事が確定した。
「さぁ、これで異世界へいってらっしゃい!ってな訳だけど、一つ聞いてもいいかい?何故、転生の道を選んだんだ?」
既に椅子から立ち上がり、門の前まで来ていた咎野はピタリと立ち止まり「今更ですか」と、振り向く事なく答える。
「一つは貴方の提示した選択肢が一つしか無かったからです。そうでしょう?」
「なんで、そう思ったんだい?」
「貴方はやっと退屈から抜け出してくれる対象を見つけたのです。それを簡単に手放すとは思えませんしね」
それだけを言い残して咎野は、門を潜る。
咎野がその場を去り、静寂が訪れた空間の中でルシファーはぽつりと一言「楽しみにしているよ」と言い、自身もスッとどこかへと消えた。
門を潜った咎野は、光の中を彷徨うように漂っていた。
すると急に強い光に包まれ、あまりの眩しさに思わず咎野は、目を覆った。
しばらくして、ようやく目が開けられそうだったので、ゆっくりと目を開けると、見知らぬ木造の天井が薄っすらと見えた。
少し動こうとしても、上手く動けなかったが、辛うじて手は動いたので、両手を目の前に持ってくると、咎野の目にはまるで自分の手とは思えないほどに小さな手が映っていた。
試しに喋ってみようと、声を発するが、「うぅ」や「あぅ」だったりしか発せず、まともに言葉が喋れなかった。
このことから咎野は状況を理解した。《そうか…私は、本当に転生したのだな》と。そしてそんな時だった。
「ねぇ!来てリュグ!早く!!」
若い女性の声がした直後、長く美しい金髪を後ろに纏め、薄い青色の目の非常に整った顔立ちの女性が、仰向けに寝ていた咎野を満面の笑顔で覗き込んだ。
そして奥からドタドタと走ってくる音が近づいてきた。
「どうした!!セリナ!」
力強いが、そこはかとなく優しい男性の声が聞こえた。
「赤ちゃんが目を開けたわよ!!」
「おお!!そうか…どれどれ」
そう言ってもう片方から、銀色の短髪で非常に精悍な顔つきでありながら、優しさもありそうな男性が覗き込んできた。
「かわいいなぁ…本当」
「ねぇ…名前どうしよっか?素敵な名前がいいわね」
「実はさ、俺ちょっと考えて来てるんだ。こんな小さな土地の小領主だけど、代々由緒ある家の長男なんだから、相応しい名前をと思って、マルセウス・ニニギエル──」
その名前を聞いた咎野は思わず《…ダサい。私はそんな名前は嫌だ》と感じ、その名前を回避する為に盛大に泣くことにした。
「ふぎゃぁ…!!ふぎゃぁ!!」
「お、おい。まさか嫌だったか…?」
「…リュグ…あなたって本当に。まぁ、いいわ。実は私も考えてきてるの。ルシアン…ルシアン・ドルネスってどうかしら?」
さっきよりかは幾分マシになったと思い、咎野は泣き止んだ。
「泣き止んだ…決定ね」
「ルシアン…うん、悪くない」
「これからよろしくね、ルシアン」
こうして、この世界で咎野は、ルシアン・ドルネスという名で二度目の生を受けた。
これから、どんな人生が待っているのか。その先に何があるのか。咎野は、そんな未来に思いを寄せていた。
「さてと、名前も決まったことだし、そろそろお乳の時間ね」
咎野は、うっかりしていた。生まれたての赤ちゃんなのだから、当然授乳がある事を。
外見上は赤ちゃんであるが、中身は三十路を過ぎたばかりである咎野にとって、ある意味最初に訪れた試練であった。抵抗しようにも、生まれたばかりの身体ではどうすることもできない。しかも、腹も空いており、最早背に腹は代えられない。腹をくくった咎野は差し出されたソレにしゃぶりついた。
こうして咎野の異世界での生活が幕を開けるのだった。
読んでみていかがだったでしょうか?
感想とか書いてもらえると嬉しいなぁと…(ガラスのハートなので、あまり辛辣だと心が折れるかも…)
感触が良ければ、このまま書いていこうかなと思っています。
小説って難しいですけど、その分面白いですよね。
うーん…とか、あ~とか唸りながら書いてますが、そのひと時も楽しいといいますか。
そんな感じですが、どうかお手柔らかにお願いします。