Sky Above
わたしはゼンマイ仕掛けのお人形。朝起きたら真っ先にすることは、自分のネジをまわすことなの。キリキリキリキリ、まわすの。教えてもらったの。忘れないでねって。
その時は、ふわぁ〜って。おおあくび。よく寝たなあ〜って。おひさまがとっても高いところにいたの。あらら?って。夜更かししちゃったんだなあって、思ったの。
キリキリキリキリ キリキリリ
キリキリキリキリ キリリキリ
ネジを、まきまき。わたし、歌って、とっても上手なの。毎日毎日、うたってたの。毎日。みんな、うっとりしてるの。みんなみーんな、うっとりしてるの。なんでだろう〜って。わたしはわたしにしかうたってないのにって。だから、みんなといっしょに、聴いてたの。だけどその時は、最近調子がわるいなあって、思ってた。いっつもおんなじところで、ギリリリ、リ。ゼンマイが切れそうになるの。あわてて、キリキリ。キリキリ舞い。
それでまた最初っからうたうの。だけどいっつもおんなじところで声が、出にくくなるの。だからね、うたうのがいやんなっちゃった。
だからずっと、それからずーっと、おそとを見てた。おそと、とってもたのしいの。とっても晴れてたの。それで、ひさしぶりに、うたいたくなったんだった。よおし。うたうぞおって。うたう前にちゃんとね、キリキリ。ギリギリまでまわしたの。
だけどあんまりうたってなかったからかなあ。歌詞がさっぱり出てこなかった。うんうんうなって。うーん。うんうん。ふんふん。ふーん? そしたらいつのまにか、まっくらになっちゃってた。あーあ。って。だけど、ギリギリいっぱいまわしたせいかなあ。いっぱいいっぱいまわしたからかなあ。ベッドに入っても全然ねむれそうになかったの。ねむれないの。参ったなあって。夜はゼンマイを休めないといけないのになあって。困ったなあ、って。
だからずっと、おつきさまとにらめっこしてたの。ずっとずっと、してたの。だけど飽きちゃった。おひさまみたいに、笑ってくれないんだもん。だからちょっとだけ、ちょこっとだけ、お散歩しちゃいましょう、って、思ったの。
夜の、お散歩。ドキドキ、ドキリ。だけどね、だからね、キリがないなあって。ひるまとぜんぶ違うの。ぜんぶまっくろなの。へんなの。歩いても歩いても、ずっとずーっと、まーっくら。みんなみーんな、まっくろ、くろ。
これじゃ影踏み遊びもできないなあって。ひるまのほうが楽しいや。おつきさまとにらめっこでもしながら帰ろうって。そしたらおつきさま、いないの。あれれ〜?って。どこだ〜?って。まわれ右したの。くるり。だけどまっくら、くらくら。キリ⋯。その時、びっくり。ゼンマイが切れそうになったの。
あわてて、キリキリ。できないの。がんばって、キリキリしようとしたの。すごくがんばったの。すごくすごーく、がんばったの。だけど、まっくら夜道で、見えなかった。ヨロヨロよろけて、ぽちゃん。近くに池があったの、見えなかった。
水の中ではうまくゼンマイが巻けなくって。巻けないの。知らなかったの。がんばって、巻こうとした。がんばってがんばって、巻こうとしたの。だけど、巻けなかった。それでもたもたするうちに、キリともいわなくなっちゃった。あーあ。ただの、お人形。
それからずっと。ずっとずーっと、水の底に、いるのよ。
退屈だから、歌詞を思い出してたの。だけどやっぱり、思い出せない。思い出そうとすると、目の前がゆらゆら、ゆがむの。気付いたの。水のなかで、泣いてたの。歌詞じゃないの。みんなの顔が、思い出せないの。だから、歌をつくることにしたんだ。忘れないでねって。
それでね。いつか生まれ変わったら、オルゴールになりたいなあ、って。そうしたらきっと毎朝、まわしてくれるんじゃないかなあって。わたしのうたを聴きたいだれかが、きっといるんじゃないかなあって。きっと大事にまわしてくれるはずだって。
だから、ちゃんと、練習してるの。水のなかでは、わたしにしか聴こえないの。わかったの。
うふふ。なんにも聞こえないでしょう。水の底、だもの。
とっても静かなの。とってもとっても、静かなの。だからうたうの。ほんとはいっぱいいっぱい、うたってるのよ。うたいながら、流れていくの。目の前を、静かに静かに、流れていくの。みんなみんな、流れていってしまう。忘れないでね、って。